福田の雑記帖

www.mfukuda.com 徒然日記の抜粋です。

東日本大震災からまる7年(2) 人口減・過疎化地域の復興

2018年03月12日 14時15分04秒 | 時事問題 社会問題
 新聞報道によると、ハード面の復興に関しては巨大防潮堤の建設や大規模な盛り土による新市街地造成などはかなり進んだようである。

 私はここ5年ほど三陸地方は訪れていない。だから復興状態を自分で見たわけではない。ただ、3年前、同級会が松島で行われた時に南松島の海岸の工事状況は見学してきた。その後2年半経過したから、かなり復興工事は進んだことだろうと推定する。恐らく、高さを増した防潮堤で海岸の風情は一変しているのではないだろうか。

 大震災の被災地でまちづくりが縮んでいる。
 宅地造成による住宅の計画戸数は約1万8305戸と、5年前の初期計画から35%も減少した。土地の確保に時間が掛かった。自治体職員は地権者と交渉するため、北海道から長崎の離島まで足を運んだ。工事が始まってからも、復興工事の集中や東京五輪関連の建設需要で資材や人手が不足した。

 結果的に他地区に居を構える選択をした住民が少なくない。地区の住民は復興を5年以上も待ってくれなかった。

 地域差もある。個々人が人生のどの時点で災害に遭ったかという差もある。事情は個々に異っているのに画一に復興という事態に自らを預け、待たなければいけない。なんと厳しいことか。
 宮城県の東松島市や山元町は、内陸に移設されたJR駅前に住宅街を集約した。

 一方、三陸沿岸の造成地には盛り土や宅地造成が完了しても、利用されるあてがない土地がひろがる。
 岩手県陸前高田市、釜石市や大槌町では、かさ上げが進んだ宅地のうち、6割の利用計画がまだない。7年の歳月が、元には戻らない道を住民に選ばせた。

 現地で街を再建するという土地区画整理事業は経済成長を前提に、土地の形状を整え、道路や公園をつくって価値を高める事業である。速さが求められ、過疎地には向かない懸念は強かった。採用された地域は被災3県の50カ所、1.400ヘクタール余に及ぶ。

この様な復興計画は阪神淡路大震災の復興には良かったのかもしれない。神戸市の場合、旺盛な経済活動があり人口も増えつつあった。しかし、災害以前から過疎化に悩む地域には相応しくなかった。今から見ればそう言わざるをえない。

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