コージーアンティークの日記

日記や修理・メンテナンス、アンティーク情報などもろもろをご紹介してゆきます。

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アンティークとの出会い・・・

2008-03-27 17:26:35 | アンティークディーラーの日常

高校生の私は、よくいる若者と同様、新しいものや機械が大好きだった。

学生の私はお金は無かったが、一年に一度の郵便局の年賀状配達のバイトで得たお金で、オーディオ機器を揃えるのを楽しみにしていた。穴があくほどカタログを読みまわし、カセットデッキひとつ買うにしても、数々のメーカーの製品を比較し、機能の比較も念入りに行っていた。とても楽しい時代だった。

高校卒業を目前に控えた冬の時期、大学進学が決まり、車の免許取得の為の資金を得る為、目白の邸宅街にあるレストランでアルバイトをはじめ、ほどなくして、同じくバイトしていた、就職を控えた学習院大学の4年生と知り合いになった。

学習院の4年生は、大学でジャズ研に属するドラマー。学習院というと皆様もご存知であろう天皇陛下のご子息が通われる、良家のご子息の割合が非常に高いと思うのだが、私が知り合った先輩は、6畳一間の風呂なしアパートに住まう、苦学生だった(笑)

高校時代の私はロック・ギター少年。中学生の頃より洋楽を聞き始めていて、ギターを始めた動機は、『女の子にモテたい!!』といった単純かつ不純な理由から。ざっくばらんな話をするうちに、仲良くなった。

先輩は、私にジャズを教えてくれた。目から鱗だった。ロックでは使わない複雑なコード進行が、ジャズにはあった。

いろいろなレコードを貸してくれたり、高田馬場や新宿にあるジャズ喫茶に連れて行ってもらい、モダンジャズをリクエストした。コーヒーを飲むときもあれば、先輩がキープしてあった安いウィスキーを飲んだりもした。

当時、高校生だった私には、衝撃的な『大人の世界』だった。

その後、先輩は就職の為にバイトをやめ、私は、神奈川県ののどかな田舎町にある大学に入学。迷うことなくジャズ研に入った。

ある日、渋谷の246沿いにあるギター屋を訪れた。


フェンダー社と並んで有名であり老舗のギターメーカー、ギブソン社の1970年代製セミアコースティックギター『ES-335TD』が目に入る。


このギターは、深いブラウンのナチュラル塗装のギターで、木目が美しい70年代製のヴィンテージ・ギター。ジャズ系やフュージョン系のプロのミュージシャンも使っている有名なもの。学生には大金であったが、思い切って、この25万円のギターを10回払いの月賦で購入した。

ギターを購入したそのお店は、いわゆるビンテージ専門店で、100万円以上もする展示されていたギターを見たとき、まだまだ子供だった私は素直にぶっ飛んだし、圧倒された。20数年前の当時、1950年代製のあるギターは、350万円の値札をつけていた(汗)

その後も、このようなヴィンテージ・ショップを訪れ、目は肥えていった。 

アメリカン・ヴィンテージギターとの出会い


今想うと、これが古い物との最初の出会いであったと思う。


ギターを手に入れてから6年後の留学の為渡米。ある夏の日曜日の昼下がり。

スウェーデンからの友達と部屋をシェアする予定で、ロスのハリウッドで待ち合わせをしていた私は、表通りのハリウッド・ブルバードから一本奥へ入った道で、愛車の1979年製『フォード・リンカーン・ベルサイユ』を停めた。

もともとは、透き通ったブルーの車であったようだが、アメリカの強い日差しの下で過ごしてきた私の車は、色褪せていて、塗装がいたるところで剥げていた。この車の色を10人に聞いたら、きっと10人が灰色と答えただろう。

約束のピザ屋へ行き、一時間ほどで戻ってみると、一瞬、自分の目を疑った。車内に積んであったものが見えない。

数分して我に返った。根こそぎ無くなってる、盗難に遭ったんだ、という事を理解した。

後部のガラスが一枚割られて無残だった。警察に届けると、形ばかりの状況見聞を行い、必要であれば書類を準備すると言われた。

このような、車上荒しはロスでは日常茶飯事との事で、警察も手際よく処理した。盗難されたものが見つかる事は、まず無いそうだ。


きっとどこかのPawn Shop(質屋)にでも売られていくのかな・・・。


命まで取られるなくて良かった、と声をかけられたが、やるせなくて受け容れ難い想いだった。



思い出深い私の愛器との別れは、5年ほどの付き合いの後、突然予期せぬ形で訪れた。
高い授業料を払った私であったが、ロスを嫌いになる事は無かった。いろいろと考えてユタ州の大学に戻る事にした。


帰り道のI-15(南北に走る15号線)。カリフォルニアを北上し、ネバダ州ラスベガスを過ぎると、ユタ州に入る。


涙こそ出なかったが、悲しかった。ひとりハンドルを握る私。走りながら、いろいろな事を考えた。考える時間はたっぷりあった。


時速85マイルで走る車の車内には、後部の割れたガラス窓から風が吹き込んでいた。


お金が無かった私は、しばらくの間、ダンボールをガムテープで止めて、風をしのいでいた。

数ヶ月した冬の寒い日。雪の中、車を走らせ、車の窓ガラスを修理した。本当は、安い中古のガラスを入れたくて、ジャンク屋(古くなった動かない車をパーツ販売の為に大量に展示しているお店)を探していたのだけれど、なかなか見つからない。雪深いユタの田舎町は、冬の期間が6ヶ月以上あるので、仕方なく新品のガラスをつけることにした。


以来、アメリカとの縁は深くなるばかり。1930年代のミシンを買い付けたこともあった。昔のミシンは、鉄の塊を削ってつくったような、重たいミシン。『かっこいい~』と一目惚れ。アンティークとの関わりも深まっていった。

あのギターは今どこで誰が使ってるのかな・・・?今でも懐かしい思い出。20代前半の大事な大事なちょっとほろ苦い思い出・・・


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贅沢ハンバーガー

2008-03-25 14:39:56 | アンティークディーラーの日常
『ハンバーガー1580円』

えーっ、高い!!って思われる方も多いでしょう。決してグルメではない私も同感です、ハハハ

『ハンバーガー=ファーストフード=お昼の軽食』とイメージする人にとっては、当たり前の感想でしょう。

でも、『ふーん、美味しいなら、まあいいかなぁ~』と考える人もいるでしょうし、ディナーで食べるハンバーガーがあってもおかしくないと思います。

ちなみに、日本では、ちょっと高価格だとハンバーグ・ステーキなどと言って、ご飯と
一緒に食べたりもしますが、アメリカではどんな場合でも『ハンバーガー』もしくは『バーガー』でO.K.です。日本人からすると、バンズにはさんで食べるのがハンバーガーって感覚だけど。

アボガドをはさんだり、マッシュルームのスライスをウィスキーでソテーしたりしてお肉と合わせたりした、いろいろな贅沢食材が使われていたり、調理法法に手間がかかっていたり、とびっきり大盛りだったり・・・笑。
まあ、それ以外にも、人件費の高騰や店舗賃貸料や材料費の高騰も関係していると思いますが・・・要は、お客さんがその価格以上に満足できればいいのかもしれません。。

いわゆるチェーン店では、材料費の大量調達や効率的な運営をする事による低価格化(コスト削減)が主眼になる一方、対極にある贅沢ハンバーガーショップは、これから面白いかもしれない。


戦後の右肩上がりの成長局面では、『規模の理論』に基づき、効率性を上げられてきたと思う。広告にしても、店舗が多ければ多いほど、その広告によるベネフィットを低コストで得られるわけだから・・・。それに伴い、消費者も低価格で食べられるというベネフィットを得てきた。

一方、成熟経済局面やエコ(リサイクルやCO2排出削減などによる環境破壊の防止)、食の安全といった経済効率とは相反した指標が重要視される経済環境では、面白いアイデアや新たな価値観の創出は、欠かせないのかもしれない。
『120%安全な国内産オーガニック・ハンバーガー』とかネ。

ハンバーガーショップに限らず飲食店などでは、チェーン店を好まない消費者も増えてると思うし、デパートなどでは3000~6000円程度の名店による高級弁当が売れているという話も聞きます。ミシュラン・ガイドにのった名店のお弁当とか。
まぁ、個人的には、贅沢○○とか高級○○とか自ら名乗ってる商品を買うのはちょっと恥ずかしい気もするのです・・・。

こういう多様化するニーズへの対応って、良い事なんでしょうね、きっと・・・多品種少量販売の時代ですから。


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アラビア・コスモスARABIA KOSMOSシリーズ

2008-03-21 16:19:17 | 北欧陶磁器ガラス

1988年3月。まだ肌寒い土曜日の夜9時過ぎ。

雑踏の渋谷のセンター街を抜け、宇田川町交番の脇の道、たんたんと歩みを進め、
ハンズを通り過ぎNHK方面へ少し歩くと、左側のビルにはタワーレコードが現れる。そこで、右に曲がると、小道が現れ、階段の途中に隠れ家のような佇まい(たたずまい)のちょっとビルに入っていくと、洩れ聞こえるジャズ。

ジャズ喫茶『Swing』

重たいドアを開けると、ランプの灯りは暗く、向かいに座っているお客の表情はわからない。その為か、タバコの白い煙の動きがわかる。

『ボン、ボン、ボン、ボン』という4ビートのウッド・ベース。

『ツーチャッカ、ツーチャッカ』というドラムのシンバル・レガート。
名手エルビン・ジョーンズの額からは、大粒の汗。。。

時折音を紡ぐ(つむぐ)ようなピアノのブロック・コード。
マッコイ・タイナーのスイングも気持ちいい。

最後に、静かに加わる、ジョン・コルトレーンのテナー。

バランス良い音のインタープレイ。決してしゃべりすぎる者は無く、適度な音空間が心地よい。

マスターに、『いつもの・・・』と注文したコーヒーが出てくる前に、そっとメンソールのタバコに火をつけた・・・。




ちょっと妄想してしまいました・・・(笑)いや、正確には、回想です。私の二十歳頃の大切な1ページ。麻雀とジャズに明け暮れた毎日でした。

今はなき(涙)渋谷のジャズ喫茶『Swing』で、出てきていたかどうかは定かでないけれど、きっとお店の雰囲気とピッタリとマッチしそうなコーヒーカップ。


北欧はフィンランドのArabiaアラビア社よる1960年代製のヴィンテージKosmosコスモスシリーズです。状態は、グー!!

アラビアは、1873年より130年以上続く、北欧フィンランドの名窯で、現在は、Alvar Aaltoアルバー・アアルトの花瓶や無鉛のグラスで有名な同じく北欧をベースとするIittalaイッタラグループの傘下に属しています。


デザイナーは、Ulla Procopeウラ・プロコッペ(1921-1968)。1921年フィンランド生まれ。1948年、Arabia社に入社。
代表作にRuska、Kosmosシリーズなどがあり、Ruskaシリーズはフィンランドの短い夏から長い冬がはじまるひとときの紅葉を表現してるような日本的な色、デザイン、フォルムを持ち懐かしい感じがします。

ウラ・プロコッペはアラビア社のデザイナーとしては1968年までの約20年間しか活動はしてませんでしたが、現在でも色褪せない素朴な暖かみのある数々のヒット作を残しました。ウラ・プロコッペの作品はセールスにおいても成功し多くのシリーズは長い間製造されることとなります。

今回入荷したコスモスシリーズは、1960年代に生産されましたCup & Saucerで、ウラ・プロコッペがデザインしたSモデルにGunvor Olin-Gronqvistが絵付けしたシリーズです。

Sモデルはアラビア社のアンティークの定番として人気で、通常のコーヒーC&Sより一回り大きいので紅茶やカフェオレにも適しています。深いグリーン地に茶色と黒の細い線が手描きされており、カップの裏には絵付けを担当したGOGのサインが入っています。


情報が多すぎる。慌しくストレスの多い現代社会。

そんな時、テレビを消して、少し照明を落として、ジャズをかける。
そんな、ゆったりとした『大人の時間』のコーヒー・タイム・・・。いかがでしょう?


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小学校の頃

2008-03-19 15:31:19 | アンティークディーラーの日常
今週は、アメリカの大手証券会社の問題や日銀の後継総裁問題など金融関連のニュースばかりですが、春到来までもうちょっと。桜の開花予想も出て、卒業式が行われているところも多いと思います。

最近、ある記事を読んだ時の事。

10年ぶりに学習指導要領の改定案が、文部科学省から発表されたとの事。小学校の授業を1割アップして、『基礎基本の知識を増やし、活用力を高める』のが目標のようです。私の記憶のなかでは、

『ゆとり教育』

が鳴り物入りでセンセーショナルに発表された時の様子が、かなり強く残っているので、それからすると全くの方向転換。

なんだかOECDが開催している学習到達度調査での日本の成績が落ちているのが原因と言われているが、国のメンツを重要視しての事なら、振り回される小学生がかわいそうな気がしてきます。


約30年前の私が小学生の頃の話。

数回引越しを経験したが、6年生の時に千葉の松戸というところから、東京都に引越しを
した。首都圏にお住まいの方ならご存知でしょうが、松戸は千葉県の西のはずれにあり、東京にとても近く、東京への通勤圏です。

私が、まずビックリしたのは、クラスの数。松戸では1学年に6クラスあったのが、東京では3クラス。

そして、グラウンド。松戸の頃は直線で、300メートルは余裕でとれるであろう広々としたグラウンドが、東京では、50メートルの直線がやっと。グラウンド面積は5倍以上違っていたのではないかと思う。おまけに、東京でのグラウンドが、アスファルトで舗装されていたのに、ビックリ!!走ってコケたら怖いなぁ~て思った記憶があります。

そして、転入手続きとクラス分け。ある先生が、私の松戸での成績を尋ねてきた。なんと、東京の公立小学校にも関わらず、3クラスは、学力順に編成されていて、上位のクラスから下位のクラスへ。下位のクラスの児童の中では、先生以下、

『上位クラスに、追いつけ、追い越せ』

などと、まことしやかに言われていた。

松戸の小学校で、まあまあ上位の成績だった事を伝えると、上位クラスに振り分けられたのだが、そこで人生最初の壁にぶつかりました

例えば、社会の授業。松戸の小学校の授業がとても遅れていた。一方、東京の小学校では、私立中学受験予定の児童もいたからか、随分と進んでいました。結果、どうなったか・・・。

社会の歴史の中では、割と重要な『江戸時代』をどちらでも学ぶことなく、すっぽりと抜けてしまった。

これには、私も子供ながらに愕然とした思いだった。それも、自分自身の怠慢が原因ではないにも関わらず・・・。そういったことが、他の科目(特に国語など)でも起こった。今でいう『格差』が、30年前の当時、すでに存在していた。国内の教育での

『地域格差』。


その後、どうなったかって???

フフフ、まんまとグレました。というか、ふてくされたというか。
というか、もう、今後一切、それらの勉強しないと割り切る事にしました。

中学生になってもその意志をかたくなに守り(笑)、高校受験の際は、必然的に受験科目が少ない高校へ進みました。もちろん、社会などが試験科目でない学校に。

高校入学後も、国語や社会は常に『赤点』。最初からイジケていたから、まあしょうがない・・・。
自分の中では、頑張ったつもりでも、いつでも『赤点』。さすがに、心が折れました。

最近では、同じ東京の中にあって、

『所得格差』や『資産格差』、要するに貧富の差が、そのまま子供の学力差となって表れてくる社会

ができつつあるというデータもあります。

その根拠になっているのが、

『就学援助』

という制度。経済的に就学が困難な児童生徒に対して、市町村は援助しなければならないというもので、生活保護を受けている家庭(要保護)とそれに準ずる家庭(準要保護)がその対象となる。

例えば、2005年の小学校の就学援助率が、都内で一番低い千代田区では、6.56%で、一番高い足立区では、なんと42.81%。
で、それぞれの区の学力調査では、平均点が15点ほど開いている。これが、全国に対象を広げて調査したら・・・なんだか怖い。

こういったいろいろな『教育格差』は無いほうが良いに決まっている。子供は、自身でその環境を選択できないのだから。


授業時間数を1割アップさせる事で、全てが解決するかといえば、決してそうではない。政治家などの大人の議論(わたしも一応大人だが・・・)を聞いてると、最終的には、少人数クラスを実現する為に先生を増やすとか、最終的には教育予算を
増やすとか、全て

『お金で解決!!』

の話になってしまう。こんな話を聞いてたら、子供でも『あんな大人になりたくない』とか『日本ってヒドイ』って、嫌悪感を持つと思うんです。

しかし、教育ってそんなに簡単な話ではないですよね・・・。授業内容や指導方法の見直しをしたり、教育格差の是正を施すのが必要だと思います。公立といえども中央集権で画一的なプログラムで運営するのではなく、各学校の校長に裁量権を委譲してゆくとか・・・。

まだ、人を疑う事とか知らない、純真な透き通った目をした子供達。すくすくと大きくなって欲しいと思います。


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ITと鎖国

2008-03-17 16:25:28 | アンティークディーラーの日常
『お笑い』が大好きの私。

NGK(なんばグランド花月)に訪れた事もあり、吉本大好きです!!

もちろん、東京勢のお笑いも・・・。結構、お笑いに関しては若手情報もキャッチアップしてるので、話についていく自信はあります!!


最近の注目は、『エドはるみ』や『鳥居みゆき』。
『鳥居みゆき』はスゴイ!!初めて見たときは、すごい衝撃でした。。。頭の中で、彼女の声が繰り返し繰り返し鳴り響いてて・・・。

で、アメリカでは日本のテレビ番組やライブを見ることは出来ませんし、ロスなどと違い、アリゾナのような日本人比率が低い都市では、日本人コミュニティーの弱さから、日本の番組のビデオレンタルなども難しい。

しかーし、インターネットの普及で、結構いろんな番組を見ることが出来ます。私自身もビデオをアップロードしてブロードキャストしてます『YouTube(ユーチューブ)』では、私のビデオを見た視聴者からコメントが届いたりで、コミュニケーションが生まれますし『MySpace Video』もけっこう面白い。

こうしたサイトは、そもそもボーダーレス展開をそもそも見据えていて、日本語対応していたりで、ホント良い事づくめです。運営は広告主体なので、もちろん視聴は無料だしネ!!

それに引き換え、Yahoo Japanのビデオサイトやニコニコ動画!!

無料とうたっているサービス内容においても、海外からのIPアドレス(各PCが割り当てられて持つ固有の住所のようなもの。実際に接続するISP(インターネット・サービス・プロバイダー:接続業者)からIPアドレスが割り当てられる為、接続元のPCの国を特定する事が可能となる)からの接続を拒否してる現実。

日本にいたら気付く事は無いと思うけど・・・。

これって、江戸時代まで続いてた『鎖国』と一緒じゃない???インターネットで鎖国なんて、ナンセンスだと思います。


日本語OSを搭載したパソコンでアクセスする海外居住の日本人がどれほどいるか???
日本語を勉強したり、日本の文化に興味を持っている外国人の方をも排除してる・・・。

うーん、悲しいです。っていうか、日本人の考えるビジネスモデルでは、グローバル展開は視野に入っていないのかな・・・???

結果、『YouTube』などグローバル展開の外資系サイトの一人勝ちの構図が出来上がってきてるような気がします。『YouTube』見てたら、テレビが要らないほど、コンテンツが充実してるし・・・ネ。

みんなで声を上げましょう!!


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現代版宝探し???

2008-03-15 14:59:55 | アンティークディーラーの日常

土地の狭さや保有資源の少なさからか、また、元来日本人の持つ真面目さからか、分別ごみ収集や資源リサイクルにも意識的に、積極的に、協力的に取り組んで住民や地方自治体も多い。

しかし、平気で、タバコの吸殻のポイ捨てをしてしまうアメリカ人には、『分別ごみ収集』なんて発想は無いようです。

実際、ゴミ収集の為の箱は一つ。

生ゴミでもアルミのコカコーラの缶でも、そして、350mlほどのビール瓶(ビール瓶のガラスは何故か薄い)やベッドのマットレス、ボロボロになった家具までも、大きなゴミ収集箱に捨ててしまいます。

そうした分別せずに、なんでも一緒に捨ててしまう事に対して、私も最初は心が痛みました。大きな鉄製のゴミ箱に投げ入れて、瓶が割れてしまう事に対しても・・・。『まだまだリサイクルできるのに・・・』と思っていた自分が、最近は、それほど気にならなくなってきてちょっと怖い。。。

かろうじて、ペットボトル入りの大きなコーラではなく、ちょっと割高の缶入りコーラなどをまとめ買いして、飲み終わったらアルミ缶のリサイクルの場所へ持ち込むのですが、微々たるものです。


良く、映画のシーンで、バーでビールの小瓶をラッパ飲みしている光景を見かけると思います。


同じ銘柄で、同じ容量のビールだと価格は同じです。スーパーで買った後、持ち帰るのに瓶入りのビールの方が重い。決して、飲み終わった後のビール瓶を返却してお金を貰うわけでもない。リサイクルするわけでもない。でも、缶ビールではなく、瓶ビールを好んで飲んでいるようです。

ビン入りの方が、美味しいという話も聞いたことがありますが、私には同じように思えます。やっぱりビン入りのビールをラッパ飲みした方が、


『カッコいい』

というのがあるみたい。これって、『ダンディズム』なのかな・・・笑。まあ、大柄のアメリカ人が映画の中で、ビン入りでも缶入りでも、ビールをグラスについで、ちょびちょび飲んでたら、ちょっとガッカリですけど・・・。

話を元に戻しますが、収集されたゴミはどのように処理されるのか?もちろん、人口も多く大量消費のアメリカにおいて、土地の余っているせいか埋め立てが多いようです。

一部のコンピュータなどのディスプレイなど個別に処理されているリサイクル例もありますが、ちょっと前に読んだ雑誌『ナショナル・ジオグラフィック』には、最終的に発展途上国に輸出され、そこで雨ざらしになっている写真が紹介されていました。本当に心が痛みます。製品を構成する部品に含まれるカドミウム等の有害物質が流れ出てしまうから・・・。

アメリカでは2009年からデジタル放送に切り替わるので、7000万台以上の廃棄テレビが出るという予測もありますし、もうちょっと後には、日本でもデジタル放送対応テレビに入れ替わると同様の状態になるでしょう。私なんか、わざわざデジタルにする必要ないのにぃ~などと思ってしまいます。


一方で、どんどん埋め立ては進みます。現在は、場所を考えて人のすんでいない郊外に埋め立てているようですが、昔、1900年代当初はアメリカでもわりと人のすんでいる近くに埋めていたようです。

で、土に帰る事の無いガラスのボトル。いわゆるアンティーク・ボトルですが、これらを土の中から掘り出すわけですねぇ~。

ビールのボトルやソーダ・ルートビアのような清涼飲料水のボトル、そして薬瓶も当時はガラス製でした。

クリア(透明)だったり、ちょっと紫色だったり、ブルーだったり、グリーンだった・・・。そういったボトルの掘り出しは今でも行われています。で、そういったお宝を探す名人がいて、そういったお宝を収集するアンティーク・ボトル・コレクターもいます。缶などと違って錆びる事も無く、状態も良いことが多いアンティーク・ボトル探し・・・。

なんか皮肉なめぐり合わせ。不要な時に廃棄・埋め立てして、後世の人がそれを掘り出すなんて・・・。昔は、牛乳瓶にしても薬瓶にしても、リユース(再利用)されていたので、昔の方が環境にやさしかったのかな・・・。

何十年か後に、思いも寄らぬお宝を探す為に、後世の人が掘り出しをするかもしれませんネ。コンピュータ・ディスプレイが掘り出されるかも・・・?

ちなみに、アップル・コンピュータのマッキントッシュの初期のタイプ(SE/30)とかは、既にコレクティブル・アイテムになっていて、コレクターもいますし、本も発刊されてます。アンティーク・ショップに広くお目見えするのも時間の問題でしょう。


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『僕の小規模な生活』

2008-03-13 15:43:46 | アンティークディーラーの日常

『故郷は遠くにありて想うもの・・・』


私の故郷って?

もちろん、日本です、日本人ですから(笑) はい。

もっと言うと『東京』。さらに言うと、一番長く住んだ『大塚』というところ。

今、仕事の関係でちょっと戻ってきています。まだまだ、寒いですぅ~。寒冷地仕様の車があると思いますが、私の体は、すっかり『酷暑地仕様』。アリゾナのす・さ・ま・じ・い・暑さ(最高気温45度とか!!)に対応できるように・・・笑。おかげで、30度くらいまでは、クーラー無しでも平気!!

25年前の大塚は、東京の中でも、ほんとうにのんびりした街でした。コンビニも1~2店しかなく、生活者の居住の為の場所でした。

現在、コンビニの数は、10店舗以上になり、企業の数も増え、高いビルも増え、実家の窓から見る事ができたサンシャイン60の景色を見ることはもはや出来なくなってしまいました。

そんな東京にあって、コンビニは、都市生活者の『癒しの場所』?それは夜暗くなってから感じる。

同じコンビニに昼間訪れても、いわゆる買い物する場所なのだが、夜は特別。外が暗い分、店内の明るさが際立つし、同じ店内にいる他のお客さんの生活風景を想像してしまう・・・。

都心に近ければ近いほど、夜型生活者を普通に見かけるようになる。

20年程前、コンビニで深夜のバイトをしてました。時間は、夜10時から朝の9時まで。で、深夜、終電はとうに終わっているであろう午前3時過ぎなどでもお客さんがちらほらとやってきて、

『この人は、どんな仕事をしてるんだろう・・・?』

と漠然と思うことがちらほら。

そしてマンガ。

ふと手にした『マンガ』から癒しを得る事が少なくない。理由はわからないけれど。

まだ、『オタク』などという言葉が存在しない時代、『マンガ』は良くないと言われた時代があった。社会人が電車の中で『マンガ』を読むのは体裁が悪いと言われていた。でも、最近は、なんとなく、そんな『マンガ』を支持する人々の気持ちが少しずつわかってきたような・・・。

夜、『マンガ』雑誌のページをペラペラとめくってみると、都市生活者の疲れを和らげる、癒される光景を思い浮かべる。

すぐに読んでしまうのがもったいないような気持ち。ちょっとした、ちっぽけではあるけれど、疲れた体にじわぁ~っとしみ込んでくるようなマンガ。

アメリカではオリジナルのマンガ文化は皆無に近いが、日本の有名なマンガ『ナルト』や『ワンピース』などが英語翻訳され、大手ブックチェーンの一角を賑わせていて、それらの熱狂的なファンも多い。改めて、日本のマンガの力強さを感じる。十分な競争力を持った、グローバルに通用する商品であり、誇るべき文化。

各セリフを追っていくと、確かにストーリーは把握できるものの、そのストーリーの社会的背景などを、日本の非居住者が想像する事は難しい。ましてや、マンガからじわっとした癒し効果を得る事など無理だろう。残念だけど。。。


福満しげゆき先生の『僕の小規模な生活』。オススメです!!


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ヘイウッド・ウェイクフィールドのキッズデスクを発見

2008-03-11 15:57:49 | ヘイウッド・ウェイクフィールド
このブログでも、何回か取り上げているアメリカを代表する老舗家具メーカー『ヘイウッド・ウェイクフィールド』。20世紀から現在にいたるまで、Solid無垢な木材を存分に使用した家具で有名で、私も大好きです。木材の仕上げ、滑らかなラインがとても美しく、一目でヘイウッドの製品だとわかる独特の個性的デザインは、見事です。

製品を見かけると、なんか得した気分になって(笑)、気がつくと木材を撫でたりしてます。なんか、あぶない人みたい???

もともとの設立当初(19世紀)は、籐の家具(ロッキング・チェァなど)で名を馳せたのが始まりのようです。

で、今日は、『ありそう~で、あまり見かけない』アイテムです!!まあ、家具メーカーなので、作っていても決して不思議ではないのですが、まあ、見かけることは少ないKids Desk小学校の机です!

Kids Deskそのものは、アンティーク・ショップでもちょくちょく見かけるアイテムなので、ことさら珍しいものではないのですが、ことヘイウッド・ウェイクフィールドの製品となると話は別です。(キッパリ!)

脚部のデザインも一工夫してあったり、収納部分の色使いも鮮やかでカッコイイ。一般的なKids Deskのカラーリングは、灰色や薄いベージュっぽい色だったり、地味で
控えめな色使いが多いのですが、このターコイズっぽいビビッドなグリーンはいいですね~。

もちろん、ヘイウッド・ウェイクフィールドのサインも入っています。通常の木材製品のサインは、製造後のスタンプによるものが多いのですが、この机は、金属製なので、サインもエンボスのマークが入っています。

しかーし、ちょっと考えてみました。アメリカでも見かけるヘイウッドのコレクターならいざ知らず、一般の家庭でどんな使い方がいいのか・・・うーん、ちょっと考えてみましょう(笑)


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モダン・ハンギング・ランプはいかが?

2008-03-08 16:24:30 | 買い付け

日本での照明というと、最近でこそ間接照明も普通に認知されているかと思いますが、まだまだ蛍光灯が多いのかもしれません。やっぱり、その明るさが特徴ですよね。もちろん、消費電力や耐久期間という面でも良い点があると思いますし、目にも優しいのかな・・・?

私はというと、日本で暮らしをしているとき、もちろん蛍光灯を良く使っていました。

で、あるとき、以前より興味を持っていた『シーリング・ランプ』を見かけました。中学生の時から松田優作が好きだった私は、探偵事務所に登場するような『シーリング・ランプ』(大きな羽が、4枚くらい、くるくると扇風機のように、ゆーったりとまわるやつです。)に憧れていて、たまたま購入する機会にめぐり合いました。その後、羽の部分を自分で塗装しなおしたりして、楽しんでいました。どんなものでも、既製品で、自分の好みに100%合うものを探すのは、至難の技だと思いますので、何でも自分で気に入るように手を加えるのも楽しいと思います。その分愛着も湧きますよね・・・

蛍光灯に長く親しんでいた私は、電球灯に変えたときに、『ちょっと暗いかなぁ~』と感じました。まあ、だれでも感じる事だろうと思います。

けれども電球灯のもつ独特の暖かみ(フィジカルにも熱を発するので、複数の電球灯を併用すると暖もとれます・・・笑)のある灯りは、和ませてくれましたし、なんとなく時間の流れ方が、ゆったりしたものに変わったような気がしていました。(まあ、感じ方は人それぞれですが・・・。)

さて、今日は、モダンデザインのヴィンテージ・ハンギング・ランプのご紹介です。

木・ブラス・プラスティック・ガラスで構成された直線的でシンプルなデザイン。モダンと言えども、フレーム部分に木材を使用していて、視覚的にも暖かみは失われていません。

70年代~80年代初頭に広く人気のあったヴィンテージランプで、、電球5つが点灯するタイプなので、結構明るいものです。(電球の明るさや点灯させる電球灯の数を変えることで、照明の明るさの調節も可能ですヨ)

ちょっとした部屋の模様替え。蛍光灯から電球灯へ照明を変えるだけで、随分とその印象は変わると思います!!


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イームズ夫妻

2008-03-06 16:02:28 | Charles & Ray Eames イームズ
ここ数年間でいろいろと雑誌にて取り上げられたり、特集が組まれたりなので、
『えーーーっつ、今さらカヨッ!!(さまぁーず三村のようなツッコミで)』って、
声があちこちから聞こえてきそうで非常に心苦しいのですが、前から気になっていた事を・・・

過去のブログでは、ちょこちょこと登場していた『イームズ』。でも、『イームズ』を中心に取り上げた事は何故か無かったですよね。
特別な理由はないのですが、まあ、していえばタイミング???

まあ、随分と皆様に知られているから、まあ、いいでしょう・・・みたいな思い込みですが。


で、今日は簡単に整理です。


Charles and Ray Eames(チャールズ&レイ・イームズ:イームズ夫妻)は、皆様ご存知の通り、20世紀の最も重要なアメリカ人デザイナーです。もちろん、世界中に今なおファンが多くいます!!

彼らの革新的な貢献は、よく知られていて、それらは、建築・家具デザイン・工業デザイン・写真芸術と多岐に渡ります。

チャールズ・イームズはミズーリ州セント・ルイスにて1907年に誕生。1929年には最初の妻と結婚(1941年に離婚)し、一年後に娘ルシア誕生。時を同じくして設計事務所を始めます。

カリフォルニア州サクラメント生まれのレイ・カイザー・イームズは、ニューヨークで絵画を学び、その後MoMA(Museum of Modern Art's)の"Organic Furniture Competition."オーガニック・ファニチャー・コンペに向けてデザインの準備をするチャールズ・イームズとエーロ・サーリネンに出会います。(エーロ・サーリネンもミッドセンチュリーを語る上で、非常に重要なデザイナーのひとりなのですが、長くなりますので別の機会に・・・。)

チャールズ・イームズとエーロ・サーリネンの、複雑な曲線を実現するプライウッド成型合板によるデザインは、最初の賞を受賞しました。

チャールズとレイは1941年に結婚し、カリフォルニアへ。戦時中は、海軍と契約し、成型合板を使用したスプリントやストレッチャー(負傷した兵士の脚などにあてがう為の曲線を多用した添え木の板)の生産をしました。

1946年にエバンス社によりイームズ・デザインの成型合板のイスが生産開始され、それらのイスは、『20世紀のイス』と呼ばれました。

その後、まもなく生産は、ハーマン・ミラー社によりとって替わられました、今日まで続いています。

1949年には、彼ら自身の家をデザインし、カリフォルニアのパラセードに建築。それは、後に有名となる『ケース・スタディ・ハウス』プログラムの一部でした。

彼らは、成型合板(プライウッド:薄い木材を複数張り合わせて、曲線などを実現する為の加工が容易)を初めとして、FRP(ファイバー・グラス(繊維)により強化されたプラスティック)素材やアルミニウム等の金属、ファブリック等を組み合わせて使用して、
彼らのデザインの製品を実現させた事は、当時革新的だったと考えられます。

イームズ・オフィスに掲載中のプロフィールから、簡単に翻訳してまとめてみました。イームズ関係のRefference Bookは結構いろいろな種類が出版されているのですが、彼らのワークを網羅した本もありますので、是非ご覧になってみてはいかがでしょうか?英語版ですが、貴重なカラー写真も多く掲載されていて、非常に興味深いですヨ

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ヒース・セラミックのカップ達

2008-03-03 15:46:22 | アメリカ陶磁器ガラス


深夜3時。

シーンと静まり返った暗い部屋の中を照らすのは、唯一、机の上の電球ランプだけ。

ふと顔をそらすと、古びたオーク材の机の上には、電球の灯りと机の上に置かれたカップとが作り出すやわらかな影。

原稿は、なかなか進まない。

締め切りは、とうに過ぎているのだが、気ばかりがあせる。

カップを手に取る。まだ、人肌ほどにあたたかいコーヒーをゆっくりと口に運び、男は、ふーっと、大きな息をはいた・・・。





なーんて、ちょっと似合うシチュエーションを考えてみました・・・。フィクションです。(笑)



と言うわけで、以前、このブログにて紹介した事があります『ヒース・セラミックス』!!

なんか、最近、時間の感覚がおかしくなってきているようで(汗)、『あれは、冬だっけ、秋だっけ?それとも夏だったかなぁ~』と言う具合に、季節単位での記憶も定かではありません。


で、『ヒース・セラミックス』についての記事を探したところ、昨年の秋の始まり?の10月に書いていました。詳しい『ヒース・セラミックス』の説明は、前回の記事を参照してくださいませ。

最近、この『ヒース・セラミックス』社の中でも、人気のシリーズで、私のお気に入りの『COUPE LINEクーペ・ライン』シリーズのカップ&ソーサーが入荷しましたので、そのご紹介です。

スタッキング可能な機能性の為か、高級レストランなどでも用いられている『RIM LINEリム・ライン』(1960年生産開始)シリーズとは異なり、『COUPE LINEクーペ・ライン』シリーズのその独特のフォルムは、会社設立の1948年より今なお作られ続けている、時を越えたクラシック・パターン。

ヴィンテージの為、現行には無いカラーです。また、ソーサー付のカップも現在のラインナップにはありません。

もちろん、ひとつひとつ手作りで作られているので、その為か、同じなのは色とカップの高さくらい。カップの取っ手の形や厚みは、近くで見ると、明らかに違いがわかります・・・笑。

持った際の感覚なども、ひとつひとつ異なり、そこが手作りならではの『味』なのかも。

シンプルなラインから湧き出る『無国籍』感。コーヒー好きの大人の男性にオススメです!


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