仮 定 さ れ た 有 機 交 流 電 燈

歴史・文化・環境をめぐる学術的話題から、映画やゲームについての無節操な評論まで、心象スケッチを連ねてゆきます。

備忘録:年末年始を駆ける

2008-01-01 23:59:02 | 生きる犬韜
気がつくと元旦である。昨年は、クリスマス前後に能鑑賞だクラシック・コンサートだとさまざまイベントがあり、やっつけ仕事ではあったが年賀状も書いたので、それなりに新たな年を迎えるという情趣があった。今年は喪中のため年賀状も出さず、原稿その他の仕事も山積しているので、まさに灰色の年越しであった。それでも幾つか書くべきことはあるので、備忘録としてまとめておこう。

冬休みに突入し、まず最初にやって来たイベントは、26日(水)のゼミ忘年会と疑似フィールドワーク。後者は、このブログでも以前に何度か触れたが、上智大学のある千代田区・新宿区周辺の歴史スポットを江戸古地図を使って探し出し、限られた時間内でレポートにまとめ提出するというもの。本来、フィールドワークは、きちんと方法論を身に付けて実地に研鑽すべきものだが、まずは、チームで速さと質とを競う一種のゲームとして始めてみた。みんなそれなりに一生懸命に、また楽しんでやってくれたようである。今回の調査対象は、服部半蔵の墓がある西念寺、於岩稲荷と陽運寺、そして塙保己一の和学講談所跡地であった。後者はやや高度だったが、目的地に至るルートには点々と江戸の名残を伝えるプレートが立てられているので、それを辿ってゆく面白さもあったらしい。ぜひこれは恒例にして、毎年工夫を重ねてゆきたいし、いずれはゼミ旅行にもフィールドワーク的要素を組み込みたいものだ。勝利したチームには、ゴディバのチョコレートをクリスマス・プレゼント?として贈呈した。
忘年会は食べきれない量の料理にびっくり(もったいない)。二次会は、これも恒例化しつつあるカラオケ大会で、みんな個性ある喉を披露していた。

続いて27日(木)、豊田地区センターの講義に忘年会。講義の内容は、夢をモチーフにした『蜻蛉日記』の講読。前回に引き続き、平安期から中世にかけての夢違いの方法を紹介し、中巻に載る石山寺参籠の霊夢(僧に銚子の水を右膝へ注がれる)、長精進の結果の夢(尼になる夢、腹中で肝を食べる蛇とその治癒法の夢)を分析。観音と水との関係や、中国の夢書との比較を中心にした話になったが、ちょっと地味な展開だったかも知れない。恐らく『蜻蛉日記』は次回で終わるだろうから、再開の要望の多い『藤氏家伝』にまた取り組んでみようか。
忘年会は大船の「三間堂」にて。自分の親と同年代か、もしくはそれ以上の方々から「先生」と呼ばれるのはやはり恐れ多い。戦前・戦中の体験談なども伺い、勉強させていただく。

29日(土)は、ゼミ4年生のEさんが出演する、上智大学管弦楽団のコンサートを聴きに上野へ。ちょっと家を出るのが遅れてしまったため、3階席での視聴となったが、ホルンを担当するEさんの姿はよくみえた。音は上へあがってくるので、楽器ごとの音も比較的によく聞き分けることができた。管/弦の完成度にやや差異があったようにも感じたが、上品な時間を堪能。
コンサート終了後は新宿へ移動し、大学学部時代の同期の集まる飲み会へ。参加した時間が遅かったのであまり深い話はできなかったが、みんな2007年度はさまざまに転機があったようだ。例年、今年の反省と来年の抱負を漢字一字で表現したり、今年面白かったドラマ、映画などを紹介するというお題があるのだが、私は先に易で出た「困」を現在の情況として挙げた。来年は「滅」、精神的な意味での涅槃寂静に至れればよいが、肉体的な意味で滅尽せぬよう気を付けねばなるまい。

30日(日)、早朝に妻が秋田へ里帰り。独りになってしまった義父と年末年始を過ごすためである(私も1/3には雪の秋田へ乗り込み、一泊してくることになっている)。この日は、一日かけて大山誠一さんからの依頼原稿を脱稿。23日までといわれていたのが、なんだかんだでこの日までかかってしまったのだ。「『日本書紀』と祟咎」というタイトルで、中国殷王朝から日本古代に至る祟りの言説史を背景に、崇仏論争の述作について考察する内容である。『王権と信仰の古代史』に書いた内容を要約して、との依頼だったが、ここのところ頭の隅で燻っている中国の祖霊信仰への関心を反映した内容となった。

31日(月)は、一日自坊の除夜会の準備。合間にゼミ演習の講評ブログや講義の質問回答用ブログの更新、千代田学の編集などを行った。これらを早く片付けて、古代文学会の『可能態としての宗教的言説』の論文を書き上げねばならないが、史学科編『歴史家の散歩道』の初校も届いておりなかなかとりかかれない。早島有毅さんの還暦論集の初校も放置したままになっており、こちらは1月末までといわれているが、2月中旬以降へ後回しになりそうだ。その前に、『儀礼文化』誌より依頼のあった、供犠論研究会編『狩猟と供犠の文化誌』の書評を何とかせねばならない。卒論やレポートの採点、あけぼの会の最終講義もあるし、1月はまた休みなしの毎日となりそうだ...などと考えていたら、あっという間に2008年となった。除夜会、修正会の勤行を終え、鐘撞きも2時前には終わって(今年は419発までいった。まさに煩悩熾盛)、家族で年越しそばをすすり打ち上げ。ちょっと休んでから一仕事しようと思い、こたつに入ってテレビをみていたら、いつの間にか眠ってしまった。

里帰りしてきていた次兄(武蔵野大学現代社会学部教員。ちなみに義姉も大学教員)の話を聞くにつけ、大学の未来には明るさが何もないことを実感する。どこぞの大学人のように人文学を背負う気は毛頭ないけれども、今年も自分の置かれている情況のなかで何ができるか、大学教育・学問研究の双方において精一杯努力してゆきたい。本年もよろしくお願い申し上げます。

※ 写真は12/8(土)、オリエンテーションキャンプの下見にいった富士箱根ランドで撮影。今年は、いろいろな意味で雲間から光が差すことを期待。
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