福田の雑記帖

www.mfukuda.com 徒然日記の抜粋です。

ゴーン氏、秘密裏に出国?? いや国外に逃亡されたのだ

2020年01月03日 07時01分44秒 | 時事問題 社会問題
 ゴーン氏は12月30日レバノンに入国したことが報じられた。
 海外渡航が禁じられた状態のはず、何で? 初めてその報に接した31日、私は驚いた。

 メディアは「秘密裏に出国??」などとと報じていたが、「国外に逃亡された」と言うべきであろう。
 ゴーン氏はもう二度とわが国に来ることはない、だろう。これは国家的に見ても屈辱的な失態でないのか??
 
 「国外に逃亡」には厳しい制約を潜らなければならない。その方法は明らかになっていないが、関係者は国内外に多数いるはずである。
 国は正規のルートを通じて氏の送還を申し出るだろうが、被疑者送還の協約に同意していないレバノンには通用しない。
 ゴーン氏は二度と戻ってこないから、国としては国内外の逃亡に関係した者の捜索に全力を挙げることしかできない。さりとてせいぜい協力者であって大きな罪は問えない。それで溜飲を下げるのか?

 日本の司法は甘かった??ゴーン氏に完全に裏を書かれた。
 言って見れば、ゴーン氏の完全勝利である。15億円の没収など、氏にとってみれば何ら負担にならないだろう。

 それにしてもどうやって??
 自家用機の管理はどうなっていたのだろう。最終的には給油だって?パイロットは?機の事前の整備は?空港に提出する飛行計画は??
 パスポートの管理は?出国手続きは? 
 渡航禁止処置下にあったとされるが、被疑者の管理観察はどうなっていた?
 などなど疑問は解けない。

 どの部分を取っても不審な動きと捉えられなかったのか??実に不思議。
 今回の国外逃亡の責任は、国の機関のどこが負うべきなのか??

 分からないことばかりである。

 
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2020年は「やる気を鼓舞しない生き方」をしてみよう

2020年01月02日 05時58分37秒 | コラム、エッセイ
 私は外からの評価よりも自分自身の評価を重視し自己満足を楽しむ。
 自分を鼓舞しながら、達成感、満足感を楽しんできたが、70歳台になってその意欲は全般に低下傾向にある。

 最近はやたらに睡魔が襲ってくる。診療を始め、読書や種々の作業を3時間ほど続けると横になって休みたくなる。午睡の時間も長くなりつつある。身体が要求するから無理せずそれには従う。21:00pmに就眠し1:00am前後に起床するという変則的な生活を今も続けていることも関係しているのかもしれない。しかし、変えるつもりはない。

 私の好きな言葉は「継続は力なり」であるが、中身より継続することが主目的となり、本末転倒だと思うこともある。

 ここ数年来、「今年から、もっと無計画に、適当に生きてみたい・・・」と思い続け、徒然日記にも書いてきたが、まだ実行できていない。徒然日記に関して言えば、昨年も更新できなかったのは1日だけで、期せずして「継続は力なり」になってしまった。ダリアとか畑の手が抜けず疲弊した日でなんともならなかった。
 今年こそは途切れてもいい。無理せず自然体でいきたい。

 意欲の低下が著しいと言えども、仕事は減らないから、仕事を始める時には多少なりとも「やる気を育てない」とやっていけない。医師としての業務は報酬をいただいている以上手抜きはできない。

 私は我が家の仕事の分担として、食事・掃除洗濯以外のかなりの部分を担っている・・・と思っている。これらはやらなくとも大きく非難されることはないが、家の内外がゴミだらけになってしまう。そうそう、ネコどもの世話は生き物が相手だけに手を抜けない。

 意欲の高揚がなければできない仕事はすべてやめる、など選択ができればいいな、と思うが、私が手抜きすれば誰かが担わなければならない。面倒くさいからといって、やりがいがないから、とやめるわけにはいかない仕事が一杯ある。これから問題になる除雪作業はその代表である。

 でも、もう残り少ない人生なのだから手を抜けるところは抜きたい。
 すべて自分の心に聞きながら最小限にしよう、と思う。
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2020初春

2020年01月01日 17時22分12秒 | 季節の話題


新年あけましておめでとうございます。

ちょっと焦って処理して来た書籍の電子化(自炊)は、蔵書のうちの2000年以前の作品はほぼ終了し、一段落したので今後はペースを落として進めることに。
この事も含め、今年の私の生活の目標は「ゆるゆるとのんびり生きる」にしたい。
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2019年年末(6) 大晦日 静かに時間が流れ、感謝の気持ちで越年した

2019年12月31日 01時22分20秒 | 未分類
 本日は大晦日である。
 久々大晦日の日当直に当たった。
 8:30、荒れ模様のほか、秋田中央交通のバスが年末年始スケジュールで運行されているので本数が少ない、という事情もあり、レガシーにて出勤、業務に就く。自炊予定の数冊持ち込む。

 病院内の患者の状態は落ち着いているようだ。
 病院内で私が過ごす部屋にはTVがない。TVがない環境は私は好きだ。
 パソコンと自炊した書籍満載のiPadで、淡々と過ごしている。
 本日は外の車の音も少ない。人通りも少ない。

 18:00検食であった。
 白米にエビフライと野菜の盛り合わせ、きんぴらごぼうの小鉢がつき、お椀にはミニ蕎麦。大晦日のための祝膳である。十分雰囲気が感じられる。

 19:00いつもより早目に休み、23:15に起床した。2020年を迎えるのにいい時間に目が覚めた。
 外はやや風が強く、小雪が舞っている。夜半までの間に数cmつもったかなというところ。明日は初除雪か?
 
 いつもより深い「感謝」の気持ちを込めて、厳粛な気持ちで締めたい。

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2019年年末(5)  我が家の動き

2019年12月30日 16時51分49秒 | コラム、エッセイ
 時間の経過は実に早い。本年も晦日を迎えた。
 私としては淡々と過ごし得た一年であった。ずいぶん本を読んだ。

 私は、先に勤務していた病院の嘱託医として、また、家内が傭われ院長している飯川病院の補助医師として診療を細々と続けているが、それ以外は外との接触・交流・対話は一切ない。今年も同様、家族とネコ、自分との対話を中心に引きこもり状態で過ごした。
 病院の嘱託医としても外来が週一回となり、患者数を意識的に他の医師に紹介したが、それでも大変である。更に、12月から新カルテシステムに移行したからこの面でも大変である。

 毎日の新聞読み、読書三昧、文献整理その他、文献チェックなどを通じていろいろ情報を仕入れ勉強し、知識を蓄積した。無知であった自分を恥じながら新しい史実、事実を学んで一人で感激している。入れた情報の一部は本徒然日記の中に文章化している。

 この一年間は、私は健康上のトラブルはほとんど無かったが、最近、体力・気力の衰えが顕著である。バランス感覚の衰えか筋力低下か、ふらつく。全コースの徒歩通勤は健康に自信なく一度もできなかったが、こまめにはよく歩いた。伊能忠敬の足跡をたどる歩数計は6.8年もかかったがトータル18.622Kmとなり、後100Kmを残すだけとなった。

 終活は昨年はCDのMP3化した。今年は書籍の自炊を通じて大幅に進めた。
 まだまだ読書欲は衰えていない。この一年間に新しく購入した関連書籍だけでも120冊に近い。よく読んだものである。

 家内は体調的には元気であるが、一昨年末に大腸ガンが再発し6回目の手術を受け、本年5月に舌癌の手術を受けた。今は元気で実に嬉しい。
 私自身はそろそろ引退を希望するが、家内が働いている間は補完的に、補助的に手伝わなければなるまい。引退するなら同時だろう。

 家族達は、総じて元気に過ごしている。孫5人、何れも個性豊かにすくすくと育っている。賄いの石井さんも弱ってきたがなんとか頑張っている。

 我が家はのネコたちは昨年飼いネコに昇格した。彼らはとても元気、毎日笑いを提供してくれている。ただ、そのうちの1匹「しまじろう」は仲間との諍いが絶えず、風除室の中で隔離している。もう一匹、横浜で拾われ搬送されたユーは外で過ごしている。現在14歳で、この寒空健康面が心配である。

 私供がこうして無事年末を迎え得たのは、やはり多くの方々のお陰である。
 私の最近よく口にする標語は「寛容」、「忍耐」、「感謝」であるが、この一年、まだ一日あるがいつもより深い「感謝」の気持ちを込めて、厳粛な気持ちで締めたい。
 ありがとうございました。

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2019年年末(4) 終活(6) 宗教 自死 死刑 生老病死 尊厳死・安楽死

2019年12月29日 03時21分13秒 | コラム、エッセイ
 今年はずいぶん本を読んだ。
 ジャンルとしては、古典的な作品を含む小説類、宗教関連、高齢者心理と生老病死、尊厳死・安楽死問題、重要犯罪関連のドキュメンタリー、警察・検察・裁判制度・日本の司法制度などなど。

 11月30日、12月7日の二回、末日聖徒なる宗教教団の二人の伝道師の方と面談した。わかりいやすく言えばモルモン教である。
 昨年12月、約1年前であったが、通町を歩いている時に路上で声をかけられたが、時間がないために携帯の電話を交換して次の機会を約していた。その後2回ほど連絡があったが面談の機会は得られなかった。
 本年11月末に再度連絡があった。その時たまたまローマ教皇来日が話題になっていて、私の宗教に対する感覚が異様に高まっていた時期であり、面談を約した。
 土曜の午後病院にきていただき、2回で3時間ほど歓談した。20代と思われる日本人、米人のお二人である。後者の方も日本語でなんとか会話できた。

 面談は先方の伝道の目的には沿わなかったであろう。
 私が抱いている宗教に対する持論、すなわち、宗教に何ができるのか? 神は何を与えてくれるのか? 宗教で社会の何が変わるのか? 宗教は集団的マインドコントロールでないのか? 宗教は個人に謙虚さを教える効果があるが・・・などを提示し、双方の考え方を述べ合った。
 私は話題の資料として11月25日の記述を提示した。宗教2019(3) 私の宗教観に示唆を与えた言葉
 各々の意見に関しては個別に記すことはしないが、双方にとって、少なくとも私にとっては有意義な面談となった。別れに当たって「モルモン教」をいう立派な書籍をいただいた。

 私の場合、私の命の価値は豆粒一つでしかない。この一年間いろいろ考えたが、「好きにさせてよ!!」と思う。だから、終活として自死も安楽死も支持する立場であることには変わりがない。
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2019年年末(3) 医療界の動き 

2019年12月28日 01時43分38秒 | 医療、医学
 2019年は医学界にとってどんな年だったのか?
 「これからの医療のあり方」などと名称つけた徒然日記であるが、私の医療面での情報収集能は明らかのに低下してしまった。
 昨年に引き続きm3.comの年末記事を引用しながら振り返ってみた。(一部改変)。
 また、資料として過去3年分のを併記した。

2019年医療界の動き (医療維新による)
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(1)台風豪雨などで浸水被害位相次ぐ
(2)中村哲氏アフガニスタンで死亡
(3)医師の働き方改革議論進む
(4)医学部不適切入試問題で元受験生らによる提訴相次ぐ
(5)ゾフルーザ耐性インフルエンザウイルス高頻度に検出
(6)水泳の池江選手白血病公表
(7)京アニ事件36人死亡 日本の犯罪史上最大の事件
(8)MRからの情報提供規制強化
(9)424の公立・公的病院のリスト公表。再編統合視野に再検証進める
(10)医師志望の福岡、ラグビーW杯で活躍
(11)大学病院の無給医少なくとも2191人
(12)乳腺外科医裁判で無罪。わいせつ行為否定
(13)本庶京大特別教授、小野薬品と対立
(14)抗菌薬セファゾリン供給停止
(15)医師の働き方、報告書まとめ
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参考 2018年医療界の動き (医療維新による)
こんなことが話題になっていた。時の流れは早いものである。

(1)本庶京大特別教授にノーベル医学生理学賞
(2)東京医大女性差別など不正入試
(3)医師の働き方改革議論進む
(4)AI、医療分野で実用化検討
(5)複数の大学で不正入試 文科省中間報告
(6)順天堂大学女性差別など不正入試
(7)大学病院など労働基準監督署の指導相次ぐ
(8)東京医大、44人を追加合格
(9)ゲノム医療、再生医療など最先端医療の推進
(10)医師の地域偏在、診療科偏在対策の動き

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参考 2017年医療界の主な出来事(医療維新による)。

(1)2018年開始の専門医制度を巡る動き 
(2)医師の働き方改革への動き
(3)2018年診療・介護報酬同時改定を巡る動き
(4)日野原氏105歳で死去
(5)小林麻央さん死去
(6)千葉大医学部学生に有罪、集団乱暴事件
(7)医師の地域偏在、診療科偏在を巡る動き
(8)京都医大、虚偽診断諸問題
(9)NHK糖尿病治療に睡眠薬推奨
(10)2018年薬価制度改革を巡る動き
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参考 2016医療界の主な出来事(医療維新による)。
(1)オプジーポを対象に緊急薬価改定実施 薬価の毎年改定導入
(2)大隅氏がノーベル医学・生理学賞受賞
(3)全国がん登録がスタート
(4)新専門医制度の2018年度開始に
(5)診療報酬改定で多剤投与の見直し
(6)国際医療福祉大の医学部設認可
(7)HPVワクチン接種を巡る混乱
(8)過労死等防止対策白書が初めて公表
(9)B型肝炎ワクテンか定期接種化
(10)世界医師会総会で横倉日医会長が次期会長に

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2019年年末(2) 国内外の出来事

2019年12月27日 06時42分01秒 | 政治・経済 国際関係
 今年も残すところ数日となった。
 今年も色々な出来事があった。自分でも需要項目をピックアップしていたが、項目が多すぎてまとめきれなかったので秋田魁新聞の記事(2018,12,24)から引用させていたいた(一部改変)。
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■ 国内
 ・天皇代替わり、平成から令和に、行事相次ぐ
 ・相次ぐ台風で列島被害甚大、停電や河川氾濫
 ・京アニ放火殺人事件で36人死亡、容疑者拘束
 ・消費税率10%に、軽減税率やポイント還元も
 ・ラグビーW杯国内開催.日本初の8強入り
 ・関電幹部に町元助役から金品。会長らは辞任
 ・参院選で与党過半数、改憲勢力3分の2割れ
 ・安倍首相、在任最長も「桜を見る会」で疑惑
 ・沖縄の首里城が炎上、正殿、北殿などが焼失
 ・ゴルフ渋野が全英、テニス大坂は全豪を制す
 ・池袋暴走など高齢運転者の事故相次ぐ
 ・アフガニスタンで中村哲医師び銃撃死

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■ 国際
 ・日韓関係さらに悪化、GSOMIA破棄は回避
 ・米中貿易摩擦、追加関税応酬も第1段階合意
 ・英総選挙で保守党大勝、来年1月EU離脱へ
 ・米朝、ハノイと板門店で会談も非核化進まず
 ・INF廃棄条約失効、米・口は武器開発競争へ
 ・核合意巡る米・イランの対立激化、ウラン濃縮再開も
 ・温暖化防止訴えスウェーデン少女が国連演説
 ・ノートルダム寺院で火災、尖塔が焼け落ちる
 ・米大統領のウクライナ疑惑、下院で弾劾訴追
 ・北朝鮮、ミサイル発射続け米をけん制
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2019年年末(1) 自炊と読書に開けくれた1年

2019年12月26日 17時40分58秒 | コラム、エッセイ
 今年はずいぶん本を買った。読んだ。
 ジャンルとしては、小説類を始め宗教、生老病死、尊厳死・安楽死問題、自死問題、重要犯罪関連のドキュメンタリー、警察・検察・裁判制度・日本の司法制度など。などである。
 本を時代的に区分して見れば、近代作品半分、ビンテージ作品半分といったところか。

 終活として、蔵書を減らす目的で自炊を始めて10年になる。かなり処理が進んだ。

 書類や本の取り込みについては富士通のページスキャナーを用いて電子化している。
 本年9月に次男からS-500Mというスキャナーをタダでもらった。S-500Mは私が頻用していたS1300よりは処理スピードを始め機能が高く自炊の能率が増した。500ページ程の厚手の文庫本を処理するのに10分もかからない。S1300の1/4ほどの時間で仕上がる。これ以降、私は自炊作業に酔いしれてしまった。連日数冊のペースで電子化している。

 次男は結構親との取引に長けている。今までもパソコンとかiPad miniとか自分が新規購入する際に旧製品が私に回ってきた。いつも親子値段で引き受けていたが、今回は何故かタダらしい。何かある??
 後日談であるが、11月に、TVボード、キッチンボード、大型冷蔵庫の請求書が回ってきた。100万円超である。新築祝いとしてもちょっと高すぎる。S-500Mは新品でも5万円程度だったし、10年も経っているし・・・、と文句はあったが、終活の一部とみなして、私は素直に振り込んだ。

 自炊し電子化したデータは12.9インチのiPad Proで読む 。最近はどこに行くのもiPad Pro同伴である。

 何で今更ビンテージ作品なのか? 1965年大学入学後から堰を切ったように内外の作品を読破し始めた。当時、何を読むべきかすらわからなかった私は、とりあえず古典を中心とした岩波100冊の本というシリーズから取り掛かった。
 新潟大学学生のうちに大体その9割を読破した。

 そのほかに当時買い求めたジャンルは、軽い者から重いものまで含む広範な小説類、人生論、心理学関連図書、老病死関連、宗教関連本などなど。これらのビンテージものはダンボール数ケに入れて倉庫の奥にしまっていたのを数ヶ月前に発見し、自炊しながら興味のあるものは読み返している。当時、私は人間関係の構築方法に悩み、人生に悩んでいたことがわかる。

 大学卒業後は古典作品から現代的作品しシフトして蒐集、読んできた。

 最後に、私は自分の命は自分のものであって、自由に扱っていいと考える立場である。今年一年関連本を読みながら考えてきたが、やはり変化はきたさなかった。安楽死も容認する立場である。
 私の命の価値は豆粒一つでしかない。だから、「好きにさせてよ!!」、私はそう願う。
 そういう気持ちをもって今年を過ごしたが、幸い来年まで長引きそうである。
 この辺のことを一層深めたいと思う。
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老医のつぶやき2019(15) 仕事上の出来事二つ、外来診療縮小と新カルテシステム

2019年12月25日 10時46分51秒 | コラム、エッセイ
 今年も間も無く暮れる。私は74歳+αであるがまだ明和会という法人の嘱託医として中通総合病院の内科外来、健康クリニックのドックの担当医、大曲中通病院の外来を各々週一回働いている。午後は別法人の病院で週3回の勤務、そのほかの日はボランティアである。

 今年は私の仕事上で多少の動きがあった。
 一つは新年度を迎える前に法人管理部門から中通総合病院の内科外来単位数を2回から1回にするように指示を受けたこと、もう一つは12月1日から旧電子カルテシステムから新システムに移行したことである。
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 診療単位縮小の通告。
 私は74歳+αの老医であるから、基本的に老齢医師は総合病院では不要である。だから、新年度を迎える毎に次年度の更新はないだろうと予測してきたから、今回のことは当然のことと受け止めた。
 縮小の理由として、総合内科外来を閉鎖することと、私の出身医局である秋大第3内科から中堅の医師が赴任してきたことを挙げていた。前者はこれからの一層深まっていく高齢化社会では総合内科外来の意義は一層重要になることはあれど逆はない、と考えるが、病院の方針とのことで異論は挟まない。
 中堅の医師赴任は私が現役の頃からずっと求め続けていたことでやっと実現した、ということ。早速新体制に向けて患者の仕分けを開始したが、予約が7月一杯入れてあるために8月1日から外来診療を週に一回とした。新たに赴任した医師に55名の患者の移行した。
 そうはいっても、週2回の外来が1回になったから毎回の外来は混雑し、毎火曜日は終日疲弊している。
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 12月1日から新電子カルテシステムに移行した。

 旧電子カルテシステム2006年に導入した。
 数年かけてコンピューターによるオーダリングシステムを準備し、段階的に医療業務、看護業務、事務処理に機能を拡張してきた。
 導入当初は戸惑い、反発、心配等もかなりあったが何とか乗り越え、全体的に見れば病院としての機能は格段に向上した。
 それから13年経過し、今回一層高機能の別システムに入れ替えることになった。私も学習会に2回参加したが、高機能になった分診療現場での入力作業は実に大変である。

 コンピューターはどんなに文句を言おうと異議を唱えようとビビラないし、ビクともしない。最期まで人間の方が合わせてくれるまで拒否し続ける。私から見てコンピューターは思い通りにならない絶対的権力者であるが、人を従順にさせるという技能を備えた羨ましい存在でもある。

 私にとっては二つの点で新電子カルテシステムは辛い。
 一つはやはり高齢に伴う脳機能低下があり、旧システムとは全く異なるシステムへの適応能力は弱い。
 もう一つは外来が週一回だけとなり、新システムに慣れるのが難しいことである。

 まだ導入後一月で私自身は混乱の最中にあるが、勤務している限り後には引けない。できる限り習熟するしかない。
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 今年最後のつぶやきになるかな?


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国立キエフバレー秋田公演 「くるみ割り人形」 秋田市文化会館

2019年12月24日 09時55分23秒 | 音楽談義
 12月24日の夕方から25日の夕方までの1日がクリスマス。
 本日はタイミングよくウクライナの国立キエフ・バレエ秋田公演が催された。しかも、クリスマスの定番演目「くるみ割り人形」であった。音楽雑誌によるとウクライナ国立歌劇場管弦楽団も来日しているが、秋田では特別録音音源を使用した。会場が狭くオーケストラピットを作れなかったためなのか、入場者数から見て採算が取れないと判断されたためだろうか。

(配布パンフレットより一部を引用した)

 キエフ・バレエは創立150年を迎えた名門歌劇場のバレエ団として名高く、世界でもトップクラスの伝統と実力を誇る。予定されていたダンサーのオレシア・シャイターノワは怪我で来日できず、ダブルキャストのアンナ・ムロムツェワが主役を演じ、華やかに舞台を彩った。
 一年の締めくくりに、久々華麗な本格バレエを堪能した。

 今回のキエフ・バレエ秋田公演の観覧に関しては私は數ケ月前から知っていたのであるが、録音音源で踊るというので敬遠していた。しかし、11月に英国ロイヤルバレー団のプリンシパルを長く務めたバレリーナ吉田都氏に関するドキュメントをTVで見た家内が強く観覧を希望した。そのために付き添いとして同伴したものである。
 実は、私はバレー公演でもオペラでもお目当はオーケストラの演奏・音色である。そのため随伴音楽には詳しいがバレーやオペラの物語に関してはあらすじの解説や対訳を見たこともなくほとんど知識がない。そんなこともあってちょっと距離を置いていたのであるが、ひょんな事から観覧することになった。それが良い結果をもたらした。

 開演は17:30とちょっと苦しい時間帯であった。いつもなら業務の最中である。
 観客の入りは一階席はほぼ満席、二階席は6-7 割くらいの入りか。私供の席は二階の最後部中央であった。だから人混みを意識せずにゆっくり鑑賞できた。
 観た感想を示せば、使われた録音音源は殊の外音質が良かった。特に低弦楽器の音は、あたかも弓から松脂の粉が飛ぶようなリアルな、ゴツゴツした音色で満足した。しばらくは録音音源であることを意識したが、もう気にならなくなった。
 主役の男女の踊り手の技術、脇役の踊りを含め、総じて見事であった。

 私が驚いたのは会場の聴衆の反応である。見るべき場面場面、高度のテクニックを披露した場面などに的確に拍手を送っていた。演目の「くるみ割り人形」の舞台を知り尽くしているのでは??と思われた。秋田でもバレー教室の活動は盛んで講演会も行われているが、その生徒や家族などの関係者ではないかと考えられた。

 今回の公園で最も良かったこと、は私を悩ます不快な「ブラボー男」の声がなかったことである。秋田の演奏会では十中八九遭遇する不快感を味わわないで済んだことは別な意味で最高に良かった。最近の演奏会雑観 ブラボー プレトーク 団員への労い そのほか

 私はクリスマスなどそれほど関心はないが、キエフ・バレエ秋田公演は十分に楽しめた。良きイヴであった。
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冬至2019:私には大きな節目 柚子湯・カボチャ小豆粥考

2019年12月23日 18時19分36秒 | 季節の話題
 昨日22日は冬至。冬至は1年のうちで日の出の時刻が最も遅く、日の入りの時刻が最も早い日。今後、朝が明るくなるだけでなく、朝の日差しが徐々に力強くなって行く。希望のスタート日でもある。

 我が家では家事分担として料理以外の外仕事は私が担っている。
 敷地内の掃除や草刈り、樹木の世話、花壇の整理、ガレージの整頓、廃棄物の処理などなど、意外と仕事は多い。積雪期は除雪も私が担う。

 可燃ごみは週2回5:00-6:00am頃に私が集積所に出すが、10月末から12月末までは真っ暗闇の中の作業になる。自転車用のヘルメットを改造して作ったヘッドランプで手元、足元を照らしつつ作業を進める。

 秋田では通常は冬至は積雪状態で迎え、寒さはとても厳しい。本年の冬至は昨年・一昨年同様、まだ積雪はない。実際の気温や天候は日照時間とは約二ケ月のズレがある。だから、秋田ではこれからが本格的な雪の季節である。
 
 今後一週間単位で見れば夜が明けるのが確実に認識できる。
 冬が長い北欧ではこの日を「太陽の力が再び力を持って来る日」として祝う、祭りが今でも盛んだという。
 私にとっても、冬至は除雪のストレスに悩み、春を待つ心が誰よりもつよい心が迎える新しいスタート日でもある。

 古代には冬至が1年の始まりだつたと言う。その様にしていた気持ちはよくわかる。
 キリスト教の文化圏では11月1日を「収穫を祝う日」、「聖人のための大祝日」とし、一年の始まりだったという。

 冬至といえば食卓には「カボチャと小豆」、風呂には「柚子」である。

 柚子湯は身体を温めて、風邪知らずに。この習慣は冬至と湯治の語呂あわせから来ているほか、柑橘系の芳香成分による保温効果や、沈静効果が期待できるという根拠も上げられている。

 冬至にカボチャを食すと健康によいといわれている。カボチャは16世紀に日本に伝わった渡来作物であり、一般に晋及したのは江戸時代とされている。だから、この風習は江戸時代以降に始まつたと考えられる。現在と違つて冬場は野菜類が少ないため、保存がきく、食昧などの点から珍重されたのであろう。ただ、この時期まで保存されたカボチャは皮が硬くなっており簡単には刃物が通らない。かつてはマサカリなどで破壊してから料理したものであるが、今年は電動のこぎりで裁断した。

 私たちにとつては暖かさの実感はまだまだ遠いが、小さな植物のなかにはいち早く太陽の恩恵を受けているものがある。ボタンの枝先には来春のための芽が硬く準備され、春の訪れを待っている。

 日が長くなリ始める毎日、来春への準備を怠らない植物たち、私も一緒に春までの日々を歩んで行きたい。
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忘年会とは何か(2) 「忘れないけれども忘れる」日本特有の文化を大事にしよう 

2019年12月22日 10時13分19秒 | コラム、エッセイ
 私の唯一の忘年会が終わった。会そのものには一年間ご苦労様という気持ちで楽しく過ごそう、という、開放感も伴った楽しい雰囲気があ理、意義はある。全てを否定はできない。
 毎日顔を合わせながら対話の機会が少ない職員達との対話はそれなりに楽しかった。

 「忘年」と言う名称はリセット感覚としては良いが、下向き、後ろ向きなイメージが伴っていて嫌である。それに、私には忘れなければならないことなどは一つもない。忘年会などしなくても脳機能が低下していてほとんど記憶に残っていないからである。

 かつて、県医師会の会長が「忘年会」と言わず「望年会」と言おう、と挨拶したが、なかなかいいアイデアであった。私が働く法人では「年末大交流会」と称していた。

 広辞苑で忘年会を引いてみると「その年の苦労を忘れるために年末に催す宴会」とある。日本独特の行事らしく、歴史を遡れば鎌倉時代にまで行き着くのだという。鎌倉時代当時は優雅に厳かに和歌などをつなげて詠う会だったらしい。江戸時代になって庶民が一年の労をねぎらい、杯を酌み交わす会を行ったとされるが、一般的にはならず、現在の如くになったのは明治以降らしい。
 「忘年会」が文章上で初めて記載されたのは漱石の「我輩は猫である」とされているのも意外である。

 今どきの若い人達は友達と楽しむ忘年会はいいけれど、会社の先輩や上司と一緒の忘年会は勘弁してほしい、いう人が増えている、という。実は私もそうだった。組織のヒラの時は適当に理屈をつけてさぼっていたが、組織の維持や運営に関わるようになってからは、忘年会等を含む懇親会などにそれなりの意義も感じていた。人間関係が円滑になるからである。だが、現役を退いてからは全部遠慮させてもらっている。今は参加の誘いもない。

 今、働く場は派遣や非正規などが入り混じって、女性も増えて多様化が進んで、職揚が集団から個の集合体へと変化しつつある。忘年会だけでなく飲み会の機会そのものが減つている。 
 時代柄やむを得ないが、宴会の文化や伝統が完全になくなってしまうことにはいささかの不安を感じる。人間は古来から集団同士で参加する宴を開いてきた。相互に顔を突き合わせながら会話し、敵でないことを確認しあった。収穫があった時には宴を開いて幸福を分かち合ってきた。SNSが及ばない世界である。

 節目を迎えたら、忘れないけれども忘れる。
 この相矛盾する心情の積み重ねが、複雑で奥深い日本の文化を形作ってきた。何を忘れ、何を忘れるべきでないのか、忘年会のシーズン、間も無く新年が開けると言う節目の時期に、私は自らの内なるものと対峙して見る機会にしている。私はしつこく執念深い性格だから忘れることができない事象は沢山あるが、それらを割り切ることで乗り切っていく。
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忘年会とは何か(1) 日本特有?の区切りの文化の生活密着型行事 

2019年12月21日 18時19分07秒 | コラム、エッセイ
 今となっては、他の組織のことは全く分からないが、年末になるとかつては忘年会という行事があった。
 現役の時は役職上10数回もの忘年会に出席を余儀なくされていた。酒を飲めない私にとっては辛い年末の行事であったが、一方ではそれなりの意義も感じ、真面目に対応してきた。

 最近では私が出席する忘年会は一回だけ。それもボランティアとして働く飯川病院の忘年会で、昨日開催された。なかなか楽しい会であった。

 これを機会に、忘年会の意義、節目を越しては過去のことにこだわらない、とする日本の文化についてつらつらと考えてみた。

 日本人は歴史を区切って考える傾向がある。忘年会もその一つと考えられる
 この一年、いろいろ大変だった、歪みも生まれたがが、忘年会を機会に忘れたことにして次年に持ち越さないようにしよう、という行事である。

 日本には「水に流す」という言葉もあるように、日本人は過去のことを忘れはしないが節目を超えてまで持ち越さずに、なかったことと割り切ることで未来を築こうとする考え方や文化がある。その「水」の役目を果たすのが「盃」、「酒」であった。だから、忘年会や宴会には守らなけれぱならないルールもあった。こうしたルールが地域社会や企業社会の秩序を維持し、ものごとを円滑に動かすために有用とされてきた。

 年末年始の忘年会や新年会がその節目の一つとする。そう考える方が人間関係の構築の中で楽であるし、それは前向きに生るための一種の知恵と考えられてきた。 
 
 一方、社会としては歴史を刻み続け、記録として蓄積し、知になるように伝承されていく必要がある。
 それに関していえば、西暦が単純に連続した数字の積み重ねであるのに対して、日本特有の和暦は、明治・大正・昭和・平成・令和と細かく年代を刻む。これも大き目の節目である。和暦のような暦を採用している国は日本の他にほとんどなくなったとされる。私は和暦を支持する。ただし、西暦和暦併記がいい。

 近代日本を語るときに、戦前・戦後という区切りも置かれている。極端な言い方をすれば戦前の日本は全く異なった時代のことように感じてしまいかねない。日本人は実に上手に乗り越えたモノだ、と思う。これも日本の文化である。
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老医のつぶやき2019(15) 最近意味がわからなくて辞書で調べたカタカナ語

2019年12月20日 04時40分27秒 | コラム、エッセイ
 おそらく、カタカナ語を好んで用いる方々は、カタカナ語の方が最新でグローバル化の波に乗った語彙で、かっこいいと考えたのではないか。
 もしかすると、将来の日本語はカタカナ語を平仮名の「てにおは」でつないだだけになるかもしれない。
 日本語はそれだけで内容伝達性がある。カタカナ語にすればソレを失う。これは記録性や意思伝達、内容伝達が目的の言語としての価値を捨てることになる。さらに日本語は書いても聴いても歌っても美しい。その美は詩歌でしか味わえないようになるかもしれない。

 特に医療関係の用語にカタカナ語が増えるのは悲しい。フレイル、ロコモティブシンドローム
私は今も少なからず英語も学んでいる。だから、英語由来のカタカナ語の意味は大体予測がつく。しかしながら、実際の使われ方から見て意味が取れないことがある。この場合、通常の辞書では解決できない。そのような場合は「現代用語の基礎知識 2020 (新創刊)」で調べている。これはいい本である。

 最近分からなくて、あるいは意味が取れずに調べたカタカナ語は、ざっと挙げると以下のようなものである。一つ一つの意味は省略する。
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○ジェンダー・セクシー・セクシャル・トランスジェンダー・LGBTなど
○コンテンツ
○ガバナンス 
○サステイナブル
○パトリオティズム
○サイクルトレイン
○イノベーション
○ジャポニスム
○ルーラ
○スタンス
○レアアース
○ハラスメント
○キラキラネーム
○プレトーク
○ジオパーク
○フェイクニュース
○アメニティグッズ
○シルバーデモクラシー
○グランクラス
○ネトウヨ
○グローバル化
○アメラジアン
○ブロックチェーン
○スピンオフ
○リバースモーゲージ
○メンター
○ストーカー・・・・他いろいろ。

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