尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

中堅旅館の没落、二極化する温泉旅館-温泉の話④

2017年01月30日 20時23分07秒 |  〃 (温泉)
 日本社会の変化を表すときに、ここ何年も「少子高齢化」だとか「格差拡大」がキーワードになっている。それを温泉という視角から見ると、どうなるか。まさに「温泉旅館の危機」であり「温泉旅館の二極分化」が進行している。「中堅旅館の没落」は緊急の問題になっていると言っていい。

 大旅館がいっぱいある温泉地でも、歩いてみると廃業した旅館がとても多い。去年行った鬼怒川などはその典型で、いくつもつぶれていた。かつてはバスを連ねた団体旅行でいっぱいだったような旅館も、バブル時代に規模を大きくした借金を返せないで倒産したのである。そういう廃業旅館は、いまや「廃墟マニア」の垂涎の的となり、そういうサイトを見るといっぱい見つかる。群馬県安中市の磯部温泉もずいぶんつぶれていて、詩人大手拓次の生家として知られた蓬莱館もつぶれてしまった。

 最近は「耐震基準を満たせない廃業」という問題も起きている。下北半島北部にある薬研温泉にあった「ホテルニュー薬研」は、黒字だったけれど2016年11月に閉館した。耐震基準が厳しくなり、改築の費用が出せないということでやむなく閉館したのである。ここには古畑旅館という古い宿もあったけれど、そっちも廃業している。昔、下北半島へ行ったときは古畑旅館に泊まったんだけど、ホテルニュー薬研近くの露天風呂に入りに行った。下北半島となると、そう度々訪れるところではないだけに、こうして貴重な温泉宿がなくなってしまうのは残念である。

 他に思い出の宿でなくなってしまったのは、秋田県の秋の宮温泉郷にあった稲住温泉。武者小路実篤が疎開した宿として有名だったが、多額の負債を抱えて倒産してしまった。鹿児島の桜島にある古里温泉の古里観光ホテルも、2012年に倒産した。白い浴衣を着て入る海沿いの龍神露天風呂は大変爽快な体験だった。温泉で炊いた龍神釜飯も名物だった。ここは林芙美子生誕の地で、一番大きな旅館がつぶれてしまったのは残念でならない。こういう貴重な宿がもうない。

 秘湯の宿もどんどんなくなっている。家族経営のような宿が多いから、後継者難で閉めざるを得ない。あらたに経営者が現れ再開できた宿もあるが、宿泊者受け入れを諦め、立ちより専門になる宿もある。かつて訪れて、ここはいいなあと思った宿が調べてみるとつぶれてしまっていたりする。秘湯の宿でなくなったのは、北海道ニセコの新見温泉、秋田県最北の日景温泉、青森の温川温泉、群馬県の湯の平温泉松泉閣、湯の小屋温泉葉留日野山荘、秩父の鳩の湯温泉など枚挙にいとまない。

 日本社会の現状を見ると、今後の高齢化・人口減を見通すと、温泉旅館の厳しさは続くだろう。自分の代は何とか続けたいが、子どもには継がせられないと思う経営者も多いと思う。地方では買い物や子育ても不便だから、一軒宿のようなところほど経営が難しい。バブル期にどんどん作られた入浴施設も、建物の限界が迫れば、リニューアルされずに廃業するところが多いはずだ。手をかけたお風呂と料理をウリにした日本の温泉宿も、貴重な絶滅危惧種なのではないか。町の本屋やミニシアター、名画座などと同じように。僕はそれでもそれらは必要だと思うし、行き延びて欲しいのである。

 このように特に中堅旅館がつぶれつつあるわけだが、そんな中で温泉旅館も二極分化が進んでいる。値段が高い高級ホテルを続々と展開するリゾートホテルと、365日同一料金の安い値段と夕食バイキングを売り物にする安い旅館グループである。前者は「星野リゾート」で、後者が「伊東園ホテルズ」や「大江戸温泉物語」、「おおるりグループ」などである。前に泊まったホテルが、いつの間にかこれらのグループになっていることが関東圏では結構多い。

 「星野リゾート」は、軽井沢にあった星野温泉がもとになっている。(今は「星のや軽井沢」)ここは昔の勤務校の寮が近くにあって冬季の管理を委嘱していたから知っている。「とんぼの湯」という大きな入浴施設を作り、またホテルを近くに立てるなど、軽井沢でずいぶんやる気を出していた。ここが経営難のホテルなどをどんどん引き受けて、非常に大きくなっていった。最近話題になった東京大手町の「星のや 東京」とか、沖縄の竹富島、北海道のトマムリゾート、さらにバリ島にまで広がっている。

 温泉旅館は「」の名前で展開している。例えば、日光中禅寺湖畔にあった「日光離宮楓雅」が「界 日光」になった。青森の大鰐温泉にあった有名な「南津軽錦水」が「界 津軽」、熱海伊豆山の蓬莱旅館が「界 熱海」という具合である。(リゾナーレという系列もあって、「あたみ百万石」は「リゾナーレ熱海」となっている。)こうして箱根や伊東、さらに山中温泉、玉造温泉などに広がっている。その他、青森県の小牧温泉を「星野リゾート青森屋」として再生させた。高級旅館・ホテルをつぶさずにリニューアルさせた功績は大きいが、今後どうなっていくのか。値段的に利用するのは難しそうだけど。

 「伊東園ホテルズ」はじめ安い料金のチェーン温泉は、首都圏を席巻していると言ってもいい。新聞の広告にもよく出ているし、折り込みチラシも多い。首都圏各地からバスで直行便を出していて、ほとんど都内と旅館の往復で済んでしまう。夕食はバイキングだし、部屋にもあまり金をかけない。経営的に難しい旅館がどんどんグループに入っている。料金は大江戸温泉物語グループが一番高いけど、一万円はしない。伊東園やおおるりは6千円台ぐらいだから、それで料理も部屋もすごく良いとは期待してはいけないだろう。(ちなみに、伊東園は伊豆の伊東温泉から始まるけど、伊豆の資本ではない。カラオケの「歌広場」と同じ経営体である。)

 伊東園は伊豆に一番多いけど全国に広がりつつある。(伊豆に17館ある。他の関東一円に18館、中部・近畿、北海道・東北に合計10館ある。)一時は十和田グランドホテルと谷地温泉も買っていたが、これは売却した。谷地温泉というのは八甲田山麓の温泉で、秘湯を守る会に入っていた。さすがにそういう宿は伊東園方式では難しいのだろう。大江戸温泉物語は、かんぽの宿や郵貯のメルモンテなど公的施設を買収した例が多い。いずれにせよ、これらの宿は「居抜き」で買い取った旅館で、365日同一料金方式で広がっている。このような安い宿が求められていたとも言えるだろうけど、要するに日本社会の二極分化が温泉旅館でも起こっているわけである。

 これらのグループが、日本の温泉文化にとって、いいことなのか悪いことなのかは見極めが難しい。ただ、そのままではつぶれたかもしれない旅館が救済されたとは言えるんだろうけど…。でも、山の宿でも海の宿でも、似たようなメニューの夕食バイキングでは、つまらない。時には「カニ食べ放題」などとうたうが、地産地消には程遠く、収奪型食文化と言えるのではないだろうか。循環の温泉に入って、食べ放題で飽食していては、温泉旅行で健康になるはずが、かえって不健康になって帰るようなものである。ともかく、温泉旅館を通してみると、今後の日本はなかなか大変そうである。
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