福田の雑記帖

www.mfukuda.com 徒然日記の抜粋です。

東北六魂際閉幕 無関心だった私にもちょっとだけ影響

2015年05月31日 15時55分38秒 | 秋田の話題
 東日本大震災からの復興を願い東北の六つの夏祭りを一同に集結する催し、「東北六魂祭2015秋田」がこの30、31日の二日間開催された。この祭りは2011年より東北6県都で持ち回り開催されてきて今年は第5回目で秋田市に集結したもの。

 私は人が大勢集う会だから、その成功は念じつつも個人的には関心がなかった。ただ二日間の交通規制だけはチェックしていた。
 本日終了したが、ニュースによる2日間で予想超える26万人の人出があったという。確かに29日午後、大曲中通病院診療応援後に昼の新幹線にて秋田に戻ったが、この祭り目的と思われる若者たちが大勢秋田駅に降り立った。

 東北六魂祭で私が受けたの影響は以下の3点であった。
 影響(1) 30日、雲一つない快晴で気温も高い。私は待ちに待った畑や園芸の日である。六魂祭に関しては殆ど忘れていた。陽を浴びすぎて疲労がたまり15:00頃から微睡していた。突然戦闘機と思われる爆音が数回、しかも強烈なのが襲ってきた。窓ガラスが共鳴した。私はてっきり、時折新聞などで報道される米軍か自衛隊の低空飛行かと思いながら、私はまどろんだ。
 実は、ブルーインパルスの爆音だった。夕食時のTVニュースで知った。そうかブルーインパルスが来ていたのか、そうなら納得ができる。予めわかっていれば外に出て機体の一部でも見れたものを、と悔やんだ。

 影響(2) 31日、私は0:20起床したが、就寝するときと異なり激しい降雨状態で東北六魂際への影響が懸念された。私自身は日直勤務でもあり、六魂際に関与はできないが、それでも心配である。何とかならないか? 私は2時間おきほどに外に出て雨脚の強さを確認、西の空の状況を確かめた。6;30頃になって雲の厚さが減じて、その後徐々に青のファクターが増え始め、1時間ほどで小ぶりになった。その後10:00頃になって青空が広がり、快晴になった。よかったよかった。
 これほど東北六魂際の成功を祈ったのは、何でだったのだろうか。

 影響(3) 31日は日直で出勤しなければならなかったが、8:00頃にはまだ小雨状態であった。私はこんなこともあろうと予めバス時間を確かめ、8:02に近所の停留所を通過することを確かめてあった。実際に八幡田一丁目の停留所で待ったのであるが8:10になってもバスが来なかった。この時になって、この便は秋田市斎場前を通過する方のバスだったのだ、と気づいた。もうバスには間に合わない、さりとて歩いていくには遅くなりすぎたし、雨も止んではいない。止む無く近所のコンビニにタクシーを呼んだ。
 六魂際関連の交通規制を十分に把握していたが、最後の詰めが甘かった。タクシーは2500円、私のズボラが社会貢献につながった。

 ニュースによると、2日間の人出は26万人、フィナーレではそれぞれが「心はひとつ、さらに前へ」の合言葉を胸に刻み、東北再生への誓いを新たにした、という。良かった良かった。
 ひねくれ者の感想は、どうやって参加人数を把握したのか?と言うことと、「各人が合言葉を胸に刻み東北再生への誓いを新たにした」と報じたが、どうやって判断したのか?参加者多数に確かめたのだろうか。
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四季2015(4)新緑の季節,花咲く季節

2015年05月30日 03時07分50秒 | 季節の話題
 清々しい新緑の季節である。
 桜が散ると次々と花が咲き、地上、山々の木々は一斉に緑と化す。草萌える季節である。土の包容力、太陽の恵み、植物の旺盛なエネルギーが感じられる。

 ここ数年、私も家庭園芸・野菜作りをしている。

 私が週三日間午後に勤務し、二日間ボランティアで手伝っている飯川病院の玄関脇の軒下の花壇にも草木を植え、夕方には毎日散水して世話している。土日もどちらかが日当直に当たることが多いのでその時も同様である。
 目立たない病院であるからこそ花が欲しい。花があると落ち着いた雰囲気がでる。私の姿は、病院の小間使い,と映るだろう。



 わが家の庭は植物の生育に適していなかったので庭師を入れて約40cmほどの深さまで土を入れ替えた。昨春、そこに「もみの木」、「リンゴ」、「バラ」などを植た。その効果があって今回はうまく根付いた。いい気分で植樹の計画もいろいろ練っている。夏には「藤」、「もも」、「ゆずり葉」なども植えた。
 
 プランターや鉢にはボタン、新しく借りた畑の一画にはダリアを初めてトライしている。後者はまだ生着したか定かでない。



 日中は勤務があるのでウイークデイは早朝に、週末には午前中に作業をする。天候や私の机上作業の進み具合にもよるが、夜が白々と明けてくると自然と心がそっちの方向にむく。

 畠には「キウリ」、「トマト」、「ナス」、「枝豆」、「カブ」を植えた。昨日は支柱に枝を固定した。これで強風も心配ない。「ナス」が若干元気がない。狭い範囲での連作のためだろうか?



 園芸、草木、木々は言葉では何も言わないが、姿形で私にいろいろ要求してくる。私が「いのち」を預かっている、と言う点については動物と同じである。
 毎朝、彼らの機嫌を伺いに外に出る。土いじりの楽しみの一つである。
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星新一著 「ボッコちゃん」新潮文庫 昭和46年 

2015年05月29日 18時36分30秒 | 書評
 この3週間かけて星新一氏の作品「ボッコちゃん」に触れる機会があって、ほとほと感心しながら読み終わった。新潮文庫の「ボッコちゃん」、初版は昭和46年であるが、入手したのは平成22年の95刷版であった。古い作品集であるが、多分、未だに増刷を繰り返していると考えられる。その値がある作品だと思った。 

 私は流行作家の本はあまり読むことはない。ほとんど読むことはなかった。「SF小説」に関してはとりわけ遠い世界であった。例外的に読んだのは「日本沈没」位だろうか。

 「SF」とはサイエンス・フィクションのことで、科学的 な空想にもとづいたフィクションの総称である。私の好みはどちらかというと評価が定まったノンフィクション作品を、ずっと時を経てから読む。読み終わってから、なんで今までこんな素晴らしい作品を読まなかったのか、と反省するのが常である。

 小説ならば人間関係を重視したソフトな作品を好む。「SF小説」には興味深い科学的分野の記載があるが、一般的に人間関係の記述は実にドライである。

 私は学生の時に星新一氏の存在と作品を知った。ずいぶん多作な作家で、当時は作品を量産するだけの軽い作家と考えていた。そんな印象が尾を引いていて3週間前までそう思い続けていた。

 人は、私を含めて、誤った概念を持ってしまうと何かのきっかけがなければずっと持ち続けるものである。やわらかな考え方を持って従来忌避してきたジャンルにアプローチする融通さが欲しいものである。これは自身に対する戒めである。

 興味を引くきっかけとなったのは5月10日某紙の書評で「ボッコちゃん」が紹介されていた。その記事を読んで突然興味がわいた。

 星氏は日本SFの草分け的な存在で、その多くは「ショートショート」と呼ばれる短編の作品である。自由な発想で1000以上の小説を書いた様である。本書「ボッコちゃん」には、名作50編が収められている。
 ここに掲載されたいくつかの物語は、彼の作品のほんの一部であるが、私の固定観念や常識を軽やかにひっくり返す。そこに魅力を感じた。

 私にとっての氏の作品はまだこの「ボッコちゃん」一冊のみであるが、驚いたことにわが家には子供達が求めた文庫版の作品の殆どがあるという。
 氏の他の作品にどんな手法が隠されていて、最終の数行の中でどう急な展開が準備されているのか?その行に至るまで、私は結末の予測さえできない。この驚きが、実に痛快である。

 「星新一ワールド」は古い世界かもしれないが、私にとっては興味深い新しいジャンルである。一冊でも多く読んでみたい、と思う。
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国際光年によせて(2)  光による演出効果

2015年05月28日 18時41分36秒 | コラム、エッセイ
 ヒトの眼は光を反射する物体に姿や色を感じとることになる。目が感じ取れる光の波長域はおよそ400-700ナノmとのことで、この範囲の光を可視光線、これ以外の波長は人は認識出来ない。目にとって明るさ感度が最も高い波長は555ナノmの光で、これはちょうど新緑の木の葉の色に近いという。しかし、照明としては太陽光に近い広い波長を持つ光源が照明として使われるし、好まれる。
 
 私共は可視光線を反射する物体を物体として認識し、反射する光の波長によって色を感じとっている。私共は物体は、すべて固有の色を有しているように思い込んでいるが、物体の固有の色を知ることはできない。通常太陽の光の下で、あるいは照明器具のもとで見て、記憶し、見慣れた色調を固有の色と思い込んでいるに過ぎない。この辺はなかなか発想を変えることが困難である。
 要するに、物体は固有の色ではなく、赤色を強く反射する物は赤く見える。青い光を強く反射する物の色は青く見えるだけである。だから、光源をいろいろ変えると世界が別に見える。一方、目の機能が変われれば全く別に見えるらしい。例えば、我々から見て個々の区別つき難いモンシロチョウは、チョウの仲間には複雑な羽紋が見えているという。

 光による演出はいろいろな可能性を持っている。それも暗闇の背景のもとで一層映えてくる。その演出効果は人にいろいろな心理効果をもたらす。

 秋から冬にかけて、雲一つ無い空に強烈な光を放つ満月があると、昼に見慣れた風景が全く別ものに見える。不気味な不安感すら醸し出す。ヨーロッパの吸血鬼ドラキュラの話し、魔女が出てくる恐怖の話などは殆どが満月の夜に展開される。満月の夜は人に不思議な心理効果を醸し出す。

 光源によって食品なども違って見える。ついに生産停止になったが、白熱電球の光は、赤身の刺身や肉、赤ワインの色を引き立たせて食欲を刺激する効果がある。私は白熱電球が持つ柔らかい雰囲気が好きなのだが、省エネのために市場から消えていく。とても残念である。
 
 デパートやスーパーの食品売り場の雰囲気は使用する光源の種類によって大きく違ってくる。それだけに、光源のもつ光色の特性を効果的に活用して、売場にふさわしい雰囲気を効率よく演出する必要がある。それによって売れ行きが変わる、という。
 色温度3300(K)以下の光色は、温かみがあり、安らぎを与える光色で喫茶店など落ち着いた雰囲気に適す。より高級品を扱うデパートの食品売り場はこれ用い、色温度3300~5000(K)の光色は、より活動的な売場、たとえばスーパーなどの照明に適している、とされている。
 光の光色、輝度や強さによって人はどう感じとるか、そのデータとしてオランダのクルフトホフ博士の快適曲線が有名である。
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国際光年によせて(1)  東日本大震災の夜の暗黒

2015年05月27日 02時58分27秒 | コラム、エッセイ
 2013年12月の国連総会にて、2015年を「光と光技術の国際年」とすることが宣言された。その推進にはユネスコが関わることになった。
 国際年とは国連総会で採択・決議されるもので、特定の事項に対して全世界の団体・個人に呼びかけるための期間のことである。せっかくの機会ながら光についてその存在が当たり前すぎてほとんど注目されていないのではないか。私はとても関心を持っている。

 光技術とその応用は医療、エネルギー、情報、通信、一次産業、天文、建築等あらゆる科学技術から、芸術や文化の中核をなすもので、光技術が人類に多大な貢献をしてきたことは疑いのない。光技術の恩恵をなくしては現代人の生活は一切考えがたいほどである。しかし、自然光についても、人工光についてもその存在が当たり前すぎて「光があること」、「光からの恩恵」すら意識されなくなっているのではないだろうか。

 その「光の存在が当たり前でなかった」、「最高に貴重なものの一つ」なのだ、と私が自覚できたのはわずか4年前、2011年3月11日の東日本大震災であった。半世紀以上生きて初めての体験であった。あの日のあの時間から秋田市内全域が停電となり、二日間ほど私の周囲の環境には光が消滅した。とは言っても、病院の自家発電による足元灯と一部の灯は確保されていた。懐中電灯の光、自動車の光だけはあったが、それらが途切れた時、本当の暗闇に覆いつくされた。その間、雲が途切れた空には普段見ることのなかった無数の星が輝いていた。また、光がない中での異様な静寂、これも未経験な世界であった。
 電気を中心としてガスや水など、生活上のインフラの途絶は重大な結果を生んだ。

 その中で明かりがないことはの不便さを再確認した日でもあった。

 日常、光は無いと困るが、過剰な光は私にとっては大きなストレス源である。より暗めの環境は私の目にも、心にも安息をもたらす。
 そのため、私は自宅でも職場でも一人でいるときは室の明かりは点けないし、光と音を遮るためにカーテンは閉じたまま。だから晴天の日中でも常時暗い。勿論、スポットは点ける。暗さには不思議な清涼感がある。だから好きだ。世の中が何時でも、過剰に明るいこと、寝るとき以外は明るいことが当たり前という現代社会の方が異常、と私は思う。

 光にはいろいろな可能性があるが、それは暗闇があればこそ。

 光も音と同じように度を過ぎると暴力的である。
 人工的な光、照明にはその機機特有の周波数があるから自然光と異なる。だから、照らされる対象物によってはむしろ醜悪さをさらけ出す。満開の桜の白、紅葉の赤も耐え難いときがある。ただ、日中に観ることが出来難い人たちに観桜などの機会を広げる意義は大きい。

 照明は何でも明るければいいものではない。場と目的に応じたデザインが必要である。
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