2018年9月4日。
僕は京都にいた。
年中各地を出歩いているが、災害に出くわして往生したことはない。
台風やら大雪やら、なんとか出くわさずにニアミスで済んでいる。
だが、この日は真っ只中にあった。
台風21号が近畿地方を通過し、京都市内は暴風雨が吹き荒れていたのである。
この日は一日中個人セッションの予定が入っていたので、僕は市内のホテルに缶詰だった。
数日前に、午前大阪、午後京都という予定を一日中京都市内に変更にしたおかげで、移動の問題はなくなっていた。
そんなわけで僕は何も困らないが、セッションに来る人はそういうわけにはいかない。
京都市内に出入りする公共交通機関は午後から全てストップするようだ。
となると、下手に会いに来ていただいてしまうと、帰れなくなってしまう人がいるわけだ。
市外からやってくる人に確認し、後日別の場所に来てもらうことにする。
というか、せざるを得ない。
交通機関を使わず車で来てくださった方は、天気の荒れ具合を強調された。
目の前の大通りの街路樹は枝が折れ、散々なことになっているという。
翌日、閉じこもりっきりだったホテルから通りに出て、その凄まじさが残していったものを目にした。
一週間後。
誘われていた鞍馬に登った。
かなり前から予定されていたものだ。
貴船神社に参拝するようにも伝えられたので、鞍馬の正門に入らずに、貴船神社に車を停め、歩いて裏側の西門から山に上がり、魔王殿経由で表の方へと逆打ちすることにした。
その時点で、台風21号が鞍馬山に何をもたらしていたか、何も気づいていなかった。
山肌を見れば倒れている杉だらけだったので、異変は目に見えていたのだが。
西門は閉められていた。
「危険につき立入禁止」
とある。
ここでやっと、
「ああ、この間の台風の被害があるんだな。」
どの程度の荒れようかわからないが、呼ばれているのは確かなので、少し様子を見てみようと入ることにした。
想像以上のことになっていた。
大木が散々に倒れていて行く手を塞いでいる。
雨上がりで水含み滑る山道を、それら木々を乗り越え、くぐって進むので、危険ではある。
ここで鞍馬寺のホームページを見ることを思いついた。
そうしてやっと、鞍馬寺は台風の被害により一切入山禁止、ケーブルカーも動いていないことを知った。
正門から入る計画だったら、真っ向から阻まれて、きっと入山を取りやめていただろう。
蛭には閉口した。
足から上がってきて靴下の上から吸い付いている。
引っ張って離れるものではなく、皮膚もこそげるように引っ掻いてむしり取らないと外れない。
泉鏡花の「高野聖」だったと思うが、蛭は雨が降った後は木の上から旅人めがけて落ちてくるという話があった。
首筋にふと異変を感じると、ウィンブレに落っこちた蛭を発見する。
その日は蛭が餌にありつくには好条件の天候だったのだ。
とりあえず魔王殿まで。
あそこなら広場になっているから、参拝はできるだろうと考えた。
確かに参拝できるスペースはあった。
しかし魔王殿もいつもの姿ではなかった。
ただ建物に大きな被害がなかったのは幸いと言える。
(パッと見た状態での話で、当然被害はあったと思う。)
『神の道
人体を超える
本気で考えろよ
光に向かう』
大杉の御神木までは行くつもりでいた。
そこからどう進むか、戻るにしても危険は伴うのでまずは急いだ。
木は相変わらず倒れており、坂道でない分歩きやすいだけだった。
大杉権現社に近づくにつれ、参道を木が塞いでいる箇所が増えた。
そして、大杉権現社の前は完全に倒木で歩けなくなっていたから、参道を外れて横から大杉権現社に向かった。
知っている人は知っているだろうが、台風で御神木の大杉は倒れていた。
その時点では寺の関係者が知っていたぐらいだろう。
下山してから食事した貴船川沿いの料理屋さんの女将も知らなそうだった。
話さなくて正解だったと思っている。
折れた御神木の根本は、こちらを向いていた。
その瞬間、心臓に声をあげるほどの大きな痛みが走った。
『新しい道につなぐために。
10月10日に降ろす。』
もう一度、10月10日に来いという指示だ。
鞍馬寺は600万年前に魔王サナート・クマラが金星から降り立ったという伝説がある。
魔王殿はそのサナート・クマラの聖地というわけだ。
御神木の倒壊を見て思ったのは、金星との関係の捉え直し、というか、再生だった。
現象としてこれだけ大きな破壊があったのは、ネガティブなものをもたらすのではない。
『光に向かう』
のだから。
そこから先は物理的に進めなかったし、
『急いで戻れ』
と伝えられた。
見るべきはそこまでだったのである。
貴船神社に改めて参拝する。
『問題なく生まれた。
過去を壊した。』
とてつもないものが生まれるようである。