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犯則と処遇(連載第39回)

2019-03-19 | 犯則と処遇

33 被疑者取調べの法的統制

 「犯罪→刑罰」体系の下での被疑者取調べは、世界中で自白強要による冤罪の温床となってきた。かつては自白獲得のための拷問も公然と許されていたため、拷問で命を落とす被疑者も跡を絶たなかった。かの啓蒙的人道主義者ベッカリーアが『犯罪と刑罰』を世に問うた重要な動機の一つも、当時はヨーロッパでもまだ常識であった拷問の廃絶を訴えることにあったのだった。

 ベッカリーアの提唱はおよそ200年後、拷問等禁止条約としてようやく地球規模で実現したが、未批准の諸国も残され、拷問が地上から一掃されたとはとうてい言い難い状況にある。たとえ法文上拷問の禁止が定められてはいても、「犯罪→刑罰」体系の下での被疑者取調べは犯罪者を罰するという究極目的が優先するため、早くも捜査の段階から事実上の先行的な処罰である拷問への誘惑が、自白獲得の目的を伴いつつ、発現しやすいのである。

 これに対して、われわれの犯則捜査は、見込み捜査禁止(物証演繹捜査)、科学捜査優先、反面捜査義務という鉄則に導かれるため、被疑者取調べの目的は自白の獲得にあるのではなく、物証捜査や科学捜査の過程で生じた嫌疑に対する被疑者側の弁明を聴取すること、かつ犯人しか知り得ない重要情報を取得すること、さらに犯行を否認する場合は反面捜査を徹底して冤罪を防止することに重点が置かれる。

 こうした被疑者取調べの目的からすれば、被疑者の取調べは第一段階では出頭令状なしの任意で行なわれることになる。この場合、被疑者は取調べに応じるかどうか自己決定することができ、かつ任意の時間に退席することができる。その反面、ひとたび被疑者が任意の取調べに応じた限り、黙秘権は保障されず、黙秘することは捜査妨害に問われることになる。

 被疑者が非協力的であるなどして、任意の取調べでは捜査の目的を十分に達成できないと判断される場合は、出頭令状により被疑者を召喚して取り調べることになる。この場合、被疑者は取調べを受ける義務を生じる反面、黙秘権が保障され、質問に対して完全に沈黙することが認められる。
 出頭令状に基づく取調べは義務的であるとはいえ、身柄拘束そのものではなく、一日の取調べが終了すれば被疑者は任意の場所に帰所することができる。
 なお、重要情報保持者の取調べは、出頭令状に基づく場合でも、任意の被疑者取調べに準じて行なわれるので、出頭は義務的であるが、いつでも退席することができる。

 被疑者が正式に勾留された場合、出頭令状は失効し、勾留状が出頭令状と同等の効力を持つ。この場合の取調べは出頭令状に基づく取調べに準じるが、被疑者は取調べを終えても任意の場所に帰所することはできず、拘置所または留置場から身柄を出し入れすることになる。
 なお、仮留置中の取調べは許されないから、捜査機関が仮留置した被疑者を取り調べるには、勾留を請求する必要がある。

 任意の取調べであれ、令状に基づく取調べであれ、被疑者は常に第三者を取調べに同席させることができるが、捜査機関はその第三者が取調べの目的を妨げるおそれのあるときは、理由を示して同席を禁止することができる。その点、たとえ法律家のような専門職であっても、例えばその者が被疑者の所属する違法組織と関わりの深い人物であれば、同席を禁止することができることになる。
 ただし、取調べを受ける被疑者が未成年者や70歳以上の高齢者、または成人の障碍者である場合は保護者(親権者や後見人、成人の親族)や適切な介助者・補助者の同席を義務づける。その同席なしに行なわれた取調べで得られた供述は証拠として一切用いることができない。

 任意の取調べの場合、被疑者はいつでも取調べを打ち切ることができるが、出頭令状や勾留状による場合でも、取調べには時間的な制約がある。この時間的制約は令状で個別的に指定するのではなく、具体的な時間数をもって法律で明示される。
 その場合も、連続的な長時間に及ぶ取調べは、たとえそれが表面上穏やかに行なわれていても、疲労により心理的な拷問に等しい効果を持つことから、例えば、一日の取調べにつき、原則として1時間ごとに15分の休息をはさみ、通算で3時間に制限するといった上限設定、さらに就寝時間帯に当たる深夜・早朝の取調べの絶対的禁止が必要である。なお、休息は、被疑者が求めた場合は、いつでも認めなければならない。

 任意であれ、令状に基づくものであれ、被疑者取調べの全過程はすべて録音または録画しなければならない。録音や録画は取調べの全過程に及ばなくてはならず、供述部分のみを録音・録画した編集テープは証拠として認められない。
 取調べを受ける被疑者が未成年者や70歳以上の高齢者、または成人の障碍者である場合は、取調べの全過程を録画しなければならない。録画は供述する被疑者を正面から撮影するものとし、横や上からの撮影は認められない(従って、この場合、取調べ担当者は被疑者の横から質問することになる)。
 なお、上記以外の被疑者であっても、捜査機関が必要と認める場合は、取調べの全過程を録画することができる。
 一方で、取調べ担当者が被疑者の供述内容を書面にまとめる必要はなく、そうした供述調書は作成したとしても証拠価値を持たず、単に捜査上のメモにとどまる。

 捜査機関が如上の取調べの法的統制を逸脱し、不法・不当な取調べに及んだ場合、被疑者側はいつでも人身保護監に対して不服審査を申し立てることができる。申立て受けた人身保護監は事実関係を調査したうえ、申立てに理由ありと認めるときは捜査機関に対して改善を命ずる。この改善命令には、不法・不当な取調べをした捜査員を取調べから外すことを含む。

 それでも改善が見られない場合は、人身保護監は取調べそのものの中止を命じることができる。
 また、取調べ中の拷問、あるいは拷問に近い捜査員による暴力行為その他の不法行為が認められた場合、人身保護監は関与した捜査員を裁判に付するかどうかを決定することができる。こうした特別な人権裁判制度については、改めて後述する。


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