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遠い森 遠い聲 ........語り部・ストーリーテラー lucaのことのは
語り部は いにしえを語り継ぎ いまを読み解き あしたを予言する。騙りかも!?内容はご自身の手で検証してください。
 



 

まだわたしたちは守られている。憲法がある限りは。だから自民党・公明党・維新・みんな は憲法を改悪し 国民から基本的人権と主権を取り上げようとしている。改悪されたらわたしたちはおしまい。憲法を守ろう。

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以下転載

昨年12月に成立した特定秘密保護法は憲法違反だとして、静岡県弁護士会所属の藤森克美弁護士(69)が13日、国を相手に違憲・無効確認と施行の差し止めを求める訴えを静岡地裁に起こした。同弁護士によると、同法をめぐる訴訟は全国初。

同法は防衛や外交など4分野で行政機関の長が「特定秘密」を指定し、漏えいした公務員らに最高10年の懲役を科すほか、特定秘密に触れる民間人も処罰対象になる。昨年12月13日の公布から1年以内に施行される。

訴状では、秘密事項が拡大するおそれが大きく、情報機関の権限が拡大し思想・信条の自由などの憲法の基本原理に違反するなどとして無効を主張。また、同法に基づき起訴された人の刑事裁判では証拠の収集活動が同法違反に問われるおそれもあり、弁護権を侵害されるとして差し止めを求めた。

提訴後、記者会見した藤森弁護士は「国民主権でなく官僚主権の国家になってしまうことを心配している」と話した。 

以上



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以下抜粋

日本スキー競技史上最年少で、スノーボード男子ハーフパイプ(HP)でメダル獲得した15歳の平野歩夢(バートン)には、「憧れの存在」がいる。 前回バンクーバー大会で8位に入賞した国母和宏(25)だ。

 

成田空港出発時の制服を着崩した「腰パン」スタイルが物議をかもした。

服装の乱れが批判を浴びた国母だが、プロスノーボーダーとして活躍する今、平野のことを「少しでもヘルプしたい」という。現在はアメリカでトップ・プロスノーボーダーとしてX-GAMES(エクストリームスポーツの大会)等で活躍しており、USオープン連覇(2010・2011)という快進撃、年収は数千万円に達しているのではないかと噂されている。

ソチ五輪アドバイザーに就任し、若手のサポートにまわる。国母は契約するスノーボードメーカーなどのDVDで自らの滑りを披露することに活動の重点を置くため、ソチ五輪は目指さなかった。

そんな国母が平野を気にかけるのは「自分の後に続いて海外で戦おうとしている」からだ。
 

教え子の平野歩夢選手(銀メダル)・平岡卓選手(銅メダル)を両手にドヤッ!あれから4年。国母は生まれ変わったらしい。昨年8月、全日本チームのハーフパイプ競技の技術アドバイザーに起用されたとスポーツ紙が報じたのだ。

日本代表の上島しのぶコーチ(42)はこの裏事情を本紙に打ち明ける。「昨年の春に、彼から『選手の支えになりたい』と申し出がありました。彼自身も4年前に自ら犯したものを認識していて『オリンピックで精神状態が厳しい状態でプレーしたことを(伝えて)今の選手に同じ思いをさせたくない』と言っている。彼も滑り手なので(正コーチとして)縛ることなくいい部分を生かすことにしたんです」。

マネジメント会社やスポンサーを紹介。スノーボードに集中できる環境作りを手助けする。 同じ大会に出場すれば、一緒に行動し、ストレッチや食生活を指導する。国母を「かずくん」と慕い、共に生活をするようになり、国母直伝の炭酸飲料を取らず水しか飲まない食生活や、毎日のストレッチまで影響を受けた。
 

この取材では以下のようなやりとりも。平野:「五輪で気をつけることある?」国母:「服装には気をつけろ」

「平野は見て盗んで覚えるタイプだから」と大技ダブルコークも平野選手の目の前で実演して教えていた。

「年齢も国も地位も関係なく滑りが評価されれば、スポンサーもつく」のがスノーボードの世界。

ソチ五輪でも、海外選手が複数人、尊敬する選手として名前を挙げていたほど、人気実力ともに世界トップレベルのプロスノーボーダーに成長していた。バンクーバー五輪で失敗した大技「ダブルコーク」もUSオープンで成功させている。五輪HP2連覇中のショーン・ホワイト(米)は年収800万ドル(約8億円)とも言われる。

日本に妻と昨年生まれたばかりの長男、犬2匹を残し、米カリフォルニア州サンクレメンテを拠点に活動する国母もトッププロの1人。
生活資金は「すべてスノーボードで稼いだ金」だ。幸せで、恵まれていると自覚する。
スノーボードをもっと世に広めたい、スノーボードだけで一生生計を立てられる人は日本には今までいなかったので自分がそのパイオニアになりたいという趣旨の発言をしていた国母さん。平野選手・平岡選手ら後進の道しるべとなっているのではないでしょうか。
 その後、国母はHP第一線から引退、五輪も辞退。 平野などのアドバイザーなどを兼ねながら別の道へ

「後に続く本当のスノーボーダー」の誕生を見届けてから、安心して国母は身を引き、後輩のサポートにまわったのではないでしょうか。

以上



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