時間があるとつい昔の映画を見に行ってしまうんだけど、興味深い新作映画も時々見ている。ルカ・グァダニーノ監督の『クィア』(Queer)はそんな映画の一つで、ウィリアム・バロウズの原作を独自の表現で映像化した作品。2024年のヴェネツィア国際映画祭のコンペに選ばれたが無冠に終わった。受賞した『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』や『ブルータリスト』と比べると確かに弱いと思うが、この映画の独特のムードも捨てがたい。主演のダニエル・クレイグはゴールデングローブ賞主演男優賞(ドラマ部門)にノミネートされた。21世紀のジェームズ・ボンドのイメージを覆すようなドラッグ中毒の同性愛者を好演している。
原作はアメリカ人、監督はイタリア人だが、映画はラテンアメリカで撮影された。最初はメキシコシティで、1950年代を再現するかのような淡い光に満ちた町の風景が心に残る。映画評にエドワード・ホッパー風の画面と出ていて、なるほどちょっとそんな感じ。紹介文をコピーすると、「退屈な日々を酒や薬でごまかしていたアメリカ人駐在員のウィリアム・リーは、若く美しくミステリアスな青年ユージーン・アラートンと出会う。一目で恋に落ちるリー。乾ききった心がユージーンを渇望し、ユージーンもそれに気まぐれに応えるが、求めれば求めるほど募るのは孤独ばかり。」ユージーンはドリュー・スターキーという新人である。
原作者のウィリアム・バロウズ(1914~1997)は50年代のビート・ジェネレーションを代表する一人だが、同性愛、薬物中毒などを独自の文体で描き出したので、なかなか出版できなかった。妻を射殺する事件を起こすなどスキャンダルも多かった。『裸のランチ』が有名だが、アメリカ政府から発禁処分を受けた。日本では鮎川信夫訳で刊行され、今は河出文庫に入っているけど読んでない。デイヴィッド・クローネンバーグ監督によって映画化されたが、それも見てない。つまり僕はバロウズをほとんど名前だけしか知らない。『クィア』は『裸のランチ』以前の50年代初期に書かれながら、刊行されたのは1985年だった。
この映画の本当の面白さは後半にある。前半は中年男の孤独な心性が中心で、性的マイノリティの目に映るメキシコシティがうら寂しいぐらい。そのような状況を打破しようと、「リーは一緒に人生を変える奇跡の体験をしようと、ユージーンを幻想的な南米への旅へと誘い出すが──」という展開が凄いのである。奇跡の薬物を求めて二人はエクアドルのジャングルに赴く。そこで謎の植物学者を紹介されるが、そのコッター博士(レスリー・マンヴィル)という女性が大迫力なのである。密林に住んで研究を進める学者というのは、けっこういろんな映画に出て来るが、この人が一番凄いかも。そして謎の植物を試すと、これも凄まじい。
60年代、70年代の前衛映画っぽいマジカルな幻覚体験が描かれて、何だか全体に懐かしいのである。ただし、あの頃はまだ本格的に描けなかった同性愛描写がこの映画では全面的に描かれている。そのことを俳優も観客も受け入れられる時代になったのである。そしてその幻覚への旅が興味深くて、アメリカ先住民の知識を求める「白人」がジャングルを旅するのである。ただ、その旅が終わると「エピローグ」になって、結局リーは再び数年後のメキシコシティに現れるが孤独な感じである。数年前の熱狂的な季節は過ぎ去ってしまったのか。ほぼ「自伝」的な要素が強いとされるらしいが、原作を読んでみたくなった。
ルカ・グァダニーノ監督(1971~)はイタリアで『ミラノ、愛に生きる』『胸騒ぎのシチリア』などを撮った後、2017年の『君の名前で僕を呼んで』で世界に知られた。ティモシー・シャラメを一気にスターにした美しい同性愛映画で、イタリアを舞台にした英語映画だった。その後は『サスペリア』『ボーンズ アンド オール』『チャレンジャーズ』などの英語映画を作っている。でも見てないというか、ほとんど記憶にない。どっちかというとホラー的なエンタメ作らしいが、今回は今までになく独自性の強い映画だ。どことなく懐かしさの漂うところに心惹かれる。あまり一般的じゃないと思うので、すぐ終わっちゃいそうだけど。
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