福田の雑記帖

www.mfukuda.com 徒然日記の抜粋です。

生老病死2018(8) いのちの重さ 仏教の小冊子から学ぶ 

2018年08月11日 07時18分12秒 | コラム、エッセイ
 本日から我が家恒例の年に一度の墓参りミニツアーが始まった。明日岩手紫波郡にある江岸寺にお参りすることになっている。

 私は敬虔な仏教信者ではない。先祖の霊を祀るということで常識的な社会の通念の範囲で仏事的習慣に従っている。
 この季節は「霊」とか「いのち」に関する記述に目が行きやすい。本日は、先にどこかで入手していた小冊子に目を通し「シビ王と鷹」という小文に巡り合った。
 私は不勉強にしてこの説話を知らなかった。ちょっと感動した。

 以下がその文章である。
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 仁徳誉れ高いシビ王があると時庭を散歩していると鷹に追われた鳩がシビ王の腋の下にかくれこんだ。
 鷹はシビ王に鳩を引き渡してくれと頼む。シビ王の慈悲心と思いやり、晴け深さを讃え
ながら、鷹は鳩は自分の命の糧であるのだからどうか返してほしい、と懇願する。
 シビ王は考えたうえ、鳩の命を助ける代わりに、白分の肉を鳩と同じ量だけ鷹に与える
約束をした。

 まず鳩を秤にかけ、次いで自ら切り取った股部、臀部、肩部の肉をつぎつぎに秤台に乗せていった。
 けれども不思議にも鳩の重さにはには遠く及ばなかった。ついにシビ王は全身を秤に乗せた。すると、何と鳩の重さと同じ目盛りのところで秤の針がぴたりと止まった。

 つまり鳩一羽の重さも、シビ王の重さも命の重さとしては同じであった。命の重さは等しいと言う厳粛さにシビ王は深く感動した。その厳粛さを認識させてくれた鷹を礼賛し、「仏道を求めるためには、わが身命をも惜しまず」と言って、喜んで自らの命を投げ出そうとした。

 その瞬間に、鷹の姿は忽然と菩薩の姿に変わり、いずこかへ消え去った。同時にシビ王の傷はたちまち癒えて元の体に戻った。
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 これは『菩薩本生鬘論』にある「シビ王と鷹」の物語で「生命の重さ」という説話である。
 この話は後世、仏の布施を称賛する比喩として、インド古典集『大智度論』、『賢愚経』、『仏本行経』、『十住毘婆沙論』、『六度集経』など多数の漢訳仏典に引用された有名な説話と言う。

 冊子の解説を参考にしながら追記すると、雷神「帝釈天」と火神「アグニ」はシビ王を試すために、鷹と鳩に変身した。シビ王は鷹に「この鳩は庇護を求めて来た。この鳩を守らねばならぬ」と述べた。代わりに私の肉をさし出そう。しかし、シビ王の肉は切れどもきれども鳩の重さには達しなかった。最終的に王は自ら秤に乗った。 なんと鳩の重さと自分の重さは同じだった。
 すると鷹は「我々は今日、汝を試すためにやって来た。自分の身体から肉を切り取るとはすばらしい。この世で汝の名声は永遠に存続するだろう」と述べた。
 シビ王は「肉は割かれ血は流れても、私の心には怒りなく、悩み沈むこともなく、人に尽くせる喜びがあった。生きとし生けるものすべてを救おうという、この真実の誓願によって、この体も元通りとなることだろう」。 そう言い終わるや、シビ王の体は予言通り元通りになった。
 これを見届け、シビ王に真実の菩薩の姿を見出した二人の天人は、天上界へと帰って行った。

 なかなかいい話である。
 こんな説話に心を動かされると言うことは、命を扱う医療関係者として命の価値に知らず知らず格差をつけていたからかもしれない。

 改めて自らの医療を反省するとともに、医療の原点に立ち戻らされたような気がする。
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原爆投下73年(2) 日本は米国の兵器の廃棄場所と化した

2018年08月10日 17時52分51秒 | 政治・経済 国際関係
 核兵器はなお国家安全保障にとっての「必要悪」であるとの抑止論が核保有国の考えかたににじむ。

 核兵器は必要悪でなく「絶対悪」だ、と捉えるべきであろう。
 「必要悪」と「絶対悪」間にどんな橋が渡せるのか。日本の技量が問われている。

 河野外相は「アプローチが違うので核禁条約に署名する考えはない」と述べている。意味不明な部分がある。2発の原爆でその年のうちに21万人が亡くなった。核被害者に寄り添う姿勢を示すことができるのはわが国のみである。惨禍の記憶を風化させてはいけない。

 近年は原爆資料館を訪れる外国人が過去最多を更新し続けている。各国国民のレベルでは核の非人道性は理解され始めている。

 日本は米国の「核の傘」に頼って国連の核兵器禁止条約にも消極的だ。

 歴史は逆戻り不可能である。しかし、正当な評価はいつでも出来る。わが国のアジアへの戦争責任の議論とは切り離し、また日米同盟とも切り離し、恐ろしい威力の原爆を用い、無差別殺戮を行った米国の非人道性について国内外で発信を強めていくのが大事だ。
 
 翌日に戦争終結の宣言があるとわかっていながら土崎空襲が行われた。
 これは過剰な兵器をできるだけ消費しておこうと言う米国の議会対策の一環だった。東京大空襲も同じ。歴史に目を瞑る事なく、国際法に照らした問いかけをし続けることは日本の責務である。

 トルーマン大統領は戦争終結のために、もはや原爆は必要でないことは認識していたが、極秘裏に巨費を投じて開発した原爆を使用しないまま残しておくことは議会対策のためにも、自分の地位を守るためにも考えられなかった。二発の原爆は作られた以上、使われなければならない運命にあった。トルーマンは戦争終結を遅らせる工作をしていた。
 広島・長崎の21万人の命は、米国の国内の事情、トルーマンの保身のために奪われたと言っていい。トルーマンの国内での世論操作も卓越していた。米国人の7割近くは原爆によって戦争終結を早められ、米兵の命を救った、と信じ込んでいる。驚くことに、わが国でも原爆が戦争終結に寄与した、と考える国民は少なくない。だから、トルーマンは歴代大統領の中でいまでも評価が高い。

 B29は莫大な予算を取り2700機ほどの製造され、それに見合う爆弾も準備された。日本は壊滅状態、ほぼ無防備・無抵抗状態にあったが、多くの都市が8月14日まで爆撃された。この時は日本がポツダム宣言を受け入れることを海外に向けて電報で発信しており、米軍もその情報をキャッチしていた。
 もう空爆の効果などはどうでも良かった。B29、大量の爆弾は作られた以上、使われなければならなかった。日本の国民の命、土崎の住民の命は、米国の政治、経済、議会対策のために奪われた。

 私はそんな風に思っている。
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原爆投下73年(1) 独立時、米国の非人道性、違法性を訴えなかった日本の責任は大きい

2018年08月09日 16時46分57秒 | 政治・経済 国際関係
 広島・長崎に原爆が投下されて73年になる。私の年齢と一緒である。被爆者を始めとする日本人の非核化の願いは、今に至っても全く実現されていない。

 私は昨年は広島、長崎の慰霊祭及び関連の行事をTVや新聞報道、各種の論評を通じて久々に集中して見聞したが、今年は軽く通り過ごしてしまった。業務が結構集中していたことも理由の一つである。

 ニュースで見る限り、昨年のそれと大差はなかったように思う。印象ではより地味だった様に感じた。メディアの扱いもちょっと軽かった様な気がした。

 2018年は北朝鮮と米国との間で原爆に関する応酬があった。原爆は使ったが最後、そのあまりの破壊力のために有無を言わせず応酬するすることになる。結果として二国間にとどまらない大変な事態に陥るから現実味は乏しかったが、核時代の危機感を世界に知らしめた。

 冷戦下で米ソの水爆実験が続いた1953年、ケネディ政権とフルシチョフ政権化におけるキューバ危機1962年の状況に似ている。
 その後、日朝首脳会談が開かれるなどを経て、核戦争の緊張はやや緩んだものの、この階段によって問題が複雑化した様だ。北朝鮮の非核化に関してはまだなんら進展を見ていない。
 私は北朝鮮の非核化は実現できないのではないか、と思っている。

 オバマ大統領が広島を訪れたのはつい2年前のことで、米国の原爆投下に関するひとつの歴史が終わったかのように思えたが、米国の政権交代で、核政策は一変したようだ。
 ストックホルム国際平和研究所は6月18日、今年1月時点での世界の核弾頭総数が計14.456個となり、昨年同時点から470個(約3%)減少したとの推計を発表した。研究所は、減少の速度は鈍く、一方保有国は核兵器の近代化を続けているとしている。

 北朝鮮は、20発程度と推定、世界の約9割は米露が所持している。
 インド、パキスタンも核兵器備蓄を増加させ、ミサイルシステム開発か進んでいる。
 米国は今年2月、新核戦略指針で核兵器の使用条件を緩和、「使える核兵器」とも称される小形の核兵器の開発を盛り込んだ。

 ジュネーブで4月末から5月初めにかけて開かれた核不拡散条約(NPT)再検討会議の準備委員会では、昨年国連で採択された条約を推進する国々と、これに反対する核保有国・同盟国との溝が埋まる気配はなく、議長総括は核禁止条約について賛否両論を併記した。

 双方の「橋渡し役」を買って出た日本政府は、2020年の次回再検討会議までに双方の「対話の場」を設けることなどを提案し、今回の準備委の議長総括に盛り込まれた。
 これは明るい材料であるがその成果はどの様なものになるだろうか。

 1952年(昭和27年)4月28日はサンフランシスコ講和条約が発効し、日本の主権が回復したが、それ以降、原爆投下に関して米国の非人道性、違法性を国際社会に訴え続けなかった日本の責任は大きい。
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四季2018(12)なぜ空は青く、夕焼は赤く、雲は白いのか

2018年08月08日 18時01分04秒 | 季節の話題
 徐々に涼しくなって空が高くなって来た。好きと言えないが、爽やかな季節である。
 朝、しらじらと明けてきた時、私は外に出て空を眺めるのが好きだ。

 太陽が昇って来る前の空は灰色である。従って、光が乏しいうちは曇りだか晴天なのか分からない。それが明るくなるに連れて徐々に青くなって行く。
 
 朝の青空がとてもきれい。それに天高く白い雲が浮かぶ。夕方の真っ赤な夕焼けも見ていて飽きない。

 ■何で日の入りの夕焼けは真っ赤なのに、日の出はそれほど赤くないのだろうか?
 ■何で空は青く見えるのか?
 ■雲はなんで白いのか?
 小学生でも知っていることだろうが、今更ながら不思議に感じて調べてみた。

 簡単に言えば全て太陽光と地球上の空気が織り成す匠の技。
 太陽の光は強烈で白いが、実際にはいくつもの色の光の集合体でできている。プリズムで7色に分けられるが、実際にはもっと多くの光に分けられる。

 太陽から来た光は地球の空気の層を通るが、空気の小さな粒子に当たって散乱する。その時に紫や青など短い波長の光ほど散乱しやすい。一方で、長い波長の赤みを帯びた太陽光は散乱し難く遠方まで届きやすい。

 太陽が水平線や地平線の位置にある時には通過すべき空気の層が厚く、長い波長の光のほうが減衰しがたく届きやすい。だから夕焼けが赤く見えることになる。朝焼けも同じであるが、空気の層に含まれる塵埃などの影響で夕焼けよりは赤みが薄いのでは無いだろうか。
 昼は太陽光は上方から薄い空気を通って届くから、空気中に散乱した紫や青などの光を主に見ている事になる。これが空が青く見える仕組みである。

 雲はなぜ白いのか??
 雲は小さな水滴や水蒸気、氷の粒の集まりから出来ている。光は雲を通るとき、この粒に当たって散乱されるのは同じであるが、大きい粒子に当たると光は色に関係なく散乱するので、太陽光のもともとの色である白に近くなる。
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最近、「藪医者」という言葉が消えた(2) 原氏のコメントに感謝して

2018年08月07日 15時45分35秒 | 医療、医学
 去る7月26日「藪医者」という言葉が消えてきた事について私見を述べた。それに対し「原左都子エッセイ集」の著者である原左都子様より貴重なコメントを頂いたので、お礼を込めながらちょっと加筆してみたい。

 原氏もパラメディカルのお一人として現役時代は免疫学の方面等に従事されていたとの事、かつ、私の雑記帳をときおり見てくださっているとの事で心から感謝申し上げる。私も今回はじめて氏のブログを拝見させていただいた。私のブログは自分で勉強したことや知り得たことの備忘録としての位置付けで統一性もなく中身は軽いが、氏のブログは構成もしっかりしていてメッセージ性も高い。今後何かと参考にしたい。
 以下が原氏のご意見であった。
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 さて、「藪医者」に関する事案ですが。
 私は福田先生とは少し異なる観点から、「藪医者」の言葉が聞かれなくなった事態に関して考察しております。

 医療現場では今の時代「informed consent 」が一般的となりました。 その恩恵で、医師と患者の距離が縮まっているように私は感じます。
 私自身は普段より「予防医学」に徹し、基本的には“病院へ行かない主義”を貫いておりますが。
 身内高齢者の付添い等でたまに病院を訪れますと、昔と比して医師と患者の関係が「対等」に近づいていることを実感します。 
 おそらく、医学部教育に於いても、患者とのかかわり方等の教育が進化しているのではないか、とも推測します。 
 患者側も、対等にかかわってくれる医師に対して「藪」と後ろ指をさす必然性が無くなっているのではないでしょうか?

 あるいは、現在は「医療訴訟」が一般的となりました。 そんな時代背景の下、医師もうかうか「藪」などしていられない厳しい環境下に置かれている、とも考察できそうですが…??
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 ごもっともで反論はありません。追記いたします。
 私はヤブ医者という言葉が消えつつあるのは、医師と患者の距離が対話のスキルの向上など、教育の効果で一見縮まっているように見えるものの、実際には患者と専門職としての医師の能力差が広くなって、遠くなって個々の医師の能力は患者は判断できなくなってきた。そのため、と私は考えています。
 確かに患者医師関係は変わりつつあります。上から目線で患者をみる、専門用語を並べて患者を煙に巻く様な医師はかなり少なくなっています。和顔愛語を駆使しています。

 元々はヤブ医者という言葉は、ダメ医師をそれほど強く誹謗するものではない、と思っています。その理由は、医療が発展していなかった時代には医師の能力を判断する材料が乏しかったことがあげられます。

 医療は国威向上のため軍隊ではそれなりに普及していましたが、一般人が誰でも利用できる様になったのは昭和30年代の国民皆保険制度以降と言って良いと思われます。

 一般人が名医だ、ヤブ医者だと言ってもその判断は病が治ったか否か、すなわち死んだか否か、くらいしか判断できなかったと思いますし、人の生死は長い間、神仏に祈り、願かけるより仕方がなく、ヤブ医者という言葉が記録された頃は感染症を中心に疫病で多数の人間が死の転機を取り、医師は無力に近いこともありました。

 それでも、他に方法が無い以上、医師はそれなりに当てにされていたのでしょう。

 立場の違うものに対する羨望、時には蔑みなどを含め、言葉の上でけなすような枕詞をつけることはよくあったと思います。「大根役者」、「ヘボ役者」などもそれですが、医師に関してはさらに「たけのこ医者」、「土手医者」などもあり、これはヤブ医者よりもちょっときついニュアンスがありますが、それでもさげすみより親しみの呼称だった様に思われます。

 昔の医療は医師の感覚的、直感的医療でした。だから正確性には欠けていましたが当時はそれが当たり前でした。

 近代医療は検査と科学的データの時代、エビデンスにもとずいて判断されます。さらに病院機能間で連携も行われ、結果として医師の能力はより画一化されました。患者にとっては良い時代になったのですが、個々の医師の能力は患者は読めなくなっているといえましょう。だから、私の感覚では「ヤブ医者」、「土手医者」、「たけのこ医者」、などと呼びたくなる医師は依然として存在します。かつて「お前が医者ならトンボも飛行機」とまで言ったものです。

 時が過ぎ、老齢化した私は能力的にも低下しました。だから、患者に読まれる前に自ら「ダメ医者」、「ボケ医者」、「トンボ医者」と名乗って責任回避しています。
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家庭菜園・園芸2018(6) ハイビスカス  

2018年08月06日 03時35分50秒 | コラム、エッセイ
 飯川病院で院長が主、私が従的立場でハイビスカスを8鉢ほど栽培している。

 私の関与は、秋口に伸びた枝を剪定して形を整えること、春に鉢を玄関わきのピロティに運び倒れないように固定、ときおりの追肥、連日の給水、秋には室内に収容という程度である。それでも連日のことだから結構大変である。


 ハイビスカスは、大きく華やかな花が魅力の熱帯花木である。若い女性の髪飾りのイメージ。昔見た映画のシーンを思い出す。育てて見てわかったが、花弁はデリケートで弱く生花を髪飾りには到底できない。造花なのであろう。

 南方系の花であり、やはり寒さに弱く飯川病院では鉢で栽培し、外気に合わせて場所を変えている。
 花は5-10月頃まで長期間楽しめる。
 通常は朝開いて夜に閉じて1日で終る1日花。だから一斉に咲く、というイメージは無い。長期にわたって次々と咲くがなんとなく寂しい花でもある。

 最盛期の夏には枝葉も立派でかなり水を要求する。
 5月以降はほぼ連日、散水というよりは給水と言えるほど水を与えている。
 ハイビスカスは寒さに弱いので、10月末頃剪定し室内に取り込む。春になるとおう盛に枝葉を伸ばすから遠慮せず、大胆に剪定する。時に切りすぎて再生するか心配になることもあるが失敗した株はない。とても丈夫で育てやすい。

 春には色々花を植えるがそのシーズンは短い。いまからは病院のピロティはハイビスカスが中心になる。

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家庭菜園・園芸2018(5) ダリア(2)  

2018年08月05日 05時47分16秒 | コラム、エッセイ
 昨年までは南隣の農家の方から4ムネ分畑を借用してダリアを育てていたが、今年から自宅の庭の一角にスペースをつくってそこに植えた。新しく購入した7株は地植えに、わたしが維持してきた株は鉢植えとした。

 (画面左手がわたしが維持してきたグループ、奥が新規購入のグループ)

今朝の段階での各花の様子。
新株シリーズ

(南雪原)


(駞偉大)


(夢舞台)


(レンドライオン)


(不動心)

わたしが維持して来たシリーズ 名称不明



 花が咲いても途中でしぼんだり変色したのが多く、これは昨季までは経験しなかったことである。昨季までは農地としてキャリアが長い土であり、我が家の庭は初年度で土つくりに問題があった可能性が残る。また肥料として発酵鶏糞牛糞を撒いたが、それが花にふさわしいものだったのかなど疑問が残る。

 一昨日、大曲の外来に通院してこられ、花や野菜作りについて私を指導してくれる方から貴重な情報を得た。今年は日差しがあまりにも強烈で気温も高い為に花自体が日照による障害を受けている、という。その方の庭でも同様の現象が生じている、と言う。予防策として日差しを遮るシートを用いればいいし、多分これから開花する分は改善が期待できる、とのことであった。目から鱗の情報であった。

 ダリアはボタンと違って花が次々と開花する。まだ咲き始めたばかりなので日差しが弱くなって行く今後が楽しみである。
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家庭菜園・園芸2018(4) ダリア(1)  

2018年08月04日 18時13分15秒 | コラム、エッセイ
 ダリアは栽培のきっかけは家内であったが、いつしか栽培の主役は私になった。
 今季は4季目。

 最初は秋田雄和の国際ダリア園から8株ほどを購入、各季ごと見事な花を咲かせた。球根は霜が降りる前に掘り出して乾燥させ、室内で越冬させるのであるが、私の球根はあたかも鉛筆みたいに細く弱々しく、年々発芽株が減ってき4株ほどになった。今年の球根も弱々しく、発芽成長させる自信がなかった為に、新たに秋田雄和の国際ダリア園から8株ほど新種を購入した。
 今年購入した球根は余りにも立派、私が育てた球根の10倍ほど太く私はショックを受けた。

(新規購入の7株。名前もなかなかいい。私の球根の10倍以上大きい)

 今年から、目の前の庭先にスペースを作りダリアを栽培した。
 いままでは借用した畑にダリアを栽培していて遠目には見えたもののあまり頻回には鑑賞できなかったし、散水なども含め十分世話できたとは言えなかった。ダリアは茎や枝葉が立派であるがわずかに一月半程度で伸びるので全体に茎や枝が弱い。だから風とかの外力に弱く支柱を何本も要するし、茎や花を細かく固定する必要がある。結構手が抜けない相手である。その点では十分世話してきた、と言える。

 私の球根は自信がなかった為に地植えではなく鉢植にした。結果的にはあの弱々しかった球根からも全て発芽した。自然の力は予想外に偉大である。

 今年は身近にダリアが咲くのが心待ちであった。

 しかし、しかしながらである、今年はダリアの生育が何故か上手くいかなかった。GWことに球根を植え、7月中旬から開花し始めたが、茎や枝葉の育ちは立派でいつもより背丈も高く育ったが、肝心の花が例年より弱弱しく、開いた花も決して美しいとは言えなかった。

 咲き始めは綺麗でその開花が期待されたが、途中で萎えたり色調が変わったりし、私を落胆させた。
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家庭菜園・園芸2018(3) 野菜など キウリ以外の生育はほぼ順調だが・・  

2018年08月03日 07時50分45秒 | コラム、エッセイ
 2011年から小規模ながら家庭菜園・園芸をやっている。

 今年変えたことといえば、目の前の庭に花とかちょっとした野菜を植えるスペースを作ったことである。
 今年はそこにダリア中心に花を植え、余ったスペースにはキウリ、トマト、ダイズを植えた。

 西側に隣接する畑は通常どおり今年も借用し、ねぎ、トマト、キウリ、大豆、落花生を植えた。

■キウリ
 今年はキウリの生育が何故か上手くいかなかった。植えつけてからまもなく6本中2本枯らしてしまった。8月に入ってからさらに4本枯れた。水を十分に与えたつもりであったが、結果的にキウリは1本しか育たなかった。いつもなら獲れすぎて食べ切れず病院の給食にも提供するほどだったが、今年は10本ほどで終了した。
 外来で畑をやっている方に聞いたところ例年と変わりないという人と今年はダメだという人が半々ほどだった。天候のせいだろうか?あるいは新しい畑で土つくりが上手くなかったのか?反省点は少なくない。

■ナス
 ナスは平年並みに生育してほぼ順調あるいは若干悪いと言う程度なのだろう。実が大きくならないうちに、柔らかいうちに収穫して食べている。まず美味しい。

■トマト
 トマトも順調、収穫の最盛期を迎えている。家人の弁では市販品よりははるかに美味との評価で嬉しい。

(今朝採れたトマト、ナス。見てくれは劣るが味は市販品に負けない)

■落花生
 落花生は初体験。茎・葉は順調そうに見えるのだが、実は地下にありまだ状況を知ることは出来ない。

■枝豆用大豆
 枝豆用大豆は茎・葉はいままでになく順調、まだ身が十分に膨らんでいない。お盆すぎか? 採りたて茹でたての豆は最高で楽しみ。

■ネギ 
 昨年の出来がまず良好だったので今年は2倍以上の本数を植え付けた。しかし、勉強不足でムネの頂点に植えてしまったので根元に土を盛る作業が出来ていない。成長は力強く、そろそろ食べ頃ではあるが、食べられる部分が短そう。


 振り返ってみれば、私の植え付けは苗間の距離が短過ぎて、成長した後各株が充分に日光にあたれない状況になっている。これでは上手く成長出来ないだろう。反省点である。
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災害列島2018(5) 我が家の猛暑対策 大型扇風機、ヨシズ、遮光シート、氷を舐める

2018年08月02日 03時20分44秒 | 季節の話題
 私はこれまで真夏、冬は自分の書斎で過ごすことはあまりなかった。十分な冷暖房対策がなかったからである。
 冬の対策は小さな石油ファンヒーター一つのみ、夏の暑さ対策は窓からの自然風に頼り、無風の時は窓際の扇風機2基で外気を吸い込む。

 やはりこの書斎は落ち着く。前はオーディオルーム的使用が中心であったが、ここ10数年はオーディオ機器の調子が悪く本格的な音楽鑑賞から離れていた。さらにここ数年はメインスピーカーのGRF memoryも不調になっていた。書斎は物置と化していた。
 
 それが今春からヒョンなことからまた音楽三昧の生活に戻った。

 書斎のかなりの場所を占拠していた本格的なオーディオ機器を終活と称して次々に廃棄した結果、冗談抜きに、まともなレベルで音楽を聴けなくなった。

 レコード廃棄は続けていたが、もう聴くこともなかろうと今春からCD廃棄に取り掛かった。CDはパソコンでMP3化してから捨てたが、MP3化した音源を聞いたところ結構音がいいのに気づいた。

 パソコンで聴けるならば書斎の方が都合がいい。書斎復活である。

 猛暑対策としてドア、窓を開放し、窓にはヨシズをつるし、さらに窓には遮光シートをつけ光も遮って午後からの温度上昇を抑えた。この作業にはネコたちの自由外出防止の工夫も並行して進める必要があった。

(裏の畑から書斎の窓を見ると、ヨシズの雰囲気が良い。スイッチが入らない年代物のエアコン室外機が寂しげ)

 涼感は増したがたが、やはり暑い。そんな時は大型の扇風機を居間から持ち込む。

 次の工夫は冷菓である。
 私は甘党でアイスクリーム、シャーベットなどを好む。いくらでも入るがカロリー過剰となりやすい。豆乳などを利用し80Calに抑えた製品も利用しているが、それでも過剰となりやすい。
 だから、氷をアイスピックにいれて持ち込み、適宜口に含む。私の歯は幸いなことに冷たさが滲みない。バリバリと氷を噛み砕くことが出来る。
 さらに暑い時にはケーキなどについてくる保冷剤を凍らせ、タオルに包んで首に巻く。これらの効果は抜群であった。

 全国的に今年は猛暑列島である。熱中症死者も多数でている。そんな中、秋田はパラダイスと言っていいほど過ごしやすかった。
 我が家も猛暑対策を進めたが、それが効したのか私にとっては大したことはなかった。寝苦しい夜もほとんどなかった。

 むしろ夏との別れが意識されるこの頃であり、寂しい。
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災害列島2018(4) 命に関わる猛暑はそれだけで自然災害

2018年08月01日 15時02分42秒 | 季節の話題
 最近の世界的規模の異常気象の背景は地球の温暖化であることは明らか—-と私は思うのだが、科学者たちはまだそう決断つけてはいない。

 実際にはここ10年来、日本列島は頻繁に猛暑の襲われ、今年も7月22日も広い範囲で高気圧に覆われ、各地で猛烈な暑さが続いた。熊谷市で観測史上最高の41.1℃となっ、35℃以上の猛暑日となった地点は、237地点に上って今年最多となり、金国に927ある観測地点の約4分の1を占めた。各地で熱中症とみられる死者も出た。気象庁は同日夕の緊急記者会見で「命の危険がある暑さで、一つの災害と認識している」と危機感を示した。

 同庁によると、これまでの最高は2013年8月12曰に高知県四万十市で記録した41.0℃。23日は東京都青梅市で40.8℃、都内で40℃以上は観測史上初めて。

 仙台管区気象台によると、東北南部の宮城、山形、福島の7月の気温は平年を3.23℃上回り、1946年の続計開始以来最高を記録した。秋田を含む東北日本海側も平年を2.7℃上回り最高タイとなった。

 気温とともにもう一つの懸念材料が少雨。
 東北南部では7月の降水量が平年の半分以下という地点が多い。東北地方整備局が管轄するダムの貯水率をみると、山形県の白川ダムは16%。過去5年間の同時期の平均94%を大きく下回る。

 山形県酒田市では給水制限を実施している。最上川の水量が減少して海水が遡上。7月28日に浄水場の塩分濃度か急上昇して取水を停止した。30日には取水を再開したが、一部で10%の給水制限を続けている。
 同気象台によると、8月も前半は降水量の少ない状況か続き、平均気温も高めとなりそうだ。

 その中では秋田県秋田市付近は比較的過ごしやすい日々が続いている。秋田を含む東北日本海側も平年を2.7℃上回ったというが信じがたい。ネコどもはぐったり、喘いでいるが、エアコンがなくとも私どもは十分に過ごせている。ただし日中居ないからだ、と留守のバアさんはいう。一種のイジメだ、とまでのたまわる。

 数日前から早朝3-5時頃はかなり冷え始め、腰にタオルを巻いた程度では過ごせないほどである。

 外へ出ると早朝の空は高く、秋に特徴的な細切れの雲が出始めている。涼風が足下を冷やす。畑や庭の雑草の露でスリッパ履きの足が濡れる。

 まもなく立秋を迎える。毎年8月7日頃である。
 四季の移ろいにはそれぞれ味がある。それを毎日体感出来る生活であることに喜びを感じる。
 好きだ嫌いだ・・と言ってても、必ず時は流れ、秋は来る。
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オウム事件(5) 全13人の死刑執行 死刑は極刑なのか??(3)

2018年07月31日 17時01分25秒 | 時事問題 社会問題
 法務省は7月26日、オウム真理教による一連の事件で死刑が確定した元教団幹部6人の死刑を執行した。6日に教団元代表含む7人の死刑を執行しており、これで全13人の死刑囚全員の刑が執行された。

 文化的に特異的な死生観を持つ日本人において、死刑の位置付けは微妙である。その為には死刑反対論者は少ない。日本人は死ぬ事に、単に死ぬこと以上の意味を持たせる。いや持たせすぎる、と私は思う。
 自死のメッセージ性、死刑のメッセージ性、長命信仰がそれである。私は死刑廃止論者ではないが、常日頃から人が死ぬことの意味、自死、死刑などについて考えている。

 よく犯罪被害者の遺族たちは「犯人は死んで罪を償ってほしい。極刑を望みます・・」、という発言をする。また、重大事件の犯人も「死んでお詫びをしたい・・」というコメントが報じられることもある。
 実際、私はこれを聞くと何か違うのではないか、と思う。

 私の考えでは、究極的に、死刑は犯罪者に安息を与えることである。死んでしまったら悔やむことも、償いも贖罪の気持ちも全て失われて無になる。生きながらえて悩み続けることの方にこそより大きな意味があるのだ、と思うが。

 私は齢70を越している。別に体調も歩くないし、生活苦があるわけでもない、まだ小さなレベルであるが働いている。そんな私でも、生き続けることに苦悩を感じている。いつ死んでも・・と思いつつも、一方ではまだ急ぐまでもあるまい、と思っている。

 我が国には自死の文化もある。年間3万人近くが自死する。
 一方、キリスト教文化圏では「私をお生みくださったことに感謝いたします」とされ、自死は神に対する冒涜というはっきりした位置付けがある。
 生きることを国家権力で一瞬にしてを頓挫させることが死刑であるが、それに対して、道義的な縛りから死ぬ自由を与えない我が国では、生きているものは緩慢な経過で死への過程を辿らせるという、死刑を課せられているようなものである。

 多くの人は「自死をしてはいけない。人間として、やってはいけないことである。これは、人間の根本原理だ」と言う。自死は悪だというがどうしてだろう。誰が決めたことなのか分からないが、それでも年間3万人近くが自死しているという事実は重要である。

 人間社会の基本原哩として、自死をしてはいけないという基本定理はなはずなのに、現代社会では自死はいけないと考えるのが一般的だ。なぜいけないのか。
 生命に対する哲学的原理だからではなく、人間社会がそのように合意をして、構成メンバーの死ぬ自由を奪っているからなのだろう。

 私は自分の命は自分のものだと思っているから、そんな合意に納得できないし、それに従う気もない。

 日本の社会は自死を禁じているから、死刑が相対的に重要性を増すことになる。
 ところが、自分から死刑を望む人たちもいる。

 池谷孝司篇「死刑でいいです」新潮文庫には、本書に取り上げられた山地悠紀夫、大阪池田小事件の宅間守、秋葉原の無差別殺傷事件の加藤智大・・と何例かあげている。
 このような、一見開き直った姿勢の死刑囚には死刑の意義が様変わりする。
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オウム事件(4) 全13人の死刑執行 死刑は極刑なのか??(2)

2018年07月30日 17時25分21秒 | 未分類
 法務省は7月26日、オウム真理教による一連の事件で死刑が確定した元教団幹部6人の死刑を執行した。6日に教団元代表含む7人の死刑を執行しており、これで全13人の死刑囚全員の刑が執行された。

 死刑が1カ月以内に2回施行されたのは、法務省が執行の事実や人数の公表を始めた1998年以降初めて。 
 上川法相は臨時記者会見で「命を奪われた被害者、ご遺族らの恐怖、苦しみは想像を絶するものがある・・」との前回と同じ見解を述べるにとどまった。執行を二回にわけた理由、短期間の執行の理由などには言及しなかった。
 
 7人の死刑が執行されてから次の執行までわずか20日間。98年以降、これまで最も間隔が短かかったのは47日だった。

 海外では死刑制度を見直す動きが増えている。
 国際人権団体アムネスティ・インターナショナル日本によると、2017年現在では198カ国のうち142カ国が廃止あるいは停止している。経済協力開発機構(OECD)の加盟35カ国で制度が殖るのは日本と米国、韓国の3カ国のみ。このうち韓国は1997年を最後に裁行していない。

 米国でも半数近い州が死刑を廃止したり、執行をやめている。米国のNPO「死刑情報センター」によると、米国では麻酔薬などの注射による執行が一般的。99年の計98人をピークに滅少傾向にあり、17年は23人であった。

 制度廃止の主な理由は、
■えん罪だった場合に取り返しがつかない。現に英国では死刑執行後に真犯人が現れた事件を受け1969年に廃止。
■いかなる場合も殺人を肯定しないという人権上の考え方。欧州連合(EU)は生命の尊重という基本理念から、死刑廃止を加盟条件にしている。
■死刑制度が凶悪犯罪の仰止につながっている証拠が少ない。アムネスティによると制度を廃止した国で「凶悪犯罪が増えた」という報告はない、としている。
■制度を維持する国はアジアや中東に多い。

 死刑廃止は世界の潮流と言われる。
 内閣府の最新の世論調査では、死刑を容認する人が80.3%と依然高水準で、廃止を求める人は9.7%にとどまっている。2016年10月に日弁連が「死刑制度廃止を目指す」とする宣言を賛成多数で採択した。しかしながら、一部の弁護士らは「遺族は死刑への思いが強い」などとして、死刑廃止に反対している。

 殺人被害者遺族は死刑への思いが強いのは理解できる。しかし、私は死刑が極刑だとは思っていない。死刑よりも厳しい極刑を制定するべきと思う。刑期不明の「無期懲役」の見直しが必要だし、釈放されることがなく、かつ強制労働を伴う「終身刑」の導入が必要と思う。
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こんな便利なものがあったのか!!! (3) 伸縮ホース 

2018年07月29日 05時58分08秒 | コラム、エッセイ
 私は現在午前中は水曜を除き他の病院で勤務しているが、午後は秋田駅の近くの飯川病院という小さな病院で、月火木の3日間14:00-18:30頃まで勤務し、他の3日間は同時間帯ボランティア、土日祭日は月に3−4回日直あるいは当直している。この時間帯以外もこの病院で過ごす事が多い。

 私のこの病院における身分はわからない。嘱託医でもなさそうである。しかしながら保険医登録しているから診療は可能である。
 この病院に関与している理由は、院長が家内だからで、病弱なため、補助的に診療を手伝っている。
 
 診療以外は訓練室と玄関先のピロティの木や花の世話である。
 春から秋にかけては水やり、散水を欠かせない。特に玄関脇のピロティは雨が当たらない構造なので乾燥しやすい。晴天が続く場合は土日祭日であってもは散水のために出てくることもある。
 病院は路地に面していて学生や通勤者が多い。飯川病院の「小間使いの爺さん」としか見えないだろう。私はそれでいい。

 今春、従来から用いていた散水用ホースの取り付け口が壊れた。
 修理を試みたが部品がなかなか合わず水漏れを防止できなかった。新しい部品の購入を病院に申し出たところ、ホースと巻き取りリールの劣化もありホースそのものを購入すると言う。勿体無いと思ったが任せた。

 届いたホースは見たこともないようなタイプで、黒く、短く、軽くてコンパクトで全体が布に覆われていた。いわゆる伸縮ホースと言うことで、結構普及しているようであるが、私は初めてみた。

(ホース内の水圧が下がると蛇口のそばまで縮んでくる 水道との連結部、ノズルとの連結部の頑丈さが目立つ 壁に私のシルエット)

 ホース自体も頑丈そう、蛇口側、シャワーノズル側のコネクターともに金属で従来のプラスチック製とは一線を画する頑丈さである。ホース内の水圧でジャバラ状のホースが伸びる構造らしい。ジャバラだと耐久性が気になる。

 蛇口をひねるとホースが3倍ほどにゆっくり伸び、蛇口を止めて水が抜けると元の長さに縮んで手元に戻ってくる。ブーメランが戻ってくる感じである。
 縮んだ状態では柔らかく場所も取らないので小さなバケツに入れるだけですみ、片づけも簡単。

 今までは、散水の度に倉庫から重いホースを運び、終わるとハンドルを回して片付けたがこれが結構大変であった。そのため自宅では巻き取らず伸ばしたままにしてある。病院では管理上そうはいかない。

 伸縮ホースは水圧をホース全体で受け止めるから水の出は強くスムーズである。伸縮ホースの耐久性とか問題もあるらしいがまだ経験していない。

 自宅では通常のホースである。何カ所も穴が空いてその度に修理してつかっているが、今度買い換える際には伸縮ホースにする積りである。
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こんな便利なものがあったのか!!! (2) 鼻毛シェーバー(2) 鼻毛を抜きペーストも

2018年07月28日 08時27分59秒 | コラム、エッセイ
 幸いなことに、数年前に手動の鼻毛シェーバーを家内から土産品としてもらっていたことを思い出した。いつ頃のことか思い出せないほど前のことである。なんで買ったのか?それだけ鼻毛切りが大変そうに見えていたのであろう。

 貰った当初は全くその必要性を感じていなかったために机の奥深くにしまい込んでいて記憶の隅からも失われていた。今回、たまたま、なんの脈絡もなくふと思い出した。必用が記憶の紐を辿らせたのであろう。愛用のハサミと爪切りと同じくゾーリンゲン製であった。値段は4.000円くらいだったらしい。

(ゾーリンゲン製の、鶴の形のハサミと爪切り いづれも30年近く使用 真ん中が使い始めた鼻毛シェーバー)

 今回初めて箱を開けて見た。
 長年動かしていなかったから油が固着しいたためだろう、当初は全く動かず使い方もわからなかったが、潤滑油を刺しながら少しずつ蝶番部分をこじ開けたところ、内蔵のバネの力で開閉できる様になった。なるほど、作りは堅牢で構造的にも関心する。これは優れたメカニズムだと感心した。

 ただ、用いる場所が場所だけに水洗い禁と書いてあるのが問題であるが、私は使用後にアルコール綿で拭き取っている。

 週1回ほどシェーバーで鼻毛処理を練習し、徐々にうまくなった。ほとんど視力を必要としないのがいい。鼻の側面にやや強めに当てて使用すると、うまく切れる。実はもっとスッキリ切れるのかなと思っていたが結構残る。
 鼻毛には、ほこりなどの進入を防ぐフィルターの役目や、鼻粘膜の湿度を保つ働きがあるからこのぐらいがよかろうと思う。

 ただ、巷には根こそぎ鼻毛を抜くことができる固形型のワックスがあるらしい。
 電子レンジで温めて柔らかくしてから鼻に塗ると2分ほどで固まる。それを剥ぎとると、多少痛いというが1mm以下の短いのまで一気に抜けるのだそうだ。日本医事新報4945号のエッセイに紹介されていた。 
 面白いが、鼻毛の機能を考えた場合そこまで徹底して処理する必要はなかろう、と思う。

 鼻毛シェーバーの存在は最近知ったが、視力障害の私にはもう手放せない便利な小道具である。

 ところで、ドイツのゾーリンゲン社は優れた刃物の製品で世界的に有名である。私も何種類かもっているがいずれも堅牢でよく切れる。
 その会社のトップの人は、意外にも日本製の刃物を愛用しているのだそうだ。最近、新潟県のある刃物工房にはゾーリンゲン社の技師や研究者が何人も研修に訪れて日本の刃物作成のノウハウを学んでいるのだそうであるが、優れた企業の謙虚さがわかるエピソードである。
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