尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

陳舜臣「方壷園」-芳醇な歴史ミステリー

2018年12月18日 22時23分53秒 | 〃 (ミステリー)
 ミステリーをよく買うけど、読むヒマがなくてたまっていく。年末のミステリーベスト10も発表される季節になって、読みたい気持ちが募る…。そんな中で本格的な長編を後回しにして、陳舜臣「方壷園」(ちくま文庫)を読んだ。陳舜臣は僕が最もよく読んだ作家のひとりで、そのことは陳さんが亡くなった時(2015年1月21日)、ブログの追悼記事に書いた。(「追悼・陳舜臣」)

 陳舜臣は最後は大歴史作家として評価され、日本、中国だけでなくインドや中東などにも及ぶ歴史エッセイでも大活躍した。それらはとても大きな遺産で多くの人に読んで欲しい。面白くて役に立つ、簡便な近代中国史入門として「小説阿片戦争」ほど適当なものはないだろう。だけど、もともと陳舜臣はミステリー作家だ。というか「探偵小説」と呼んでいた時代。「中国人を登場させるな」という有名なノックスの「探偵小説十戒」にそむくように神戸に住む中国料理店主・陶展文が活躍する。そんな「枯草の根」で1961年に江戸川乱歩賞を獲得した。

 以後続々とミステリーを書き、直木賞、日本推理作家協会賞を得た。その頃の作品は昔はたくさん文庫に入っていたが、今ではほとんど絶版になっている。そんな時に久しぶりにちくま文庫からミステリー短編集が出た。読んでると思ったけど、思わず買ってしまった。(後で調べたら「紅蓮亭の狂女」は持ってたが、「方壷園」は持ってなかった。)この本は「方壷園」(1962)から6編(全部)と「紅蓮亭の狂女」(1968)から3編を選んだ短編集である。初期には歴史ロマンも感じさせながら、密室殺人でもある作品が多い。まさに探偵小説風の作品集。

 その中で当時の日本で日本人が出てくるのは「梨の花」だけ。これも歴史が絡んではいるが、現代の話になっている。(このトリックは非常に興味深い。)他は近くても日中戦争や第二次大戦中で、古いものだと唐時代にさかのぼる。表題作の「方壷園」は長安で詩人が殺されたという不可能殺人モノで、方壷園とはカバーにあるような不思議な建物。「獣心図」になるとインドのムガル帝国の皇位争いに絡む殺人というスケールの大きさ。一体どういう発想で謎をこしらえるのか。

 一方、「スマトラに沈む」は近代中国の有名な作家郁達夫の死をめぐる謎である。僕も知らなかったが、日中戦争中はシンガポールで新聞に携わり、シンガポール陥落前にスマトラに脱出した。日本に留学し日本語も堪能で、郭沫若などとともに左翼作家として有名だった。郁達夫を検索してみると、戦争中の事情は全部事実だった。今も死の真相には謎もあるという。小説では日本軍人を創作して大胆に想像している。「九雷渓」は共産党系作家が国民党に逮捕され連行される。実話をもとにしているが、そこに「殺人」の挿話を創作して心に残る作品になっている。

 「鉛色の顔」「紅蓮亭の狂女」は清朝末期を舞台にして、日本人の目から当時の事件を扱う。その手さばきは見事だが、「紅蓮亭」はちょっと気持ち悪いかも。「鉛色の顔」は広州から台湾にかけて日清戦争前後の世相を描く。そこれらにも「密室」の謎事件が発生するが、もう歴史の中の人間を追求する方が表に出ている。ともかくすべて面白い芳醇な世界。ちくまが復刊する「昭和の大衆小説」はとても面白いものが多い。獅子文六など大発見だったし、ミステリーでも結城昌司再刊はすごくうれしい。大好きな陳舜臣のミステリーもまだ逸品が多いので次も期待したい。
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