上野の東京国立博物館(東博)に、「法然と親鸞 ゆかりの名宝」展を見に行った。
筆者は東博が大好きで、東洋美術をちょくちょく見に行っている。もっとも、最近は行ってなかった。たまには見ないと、忘れてしまう。
東洋美術は、マイナーでもないけど、大人気というほどでもなく、いつも落ち着いている。今回は特に、同じ公園内にある国立西洋美術館で、ゴヤ展をやっている。ゴヤの人気の影で、東博はさぞかしヒッソリ静かだろうと思っていたのだが、甘かった。会場内は、いつになく超満員。おそらく、大半が東洋美術ファンではなく、浄土真宗系の信者諸氏と思われる。いつもながら、信者パワーは熱い。アセンション時代とはいえ、既存宗教の勢力はやはり侮れない・・・。
展示物の量には圧倒された。2時間でも見尽せないほど多い。親鸞直筆、蓮如直筆・・・といった古文書が山ほどあるのには驚いた。「日本には、おびただしい古文書が残っており、世界にも稀な宝庫なのだ」と、かつて国文科の学者が言ってたが、ホントにそのとおり。大陸諸国では、戦争と革命が多すぎて、これだけの保全はとても無理だ。
唯円直筆の「歎異抄」の古文書や、親鸞が中国の経典を書写して朱でカキコミしたりしてるのを見ると、鎌倉時代がダイレクトに迫ってくる。これほど、歴史と伝統が一直線に現代まで流れ込んでいる国は他にないだろう。
そしてやっぱり、仏像や仏画が美しい。個人的には、中国の浄土教の宗祖、善導が椅子に座っている像が目に止まった。
善導は、唐の高僧で、いつも念仏を唱えていた。法然は、善導が書いた「観経疏」(かんぎょうしょ)を読んで「これだ!」と思い、念仏に目覚めた。しかも、夢に善導が出てきて、念仏や浄土のことをいろいろ教えてくれたという。これは、筆者の夢に宇宙人が出てくるようなものか(笑)。
法然が師と崇めたおかげで、善導は、中国よりも日本でずっと有名になった。三国志と同じく、日本でのあまりの人気ぶりに中国人がビックリで、「そんなにスゴいのか」と逆に見直されているほど。
筆者は、中国の歴史ドラマが好きで、ちょくちょく見ている。歴史ドラマには、坊さんがよく出てくる。坊さんが武芸の達人なのは、武侠ヒーローにアリガチな設定だ。少林寺の僧には、特に凄腕が多い。世の中で、じっとしていても内功で相手を吹っ飛ばせるのは、少林寺の僧くらいしかいないだろう。
中国の坊さんは、二言目には合掌して「阿弥陀仏」(アーミーターフォー)と唱える。超人的な武芸を誇る禅僧が、悪い奴らをボコボコに叩きのめして合掌し、「アーミーターフォー」。仲間が死んでも、合掌して「アーミーターフォー」。個人的には、これが気になっていた。「禅僧なのに、なんで念仏?」というのが疑問だったのだ。
中国では、日本と異なり、浄土教がメジャーな勢力にはならなかった。その代わり、禅宗に吸収される形となり、禅僧が念仏を唱えるようになったらしい。これは「念仏禅」と呼ばれる。
中国に入って、仏教はずいぶん変わってしまった。とはいうものの、禅も念仏も、元はと言えば、インド人の坊さんが海を渡って中国を訪れ、仏典を翻訳しつつ、「こんな具合にやるんだよ」と中国人に教えたものだ。変化したといっても、まったくの別モノになってしまったわけではないから、その点は安心していいみたい。
善人なほもて往生をとぐ。いわんや悪人をや。
善人でさえ極楽往生できるのに、どうして悪人ができないことがあろうか。・・・という言葉は、法然が言い出して、親鸞が広めたおかげで、すっかり有名になった。
ここでいう「悪人」というのは、「悪い奴」とか、ましてや「犯罪者」という意味ではない。日々の生活に追われて、仏道修行どころではない、世間一般の俗人のことだ。縁なき衆生も、ひたすらに阿弥陀仏を信じ、一心に念仏を唱えていれば、救われる。
絵伝(文字通り、絵だけで表された伝記)を見ると、四国に流罪になった法然が、途中に立ち寄った島で教えを説いていた。稀代の高僧の説法を聴いて、島人たちは大喜び。極楽浄土の教えには、筆者も吸い込まれてしまいそうだ。
農民たちが山でアクセク働いている向こうでは、山の間から巨大な阿弥陀仏が姿を表した。どうやら、阿弥陀様が救いに来てくれたようだ。ありがたや。合掌・・・。