おいでくださったみなさま 二胡の宮川さん 草笛の小花さん ほんとうにありがとうございました。中高校の音楽界ののイベントで駐車場が満杯になり 駐車場さがしにごくろうなさったみなさま 申し訳ありませんでした。
うれしかったのは 遠いところから友人がきてくれたこと はじめのころ 在籍したAさんが きてくださったこと そして 正式に辞める挨拶をしようとしてきたのだけれど 語り祭りの語りを聴いて 開放された.... 離れてみるとカタリカタリの語りが身に沁みる、また参加したいといってくれたこと。わたしはこの方の語りがすきでした。ストーリーテラーのためのワークショップに参加希望の若い方がふたり申し出られたこと.... メンバーのみんなが実力以上の語りができたこと とても愉しかったといってくれたこと 雨にもかかわらず多くのお客様がきてくださったことでした。二胡の宮川さん 草笛の小花さんとの交流もこころあたたまり いい出会いになりました。打ち上げは5時頃までつづきました。
わたしは実は メンバーの語りをその場で聴くことはできませんでした。もっとも大きな仕事先の仕事について国の出先機関の調査があり 娘を代わりにいかせていたからです。音響室の隣の小部屋に待機して 連絡を待っておりました。扉をとおしてみんなの声が聴こえる..... それを聴きながら わたしは 自分がみんなに伝えたいと目指していたのはこのような語りであったのだろうか....と自問していました。心臓が冷えていくような感じがありました。見せる語り 聴かせる語り.....舞台ではそれは必要なのだということはわかっています。けれども なぜみんなを舞台にひっぱりあげたかというと 見えざるものにつながる ....それを感じてほしかったからです。わたしにとって それこそが語る動機でした。舞台では奇跡がまま起こります その一縷の望みに賭けて8月から舞台に向けての気の遠くなるような準備をしてきた。わたしをのぞけば みな本からの語りでしたけれど それを作者の諒解を得たうえで自分の息遣いになおしていく過程はそれぞれの語り手にとっていい学びになったと思います。わたしは 語り手たちの会で学んだことは伝ええた その意味ではみな いい語り手になりました。 それ以上のこと も いくらかは伝えられたでしょう。でも ほんとうに伝えたかったことは.....どうなのだろう.....
いろいろなことばが走馬灯のように浮かびました。「サンライズブルースのほうが洒落ているから」 「蘇州夜曲は暗すぎる」 「戦争モノはもうやめましょう」..... 「あそこまでいったらユニットはその先どうするの?」「自閉症ということばはつかわないでください」 「語りたいものを語ればいいのよ」..... わたしは自分の会で 自分の語りたいものがたりが語れない..? みなに自立を促しながら みなが自立してゆくとはそういうこと。わたしは洒落たものがたりを語るためにいるのではないし レイテのことを伝えたい。 スキマは広がってゆく。
出番直前まで係官と電話で神経の磨り減る応答をしていて さぁ いよいよ出番 というそのとき わたしはいったいなにを語ればいいのだろう というとんでもない状態でいたのです。 一旦 説得した蘇州夜曲を語ることに躊躇がありました。聴き手の方は受け止めてくださるだろうか.....蘇州夜曲だと10分オーバーしてしまう。 蘇州夜曲を心をこめて練習してくださったMさんに申し訳ない いったいなにを語る わたしは必死で祈りました。わたしはなにを語ればいいのでしょう。 すると 目より少し高い位置に 白抜きの、雲のようなゴシック文字が浮かんだ..... 雪んこおせき わたしはその文字にしがみついた... 雪んこおせきを語り始めて ふわりとなにかがわたしにふれました。
ひとつひとつ 駄目出ししてゆくことで そのための気づきのエクササイズで 練習のたび みなうまくなってゆく。でもそれは本質的な学びじゃないし そのことでわたし自身が本質ではないほうにひっぱられてしまう そのジレンマを一昨年あたりから感じてきました。...そして語りたいものを語ればいい そういえるところまで行く前に 語らなければならないものがたりがまだたくさんある。背中を押されているからです。蘇州夜曲は12/7 に語ろうと思います。サンライズブルースで語ったように 語りはわたしにとって供物です。
それにしても 根性なしでした。自分の信じることをつらぬけばよかった。