北上するほどに、家屋の被害が大きくなってきます。
水戸から日立にかけてでは、港の形状によって津波の被害を大きく受けた場所があったと聞きました。
津波による瓦礫の集積場を過ぎ、久慈川を渡って海岸線を少し内陸に入ったところに大甕倭文神社はありました。
『実際に荒ぶる神になっている。』
神社に入ってすぐに聞こえてきた言葉でした。
拝殿に軽く挨拶し、裏手の本殿がある丘に登り始めます。
『実際に石をいじっている。中に戸がある。』
登るのに時間がかかるような場所ではありませんが、急な斜面には登るものの手助けになるよう、鎖がかかっている箇所もあります。
『怨恨あるものの恨みを解いていく』
のが今回いただいたはたらきでした。
『傷ついた意識を回復』していただけるように祈り、『信念のもとに戦った神』に敬意の念をあらわします。
今回出来るだけのことをさせていただきましたが、後日再び訪れるように伝えられました。
具体的な方策は伝えられています。
次回は出てきた神を祝う儀式になるのかもしれません。
『ヤチホコのダイナミズム』
という言葉が聞こえてきており、調べると「やちほこのかみ」とは大国主命の別名なのですが、これから先の国津神、先住民族の力のうねりを予感させます。
『一番の悪が動き出す。楽しみだ。』
日本書紀の記述を受けてか、あえて「悪」という言葉が使われます。
『宇宙とつなげた。ここから登っていける。秘めたる力は大きい。』
後日、付近のエネルギーが変わり出し、封印していた勢力が外に払い出されていっているのが聞こえてきました。
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