尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

ナンニ・モレッティ監督『3つの鍵』『親愛なる日記』

2022年10月03日 22時21分13秒 |  〃  (新作外国映画)
 イタリアの巨匠ナンニ・モレッティ監督(1953~)の新作『3つの鍵』(2021)が公開された。同時に旧作『親愛なる日記』(1994)のレストア版も限定上映されている。どうも旧作の方が素晴らしいような気がするが、それはともかくイタリア映画は大好きだから紹介しておきたい。ナンニ・モレッティ監督は若くしてヴェネツィア、ベルリンで受賞しながら日本での紹介が遅れた。私的な思い入れの強い作風が敬遠されたのだろう。その後、カンヌ映画祭で『親愛なる日記』が監督賞、『息子の部屋』(2001)がパルムドールを獲得。この映画は子どもを亡くした家族を描いて、心に沁みる傑作だった。

 この監督は自作のオリジナル脚本が多いんだけど、今回はエシュコル・ネヴォという人の『三階』という本が原作である。調べてみると、原作者はイスラエルの作家で、舞台はテルアビブになっている。同じアパートに住んでいる人々を描いていることは共通らしいが、原作はそれぞれ独立した短編だという。監督による脚本は舞台をローマに移し、3つのエピソードを組み合わせて一つの物語にしている。アパートと書いたが、かなりの高級住宅街の集合住宅である。その真ん前である夜、交通事故が起きて死者が出る。
(裁判官夫妻)
 その事故を起こした犯人は3階の住人、裁判官夫妻の息子だった。親子関係は破綻していて、事故に直面することが出来ない。同じ時に、2階に住むある女性が出産のため病院に行こうとしている。夫が長期出張中で一人なのである。車は1階に突っ込んでしまい、1階の家族は幼い娘を時々預かって貰う隣家に避難させる。この3家族に起きる出来事をモザイク状に描き出していくが、各家族のストーリーはここでは細かく書かない。映画を見ていると人間は愚かな生き物で、それぞれ「愚行の代償」を払わないといけないことを痛切に感じる。
(1階の親子)
 その愚行ぶりは『LOVE LIFE』のレベルではない。登場人物はやり過ぎ的な行動が多いが、それはイタリアだからか、それとも原作に由来するのか。はたまた日本人がおとなしすぎるのかもしれない。この映画の特徴は、ある時点で最初の物語が終わり、画面には「5年後」と出る。さらにもう一回5年後になるので、時系列としては10年にわたる物語になる。中には亡くなったり行方知れずになる人もあるし、子どもたちは成長する。長いスパンで物語ることによって、時間と共に人間が変わることも示す。そこが「現在」しか描かれない『LOVE LIFE』と違う。どんな物語も、5年後、10年後にはまた違った人間模様があるのである。

 人間を厳しく見つめる『3つの鍵』に対して、私的なエッセイ映画の体裁で作られた『親愛なる日記』は観客に親密な感情を呼び起こす「個人映画」である。3部に分かれていて、第1部「ヴェスパに乗って」ではイタリア製のスクーターに乗ってローマの街をめぐる。繁栄する中心部や過去の遺跡ではなく、人々の住む街をめぐる。それが素晴らしく魅力的。パゾリーニが殺害された現場を見に行く感動的なシーンがある。もちろん自分で乗って出掛ける自作自演の映画である。

 第2部「島めぐり」ではローマの喧噪を逃れて南部の島々をめぐる。どこへ行っても観光客が多く次々と島を移るが、風景が'美しい。次の「医者めぐり」は謎のかゆみを発症して医者をめぐり歩く。なんだか奇病らしく、病名がなかなかはっきりしない。東洋医学へも通う。かつて見たことがないタイプの映画で、こんな映画があったんだと感心した。上映が限られていて見るのは大変だと思うけど、イタリアが好きな人には絶対に見逃せない。感動というか、むしろ親密感を呼び起こすタイプの映画である。
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