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福田の雑記帖

www.mfukuda.com 徒然日記の抜粋です。

本;倉嶋厚 原田稔編著 「雨のことば辞典」 講談社学術文庫 2014/6/11

2024年06月28日 05時45分36秒 | 書評
 本書は文庫本で再発売と同時に2014年に購入した。
 雨のことばと情緒、文化を学べる1冊で、日本語への敬意を感じとることができる優れた書籍である。

(広重の作品を表紙に用いている 急な雨にあわてている様子がイキイキと表現されている)

 誰でもそうだろうが子供の頃から何をするにも「雨の日」、「雨以外の日」の過ごし方が異なっていた。何度も軒下に「テルテル坊主」を吊るしたものである。当然、童謡などでも雨を歌った作品が多く、いずれも心に染みたものである。「雨」、「あめふり」、「テルテル坊主」、「かたつむり」、「カエルの合唱」、「雨降りお月さん」などは簡単に思い出す名曲である。

 この辞書には、雨関連のことばをだけを網羅し、季節ごとに掲載されているが、加えてその言葉に関連した俳句も併記され、巻末には「季語」が紹介されている。

 編者の一人倉嶋氏(1924-2017年)は理学博士。気象庁防災気象官、主任予報官、鹿児島気象台長、NHK解説委員などを歴任。気象放送の発展に力をつくした方。歌心もかなりのものと推察できる。

 雨にまつわる言葉1190余を収集した辞典。気になった言葉をちょっと調べる。気まぐれに開いて、未知の雨の表現に出会う。そんな利用に丁度良い文庫版の辞書。

 一つ一つの項目が解説というよりも随筆調になっている。雨は私たちの生活に多くの影響を及ぼすだけに著者の心情を反映した記載、添えられた俳句の一句が好ましい。

 日本語には雨の表現のみならず神羅万象を適切に表現した言葉がたくさんある。日本語の発展の中で短歌や俳句が果たした役割はとても大きい、と思う。

 その事象に興味や関心が高いほど、ことばは細分化していく、という。それだけ日本人は自然の移ろいを大事にし、「雨に関心」を持ってきて広範に言語化した、ということ。

 雨は恵みをもたらし、また災いも連れてくる。日本で生活する以上、雨に関心を持たざるを得ない。

 比較したわけではないが英語などの他の言語に雨に関連した言葉はどれだけあるのだろうか??


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鉄道員(ぽっぽや) (2)  新田次郎 高倉健

2023年06月23日 11時27分51秒 | 書評
 鉄道員(ぽっぽや)は新田次郎の短編小説である。117回1997年(平成9)直木賞受賞作。
 最近再読した。

 次いで、1999年映画化された作品をアマゾンでレンタルしてiPadで観た。この作品は高倉健の主演、多彩な出演者で傑作とされていたことで知っていた。

 私は優れた文学作品を何度も読んで楽しむ。
 読むたびごとに新しいイメージが展開するから常に新鮮である。しかしながら、映画化された作品はイメージが固定されてしまうので観るのを好まない。ほとんどが落胆する。しかし、この作品は、比較的素直に楽しめた。

 
 映画の場面は、北国の田舎の冬を中心に設定されており、色彩的には雪の白が主たる色調である。凍えるような厳しい生活環境の中で、逞しく、優しく生きる人々の姿が、温もりを感じさせる。ある時代に生きた人々の生活ぶりを象徴的に表現している。

 映画は、まず、蒸気機関車の勇壮な疾走シーンから始まる。D51が雪を蹴散らしながら疾走する。実は私はSLの隠れマニアの一人である。中学生の頃よく駅を訪れ見たものである。このシーンだけでも観る価値がある。

 蒸気機関車は平地では走りはスムーズであるが、上り坂などでは黒煙を吐きながら必死の形相で喘いで走る。とても人間的なイメージに溢れている。だから私は好きだ。私も弱った心臓の元、喘いで階段や坂道を登っている。

 やがて時代と共にディーゼル車に代わった。 

 主人公自身も定年が真近に迫っている。昔炭鉱で栄えたが、過疎化のために間も無く廃線となる駅を実直に守り続けている。かつて妻と幼い一人娘の命さえ守れなかった苦い悔恨は、主人公の心に深く宿っていた。

 氷点下30℃近い極寒の、降りしきる雪の中に制帽を目深にかぶり、背すじを伸ばして、プラットフォームに立ち続ける姿は、まるで自分自身に厳しい罰を与えているかのよう、修験者の如く、哲学者の如くの姿だった。高倉健の表情、演技は他に代替できないほどしっくりしている。

 ある日、愛らしい少女が三人次々とやって来る。主人公は目を細めて優しく会話し、見送る。少女は成長した姿を見せに年老いた主人公の元を訪れたのだが、それは老化に伴う幻想だった(??)と考えられる。この娘たちとの交流によって読む者も、観る者も救われた感じがする。
 翌日、主人公は雪の中ホームで倒れて息を引き取った。やはり、娘が迎えにきたのだろう。

 あまりにも実直な男の生き方のラストは娘の訪問で幸せに満ちていた。そう思いたい。

 この映画は主人公の人生を通して、時代の推移、当時の住民達の生活の変化、老化などについて示唆するものがある。主人公が口ずさむ鼻歌や口笛が高倉健のかつての夫人だった江利チエミのヒット曲であったのも意味深であった。
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鉄道員(ぽっぽや) (1)  新田次郎 小川洋子

2023年06月22日 10時55分26秒 | 書評
 鉄道員(ぽっぽや)は新田次郎の短編小説である。117回1997年(平成9)直木賞受賞作。
 浅田次郎作品のうちで、私が読んだ作品は壬生義士伝ほか数編とそれほど多くないが、最高の傑作の一つ、と思う。

 最近、20余年ぶりに再読した。再読のきっかけは『Panasonic Melodious Library』FM秋田放送の2015年02月22日放送の録音の再聴であった。この番組は小川洋子の解説のもと、古い作品も年齢を重ねた私に、また新たな魅力を訴えかける。この番組を聞いてから再読した本、新たに求めた書籍も少なくない。
 小川洋子の解説を聞き、再読したいと思ったが、電子書庫にみあたず再購入し、自炊して読んだ。
    
(集英社文庫本 表紙)
 
 あらすじは、詳細は書けないが、北海道の某過疎の町の駅長を務めていた実直なある鉄道員(ぽっぽや)は、生後2ヶ月の娘の死、妻の最期も看取らず愚直に責務を纏うし駅のホームに立ち続けた。定年を前にして妻に似た三人の若い娘が駅舎を訪ねてきて至福の時を過ごした。この娘こそ成長したわが娘の姿であった。鉄道員は後日、ホームでラッセル車を待っている間に倒れて死亡した。

 この作品がこれほど胸に染みたのは、私も歳を重ねた証拠かな?と思う。
 今回再読して、後半の話題は高齢者の痴呆に伴う幻覚症状だった、と思われる。私も65年前に初代のネコと死別したが、現在共に暮らしているネコ達にその面影を見てハッとすることがある。私もボケたかな??  その面でも共感できた。

 隆盛だった炭鉱業や織物工業が衰退していった頃の昭和の香りのする短編として懐かしい。一気に完読した。
 私が過ごしたのは昭和の一部でしかないが、苦労しつつも古き良き時代だった、と懐古した。

 死んだ妻や娘がふらっと現れる切ない展開は意外性があって面白い。
 戸惑いつつ読んだが、語られる背景に悲哀や愛情が感じられ、とても良かった。

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本 村山由佳「風よあらしよ」(2) 伊藤野枝の評伝 力作と思う

2022年01月15日 18時05分31秒 | 書評
 本作は、20世紀初頭に活躍した婦人解放運動家である伊藤野枝の一生を描いた作品。

 九州の貧しい漁村から激しい向学心を持って上京、女学校4年へ編入し、翌年には級長となるノエ。実在の人物を描いた小説ではあるものの、伝記的な内容ではなく、作者は女性の活躍がまだまだ抑圧されていた明治・大正の時代に、自分の意志のままに躍動する野枝の姿を詳細に調べ、著者の心で咀嚼され、結果を生き生きと描いている。

 ノエは貧しいが故に貧困や立場が弱い女性問題に早くから目覚めていたが、貧乏であるがために郷里で無理やり結婚させられるが婚家を早々に飛び出し再度上京、教師であった辻潤と再会、同棲し二児を設ける。
 その後、ノエは女性問題、社会問題の活動を地道に続けていたが、足尾鉱毒事件に関する見解を講演で述べた大杉栄に宛てた手紙は、大杉のハートをわしづかみにして、大杉と強烈な個性でひかれあう。夫も子供も棄てて大杉のもとへ走った彼女の、さらなる精神的な高みへの飛躍はこうして始まった。「あたりを意識するあまり、自分の意見さえ口にできないような、口にすればたちまち弾圧をうけるような、そんな世の中であっていいはずがない」、その頃の彼女の言葉の一つ。

 大杉栄はいわゆるイケメンであったが同時に自由恋愛論者であった。そのために彼の周辺には常に複数の女がいて頻回に問題を起こしていた。ノエ、堀保子、神近市子、女性の三角関係ならぬ男性を巻き込んでの五角関係は修羅場となって、大杉は神近に刃物で刺され重傷を負う。これが日蔭茶屋事件である。
 女性解放運動の活動家は概して男女間の倫理上のハードルが低いように思われる。それも女性の解放なのか?

 大杉にも野枝にも定まった収入がないのに、平塚らいてうが進めていた解放運動の新聞や同人誌を代わりに出版し活動に努めたが、常に出版禁止処分を受け赤貧を洗うが如くの貧乏生活が強いられていた。約束した家賃を払えず引っ越しの頻度も数えきれない。にもかかわらず、大杉と野枝は6人の子供を育て、明るく生きていた。

 大杉が不当な逮捕を受けた時、野枝は当時の内務大臣後藤新平への抗議の手紙も書いた。この手紙は男まさりの筆跡で「あなたは一国の為政者でも、私よりは弱い・・・」とあり、後藤新平はこの手紙を書いた伊藤野枝にいたく興味をひかれた、という。この手紙は岩手県奥州市立後藤新平記念館に所蔵されている。

 大杉栄、野枝の死は闇から闇に葬られそうであったが、陸軍憲兵による拉致をつかんだ警察から後藤新平の耳にも入り、後藤の強力な指示の元で憲兵による私的なリンチであったことが明るみになった。

 関東大震災に続く社会不安の不幸な時代の事件とはいえ、あまりにも理不尽な国家の犯罪行為には怒りを覚える。「本来は国家権力の暴走を見張るべき新聞が、軍人どもの極悪非道な行為を護ってきた」、現代のマスコミはどうであろうか?

 28歳で終えた野江の人生はまさに波乱の連続で、多くの女性作家の関心を引くのであろう。寂聴にも著作、「美は乱調にあり」、「諧調は偽りなり―伊藤野枝と大杉栄(上) (下)(共に岩波現代文庫)がある。

 村山氏の作品は、概して話題が豊富すぎて時に食傷気味になることもあるのだが、この作品では伊藤野枝28年の生涯について、つぶさによく研究し、野江を取り巻く多くの人物も登場し詳しく語られる。その登場人物の視点を通して、野江の実像に迫る。資料としても参考になる。時代背景の描写も素晴らしい。力作である。
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本 村山由佳「風よあらしよ」(1) 集英社 2020/9/25 単行本:656ページ 伊藤野枝の評伝

2022年01月14日 18時09分04秒 | 書評
 2021年年末に村山由佳著「風よあらしよ」を読んだ。単行本で656ページもある長編である。



 この本を手に取ったのは20世紀初頭に活躍した婦人解放運動家である伊藤野枝について知りたかったからである。

 伊藤野枝、大杉栄という人物については明治・大正期における日本の代表的なアナキストである。大逆事件で幸徳秋水らが死刑となった後に共産主義の中で目立つ存在になった大杉栄はアナキストの立役者であったために危険視され、関東大震災直後、憲兵隊司令部で二人が不当に殺害され短い生涯を閉じた。これは甘粕事件と言われている。

 大逆事件は有名であるが実効性の乏しい幼稚な計画であり、無政府主義者の陰謀と言うよりも、むしろ検事の手によって捏造された陰謀と言う方が適当なようである。政府の巧みなキャンペーンで一般社会に社会主義の恐ろしさを植え付けると同時に、文学者にも大きな衝撃を与えた。
 徳冨蘆花は一高で「謀叛論」を講演して幸徳らを殉教者と訴え、石川啄木は事件の本質を鋭く見抜いて社会主義の研究を進め、森鴎外や永井荷風は事件を風刺する作品を書いている。欧米の社会主義者も日本政府に多数の抗議電報などを送るなど、抗議運動を展開した。

 伊藤野枝、大杉栄については歴史上の事件を介して若干の知識はあった程度だったから、先入観なく読むことが出来た。このような激動の人生を歩んだ女性が大正の時代にいて若くして殺害されたのかと知って驚いた。彼らは「国家より国民」の無政府主義を理想とし、行動した人たち。当時の恐るべき国家に抵抗した自由主義者である。

 この本は伊藤野枝、大杉栄の家庭の描写から始まる。彼らには五人の子があったが出生届も出さず、二人の婚姻届も出していない。無政府主義の考えに沿って国の機構には始めから頼ろうとしていない。骨太の活動家であった。

 次に、大正12年9月1日11時58分発生した関東大地震の被災の様子に移る。死者・行方不明者は推定10.5万人で、明治以降の日本の地震被害としては最大の被害となっている。
 この地震で「富士山が大噴火した」、「大津波がやってくる」、「伊豆大島が水没した」、「皇居が炎上した」・・・などなどの流言が広まった。

 それらの中でも最もまことしやかに囁かれているのが、「朝鮮人が攻めてくる」というもの。「朝鮮人が大挙して暴動を起こし、強盗、強姦をくり返し、井戸を見れば次々に毒を投げ入れている」。おまけに彼らの後ろには、この機に乗じて何ごとか起こさんとする「社会主義者たちがいて糸を引いている」、という流言であった。

 流言は広まるばかりだった。何しろ政府までもそれを信じてか、「不定な輩を取り締まれ」との通達を下したのだ。またたくまに自警団が地域ごとにされた。逃げれば追いかけ、抵抗すれば問答無用で殺したという。戦争でもないのに不安はさらに不安を煽り、いよいよ収拾がつかなくなって行った。

 こんな社会的背景の中、震災から半月後、二人は憲兵に突然拘束された。

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