尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

新劇交流プロジェクト『美しきものの伝説』(宮本研)を見る

2022年06月22日 22時44分50秒 | 演劇
 新劇7劇団が共同で制作した新劇交流プロジェクトで、宮本研作『美しきものの伝説』を見た。本来は2020年に予定されていたが、コロナ禍で2年延期され、僕も2年待ってようやく見られた。場所は六本木の俳優座劇場だが、六本木も久しぶり、俳優座劇場もこんなに小さかったかという感じ。新劇交流プロジェクトは2017年の三好十郎『その人を知らず』に続くものだというが、それは見ていない。今回は文学座、民藝、俳優座、文化座、東演、青年座、青年劇場の7劇団が参加している。

 劇作家の宮本研(1926~1988)は近代日本の人々を描く作品をたくさん書いた。『美しきものの伝説』は1968年に文学座で初演されたもので、革命4部作といわれる。大正時代の社会主義運動家、女性運動家群像を題材にしながら、昭和の「暗い時代」の前にあった「ベル・エポック」(美しい時代)を描き出している。ついこの前、文学座『田園1968』を見たけれど、1968年は2022年から見ると54年前になる。一方、この劇が初演された1968年から劇が始まる1912年は、56年前でほぼ同じ時代間隔になる。60年代にとって大正時代を考えるのは、今から60年代を振り返るようなものなのか。

 宮本研の作品は同時代に何作か見ているが、この作品は実は初めて。よく上演されているが、内容的に知ってる世界なので、どうなんだろうと思っていた。劇中の人物はすべてモデルがあって、名前が変えられている(あるいはニックネームで呼ばれる)が、知ってる人なら誰だか判るだろう。(事前配布のチラシで解説されている。)初演当時には、平塚雷鳥、神近市子、荒畑寒村はまだ存命だった。(舞台には出て来ないが、名前が呼ばれる辻まこと=伊藤野枝、辻潤の長男も存命だった。)そういうことも仮名にした理由かもしれないが、見ているものにはすぐ判るんだから、ある種「伝説」を物語るという目的なんだろう。

 鵜山仁演出はいつもながら、僕には納得出来るものだった。当時の芸術座の芝居が劇中劇として出て来る。一つはトルストイ原作の『復活』で、有名なカチューシャの唄が大流行した。劇中のカチューシャ=松井須磨子渡辺美佐子が演じていて大熱演。これをラストの舞台にするということだが、熱烈な口づけを披露している。最初はどう見ても年齢が違う感じなのだが、やがて納得してしまうから、不思議である。師である島村抱月を従えている感じである。抱月は1918年11月にスペイン風邪で急死する。そして須磨子も後追い自殺するわけだが、知ってる展開だから衝撃はない。100年前のパンデミックが描かれているのは興味深い。
(渡辺美佐子)
 しかし、何と言っても大杉栄伊藤野枝がいろいろあっても生き生きしている。大杉は南保大樹(東演)、野枝は荒木真有美(俳優座)が演じている。しかし、大杉の女性関係は今見ると、「伝説」で済ませてよいのだろうか。それでも堺利彦との間に交わされる革命論争は今も重要だ。ロシア革命で誕生したソヴィエト政権をどう捉えるか。ソ連が崩壊してしまった現時点では測れないほど重大問題だった。アナーキズムに立つ大杉とボリシェヴィキ革命を支持する堺との間には、当面の連帯は成り立っているが究極的には対立点がある。ただ60年代には身を切るような議論だったろうが、今では時代が変わった感は強い。
(稽古風景)
 もう一つ抱月を中心に、小山内薫、沢田正二郎、久保栄などと交わされる芸術論議も見落とせない。そもそも「新劇」と呼ばれる劇が成立したのがこの時代である。新劇があれば「旧劇」もあるわけで、それが歌舞伎などである。今でも女優のいない旧劇に対して、新劇で初めて女優が生まれた。その最初の大スターが松井須磨子である。「新劇」は日本社会にとって、どのような意味を持ったのか。今では新劇風リアリズムが当たり前になってしまって、歌舞伎の「見得」などの方が不思議に見える。今も「商業演劇」とは違うものとして「新劇」があるが、その背後にあった社会運動的意義をどう評価すべきか。

 ただ僕にとって、登場人物の行く末をほぼ知っているわけで、その意味では劇として面白みが少ない。事実と違う部分もあって、それはそれでいいんだけど、自分なりにイメージと違う部分もある。出て来る人物が多いから、テーマが深まらない面もある。「ベル・エポック」探訪という感じが強い劇だなあと思う。でも大正時代をこのように描き出すこと自体が、ちょっと今ではロマンティックな幻想だったかもしれないとも思う。それは60年代に関しても言えることだろう。
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