尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「村上春樹とイラストレーター」展

2016年06月29日 22時53分53秒 | アート
 東京の「ちひろ美術館」で、「村上春樹とイラストレーター」という展覧会をやっている。8月7日まで。見たのは先週なんだけど、村上春樹のまだ読んでない最近の本を読んでから書くつもりでいた。ところが、小川洋子も少し残しているのに、突然「獅子文六」ブームになってしまった。書きそびれそうなので、展覧会だけ先に紹介。(7月2日の「日曜美術館」アートシーンでも紹介される由。)
 
 村上春樹の本の表紙、挿絵、絵本などを担当したイラストレーター、佐々木マキ大橋歩和田誠安西水丸の原画をいっぱい展示した展覧会である。「村上主義者」(村上春樹は「ハルキスト」ではなく、「村上主義者」と言って欲しいと書いてる)なら、見た瞬間にワーーと(心の中で)歓声を上げてしまうような好企画。現代を代表するようなイラストレーターばかりだから、村上春樹のファンでなくても興味深いとは思うけど、やはり読んでる人向きなのかな。

 2階の展示室から見るようになっている。2階に上がると、佐々木マキ大橋歩の展示。佐々木マキはデビュー作「風の歌を聴け」の表紙を描いた人である。チラシの絵がそれ。初期三部作をすべて手掛けたが、村上春樹が依頼したという。所蔵も著者本人になっている。今まで表紙だけをしげしげと眺めたことがなかったけど、よく見るといろいろ描かれているんだなあ。原画と印刷では、色具合が微妙に違っていて、そういう違いを味わうのも楽しい。佐々木マキ(1946~)は、60年代末には「ガロ」に前衛漫画を描いていた。村上春樹は当時からのファンだったという。その後、絵本「羊男のクリスマス」や童話「ふしぎな図書館」で共同作業を行うことになる。展覧会では初期三部作の原画とともに、「羊男のクリスマス」の原画がズラッと出ている。いやあ、圧巻。

 大橋歩は「アンアン」で3回にわたって連載された「村上ラヂオ」のイラストである。モノクロで小さいので、なるほどと思いながら、1階へ降りる。書いてなかったけど、館内にはこの4人だけでなく、もともとの「いわさきちひろ」の絵もいっぱい展示してある。それらも見ながら、今度は和田誠安西水丸。この二人は青山近辺で個人的にもよく合うとエッセイに出てくる。そういう仲の良さ、趣味の共通性が根底にある楽しい世界。安西水丸の本名「渡辺昇」(ワタナベ・ノボル)が、村上春樹の小説の登場人物になども出てくることで有名である。作家デビュー以前の、ジャズバー経営者時代からの友人だということだ。2014年に急逝したが、さまざまのイラストが思い出を呼び起こす。

 ところで今回の最大の収穫は和田誠だった。昔、「倫敦巴里」というパロディ画文集に抱腹絶倒した思い出がある。のちに映画監督にもなったし、最近ではフィルムセンターのミュージカル映画ポスター展で解説していた。ごく最近、上野樹里の義父になった。というのはどうでもいいけど、共通の趣味であるジャズに関する楽しい本の数々に、イラストを寄せている。それが中心と思っていたら、他にとんでもない仕事があったのである。それは「村上春樹全仕事」の表紙である。長年のファンは単行本で読んでいるし、若い人は文庫で読む。だから、よほどのファンでない限り、「全仕事」を買ったりしていないと思う。僕もあまり意識していなかったけど、今まで2期にわたって刊行されていて、その表紙を和田誠が描いている。ということは、一番村上ワールドを描いているのは、和田誠だったとも言えるのだ。その表紙原画が多数出ている。もちろんジャズミュージシャンの肖像も楽しい。 

 「ちひろ美術館」というのは、言うまでもなく「いわさきちひろ」の個人美術館である。いわさきちひろ(1918~1974)は、子どもを描いた童画タッチの水彩画で知られているが、あんまり関心はなくて、今まで行ったことはなかった。どっか「あっちの方」にあるなあとしか思ってなかった。東京の東側の方に住んでいると、個人美術館は大体東京の西の方にあるなあという感覚になる。同じ東京と言えど、家から1時間半ぐらいかかるから、時々フラッと行くというような場所ではない。

 調べてみると、西武新宿線上井草駅から歩くのが近い。西武池袋線石神井公園駅からバスで行くというのもあるけど、上井草からの方が近そうだ。家から3回乗り換えて西武新宿線に乗って、さらに準急から一駅前で乗り換え。都合4回も乗り換えたけど、畑もあるような郊外ムードも残る地域だった。案内は多いので間違えない。非常に素晴らしい美術館で、今まで地方で何回か訪れた地方の美術館、文学館を思い出す。小さいけれど、休める場所が多くていい。またカフェで、美味しそうなケーキなどが出ていて、つい寄り道した。「風の歌を聴け」にある「ホットケーキのコカコーラ掛け」も限定数量で出している。まあ、そっちはいいなという感じだけど。なお、7月10日まで、村上春樹の本を持参すると、100円引き。

 村上春樹を一番大切に読んでいた時期は、僕には終わったかもしれない。それでも翻訳を含めて、同時代で一番読んできた作家である。「誤解」して読まない人がかなりいるのは残念。しかし、小川洋子や辻原登などと同じく、「物語」を必要とする人には確実に届く世界である。そうじゃない人が無理に読む必要はないだろう。ただし、村上春樹の主人公は「闘わない」などと、つまらない読み間違いをしている人もいる。そういう人には、80年代以後の世界で「巻き込まれずに世界と向き合う」主人公をこれほど描いて、世界中に勇気を与えてきた作家は他に何人もいないではないかと言いたい。ノーベル賞を取るかどうかなどは僕にはどうでもいい。「物語」に関心がない人でも「アンダーグラウンド」は現代日本で最も重要な本だから、ぜひ読んでおくべきだろう。
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