福田の雑記帖

www.mfukuda.com 徒然日記の抜粋です。

心理学を学ぶ(39) 発語できない恐怖・混迷の数日を体験 

2020年10月22日 16時27分27秒 | コラム、エッセイ
 私は話すこと、日常会話では問題をそれほど感じていなかったが、討論などで自分の考えをうまく表現することはそれほど得意ではなかった。どちらかといえば文章による表現の方が好きである。そうは言いながらも、多くの機会を頂き、多くの講演や発言をしてきた。
 そのことが今自分を苛んでいる。引きこもって外来診療時の最小限の会話以外は今はほとんど人と話すことはない。

 ともあれ、頭に浮かんだことを自由に口に出せる、ということは最高の贅沢の機能の一つである。かつてそのことを実感する体験をした。脳梗塞体験記
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 私は2012年11月4日(日)、突然脳梗塞を発症した。
 発症当日、前触れもなく、脳卒中と思われる症状が表れた。震度7以上の激しい地震かと思ったが揺れているのは自分だけで、周辺は平穏であった。当初は何が生じたのか、分からなかった。自分の体調に変調を来したためと理解出来た。意識がもうろうとしていたのであろう、詳しいことは記憶にない。

 気がつくと居間の床に座っており、驚いた家内が血圧を測っていた。この時点で右片麻痺が生じ始めたことを自覚し、家内は脳卒中と判断したようである。その後の記憶はない。家内が救急車を要請したらしい。  

 救急隊が到着した時点で再度気がついた。若干の質問に答えたように思うがことばにならなかったらしい。中通総合病院に搬送された。その後の救急車内の様子については記憶がない。
 当初は完全右肩麻痺麻があったが改善傾向は著しく、意識状態も改善した。
 ただ、発語に関しては、 簡単な会話は理解出来たが、 返答は困難で、伝えたい内容はあるのだが、ことばが見つからず、何としても話すことは出来なかった。自分が思っていることを表現出来ない感覚は実に不思議で、恐怖であった。

 言語障害はなかなか厳しいものである。言いたいことは明らかに準備できているのだが、表現できない状態である。家族に「パソコンの電源を落としておいて欲しい」と伝えるのに数10分を要した。
 その後の経過は順調、7日以降は会話はほとんど困難せずに可能となった。

 13日の外来から復帰した。診療補助の看護師も特に異常を感じなかったという。こんなに短期間に復帰できるなど、当初は医師としての復帰も危ぶんだだけに、全く考え難いことであった。
 それにしても、その時の脳卒中症状はほとんど後遺症無く改善し、本当に運が良かった。
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 口の機能として食べるという機能だけが優位に強調されている。
 新聞やTV,、ラジオ、雑誌、各種の広告パンフレットなどを見ていると、「日本人は食うことにしか興味がないのか??」と思うような状況である。しかしながら、口の機能としては「入れる」機能より「出す」機能の方が人間として重要でないかと思う。
 前者は生きるための栄養摂取に重要ということ、後者は社会的動物としてのコミュニケーション機能、すなわち言語能力である。最近、若い人中心に会話能力が落ちてきているきているようで、時には怖さを感じる。

 私は一時的であるが後者の機能を失ったが、失って初めて言語の重要性を理解した。それ以降、コミュニケーション手段としての言語の機能について関心を持って情報を集め学んでいる。 
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心理学を学ぶ(38) 「子どもの心理」(3) 子育て中の声かけの重要性

2020年10月21日 02時28分48秒 | コラム、エッセイ
 この核家族化の時代、多人数が関わっての子育ては望んでも選択できない状態となっている。
 その中で、子育ての段階で大切なのは「見つめ合い」と「声かけ」だと思う。

 赤ちゃんは言語学習に関しても個体差、個性が強いようである。
 我が家の長男は約2年間近く「アー」「ウー」「ママー」程度しか発声しなかった。しゃべるのが早かった長女などに比べると格段の差があった。若干心配したが、言葉以外には問題を感じなかったから、また、言語発達は個体差が強いとされるから様子を見ていた。
 ところが、さらに2ケ月ほど経ったら言葉がいっぺんに、堰を切ったように噴出してくるようになった。内容的には理解不能のこともあったが、親の声かけから学習したのだろう、似たような言葉が次々と出てきた。それほど的外れのことではなかった。
 それまで発語していなかったが、心の中ではいろいろなことを感じ、言語化の準備を整えていたのであろう。知的発達は言語化ととも一緒に進むものだ、と思った。豊かな言語能力は知的能力に刺激を与えるのだろう。
 ほとんど喋らない時期にも、しつこく、懸命に声かけしていてよかった、と感じ入った。

 最近、駅の待合室などで子供が寂しげに親に話しかけて、あるいはむずかっているのにお母さんとおぼしき若い女性は全く無視、スマホをいじっているようなことも往々にして見受ける。また、家でもTVを子育て道具の一つとして利用している親が多いらしい。
  
 子育ての段階で「声かけ」と同じように重要なのは「見つめ合い」とさらに「触れあう」ることだと思う。

 私は2005年9月図らずも中通総合病院の院長を拝命した。人生って先に何があるか、本当にわからないものである。

 私は医療に従事していると言う幸せを各人が喜びとして心から感じられる、活気のある病院にしたいと考え、就任の職員向けの挨拶としてあげたキーワードは「挨拶」「笑顔」「ディスカッション」であった。どれも社会人として当たり前のこと。特に説明は要さないが、この三つがちょっと欠けている、そのために、予想外の早期離職などが生じていた、と常々と感じていたからである。
 言葉は重要であるが、会話を支えるのは「笑顔」であり、毎朝の「挨拶」を交わすことが重要である。職場の空気が変わることを期待したからである。

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心理学を学ぶ(37) 「子どもの心理」(2)  言葉が持つ力

2020年10月20日 06時16分36秒 | コラム、エッセイ
 赤ちゃんは驚異的なスピードで言葉を学ぶ。だが、そのメカニズムは謎だらけ。
 幼少期の言語学習は能動的学習能力やその後の人間関係の維持にも深くつながっていく。言葉を習得するメカニズムを解明できれば、誰もがより公平に言語を習得できるはずである。

 私は、社会を震撼させた事件の追跡調査書を読むのが好きだ。入手できるものは積極的に集めている。事件ごとに犯人によって社会の歪みに対して行動を介して何かが「発信」されている。犯人も発信している。それが、言葉を介してうまく発信されればかなりの事件が生じないで済んだのではないか、と思う。最近読んだドキュメントの中での一例を挙げれば「秋葉原事件」加藤智大死刑囚が、言葉を介して他人と交わることができれば、あのような事件は起こさないで済んだのでは?と思う。
 人間は社会的動物である。言葉以外の言語でも、例えばボディランゲージと言われるもでも、意思を通じさせることができるが、やはり言葉の持つ意味は格段に異なる。

 私はある講演で「赤ちゃん」を「白ちゃん」と呼ぶべきだ、と話したことがある。聴いている方々は一瞬困ったような表情をしていた。確かに大泣きした時などは「赤ちゃん」であるが、一人の人間としての将来の成長、それを見守る親の立場を考えれば新生児は、私の目では「白ちゃん」である。
 要するに、身体的には両親からの遺伝子を受け継ぎながら、知的には、心理的には色のつかない無垢のほぼ白の状態で誕生したのである。

 だから、子育てとは白いキャンバスに毎日毎日色を塗っていく作業に等しい。
 最近の子育ては核家族の状態の中で、若い両親だけが関与している。だから価値観は両親だけの狭い範囲であり、キャンバスの色調は乏しいし、時にはモノクロであり、激しく偏移している場合もあろう。本来ならば、より多くの人が関与して多様な色調に仕上げていくのが望ましい。

 私は機会があって家内の親戚のおばさんとその娘二人と同居した。また隣家には家内の姉が住んでいて3人の子供がいた。我が家の3人の子供は常に7人の子供達にはさまれて育った。
 私は、この多くの人と交われる環境を、子供達に用意できた最高のプレゼントの一つと捉えて自賛している。子供達の成長過程に、言葉の習熟の過程に必ずやいい意味でのいい意義があっただろうと思う。
 
 私は幼少期には友人もなく、会話も乏しい寂しい環境であった。それを家族もわかっていて小学校1年の時にネコを飼うことが許された。以来13年、常に一緒にいた。そのネコに私はよく話しかけた。その対話、思い出は今でも私を癒してくれる。そのネコが去ってから60年になるが、今でも時々話しかける。
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心理学を学ぶ(36) 「子どもの心理」(1)  

2020年10月19日 18時07分50秒 | コラム、エッセイ
 21世紀に入り、私たちは子どもに関わる事件や問題が明らかになるたぴに心をいため、途方にくれ、あるいは怒り、あるいは戸惑う。
 いや、未成年の問題だけでなく、何か問題を起こした20-30代の若年層、さらに中年世代の人たち、幼少期に、子どもらしい環境の中で感性を育まれなかったのでは??と思う人たちがかなりいるように思う。
 幼少期からの問題点を初老期にまで抱え込んだのでは??と思われる方が起こした事象が多い。

 私は「子どもの心理」などを考える立場ではないが、子育て3人、孫5人と恵まれた環境にいる。だからこそ、一体どうすればいいのか、その解決の糸口はないか?と模索している。されど答えは出ないだろう。
 
 物や情報、そして人があふれる豊かな時代の中で、どうやって暮らしの中で個々人が生き生きと、自分らしく生きていくのか、私たちはこの答えの見つけ難い問いの真っ只中にいる。
 
 でも、このことは子どもも大人も同じ。私すら同じ。 
 人間関係の歪みや その苦しみに向き合わないなくてはならない。
 このことに向き台えぱ向き合うほど、考えることの大変さに、関わることのわずらわしさに、自分の判断で選んでいくしんどさに疲れ果ててしまいそうだ 。

 しかも、その懸案を解決するために、一般的には、子ども達に一層濃厚に関わることで問題解決策を見出すのではなく、管理を強め、かかわりを閉ざし、規制することで、余計がんじがらめにしているのではないだろうか、と思う。

 その中で、相変わらず子どもたちは、いや大人たちも、同じようなかかわりの中で、自分らしさを発暉できないでもがいている。
 
 私たちは、それがどんなに面倒なことであっても、人は時代に順応し、人間同士のかかわりの中で人間になつていくのだ、という事をあきらめるわけにはいかない。
 今を生きるものとして、自分が自分で在っていいということを語る事のできる、人と人とをつなぐ言葉を持ちたい。

 人との関わりの中で自分らしく発言し続けていく力こそ、この時代を生き抜く力としてどうしても必要なのだと思うから、である。

 そういう中で、私は改めて子どもの遊びの持つ力と言葉が持つ力にに注目したいと思っている。 

 こんなことをつらつら考えている私は、決していい父親ではなかったし、いい爺いではない。だからなおさら考える。


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本 中島岳志著 秋葉原事件 加藤智大の軌跡 (朝日出版) 2011(3) 著者の意見など

2020年10月18日 07時49分58秒 | 書評
■ 加藤智大への共感はなぜ広がるのか
 事件後メディアは一斉に秋葉原からの中継映像を流し、新聞も事件の記事で溢れた。私も当時何度か中継録画を見た。
  秋葉原事件が拡散するにつれ、犯人加藤に対する共感の意見も広がった。ネット上では、彼は「神」とも呼ばれた。

 週刊朝日はこの傾向を受けて、事件直後湯浅誠氏を司会に5人の若者と座談会を聞いた。
 ここで、参加者は次のように語っている。 
 参加者A:「加藤はたまたま通り魔をしましたが、自殺という手段もあつたと思う。僕は皆殺し願望も、自殺願望も経験があるので、気持ちはわかります。原因は特にこれとは言えないんですけど、学生時代以降失敗を繰り返す人生で、何をやってもうまくいかなかった。自分を惨めだと思っていると、他人の何げない一言にすごく落ち込むんです。」
 参加者B:「自分もこれを空想したことがある」などと発言している。

 ビジュアル週刊誌「SPA」は2008年7月1日号では、通り魔予備群たちの告白いという特集が組まれ 加藤に対する共感の声が集められた。そこには「次の犯人は私かもしれない」「加藤智大は生きる勇気をくれた」「彼は、ああすればいいんだと具体的に示してくれた」というような言葉が並んだ。 

 国家は合法的に暴力を占有する。非合法的な暴力は表出するとそれを抑え込もうとする治安維持権力が強化される。しかし、このような治安維持推力の強化によって加藤のような鬱屈を抑え込むことはできるのだろうか??加齢への共感が広がる現実に対応することができるのだろうか??と著者は問題を投げかける。 

 事件に対する共感の拡大は 被害者を二重に苦しめる。いくら加藤を憎み非難しても そんな加藤に共鳴する若者が次々に現れてくる。怒りと絶望感が消え去ることはない。

■ どうすればいいのか。 
 いつたい、どうすればこの事件を食い止めることができたのだろうか?? 
 ここで重要なのは加藤の人生の人間関係の中で、ほんの数人ではあるがホットな関係が築かれた瞬間があつた、ことを著者は強調する。
 言葉こそが他者への防波堤を穿つ重要な道具である。 
 人は言葉の産物として生きている。個人としても、集団としても。 
 加藤はそのことを熟知していた。ただ、そのような言葉は現実の世界ではなくネットの世界に存在すると考えた。リアルな現実と言葉とを分離きせた。だから、彼は友達がいるのに孤独だった。 
 加藤は他者との対面を軽視し不満を行動で示すという習慣を身につけた。彼は自らの言葉を小さな長方形の画面に叩きつけた。しかし、最初こそ注目されても、その意見が先鋒的であればあるほどいずれは飽きられ、離れていく。
 著者は、社会の困難を乗り切っていくには、対面による言葉を、生きるための道具として活用できることが有用としている。私もそう思う。しかし、今の社会は逆の方向に進んでいる。

 加藤智大には「殺人予防」「解」「解+―秋葉原無差別殺傷事件の意味とそこから見えてくる真の事件対策」という3冊の著作があるようだ。本人の立場での事件の分析、一つの価値はあるようだが、私はまだ手にとっていない。
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本 中島岳志著 秋葉原事件 加藤智大の軌跡 (朝日出版) 2011(2)

2020年10月17日 17時39分58秒 | 書評
 加藤智大について、幼少期から犯行時まで詳しく記載されている。
 読み始めてまず異様に思えるのが、幼少時から高校進学までの間の、家庭内のしつけ、教育である。この環境は彼の性格に大きなひずみを与え、今回の事件の遠因をなっていることがすぐわかる。

 父は直接手をかけないが、母親は異常性格者なのだろうか。破綻しつつある夫婦関係からのフラストレーションを常軌を逸した教育、しつけとして子供に執拗に押し付けた。

 その結果、加藤智大は、実際の人間関係、友人関係の中では本音を言わない、理由の説明なしに突然キレるとか、種々の特質を持ってしまった。

 加藤は、別の環境ならもっと別な人生を送れる資質を持っていた。判断力、決断力、善悪を把握する時に必要な他者への共感、寂しさを受け入れるやり方、そういったありとあらゆる大事な感覚の大部分を潰されてしてしまった。しかしながら、対人関係において、思いがけず親切な対応を受けたときなどに涙を流すような感受性を失ってはいなかった。

 加藤の人生の中で、大きな影響を受けた項目を、著者は以下の項目を挙げて詳述している。
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母の激しすぎる教育と介入 ■ 内面を見せない性格 ■ 不満を言えず、すぐに行動でアピールする ■ キレやすい ■ 突発的な暴力性 ■ 勉強の挫折 ■ 学歴へのコンプレックス ■ 女性にもてない ■ 外見・容姿へのコンプレックス ■ バーチャル掲示板への没入 ■ 強い承認欲求 ■ 経済的困窮と借金 ■ 家族崩壊 ■ 職場放棄 ■郷里からの逃亡 ■ 先輩や友人への裏切り ■ 満たされない性欲 ■ 不安定就労 ■ 派遣切り ■ ネグレクト ■ 孤独 ■ 不安 ■ ・・・・
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 著者は、彼が無差別殺戮に至った要素は単一のものではなく、それは、25歳までの成長の経過の中で形成され、蓄積された複合的なもので、どれか一つが決定的な要因ではなかった、という。それで過大に思えるページを使って取材の結果を提示している。 

 また、郷里にも友人がいたし、ネット経由で知り合った女友だちも複数いた。仕事ものみこみがはやく、短期間で能力が認められ非正規から正規社員に引き上げられたこともあった。
 現代の日本社会が持つ空間と時代性。かつての、伝統的社会の身分制度や社会規範は、むき出しの承認欲求を抑制する装置でもあったが、いまやそれらは機能していない。彼はその中で何を主体的に選択し、何を社会から強いられたのか、その一つ一つの意味は極めて曖昧だが、誰にも襲いかかる現実でもある。 

 犯行数日前に書き込んだ「操り人形な毎日・・・」という謎の言葉を残して絶望した。
 この秀逸なルポは、彼の苦悩の輪郭を浮かび上がらせる。
 「同時代に生きる私は、加藤の中にわずかでも自己の影を見てしまう。加藤の痛々しさと、自分の痛々しさがオーバーラップする自分があるに違いない」。
 同様の事件を繰り返さないために、なぜ事件は起こったのかを考える姿勢が重要である。
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本 中島岳志著 秋葉原事件 加藤智大の軌跡 (朝日出版) 2011(1)

2020年10月16日 17時09分19秒 | 書評
 私は社会を震撼させた事件を詳細に調査し報告する、本書のような追跡調査書が好きだ。入手できるものは積極的に集めている。ある作家は、「作家の使命の一つは時代の記録にある」、と言っていたが、有難いことである。私は事件ごとに社会の歪みに対して「何かが発信」されている、と考えている。事件を個人の問題として片付けると同様の事件がまた起こる。
 ある事件が生じた際、当初は大々的に報じられるが、時間と共に報道されなくなる。調べても当時の資料が十分の入手できるとは限らない。その点、本書のような資料があればとても参考になる。多くの方に読まれ、事件が風化しないよう望んでいる。ただし、限られた視点からの一つの解釈であることは忘れてはならない。

 古い本であるが、今回読み直してみた。


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 秋葉原事件は2008年6月8目、秋葉原の歩行者天国で生じた無差別殺傷事件。死亡7人、重軽傷10人。加藤智大が運転する2tトラックが赤信号を無視して交差点に突つこみ5人を跳ねた。その後、加藤は車から降り、通行人ら14人をダガーナイフで襲った。 
 加藤は警官に銃で威嚇され取り押さえられた。

 犯人加藤は青森県に生まれ、教育熟心、というか病的性格か?というべき母親のもとで厳しくしつけられた。口答えは一切許されなかったという。母親に進路を否定されたことで、高校では学習意欲を失い落ちこぼれた。 
 岐阜県の自動車整備の短大を卒業後、就業しても長続きせず、派遣や警備員として過ごした。
 犯行力時は静岡県に派遣されていたが、会社に対する被害意識を強めていった。加藤は実社会では十分な人間関係を結べず、不満や愚痴などをネットの掲示板友達にぶつけていたが、ネット社会でも次第に孤立し、生きる術を失い、他の事件を参考に無差別殺人を計画した。
 公判と判決:精神鑑定で完全な責任能力ありと認められ、起訴された。求刑通り死刑判決、弁護人は控訴したが却下となり死刑が確定した。 

 加藤が凶器に使ったダガーナイフは販売中止になり、2009年には銃刀法が改正され刃渡り5.5cm以上の剣は所持禁止になった。
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 この事件は、「派遣切り」「ネット掲示板」という言葉と、「加藤智大に対する高い共感」も示され、そのことも社会に衝撃を与えた。若者が安心して将来設計できないという就業状況は、日本が解決していくべき現代社会の病巣の一つである。

 著者の中島岳志氏は1975年大阪府生まれ。大阪外国語大卒業、京都大学大学院修了。本書執筆当時は助教であったが、2016年4月東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授に就任した。

 本事件の鍵は、破綻しつつある夫婦関係からのフラストレーションを教育、しつけとして子供に押し付けた、病的性格と思われる母親にあると思われた。
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四季2020(17) 家庭菜園・園芸(10) ダリアが最盛期を迎えた (4)東側の群

2020年10月15日 08時07分31秒 | 季節の話題
 ダリアの観察は陽が昇る頃の早朝がいい。その汚れのない美しさを、私は毎朝味わっている。

 庭の南側の辺は、かつては住宅が建っていたところで、表層こそ土であったが、数cm下には瓦礫が埋まっており、耕作には向いていなかった。しかし、思いがけず8株の球根が26分割できたのでこの部分にも植えることにした。
 穴掘り作業は難渋したがスコップとツルハシで瓦礫を排除しつつなんとか10ケ程の植え穴を確保した。土が持つ土壌としての本来のパワーは期待できないために堆肥を深く埋め、培養度と腐葉土で株の周辺を囲み、かつ十分に水を補給し成長を待った。

 東側、北側に植えたダリアよりは明らかに生育が遅れ、かつ茎長も低いのは土壌のせいだと思う。そのために他の群よりは追肥を多めにやってきた。
 涼しくなった今、東側の群も最盛期を迎えている。

(黒鳥)

(夢舞台)

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(炎冠)


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四季2020(16) 家庭菜園・園芸(9) ダリアが最盛期を迎えた(3)  福田式簡易栽培法

2020年10月14日 15時01分31秒 | 季節の話題
 ダリアは酷暑、強烈な日照りに弱い。最近、急速に涼しくなり、開花する花はとても綺麗になった。ダリアの観察は陽が昇る頃の朝がとてもいい。その汚れのない美しさを、私は毎朝味わっている。

福田式栽培法のコツ

(1)追肥。
 ダリアは開花する頃に急速に茎長が伸び、長期間にわたって多数の花を咲かせる。肥料は適宜与える。球根を植える前に自分がコンポストで作った堆肥を元肥としてたっぷり土に混入する。後は成長の度合いを見て、月に一回ほど根元に発酵鶏糞または牛糞を土の上にばら撒くだけ。化学肥料は一切用いない。

(2)剪定、摘花。
 参考書を読むと、剪定して元気な茎のみ残せと強調している。脇芽かき・摘心・切り戻しなどであるが、私の場合は一切しない。必死に成長してきた枝や茎を除去するなど私には考えられない。これは畑の作物の場合も同じ。不利な結果が生じようとも自然体でいく。
 5月初旬に植えたダリアは初夏から咲き始め、夏の猛暑を耐えて、秋に最花期を迎える。今が最盛期と考えられる。咲き終わった花は次の蕾のために早めにハサミで摘除する。
 咲いた花は見頃を過ぎる前に、切り花にして楽しんでもいい。 私は病院の待合室に提供している。

(3)越冬。
 寒冷地では地植えの場合は霜が降る前に球根を掘り上げて乾燥させる。

(4)分球の時期と方法
 参考書によると、越冬中にも根が肥大して、茎の付け根にすべてくっついた状態で球根が増え、2~4月頃になると球根から発芽する、とあるが、私の場合は過乾燥なのか、球根が痩せ細り、昨年も今年も発芽しなかった。
 そのために、腐葉土中心の土の中に仮植えして3週間ほど待ち、芽を出させる。今年は、私自身がこの操作で生き返った。発芽点中心に切り分け直植えする。


(一切発芽せず、途方にくれていた時期の球根)


(仮植え3週間後、見事に発芽した。これは4分割して直植えした。純白の南雪原の株)

(5)病気や害虫
 ダリアは比較的丈夫。以下の如くの病気や害虫が発生する可能性があるが私は未経験。殺虫剤などは用いたことはない。
 病気として「うどんこ病 」「立枯病 」「灰色かび病 」など。
 害虫として「アブラムシ」 「ハダニ 」「ヨトウムシ」 「メイガ類」など。
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四季2020(15) 家庭菜園・園芸(8) ダリアが最盛期を迎えた(2)  東側の群

2020年10月13日 04時14分42秒 | 季節の話題
 東側の群は柿と栗の木の下に位置するので午前中の日照時間が若干不足するのがハンディである。花の質には影響がなかった。東側はちょっとカラフル。


(東側のダリア達)


(たぶん、思春期)


(レッドライオン)


(思春期)


(不動心)


 ダリアは花の大きさだけでも様々で、3cmに満たないものから30cm以上のものまで。 背の高さは150cm以上のから50cm以下のものまで多様。大きな花、茎長が長いものほどメインテナンスに手がかかる。特に風と雨。台風などの場合、風対策が大変。世話する人間がパニック状態に陥る。

ダリアを育てるときに必要な準備は?
 ダリアは球根植物、種子からのも不可能ではないが、球根から育てるのが一般的。鉢でも地植えでも可。
 必要なものは、球根・土・肥料・支柱・紐・記録用ラベル
 元肥として緩効性肥料。

 ダリアの球根は、通販は1月頃-3月頃に入手できる。 私の場合はここ何年かは自家製の球根から分株して増やしている。だから種類は増えない。
 芽が出ていないものは植えても芽が出ない可能性があるが、貴重な株ならそれでも植えてみる。 今春の場合は、全株発芽ぜず困惑し、一時諦めかけたが、仮植えし水を与えたら発芽した。発芽確認後本植えで成功した。これでかなり自信がついた。

 球根の大小と花のよしあしは無関係。植えてみなければわからない。被せる土は5cm-10cmほどが目安。大輪種は株間60cmが目安だが、私はいつも間隔が狭い。 反省点の一つ。
 植た直後はたっぷりと水を与えるが、その後は発芽するまで水は不要。地植えの場合は、特別に雨が少なくない場合は別だが、降雨で十分。私は水のやりすぎ傾向がある。
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四季2020(14) 家庭菜園・園芸(7) ダリアが最盛期を迎えた(1)  北側の白中心の群 

2020年10月12日 06時46分22秒 | 季節の話題
 ダリアは江戸時代末期にオランダから渡来し、「天竺牡丹」と呼ばれ、愛好されて続けている。ダリアは初心者でも比較的育てやすい花であるが、あんまりポピュラーとは言えない。大規模なダリア園とかが新聞雑誌で紹介されているため、逆に一般の花愛好家も多少びびっているためかと思われる。
 しかし、私でも栽培できる比較的簡単な花である。

 ダリアは、メキシコなどでに自生する多年草。古くから世界中で栽培され、品種改良が重ねられて、今までに3万品種が作られた、という。
 ダリアに必要な環境は日当たりと風通し。日照不足と高温多湿を嫌う。特に30°Cを超える季節の直射日光、強い西日では葉も花弁も元気がなくなり変色する。
 最近、急速に涼しくなり、開花する花はとても綺麗になった。ダリアの観察は陽が昇る頃の朝がとてもいい。圧倒的な花の数、その汚れのない美しさを毎朝味わっている。

 今春、私は発芽させるのに苦労し一時諦めかかったが、思いがけず再生し、分株も上手くいったので、庭の3辺に分けて植えた。
 あまりにも見事なので各辺ごとに提示する。


(左:南雪原、右:名称不明 秋田県農協試験場提供株とかまくら)


(かまくら)


(橙 親愛)


(名称不明 秋田県農協試験場提供株)
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運転免許証返納(5) 余波(2) ディバッグ雨対策 バスの本数増 古書店訪問減

2020年10月11日 18時17分48秒 | 近況・報告
 運転免許返上にて生活でいろいろ影響が出ている。

 ■ 雨の日のディバッグ濡れ防止対策
 近頃、背にはディバッグ、手にはキャリーバッグを引いて移動する方がめっきり増えた。両手あるいは片手が自由になるから便利かつ安全である。

 都会などではディバッグを背中にではなく胸に抱えている写真が目につくようになった。満員電車の中などではでは、背中のディバッグは立っていてもスペースを広く占拠する。対策として、ディバッグを胸の方に抱えればいい。私は前から実行している。

 私は雨の日にはディバッグを胸にかける。雨濡れ防止の工夫からである。
 私は常に軽く小さな折りたたみ傘を持っている。小さいサイズなので傘を用いても下半身はずぶ濡れになり、背のディバッグは傘の水滴もかかって濡れる。
 ディバッグには、iPad、iPhone、Hard diskのほか、新聞や書類、書籍も入っていてこれらは水分を嫌う。試しにディバッグを前に抱えてみると小さい傘でも水濡れ防止効果には有用であった。
 前に抱えれば、混雑した車内などでは、他人の邪魔にならない。席が空けば肩から降ろさずにそのまま座れるというメリットもある。

 今回、大きな傘、ディバッグの上からでも用いることのできる雨具を購入したので、かなりの雨でもディバッグを濡らさないで済みそうである。

 ■ 10月の改定でバスの本数が増えた
 秋田のバス網は徐々に縮小されかかっていたが、今回の時間改定で6:00-8:00間に一本増えて6本から7本になった。私が通勤に利用するバスは6:47発に固定しているが、降雪期などには混雑が若干改善されるかもしれない。

 ■ 古書店訪問回数減
 運転免許返納後に私が一番困っているのは古書店への訪問が不便になったことである。今までは適宜、週に1回程度は市内に3店ある古書店のどれかを訪問していたが、バスの便は必ずしも良くなくて気軽には行けなくなった。
 訪問するたびに、購入予定リストにある本を見つけ出して10冊単位で購入するのを楽しみにしていたが、それが出来ずにちょっとストレスになっている。
 これに関しては、バスの便を再確認してなんとかしようと考えている。

 通常の書籍は通勤途中にある書店で購入する。定期購読の雑誌類が多いが、適宜メールで注文し連絡が入ったら取りに行くというパターンで、矢張り週1回のペースである。こちらはさほど不便していない。
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運転免許証返納(4) 余波(1) 大型で丈夫なビニール傘とポンチョ型の雨合羽購入

2020年10月10日 17時05分58秒 | 近況・報告
 9月13日(日)、秋田県運転免許センターで運転免許証を返納した。56年間の運転に終止符を打った。身分証明書として通用する運転経歴証明書の交付も受けたが手続きは簡単、1時間もかからなかった。
 
 運転免許センターは秋田駅から6Kmほど離れており、帰りには運転資格がなくなるので車で行くわけには行かずバスで行った。往路は曇りでであったが、復路は雨の中でバスを待った。

 私は自転車やバイクを好んできたから、小雨程度、短時間なら濡れるのをそれほど気にしない。でも、小型の折りたたみ傘は常にディバッグに入れている。
 センターからの帰路、雨はみるみる本降りになってやむなく傘をさした。しかし、この日は結構風もあって折りたたみの小さい傘だから上半身の一部しか効果なく、ディバックを含めズボンなど結構濡れた。

 従来、ひどい雨の日は車で出勤したが、これからは運転できないので雨対策が必要となる。大きなサイズの傘とディバックを背負った状態でも着用できる雨合羽、ディバッグ用の雨カバーは必需品となる。

 ■ 傘を購入した
 傘は、予てから購入するなら透明なビニール傘にしようと購入候補はかねてより決めていた。
 2017年6月6日ラジオ深夜便「ものづくりフォーユー」に「ビニール傘製造販売ホワイトローズ社社長須藤宰氏」が登場し、ビニール傘の意義について述べたのを聞き興味を持ったからである。

 氏によると、ビニールは完全な防水素材で、60年間ビニール傘啓蒙に勤めてきた、という。なぜ黒く、視界を遮るような傘を用いるのか?疑問だ、という。私もその通りだと思う。透明の傘は周りがよく見えるからである。3年も購入構想を持っていたが今回までその機会がなかった。
 氏の会社はワンコインのビニール傘に押されて経営は困難だ、という。皇室主催の園遊会の時に天皇皇后陛下が使うのも同社の傘。

 私は同社の数多い製品の中から「かてーる16」を選んだ。
 16本のグラスファイバーの骨は軽く丈夫であり、特許取得の逆止弁が風の通り道を作るため、風の強い日でもその影響は少ない、という。 素材は通常のビニールとは異なり三層構造で丈夫である。実行直径は約108cm、重さは約590gとやや重くできているが、この重さが風の時の安定性にもつながっている、という。手に持つグリップ部分は丈夫な木製である。私は日常的にもステッキ代りにも用いようと思う。コンビニで売っているビニール傘とは一目で違う重圧感があり、綺麗で、開閉もスムーズ。14.000円と値段が高いが、それだけの価値ある製品だと思う。

 ■ 雨合羽も購入した
 ディバッグ背負った状態でOK、自転車兼用のポンチョタイプの雨合羽である。
 運転免許返上後はバスで通勤している。小雨、中等度の雨の時には傘で十分であるが、強風や激しい雨の時には何と言っても雨合羽である。そのためにディバッグ背負った状態でもOK、自転車でもOKのポンチョタイプの雨合羽にした。雨合羽は傘にはない効果が確実に得られる。足元はぬれるが、フードもついているので顔もさほど濡れない。個人的にはこのタイプの雨合羽が一番便利である。雨の日の

可燃ゴミ廃棄も車を使えなくなってからは大変であったが、これで楽になる。2.800円であった。
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菅義偉氏(12) 菅首相(8) 日本学術会議任命拒否(3) 任命責任とは

2020年10月09日 10時25分55秒 | 政治・経済 国際関係
 今回の日本学術会議任命拒否を任命責任の立場から考えてみたい。

 任命責任について安倍前首相は、簡単に「任命責任は私にあります」、と言った。今まで何度聞いた言葉なのか。どんな形で責任を取ろうというのか??全く見えない。結局何も責任を取らなかった。
 私は、首相の言葉も、責任も空気のように軽くなった・・、と感じている。
 しかも、首相も追求する野党も「任命責任」の意義を取り違えている。

 首相の任命責任とはなんなのか?口先だけでいいのだろうか。
 安倍首相は「任命責任を取るということは、めげずに職務を果たしていくこと・・」、と答弁している。それは全然違う。

 「任命責任」とは人事権をもつ者の重大な責任である。
 日本では、不祥事が起こった場合、別人とすげ替えて「任命責任は私にあります」と言えば一件落着する。実に便利な言葉であるが、そんなに軽いものではない。

 「任命責任」とは何か。

 誰かを任命する時に、その人の資質が職務に適合するかどうかについて、事前に十分に調べ、資質を認めて指名する要がある。日本における「任命責任」は、不祥事等の「結果責任」という意味で使われるがこれは間違いである。
 「任命責任」があるか否かは事前に十分な審査をしたか否かであって、事前に情報を得られなかった場合には任命者に「任命責任」は生じない。調べなかった場合は「業務怠慢・責任放棄」である。

 「任命責任」は任命者の職務の大きな責任事項であり、「任命責任」を問われたら任命者の資質が問われていることに等しい。安倍前首相は長期政権の中で何度「任命責任」を負ったのか。責任を伴わない「任命責任」を負う名人であった。

 不祥事などによる「結果責任」は任命者が負う必要はない。本人の問題である。この辺、我が国の考え方はおかしい。

 今回の日本学術会議任命拒否に関してみると、
■ 菅首相が6人の候補者を十分に審査し不適格者と判断したのであれば当然拒否していい。
■ 政治から独立した自由な活動や審議が認められている日本学術会議に関しては、基本的に会の推薦を優先すべきである。
■ その推薦に応じられないなら、理由を明確にして拒否すべきである。

 この問題に関心を持っている方は「総合的に、俯瞰的に判断した・・」との説明に到底納得できないだろう。

 この問題は、重要ではあるが若干騒ぎすぎの感がある。
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菅義偉氏(11) 菅首相(7) 日本学術会議任命拒否(2) 任命拒否でなく、提言を拒否すべき

2020年10月08日 18時07分39秒 | 政治・経済 国際関係
 日本学術会議は、105人からなり、総会、幹事会のほか、3つの部会(人文・社会科学、生命科学、 理学・工学)及び 30の分野別の委員会、組織運営委員会、課題審議のための委員会を組織し活動している。

 拒否された6人は憲法や歴史学などが専門。前政権の時代から「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案や安全保障関連法案などを巡り、批判または反対していた方々である。

 安倍前政権への批判姿勢が拒否理由だったのか。外からこの問題を見るとそうとしか考えられない。
 「政権の意に沿わない学者や学説は認めない」とのメッセージの現れなのか??多分そうだろう。

 首相は「法に基づいて適切に対応した」、加藤官房長官は「義務的に任命しなければならないわけではない」などと説明した。学術会議法は、「会議の推薦に基づいて首相が会員を任命する」と定める。
 法律上、上記の定めがある以上、任命を拒否する裁量権は首相にある、とは思う。ただ、任命を拒否する以上、その理由をはっきりさせなければならない。それができないのであれば早急に撤回し、6人を任命すべきである。そうは言っても任命拒否撤回は政権のダメージになるからそう簡単ではない。

 私は、以下のように考える。
■ メンバーの選定は学術会議に任せていいと思う。メンバーの選定は初めから学術会議の性格を変えてしまう。ここに首相が不用意に手をつけたことは勇み足であった。
■ 学術会議が出した提言を政治に取り入れるか否か、これは政府の判断でいい。科学者は政治家ではない。従来からも、表には出ていないので情報は少ないが、学術会議が出した提言を取り上げなかった事例は少なくないはずである。
 


 野党は「学問の自由に対する国家権力の介入」として国会の閉会中審査で追及する構えだ。そこまで問題の重大さを認識しているのであれば、尻切れとんぼにすることなく、諦めることなく、追求し続けるべきである。

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