尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『EO イーオー』、ロバから見た人間世界

2023年05月19日 21時56分52秒 |  〃  (新作外国映画)
 ポーランドの巨匠、イエジー・スコリモフスキ監督の『EO』はとても不思議な映画だ。何しろ主人公がロバという映画なのである。同じくロバを見つめた映画としてロベール・ブレッソン監督『バルタザールどこへいく』(1966)という映画があった。(2020年にリバイバル公開されたので、その時に紹介した。)やはりその映画にインスパイアされて、今回の『EO』を作ったという。(題名の「EO」「バルタザール」というのがロバの名前。)『EO』はカンヌ映画祭審査員賞を受賞するなど、世界各地で高く評価された。映像は素晴らしく美しいが、本当に「ロバから人間世界を見る」ので、なかなか判りにくいとも言える。

 この映画からすると、研ぎ澄まされた映像で知られるブレッソン監督もずいぶん人間側の事情を描いていた。ましてや日本の『南極物語』とか『ハチ公物語』などは、動物映画というより動物を擬人化して描く人間ドラマにしか過ぎなかった。そのぐらい『EO』は徹底して動物からしか描かない。ほとんどセリフもないし、完全にロバ目線。動物は言葉をしゃべれないから、そこで何を感じているのか、一体どんな場所なのか、一切ナレーションしてくれないのである。だから、やっぱりこの映画は判りにくい部分がある。いやあ、ビックリという感じである。

 ロバのEOはサーカスにいた。カサンドラという女性と組んで、芸を披露している。カサンドラはEOを愛していて、お互いに上手く行ってる感じが伝わってくる。ところがポーランドの町で動物解放運動のデモにぶつかった。サーカスは動物虐待だとしてEOは無理やり「解放」されてしまった。そこからEOの放浪が始まっていく。こういう「過激」な動物解放運動がヨーロッパにはあるらしいが、しかし勝手にサーカスの私有財産を「解放」するのは行き過ぎだろう。それはポーランドではありうることなのか、それとも設定として作ったことなのか。そういう説明が全くないから、見ていて困るわけである。
(ロバのEO)
 その後、牧場へ行って人間にも馬にも相手にされたり、サッカーチームに勝利の女神扱いされたり(相手チームからは恨まれたり)、競走馬の食肉処理場に連れて行かれたりする。こいつはロバだぞと言うけど、ロバもサラミになると言われる。その間、逃げ出しては大自然を放浪し、素晴らしいロードムーヴィーみたいなんだけど、肝心の主人公が何も言ってくれない。まあ悲しそうな目が忘れられないけれど、勝手に擬人化して良いのか判らない。そして貴族の館に連れて行かれ、人間界の愚かな闇を見るのである。
(ダム湖を行く)
 これは上映時間88分の美しき寓話であり、本格的なドラマとは言えない。淡々とロバの行く末を追い続ける映画で、判らんともつまらんとも思えるが、ロバの賢そうな目を見るとすべてを見抜いているとも思える。まあ変わった映画には違いない。監督のスコリモフスキは1938年生まれの85歳。1962年にロマン・ポランスキー監督の傑作『水の中のナイフ』の脚本を共同で執筆して知られた。その後、共産主義時代のポーランドを離れて西欧諸国で映画を作った時期もある。一時は監督を離れて俳優に専念した時期もあり、『イースタン・プロミス』『アベンジャーズ』など世界的に知られた映画にも出ている。
(スコリモフスキ監督)
 2008年に監督に復帰、ポーランドで『アンナと過ごした四日間』を作って東京国際映画祭で審査員賞を受けた。これも暗く変テコな一種のストーカー映画。『エッセンシャル・キリング』『イレブン・ミニッツ』とその後作った映画も変である。日本で最初に公開された『早春』(1970)はイギリスで撮影した青春映画だが、僕は大好きだったけどやはり変で怖い。今までの全作品が同じような感じで、世界各地の映画祭でずいぶん受賞歴があるけど、文芸大作とか感動映画とかは作らずに個人的なワン・アイディア映画が多い。そういう意味で、この映画こそ典型的なスコリモフスキ映画という感じ。
コメント
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