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尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「ジニのパズル」を読む

2016年08月26日 22時57分38秒 | 本 (日本文学)
 崔実(チェ・シル)の小説「ジニのパズル」(講談社、2016、1300円)を読んだので、その話。作者は1985年生まれの在日韓国人女性で、これが初めて書いた小説。第59回群像新人文学賞を受賞し、引き続き第155回芥川賞候補作になった。受賞はならなかったが、はじけるような魅力を持った本だと思う。そして「日本社会」に持つ大きな意味からも、文庫になる前にぜひ読んで欲しい本。

 群像新人賞と言えば、今まで多くの新人作家を生み出してきた。今は世界的人気作家となった村上春樹というジャズバー経営者が、神宮球場でスワローズの試合を見ていて、30歳目前にして小説を書こうと突然思い立った。それが「風の歌を聞け」で、第22回群像新人賞を受賞したエピソードは有名である。崔実(チェ・シル)がこの小説を書いたのも、村上春樹を思い出し、30歳を前にして自分にも書くべきことがあると思ったということである。こうやって、「文学」がつながっていくのだろう。

 この小説は、文章的には読みやすい本で、スラスラと読める。だけど、そこで描かれている世界には、非常に重いものがある。でも、いわゆる「在日コリアンをめぐる問題」についてだけ書かれている小説ではない。日本社会と同時に、「朝鮮学校」と「北へ帰った祖父」を通して「北朝鮮」を扱ってもいる。そして、主人公ジニは「革命家の卵」となって日本を飛び出し、アメリカの高校にいる。それも「楽園」のハワイで一度高校を中退し、今はオレゴン州の高校にいる。そこでも退学を勧告されている。ホームステイ先はステファニーという絵本作家。この二人の関わりを通して、「世界」の受容について考察されている本という言い方もできるだろう。

 という風に、いくえにも重なり合った世界構造を相対化しながら、「どこにも居場所がない」少女の「闘い」の軌跡を積みかさねていく。少女ジニは、もともとは東京の私立小学校に通っていた。(そういうことができるんだから、家庭は経済的に余裕があったのかと思う。)だけど、そこで差別を受けて、上までつながっている私立であるにもかかわらず、中学から十条(北区)の朝鮮学校に転校する。(韓国籍だが、韓国人学校は韓国生まれの人が多く通いにくいため、朝鮮学校にしたように受け取れる。)

 だけど、それまで日本語で授業を受けてきたジニは朝鮮語ができない。ジニのために、授業は当分の間日本語で行われることになる。こうして、小学校から朝鮮学校にいる級友からも浮いてしまう存在となる。やがて友だちもできるが、どうしても完全には「同化」できない。そして、クラスに掲げられた金日成、金正日父子の「御真影」にもなじめないものを感じ続ける。そんな中、1998年8月31日の、長距離弾道ミサイル「テポドン1号」(とみられる)発射実験の日を迎えるのである。

 このとき、日本列島の上を通って太平洋に届いたミサイル(北朝鮮側は人工衛星の打ち上げと主張しているが)に対し、日本社会はかつてない反発を示した。「そういう時」に「よくある」ことを察知していた朝鮮学校側は、翌日は(チマ・チョゴリの制服ではなく)体操着で登校することにしたが、なぜかジニには伝えられない。チマ・チョゴリで登校しようとしたジニは、ついに学校にたどり着けない。そして池袋のパルコ地下で何が起こったか。そのまま「不登校」になったジニが久しぶりに登校した日に、どのような「革命」を行ったか。この小説の一番重要なところだが、これから読む人のために、ここではこれ以上書かないことにする。ただ、このジニという少女に、これほどの重荷をおわせていることを、一人ではすぐには変えられないとしても、少なくとも我々は知っていなければならないと強く思う。

 その後、アメリカへ行く経緯、またハワイで退学した学校のことは語られない。また、ジニの周りの人々に何があったかも語られない。全部を書いたら、新人賞に応募できないけど(400字詰め、70枚~250枚という制限がある)、オレゴン州での出来事だけでも、まだまだ書くべきことがあるように思う。というか、どこまで「自伝的」なものかは知らないけど、朝鮮学校に通ったこと、アメリカに行ったことは、実際の体験がベースにあったのだろうと思う。だけど、多分チェ・シルはジニと相当に違う(と少なくとも著者が思う)ような存在だと思う。「自分」そのものではないから、このような「熱」を放ち続けているのではないか。僕は「友だち」だったニナのことがすごく気になるのだが、それも含めて今後に期待。

 ところで、「風の歌を聞け」も芥川賞候補になったけれども受賞はならなかった。群像新人賞作品がそのまますぐ芥川賞を受賞したことはあるのか。一つは僕の世代ならすぐ思い出すだろうが、村上龍「限りなく透明に近いブルー」である。他にあるかと調べてみたら、大庭みな子「三匹の蟹」林京子「祭りの場」諏訪哲史「アサッテの人」があった。今回受賞の村田沙耶香は、2003年に「授乳」で優秀作に選ばれている。今までの受賞作を思い出すと、文学的完成度で言えば、正直なところ「ジニのパズル」はまだ芥川賞には届かない。だけど、絶対に読み落とさない方がいい作品だ。
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