尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

感動的な「Coda コーダ あいのうた」

2022年02月13日 22時50分43秒 |  〃  (新作外国映画)
 「コーダ」(CODA)という言葉を初めて知ったのは、丸山正樹「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」を読んだときのことだった。”Children Of Deaf Adults”の略で、「聴覚障害者の中で育つ子ども」のことである。丸山さんの本はミステリー仕立てで「ろう者」の人生をテーマにしている。その後、シリーズ化されているようだが、僕は読んでいない。その小説では父母兄が「ろう」で、自分だけが健聴者である女性が主人公だった。その後、ちょうど同じ設定の家族を描いたフランス映画「エール!」(2014)が作られた。それも見てないけれど、その映画がアメリカでリメイクされたのが「Coda コーダ あいのうた」である。

 アメリカでは外国映画を英語映画にリメイクすることが多い。それはどうなんだろうという気もする。世界で一番通用する「英語」映画にしてしまおうという感じがして、なんか釈然としない。アメリカ人は字幕付きで外国映画を見ないんだろうなあ。フランスで大ヒットした「最強のふたり」もアメリカでリメイクされたが、あまり評判にならなかった。でも今度の「Coda コーダ あいのうた」はアカデミー賞作品賞にノミネートされている。他にも助演男優賞、脚色賞にもノミネートされた。「アカデミー賞最有力」という宣伝は誇大だと思うけど、確かに上出来の感動作になっている。

 フランス映画では酪農を営む農家という設定だったはず。それがこの映画では冒頭が漁業シーンになっている。一家で朝早くから漁業に出ていて、父、兄とルビーが一緒に働いている。父、兄は耳が聞こえないから、値段交渉などはルビーが「通訳」するしかない。父も兄も頑固な感じで、ルビーもそんな暮らしを当たり前と思ってきた。それから高校へ行くから、時には授業で寝てしまう。着替えしないで行くこともあって、魚臭いと思われている。ろう者の中で暮らしてきたから、言葉遣いがおかしいと言われたこともあって、あまり人前に出たくない。そんなルビーがちょっと気になるマイルズにつられて合唱クラブを選択してしまう。
(船上のルビー)
 歌を教えるのがメキシコ系のベルナド・ヴィラロボス先生で、どういう立場で学校にいるのかよく判らないけど、非常に自由な教え方で面白い。最初は人前で歌えなかったルビーの歌の才能を先生が見つける。そしてマイルズと一緒にデュエットするようにと、マーヴィン・ゲイ&タミー・テレル「You're All I Need To Get By」という歌を練習するようにと言う。家にマイルズが来て練習していると、何と両親の「あの声」が聞こえてきて。それを学校でからかわれて、マイルズとの関係もこじれてしまう。そんな中で漁業をめぐる一家の事情も大きく揺れる。仲買を通さず自分たちで漁業協同組合を作ろうとする父。
(ルビーとその家族)
 ますます「通訳」としてルビーが必要になるが、先生は自分の出身でもあるボストンのバークリー音大に行ってはどうかと勧める。こうして「家族」と「彼」との関係が悪化するわけだが、そこがどうなっていくか。家族ともめて船に行かなかった日に、検査官が乗り込んできて最悪の状況に陥る。自分はやはり家族と生きて生きていくしかないとルビーは決心する。そして発表会の日が来て…。アメリカ映画では良くある設定だが、高校で音楽や演劇の発表会があり、家族の事情と青春模様が交錯しながら、いよいよ舞台の幕が開く。そこが感動の最高潮になるはずが、この映画では突然音声が消える。つまり、それが父や母の状況なのだ。周りは熱狂し楽しんでいるようだが、自分には全く聞こえない。周りに合わせて拍手はするけれど…。

 親は子どもを離したくない。と同時に好きな道を歩ませたい。兄は家族の犠牲になるなという。大学のオーディションが来て、結局一家が送り出してくれた。(父も自動車免許を持っている。)遅刻して最後に歌を歌うシーンが素晴らしい。歌はジョニ・ミッチェルの「青春の光と影」(Both Sides, Now)で、映画にピッタリ合っている。この曲が今も歌われているのが嬉しい。入っちゃダメと言われた家族も秘かに2階に見に来る。それに気付いてルビーは手話を交えて「青春の光と影」を熱唱。こういう歌詞だったのか。このルビーをやってるのはイギリス人のエミリア・ジョーンズで、今まで子役でずいぶん活躍している。「ロック&キー」というテレビドラマで知られたという。それは知らないが、今回はアメリカ手話を熱心にマスターして、素晴らしい演技を披露している。
(母親役のマーリン・マトリン)
 リメイク権を持っていたプロデューサーが女性監督のシアン・ヘダーに企画を打診して、手話を学ぶとともに家族の設定を漁業に移した。その脚色が実にうまく功を奏している(シアン・ヘダーが脚色賞にノミネート)。そしてまず母親役にマーリン・マトリンをキャスティングした。知ってるだろうか。1986年に「愛は静けさの中に」でアカデミー賞主演女優賞を受賞した人である。その時21歳で、これは未だに最年少記録になっている。それ以上に凄いのは、本人が聴覚障害者だったのである。その後は目立った活躍をしてなかったが、久しぶりに中年になった姿を見られて嬉しい。マトリンの提案で父と兄役も実際の聴覚障害者が演じている。
(「愛は静けさの中に」)
 父役はトロイ・コッツァーという人で、アカデミー賞初め各種映画賞で助演賞にノミネートされた。非常に印象深い奥行きのある役柄を見事に演じた。兄はダニエル・デュラント。キャスティングに関しては、エスニシティやセクシュアリティに関して「当事者性」を強く求める考えがある。スピルバーグがリメイクした「ウエスト・サイド・ストーリー」ではプエルトリコ人役はプエルトリコ人が演じた。セクシャル・マイノリティに関しても、本人の性自認と同じキャスティングをするべきだという意見もある。様々な考え方があるだろうが、この映画に関しては聴覚障害者を健聴者が演じることは考えられない。しかし、いずれもシロウトではなく、今までにデフ・シアターなどで活動している。日常的な障害者のアート活動があってこその見応えなのである。
*「誇大宣伝」と書いたけれど、アカデミー賞作品賞を受賞した。ノミネートされた助演男優賞、脚色賞も受賞。ちょっとビックリ。女性監督作品が2年連続で作品賞を獲得した。「ドライブ・マイ・カー」とは「手話」という共通性がある。(2022.3.28追加)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする