尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

ヒッチコック映画の快楽

2018年01月18日 23時19分58秒 |  〃 (世界の映画監督)
 僕は昔から「初詣」というものをしたことがない。文化財としてお寺や神社に行くことはあるが、信仰心がないから、わざわざ混んでいるときに行きたくない。代わりというわけでもないけど、去年から新年にかけては、シネマヴェーラ渋谷でやっていたアルフレッド・ヒッチコック(1899~1980)監督特集に通っていた。元日は休館だけど、2日からやっていたから、新作映画や展覧会、寄席なんかを犠牲にして通った。全部見るつもりが疲れて一番組をパスしてしまったが、全部で20本見た。

 今ではサスペンス映画の技法を確立した偉大な監督だと誰もが認識しているが、現役当時はそこまでの高い評価は受けていなかった。なんとアカデミー賞監督賞も一回も受賞していない。それどころかノミネートさえ、「レベッカ」「救命艇」「白い恐怖」「裏窓」「サイコ」の5回しかない。この間、ウィリアム・ワイラーやビリー・ワイルダーが何度もノミネートされていることを思えば(ワイラーは3回受賞9回ノミネート、ワイルダーは2回受賞6回ノミネート)、余りにも不当な評価だったと言える。

 ヒッチコックが英国生まれだからとも言われるが、ワイラーもワイルダーもドイツ系(ワイラーは当時ドイツ領のアルザス、ワイルダーは現ポーランド、当時オーストリア帝国に生まれた。どちらもユダヤ系)なんだから、やはりサスペンス映画が低い評価を受けていたということだと思う。テレビの「ヒッチコック劇場」という番組で知名度が高く、とにかく面白いから映画もヒットすることが多かった。でも、日本でのベストテンにもあまり入っていない。(「断崖」が1位、「疑惑の影」が3位、「鳥」が4位。)

 フランソワ・トリュフォーなどヨーロッパで高い評価を受けて、映画技術の高さが認識されるようになった。今ではヒッチコックと言えば、優れた技術で映画を作ったイメージもある。だけど、今回改めて思ったけど、ヒッチコック映画を見てもテクニックのことなど何も考えない。テクニックを感じさせないのが、最高のテクニックだと思うが、ヒッチコックはその域に達している。ヒッチコックは自分の映画にチラッと顔を出すことで知られているが、監督の姿が気になるような映画は面白くない。よく出来た作品ではどこに出てたか全く気にならずに、いつのまにかエンドマークが出ている。

 全部の映画を細かく書いても仕方ないから、簡単に。今回はイギリス時代の作品がいっぱい入っていて、逆に後期の作品はない。1953年の「私は告白する」が最後で、1954年の「ダイヤルMを廻せ!」「裏窓」に始まり、「めまい」「北北西に進路を取れ」「サイコ」「」と続く傑作群は一本もないけど、それらは他の映画館でも時々上映されるし、映画ファンなら見てるだろうということだろう。

 イギリス時代の映画は25本あるが、そのうち無声3本、発声8本をやった。うち2本が見逃し。最初に評価された「下宿人」(1927)は金髪女性連続殺人犯をめぐる捜査と謎の下宿人。古いけど面白い。「暗殺者の家」「三十九夜」「間諜最後の日」「サボタージュ」と趣向は違っても、いずれもスパイ映画。「間諜最後の日」はサマセット・モーム「アシェンデン」の映画化である。

 そして、「バルカン超特急」(1938)という大傑作。今回は同じスタッフで作られたキャロル・リード監督の「ミュンヘンへの夜行列車」と一緒に上映された。小さな映画館ながら場内は超満員で、この番組構成の妙が評価されたのだろう。「バルカン超特急」はヒッチコック全体を通しても最高傑作レベルだと思う。見るのは多分3度目だと思うが、何回見ても飽きずに楽しめる。鉄道ミステリーとしても最高だと思う。これもまあスパイ映画だが、老女をいかに列車で消すか。そのアイディアを「東欧」を走る国際列車という設定でムードを高める。「ミュンヘンへの夜行列車」もスパイ映画だが、ドイツに入ってからの怒涛の展開が面白い。この2本立てはまたやってくれることと期待したい。

 イギリスの田舎を舞台にした「第3逃亡者」も、とぼけた描写が楽しい。スパイ映画じゃないけど、「巻き込まれ型」であることは共通。「バルカン超特急」などが評価されハリウッドに招かれ、第二次大戦直後にたくさんの「反ナチス映画」を作ってアメリカ世論に訴えている。「海外特派員」(1940)は中でも有名で、最高傑作レベル。当然同時代には日本未公開で、確か70年代に初公開された。面白くて2回見てると思う。オランダの風車での対決が有名だし、その直前の雨の中の暗殺も素晴らしい。アメリカが参戦した後の「逃走迷路」(1942)も面白い。典型的な「巻き込まれ型」スパイ映画で、西海岸からニューヨークへ、そしてラストの「自由の女神」のスリル。

 アメリカ映画第一作は、デュ=モーリア原作のゴシックロマン「レベッカ」(1940)。これでいきなりアカデミー賞作品賞を取った。以前見た時に面白かったが細部は忘れてしまったので、今回もドキドキしながら見てしまった。イギリス旧家のお屋敷にまつわるドロドロの人間模様がスリルたっぷりに描かれる。「疑惑の影」(1943)も少女が叔父を疑いはじめて行く様を丹念に描く。これも前に見てるけど、面白かった。「スミス夫妻」(1941)はヒッチコックらしからぬコメディ。「救命艇」(1944)はスタインベック原作だというが、ドイツ軍の魚雷で沈没して生き残って漂流する話。両方ともに案外面白くない。

 イングリッド・バーグマンが出た「汚名」(1946)はラブシーンばかり有名で、スパイ映画としての興趣は弱い。「山羊座のもとに」(1949)はほとんど知られていないと思うが僕も初めて見た。19世紀のオーストラリアが舞台という異色作で、殺人罪で流刑された恋人を追って令嬢のバーグマンがやって来たが、今は関係が冷えている。「疑惑の影」のおじさん、ジョセフ・コットンがバーグマンの夫で、現地社会から爪はじきされる夫の苦悩を演じている。大ロマンではあるが、成功はしてないだろう。

 面白くないのは「パラダイン夫人の恋」(1947)も同じで、イタリア出身のアリダ・ヴァリが素晴らしく美しい「犯人」で、弁護士のグレゴリー・ペックもいかれてしまう。真相はいかにというけど、法廷ものとしては少し異色すぎる設定だろう。もひとつ有名な「ロープ」(1948)は「技術」が前面に出すぎた失敗作だろう。全編を「ワンシーン・ワンカット」で撮ったわけだが、もちろん今のデジタル時代じゃないから、フィルム一巻分以上を続けて撮れるわけがない。そこをどう解決したかは、見てればすぐ判る。なんだという感じで、そこまでしてワンカット風に撮影する意味があるか。それより「時間」を限定したためにどうしても物語に問題が出てくる。まあ異色作ということだろう。

 こうしてみると、前から知ってる映画はやはり面白く、初めて見る映画はそれほどではない。ヒッチコックは50年代以後は大体同時代に公開されているが、特に40年代に未公開が多かった。70年代以後のミニシアターブームで、けっこう昔の映画がたくさん公開され、主要なヒッチコック映画は大体見てしまった。傑作と言える作品はすごく面白いけど、スパイ映画としての設定はかなり変だ。「海外特派員」ではオランダの平和団体が戦争を防げるかどうかのカギを握っている。どうして? 「バルカン超特急」の情報伝達法も理解不能。「汚名」もおかしいし、「逃走迷路」でもどうしてこんなに謎の組織が大きくてテロができるのか判らない。

 話が変なんだけど、その後の「北北西に進路を取れ」などでも、市井の善人がスパイ事件に巻き込まれる。大昔ならあり得ないないが、「総力戦」時代になり、軍需産業が戦場以上に大事になり「銃後の護り」が重大な意味を持つようになった。そしてナチスや共産主義という「イデオロギー」との戦いの時代になったから、「敵」はどこにいるか判らない。逆にポーランドのイエジー・カワレロウィッチの「」でも、同じような不安が「西側のスパイ」として描かれる。日本でも山本薩夫「スパイ」や熊井啓「日本列島」のように、どこで何が起きるか判らないという冷戦体制の恐怖が描かれた。ヒッチコックの映画も、そのような時代に「巻き込まれた」人間の不安を形象化したということだろう。
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