宇宙のこっくり亭

意識の覚醒に向かって、精神世界を縦横無尽に語る本格派ブログ!!

東アジアの夜明け

2011年12月19日 | こっくり亭日記
  
ついに、北朝鮮の二代目独裁者・金正日がこの世を去った。今までにも、死去説や危篤説がたびたび流れてきたが、今回は北朝鮮の国営テレビが報道しているのだから、まちがいあるまい。
 
独裁者は今までにも、ゼイタクし放題のせいか、健康に問題があることが知られていた。香港駐在歴が長い知人は、「金正日は、しばしば特別列車に乗って香港の病院まで治療に来ていた。現地では有名な話だった」と語っていた。
   
奇しくも、リビアの独裁者・カダフィと同じ年に生まれた金正日。30年近く前、2人がまだ40歳だった頃に、一度だけ会ったことがあるらしい。2人とも、同じ2011年に死んだ。まるで、「われら同年同月に死せん」と桃園で誓いあった、三国志の義兄弟みたい。熟しきった柿が落ちるように、独裁政権がバタバタ倒れた2011年を象徴する事実・・・。
  
シリアのアサド政権も、頻発する市民のデモに加えた血の弾圧で、国際社会から見放され、末期状態にある。ひょっとしたら、シリアと同様、北朝鮮も年内もたないかもしれない。まあ、それはあまりにも希望的観測だけど(笑)。それにしても、いよいよ危険な問題国家が総崩れになってきている。もはや、地球では独裁支配が成り立たなくなったんじゃなかろうか。
    
北朝鮮が崩壊したら、いよいよ環日本海文明圏が出現する。新潟や金沢を始めとする日本海側の都市が、一挙に活性化するだろう。北朝鮮は、意外と重要なのだ。資源も多い。
 
日本海沿岸の貿易が活発化すれば、がぜん脚光を浴びそうなのは、日本海に面した羅津港だろう。あの石原莞爾も満州への海の玄関として注目していた、冬でも凍らない天然の良港。中国とロシアにとっては、かけがえのない日本海への出口になっている。
 
ちょうど一年ほど前に、韓国の朝鮮日報が報道したところによると、中国軍は国境を流れる豆満江を越えて、ここに進駐したらしい。

>中国共産党系紙「環球時報」は、羅津港の借用は「日本海への通路を開拓するためである」と報道し、日本海への出口がない中国にとって大きな意味を持つと伝えていた。

もちろん、ロシアも黙っていない。極東ロシアと羅津港の間に鉄道を敷いて、がんばっている。。8月には、このような報道があった。 

>露、羅津港開発を本格化へ 北朝鮮進出の中国けん制

>羅津港開発はロシアを訪問中の金正日総書記とメドベージェフ大統領の会談でも議題になるとみられる。・・・開発への本格参入で中朝露3カ国の国境地帯という「微妙な地域」でインフラ整備の動きを加速する中国をけん制する狙いもあるようだ。
 
すでに、問題は北朝鮮にとどまらない。これは、日本海の陣取り合戦だ。綱引きは、とっくに始まっている。新しい東アジアへの夜明けに向けて、激変は始まったばかり・・・。
 


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すばらしい世界

2011年12月19日 | ワンダラー ~ 宇宙人の魂を持つ人々

 
かつて愛読した小説に、ヴォルテール(18世紀に一世を風靡したフランスの啓蒙思想家)の「カンディード」というのがある。これは、悲惨で不条理な世の中で、主人公たちがメチャクチャな苦労をするプロセスを、淡々とコミカルに(?)描く冒険小説。作中の至るところでヴォルテールは、同時代のドイツが生んだ「万能の天才」ことライプニッツの思想を皮肉っている。

ここでいうライプニッツの思想とは、「この世界は、神が創造した最良の世界なのだ」というもの。

これは、宗教につきまとう問題だろう。つまり、全知全能の神様が創造し給うたアリガタイ世界にしては、この地球環境はあまりにもデタラメで、ひどい。それはナゼなのか・・・ということ。「悪魔や、一部の悪い人間のせいだ」という考えが、まあ一般的なのだが、ライプニッツはそんなこと言わない。「この世界が最良なのだ」というのが結論。

それに対して、「こんな世界のどこが最良なんだよ?」と皮肉るのがヴォルテール。まさしく、悪魔のささやきだ。

大哲学者に限らず、これは一般人の会話にも登場する、人類普遍のテーマだろう。筆者も、友人から、「もしも神が存在するのなら、どうして世界はこんなに悲惨なんだ?」と言われたことがある。その疑問に対する筆者の答は明白だ。それは、「宇宙全体がヒドイところなのではない。地球がたまたまヒドイだけだ」というもの。
 
個人的には、地球が悪い環境なのは事実であり、無理に良いところだと思う必要はないのではないかと思う。それも、何者かが意図的に悪くしている・・・というわけではない。単に、もともと悪い環境なのだと考えている。
  
ただし、いつまでも悪い環境のままではない。これから、急速に良くなる可能性が、十分にある。
 
これは、世間の一般人には二重の意味で違和感がある。つまり、過去や現在の地球については、「もうちょっと前向きに考えてもいいんじゃないの?」と言われ、未来の地球については、逆に「楽観的すぎるのではないか」と言われる。
 
でも、これは、せっせと観察してきた上での結論だ。
 
むしろ、こんな地球環境を、無理して前向きに捉えようとするから、過剰なストレス社会になるのである。それより、「トンデモないところに来ちゃったな。我ながら、オツトメご苦労さん」というくらいの認識でちょうどいい。そうすれば、「刑期が終わるまでガマンして乗り切ろう」というような人生観になり、プレッシャーが軽くなる。
 
でも、そういうのはすべて、過去の地球の話だ。今後は大きく変わってくる。
 
というのも、地球人類の意識が、急速に進化しているからだ。もっとも、全員ではない。今のところ、人類の一部にとどまっている。