尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

新宿梁山泊『失われた歴史を探して』ー関東大震災百年、虐殺の記憶

2023年10月12日 22時51分31秒 | 演劇
 久しぶりに演劇を見てきた。調べてみると、およそ1年前『レオポルトシュタット』を見て以来である。まあ、この間は事前にチケットを買うことが出来ない日々が続いていた。そろそろ寄席にも行きたいし、お芝居も見たい。だが、映画もそうなんだけど、余り見に行けない間に「どうしても見たいなあ」レベルが上がってしまった。要するに大部分は「まあ見なくてもいいかな」になっちゃうわけである。今回見たのは、新宿梁山泊の『失われた歴史を探して』で、9月に関東大震災時の虐殺問題を書いてたから見ておこうかと思った。今日が初日で、15日(日)まで計7回の公演が予定されている。

 場所は下北沢の「ザ・スズナリ」で、何度も行ってるのに下北沢再開発完成後初めてなので、うっかり迷ってしまった。スマホで検索しても、全然違ったところが出る。もう下北沢に着いてるのに、徒歩38分とか出るのには呆れてしまった。すごく狭い劇場だが、昼(2時)だからか題材なのか高齢層でほぼ満員だった。作者は金義卿(キム・ウィギョン)という韓国を代表する劇作家で、もう亡くなっているという。日本では文化座が『旅立つ家族』という作品を上演してきたというが、この作品が2度目の上演らしい。ただ原作は4時間ほど掛かるのに対し、今回は2時間ほどで、大胆に脚色されている。

 アフタートークによれば、主に趙博が脚色していったという。冒頭がもう現代の話で、女性二人が映画『福田村事件』のことを語り合っている。原戯曲は1986年の作品で、時代も国も違って伝わりにくい部分が多い。そのため、ところどころで現代の人物を出したり、設定を大きく変えたりしている。場所は江東区の大島にある「大島工作所」。工場主は朝鮮人に同情し、多く雇ってきた。それには過去の理由があることが後に判る。一方、息子は朝鮮で軍務について三一独立運動を弾圧した経験があり、朝鮮人嫌いになって帰って来た。今は地元の在郷軍人会の会長をしているが、親子の相違も原作と違うらしい。

 そこで働く金振道(キム・ジンド=趙博)は皆のリーダー格だが、中には博奕好きもいる。彼の娘金順起(キム・スンギ)は、実は工場主の息子、つまり朝鮮人を嫌いなはずの人物と恋仲で、二人は結婚を双方の親に言い出せない。そんな時に関東大震災が起きるのである。趙博はところどころで出て来て、解説も行ったり歌ったりする。「パギヤン」として知られる関西の在日コリアンミュージシャンだけど、大した存在感で舞台を締めている。『福田村事件』にも出ていたし、俳優としても才能を発揮している。
(趙博)
 そして新宿梁山泊主宰の金守珍が震災当時の内務大臣、水野錬太郎を演じて重厚な演技を披露する。この劇では水野内相が震災で大きな犠牲を出した民衆の感情をそらすために、「朝鮮人と社会主義者の陰謀」というデマを流すことを命じている。それが行き過ぎてしまったため、今度は自警団取り締まりを警視総監に指示することになる。だが、戒厳令下で実権を握るのは軍であって、内務大臣が虐殺事件の総責任者という判断はどうなんだろう。水野錬太郎は三・一独立運動当時、朝鮮総督府の政務総監だったのは事実だが、この役職は弾圧の責任者とは言えないのではないか。
(金守珍)
 いい味を出していたのが、刑事役の大久保鷹で、状況劇場以来の伝説的俳優。前日に80歳になったというが、年齢を感じさせない存在感だ。朝鮮人の監視役でありながら震災時には「保護拘束」をして助けようとする。朝鮮人を救った大川署長の実話にインスパイアされて作られた役だという。全体的に見れば、歴史内容的にも、脚色の是非に関しても、初日だから演技面においても、ツッコミどころは多いと思うけど、まだまだ練っていくとアフタートークで語っていた。悲劇を忘れずに直視していく決意を語る劇であり、見るべき価値があった。ウクライナやガザ周辺で起きている事態を思い出して見ざるを得ない。やはりそういう舞台なんだろう。
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