尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

樋田毅『記者襲撃』、「赤報隊事件」を追う必読本

2023年05月02日 23時19分11秒 | 〃 (さまざまな本)
 1987年5月3日。と言われて、何の日だか思い当たるだろうか。むろん憲法記念日である。でも、この日はただの憲法記念日ではない。朝日新聞阪神支局が何者かに襲撃され、銃撃された小尻知博記者(29歳)が殺害され、犬飼兵衛記者(42歳)が重傷を負った「赤報隊事件」が起きた日である。事件後に「日本民族独立義勇軍 別動 赤報隊 一同」の名による犯行声明が時事通信社と共同通信社に届いた。死傷者が出たのはこの日の事件だけだが、その前と後に計8件の事件が起こされている。

 今ではまとめて「赤報隊事件」と呼ばれる。この阪神支局襲撃事件はもちろん良く覚えているし、その後、朝日新聞は事件前後に特集報道を続けてきた。しかし、2003年に公訴時効が成立してしまい、ついに真相は明かされないままになってしまった。僕も関連書を読むほど関心を持ち続けた来たわけではなかった。今回樋田毅記者襲撃』(岩波書店、2018)という本を読んで、改めて驚くことが多く衝撃を受けた。内容的に「今まさに読むべき本」だと思う。

 樋田毅(ひだ・つよし、1952~)という著者の名前を意識したのはつい最近である。大塚茂樹「日本左翼史」に挑む』を読んだときに、『彼は早稲田で死んだ』という本が出て来た。早稲田大学で「伝説的に語られてきたヒダさん」とも書かれていた。この本は「内ゲバ殺人」を追求し、大宅壮一ノンフィクション賞を受けた。そのことは記憶にあったけど、著者のことは詳しく知らなかった。調べてみると、樋田氏は元朝日新聞記者で退職後に何冊か本を書いている。地元の図書館を調べたら、一番近い図書館に最初に書かれたこの本が入っているではないか。時期もまさに36年目を迎える直前だ。これは今すぐ読めというサインだろう。
(樋田毅氏)
 僕は池上・佐藤氏『日本左翼史』を評して、「左翼の失敗を振り返り、左翼の再生を考えるのも大切だろう。でも、「日本右翼史」を振り返ることはもっと大切だと思う。」と書いた。そして、「「個別決起」で、社会を変えようという発想が広がる可能性はないだろうか」とも書いた。その後、衆院補欠選挙の応援に入った岸田首相に爆発物が投げられる事件が起こってしまった。その思想的背景は(あるかないかを含めて)まだ不明だが、何だか予言成就みたいで気持ちが悪い。それはともかく、樋口氏の本はその「日本右翼史」が書かれているのである。戦後の右翼勢力のおおまかな振り返りがこの本で可能である。

 この本には非常に重大な意味を持つ記述が幾つもある。著者は朝日新聞記者として、この阪神支局襲撃事件を追跡し続けていた。記事を書くと言うより、真相を追い続ける役目を負ったのである。そういう記者が何人もいて、この事件を追及してきた。しかし、最終的に時効を迎えるまでには事件の解決を見なかった。その間の取材の核心部分を書いたのがこの本。中には朝日新聞社の対応を厳しく批判している箇所もある。その第一は「野村秋介事件」である。行動的な「新右翼」活動家として知られた野村氏は、1993年10月20日に朝日新聞社役員応接室で当時の中江社長の前で拳銃自殺した。 

 野村秋介氏は河野一郎宅焼き討ち事件(1963年)や経団連襲撃事件(1977年)を起こしたことで知られる。興味深いエピソードがいろいろある人だが、今はそのことは措く。この事件のきっかけは1992年の参院選に「風の会」を立ち上げて立候補したところ、「週刊朝日」の山藤章二の風刺画「ブラック・アングル」に「虱(しらみ)の党」という表現で揶揄されたことである。風刺と言えど「選挙妨害」になりかねず、野村らの抗議がなされた。そして社長と野村氏の面会がセットされたのである。その時の社の対応に疑問を持った著者は、公にされていない中江社長の回想録を引用して、その真相に迫っている。

 この問題に関してはここまでにするが、野村秋介という人は今も右翼内部で評価が高い。それはこのような事件の起こし方にもあるだろう。つまり、世間的には無名の末端記者を狙うのではなく、抗議するならトップを標的にする。しかも、「他殺」ではなく自らを犠牲にすることで目的を達成しようとする。「これが真の右翼だぞ」と言わんばかりで、ある意味「赤報隊事件」への批判を感じ取れないこともない。今まで右翼のテロ事件は戦前から何度も起こっているが、「犯人」は大体自殺したり、すぐに出頭している。相手を殺害に及んだ以上、自ら逃げ回らない。それが「右翼」なんだという無言の訴えを感じ取れないでもない。
(殺害された小尻記者)
 そこから、この本ではある宗教団体への疑惑が追及される。「α教団」は、政治団体「α連合」とつながり、また「α日報」という新聞も持つ。その団体が絡んだ「霊感商法」を朝日新聞や系列の週刊誌「朝日ジャーナル」が鋭く追求していた。この「α教団」なる右派宗教団体が襲撃事件を起こしたのではないか。匿名で書かれているが、これは誰が見ても「世界基督教統一神霊協会」(統一教会=現世界平和統一家庭連合)である。その時点では匿名になっているが、今では誰もが知ることになったので「旧統一教会」と書くことにする。そして実に恐るべき事実が書かれているのである。

 捜査権のない新聞記者の取材だから、この本で真犯人は判らない。どちらかというと、素直に読めば旧統一教会犯人説はかなり厳しいと思う。だが、それは本当に秘密にされた部分には近づけなかったからかもしれない。何しろ、「統一教会」にはまさに秘密部隊があったらしいのである。韓国では統一教会系の銃器製造会社があり、日本でも教会の隣に銃砲店があったというのである。そして韓国へ行けば、合法的に射撃訓練が受けられたのである。実に恐るべき事実ではないか。

 朝日新聞は統一教会を厳しく批判する報道を続けていた。ただ、赤報隊事件の最後とされるのは、1990年5月に起きた「愛知韓国人会館放火事件」である。韓国由来の団体がそういう事件を起こすだろうか。しかし、これも疑問がないではない。今こそ「反韓」で活動する右翼は珍しくない。だが、この時点では「慰安婦問題」などは問題化していない。右翼からすれば、「朝鮮総連」を狙う方が自然ではないか。まだまだ朝鮮半島情勢は「冷戦」段階で、1990年に「反韓」事件を起こすのが不思議に思えなくもない。この韓国人会館事件が「赤報隊」の最後であある。最後に今までの襲撃対象から大きく外れた目標を選んだのも不自然に思える。

 ところで、この本で書かれたもう一つの重大な朝日新聞の問題。実は朝日新聞と「α日報」の幹部が会っていたという事実が書かれているのである。「裏で手打ちした」とまでは言えないようである。だが「不自然な会食」である。このような朝日新聞社の発表していない不都合な出来事もあえて書かれている。そこが貴重なところである。僕は自然に考えれば、犯人は「新右翼」的な思想の持ち主かと思う。ここで描かれる「右翼」は殺人を全く否定していない。朝日新聞を狙うのは正当だと考えている人がたくさん出てくる。恐るべき話で、そういう人に取材するのは実に大変な仕事である。
(NHK「未解決事件」)
 この本には驚くべき情報がいっぱいある。真犯人を想定して、「フィクション」として事件を描いた章もある。それは60代と30代の二人組とされている。犯行声明はワープロで書かれていて、80年代後半段階ではまだ使えない人が多かった。(もちろんパソコンが普及する以前である。)それにしても、左翼より右翼の方こそ危険だという僕の考えを実証するような本だった。警察が長いこと秘密にしていたが、この「赤報隊」は中曽根元首相竹下元首相に脅迫状を送っていた。「左翼」と違って、「右翼」は政権中枢とつながり影響を与えかねないのである。この本はまだ普通に入手出来る。是非探して読んで見て欲しい。
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