福田の雑記帖

www.mfukuda.com 徒然日記の抜粋です。

この一年 いつもと同じく「感謝」 で締めたい

2012年12月31日 11時54分19秒 | 近況・報告
 時間の経過は実に早い。2011年も大晦日を迎えた。
 感想を一言で言えば、我が家の家族達は、勿論、各人の気持ちは推し量ることが出来ないが、 私の目から見て、私以外は無事に大晦日を迎えたようだ。

これが一番嬉しい。

 私は退職後一年半になる。嘱託内科医として同じ病院で働いている。私にとってこの一年、特に10月以降はいろいろ危ない状況を迎えた。よく後遺症もなく無事に復帰できたものだ、と自分の運の良さに感動している。

 ■10月9日自転車で高校生に接触、コントロール不能状態で走行しつづけ数秒後に車道と歩道を分けるブロックに前輪を引っかけて転倒、左半身から落下し全身を強打するもヘルメット等の着用で外表面の外傷は無し。高校生は傷なし。その後、数日強度の胸痛あり、血胸・気胸等を疑ったがレ線上で所見無し。何とか改善したが、今思い出しても奇跡的な結果であった。

 ■10月12日より上腹部の閉塞感あり、14日中通総合病院受診、腸閉塞の診断で入院。自分としては悪性疾患も考えたが所見無し。16日腹腔鏡にて修復手術を受けた。腸切除なし。内ヘルニアへの嵌頓だったとのことで助かった。10月23日退院、30日より復帰。腸閉塞の原因として上記の自転車の転倒も一因だと思っている。

 ■11月4日朝、突然右片麻痺、失語症、意識障害あり。救急車にて中通総合病院へ入院。Afによる脳血栓症、一時は死を意識し、次いで寝たきり状態、右半身不随と失語状態になることを覚悟したが、結果的に一過性脳虚血発作で理解出来る範囲で、数日で改善。12日より業務に復帰。発作の原因は、自転車による外傷の恐れあり、発作性Afに対し抗凝固療法を控えていためで、不幸中の幸いであった。先の自転車の転倒時まではそれも良かったと思っているが、一度この様な発作が起きた以上は抗凝固療法は必須である。現在プラザキサ服用している。なお、12月に死んだ飼い猫のミーシャが大きな声で鳴き、その様子から家内が異変に気付いたとのことである。その辺のことは覚えていない。

 上記のエピソードを挙げてみただけでも、少なくとも本日までの私は、とても運が良かったと思う。もうこれ以上は幸運は望めないと思う。次の何かが生じたときのために、その後終活に勤しんでいる。

 私は本来のネコ的性格にもどりつつあり、社会とのコンタクトを避けつつある。全て自己満足の世界であるが、時間を無為に過ごさぬよう、大事に過ごしたい。
 そうは言っても、私がこうして無事年末を迎え得たのは、やはり多くの方々のお陰である。この一年、いつもと同じく「感謝」 で締めたい。
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2012年 私の総括

2012年12月30日 05時39分35秒 | 近況・報告
 新年に立てた目標を整理し、ザッとであるが達成程度を評価してみた。
 特に秋以降は療養期間があって継続困難となった項目もあった。

■退職、嘱託医として一年半、徐々に時間的余裕が出来てきたが、更に余裕が欲しい-----本年の満足度7割。
■嘱託の立場のけじめを明快にし、グレーゾーンを作らず。契約上の勤務時間以外は出来るだけ職場にいない、行かない------9割方達成。
■自転車走行12月末日までに5.000Kmと設定するも、10月に腸閉塞に罹患後頓挫。サイクルメーター上は10月までに3197.8Km走行した------6割5分で未達成に終わった。
■簡単な筋トレ。10月の腸閉塞以降中断---------7割方で未達成に終わった。
■共済会ヘルスチャレンジ2012。自転車1.000Km、体重-3Kgは腸閉塞で頓挫---------7割方で未達成。
■院内のエレベーター・エスカレーターに乗らない。療養中のみ数回利用した-------9割9分達成。
■英語、医療・医学、芸術、歴史、特に近代日本史を学ぶ。療養期間に集中できた------5割程度達成。
■シアタープレイタウンで上映される映画を全部観る。療養中以外はほとんど観れた。同館は12月下旬で閉館した-----9割達成。
■新聞4紙に目を通し興味ある記事はファイリング-----10割達成。
■所持しているLPレコード1.000枚ほど全てに針を通す。書斎が物置と化して聴けなかった----1割程度達成。
■月収の2割以上を岩手県の復興基金に送る-----10割達成。
■徒然日記の連日更----10割達成。

 今年も惰眠をむさぼらず、時間は有効に利用した、と総括したい。ただし、上記の項目以外にも未達成と言うべき項目が多かった。
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医師と患者関係(10)医師のライフスタイルの変化 「上善如水」

2012年12月29日 09時35分31秒 | 医療、医学
 私も歳になった。もう医師としての能力不足、知識不足はどうしようもないレベルになった。今も学ぶ意欲は落ちていないが、間に合わない。だから、私の外来にはなるべくかからないように、と言っている。

 更に、労働意欲も減退してきた。かつて「より多忙なほど私を奮い立たせる・・」などと、言ってきたが、最近この言葉を返上しなければならない状況になった。
 何でかというと、「楽」を体験したからである。嘱託になって週休二日制の素晴らしさを味わっている。週末は好きなことに時間を費やすことが出来る。今では二日では時間が足りない、と思っているほどである。

 私の場合、立場が変わったことで、病院等の組織に対する考え方も大きく変わった。長く過ごした組織とは自分にとって何だったのか、まだよく分からないが、責任と時間の束縛からかなり開放された事は確かである。今年は医師になって初めて入院患者がゼロの状態で年末年始休暇を味わうことになった。
 尤も、この年末年始休暇のうち飯川病院の当直が一回、日当直が一回割り当てられているから、完全開放ではない。嘱託の立場でいる間は完全な解放は望めない。

 「上善如水」は老子の言葉で、「理想的生き方、すなわち上善は、水の如し」 という意味らしいが、拡大解釈されて「人も水の様に楽な方に流れる」と言う意味で用いられている。私もその様な変化を味わっている。ただ、私の場合は時間を他のことに費やしたいという意欲が高じてきたと言う意味で「労働意欲の減退」は、医療・医学、社会、経済、歴史、音楽、美術などについて学ぶための、労働時間からの解放である。

 来年度も嘱託として働くことになるのであれば、出来ればもう一日フリーな時間を作りたい。患者に迷惑をかけないように、診療から徐々に身を引いていく事と両立する事にもなる。

 ところで、私どもの病院で研修を受けた若手医師は次のステップに進む際に「いずれ、また戻ってきます・・」と言っていたが殆ど戻ってこない。数々の因子はあろうが、いろいろな環境を知るにつれ「上善如水」的判断に至ったためではないかと、今にして理解できたような気もする。
 (なお、上記は全く私だけの個人的感想である。)
 

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大仙市大曲(3) 新幹線での忘れ物 駅の対応に感謝

2012年12月28日 09時27分29秒 | コラム、エッセイ
 4月から15年振りほどになるだろうか、大曲中通病院の外来診療を週一回手伝っている。8:01発の秋田新幹線こまちにて通っている。35分ほどで着く。

 12月21日、新幹線の座席に手袋を忘れた。降車後に、ホームで直ぐ気づいたのであるが、列車は既に東京に向けてスピードを上げつつあった。

 駅の切符売り場でその旨を伝えた。時間もたっていないし、座席も分かっているし、と私は直ぐにでも見つかるのものと安易に考えていたが、窓口で対応してくれた若い女性は「あるかどうかは分かりません。列車には伝えますが、それが分かるのは午後ですので電話して下さい。見つかった場合には東京駅に取りに行って戴くか、宅配便にて送ることになります。その後の手続きは秋田駅でやって頂きます」、と言う。若干不慣れかなと思われる説明であった。この説明に納得いかなかったが、食い下がっても無駄なようであった。 

 午後に2度駅に電話で確かめようとしたが「混み合っているので後ほどお掛け直し下さい」とアナウンスがあって繋がらない。
 15時過ぎに大曲駅の遺失物の窓口で直接確かめたところ、まだ見つかっていないという。「もし見つかった場合には、宅配の手続きはここでも出来ます」とのことで用紙に住所、電話番号等を記入して申し込んだ。
 この間二人の男性職員が対応してくれた。手袋の特徴を詳しく確かめられ、かなり詳細に説明した。東京駅に電話で確かめているようであったが、窓口にいる間には見つからなかった。私は親切な対応に感謝の意を伝え、秋田に向かったが、新幹線の中で携帯が鳴り、更に詳しく手袋の特徴を、と言う。これ以上は説明しようがないほど詳細に聞き取られた。

 ここまでやってくれるものかと驚いたが、気持ちの上ではもうダメだろうと諦めかけていた。20:00ほどに携帯を通じて手袋が見つかったこと、宅配の手続きも終わった、との連絡があった。手袋は23日午後届いた。
 私はこの間の駅職員の対応に深く感謝した。

 今回の手袋はハーレー、次いで自転車と、10年ほど用いたライダー用の手袋である。冬期間は毛糸のインナー手袋で二重にし用いていた。相当くたびれていてたが手入れを怠らず、大切にしていたものである。

 列車内の遺失物は途中駅では対応せずに東京駅まで行くのか?など不可解でもあったが、私の不注意で多数の方に迷惑をかけたことを反省した。
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医師と患者関係(9)こんな天候でも予約患者ほぼ全員受診

2012年12月27日 15時15分17秒 | 医療、医学
 年末年始の休診が一週間ある。
 この前後は再来患者の予約をかなり広く振り分けたのであるが、それでも先週から今週にかけては予約のコマ数を超えて予約を入れざるを得なかった。

 先週と今週の私が担当している再来の予約数は260名ほどであった。これでも2-3年前の患者数から見ると、処方の長期投与、他院への紹介、死亡などもあって2割り方減となっている。
 
 この予約患者の他に、更に、年末年始に薬が切れるなどとして予約外の患者も多数来院したために一層混雑し、疲弊した。辛い2週間であった。ただ、これは私の担当外来だけの傾向でなく、病院全体で待合室は患者で溢れた。
 私は急性期病院の外来が混雑することに問題を感じている(中通病院の外来は今後いかなる方向性にあるべきかhttp://www.mfukuda.com/byouin/gairai.htm)が、患者側の希望と病院の事情から理想とほど遠い状況にある。

 秋田市は12月下旬から寒波、降雪が続いている。私の雪かき作業も大変なのであるが、市内郊外の交通状況が大幅に乱れ、JRは遅延、道路は大渋滞である。
 こんな中で私の楽しみ、期待の一つは、今日は何人の患者がキャンセルになるか、と言うことである。予約の名簿を眺めながら5-6人ほどか?と予想した。

 しかし、期待に反してこの2週間、予約患者で来院しなかったのは一日に一人程度と全く当てが外れてしまった。
 「2時間もかかりました・・」、「遅れるかと思ってハラハラ・・」、郊外の患者の診察前の挨拶はこれであった。患者は安定した慢性期の患者である。問診、視診と検脈、血圧測定、処方で平均3分以内か。

 私は患者をねぎらいながら、本心は「だから住まいの近くのクリニックにしたら・・」、「予約変更して別の日でも良いのに・・」、「本日はこれで終わり。早く次の患者にゆずって・・」、「・・」と暗く後ろ向きなのであるが、じっと耐えて笑顔を作る。これが実に辛い。

 「患者は神様です」とは言いたくないが、ここまで苦労を厭わず通院してくる患者の心には「神が宿っているのでは?」と思ってしまう。
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