WIRED JP
生物は、いろんな細胞からできている。筋肉の細胞、肝臓の細胞、脳神経の細胞・・・みんな、形も機能も異なる。
一見バラバラだけど、そんな細胞は、バラバラに分かれる前はみんな「幹細胞」だった。
例えていえば、生まれたての赤チャンはまっさらな白紙状態だけど、成長するにつれて、サラリーマンや学者・スポーツマン・水商売・漫画家・・・その他の専門に分かれていくようなものだ。それに合わせて、まったく違うタイプの個性になってゆく。そこが人間界の不思議なところ。
それと同じように、幹細胞も最初はみんな同じなんだけど、成長するにつれて、だんだん専門的な細胞に分かれていく。形も機能もまったく違うので、途中で変えるのは無理。人間よりもツブシがきかない。
そんな幹細胞を育てれば、いろんな細胞が作れるんじゃないかと期待されている。皮膚の細胞を作れれば、シワシワな皮膚も若い皮膚に取り替えてピンと張るだろう。事故で手足がなくなった人も、手足を再生できるかもしれない。夢が広がる分野だ。
オランダの研究者が、そんな幹細胞から、人工肉を作る研究をしているらしい。幹細胞を育てて、筋肉や脂肪の細胞にする。できた肉を食用にする計画だ。
要するに、家畜を育てる代わりに、工場で細胞培養して、肉を作るのである。
実現すれば、牛や豚を育てて、して肉にするという、人類が太古の昔からやってきた食生活が変わる。これなら、肉食を続けても、動物愛護主義者だって文句は言えまい。牛や豚も、ノンビリと草を食べていられる。
ただし、問題はコスト。開発された世界初の「人工合成による食肉」は、
>ハンバーガーのパティ大を作成するだけで約25万ユーロ(約2,600万円)かかると推定されている。
というから、安くはない。2600万円のハンバーガーは、さすがに誰も食べないだろう。
さらに、味も問題だ。
ホンモノの肉は、筋線維が合わさってひとつのまとまった組織になっている。「筋肉は、使えば使うほど太くなる」と言われるように、牛や豚が歩き回って筋肉を使うことにより、自然に筋線維が発達する。さらに、ビールを飲んで太らせれば、脂肪がからまって美味しい霜降り肉になる。脂肪だけでなく、血液も肉の味を左右する重要な要素だ。
それに比べて、開発された人工肉は、まだまだ単純で貧弱な組織でしかない。味を改善するには、さらにコストがかかるだろう。
それにしても、動物の体はうまくできている。各組織は、エネルギー源、塩分、ミネラル、ホルモンその他が組み合わさった環境に置かれ、細胞同士が互いに連絡を取り合って共生している。筋肉の細胞も、こうした有形無形の支援を受けているから、健康に生きていられる。本当に、絶妙なシステムだ。さすがに、五億年もかけて進化してきただけのことはある。それを人工的にマネするのは、本当に難しい。
しかも、研究チームは、細胞を培養するための栄養分として、天然のタンパク質源を利用した。それは、解体処理の際に出た家畜の血清だという。これを使わずに、人工のたんぱく質を使えば、コストはもっとかかるらしい。
それにしたって、やはり大きな前進だ。「科学がどんなに発達したところで、葉っぱ一枚作ることはできない」という言い方が昔からされてきたが、このような技術が進歩すれば、葉っぱだって作れるようになるだろう。
人類が古来から抱えてきた多くの問題を、解決する可能性を秘めた技術だ。もちろん、それはそれで、また別の問題が発生しそうだけど・・・。