仮 定 さ れ た 有 機 交 流 電 燈

歴史・文化・環境をめぐる学術的話題から、映画やゲームについての無節操な評論まで、心象スケッチを連ねてゆきます。

環境/文化研究会5月例会のお知らせ

2014-05-30 15:30:13 | ※ 環境/文化研究会 (仮)
以下、明日となりましたので、リマインドがてら、ここでも告知しておきます。

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昨年秋の例会から、ずいぶんと間が空いてしまいました。皆さま、お元気でお過ごしでしょうか。新緑の萌える季節となりましたが、下記のとおり例会を開催致します。今回は、アメリカ環境文学、日本中世史の取り合わせです。野生やフロンティアの意義をめぐる、活発な意見交換が期待されます。
学会シーズンでもあり、お忙しいことと存じますが、万障お繰り合わせのうえご参加ください。

【日時】 5月31日(土)13:30~
【会場】 上智大学 四谷キャンパス 7号館4階共用室A
     http://www.sophia.ac.jp/jpn/info/access/map/map_yotsuya
【報告】 
 1)山本洋平 氏(明治大学、アメリカ文学・エコクリティシズム)
   「つくられる〈フロンティア〉
     ー"Bartleby"、Walden、アメリカ南北戦争前夜における場所の問題ー」
 2)中澤克昭 氏(上智大学、日本中世史・狩猟文化研究)
   「日本中世の狩猟・肉食をめぐる葛藤」(仮)

※ お問い合わせは北條勝貴まで。
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環境/文化研究会秋季例会

2013-11-09 13:30:00 | ※ 環境/文化研究会 (仮)
昨日は、環境/文化研究会の例会。他のイベント等と重複してあまり参加者が多くなかったが、その分、いろいろ突っ込んだ議論ができた。
報告は、堀内豪人君「漢字の輸入と感覚の変容―嗅覚を中心に―」と、三品泰子さん「『古事記』における対称性原理の破れと歌―倭建命の刀易え説話と歌を中心に―」。堀内君はウチの院生なので、つい最近も修論について面談をしたばかりだが、環境×感覚×言葉の相互関係・緊張関係を捉えようとする研究で、かなりの論理構築力がないと説得的な議論にならない。古代中国から日本の平安期に至るまでの資料を渉猟して頑張っており、ハッとするような視点も提示されているが、やはりまだその「論理」に曖昧さ・粗雑さが残る。修論完成へ向けて、あとはじっくり思考する時間が必要だろう。三品さんは、研究会発足時の志を視野に入れつつ、対称性原理の破綻を歌により修復しようとする『古事記』の特性を捉えた内容。対称性原理からいかに垂直性志向が生じるのかという国家・王権の発生論に関わる問題、各神話のあり方に複数のレベルの対称性/垂直性が重層的に存在すること、対称性と文字使用の問題など、「交換」「交感」を考えるうえで極めて重要なアプローチが多数提示された。
研究会終了後は、長年の付き合いになる、気の置けない仲間(というか先輩)たちとの飲み会。大理の話から始まって、環境文学とSF・ファンタジーとの関連性など、いつものように広範囲に話題が及び、「読まねばならない」作品を多く教えていただいた。帰宅後、とりあえず村田喜代子『蕨野行』をamazonで注文。いわゆる姥捨がテーマのもので、話を出した猪股さんは、深沢七郎「楢山節考」についても力説されていた。学生時代に毎月買って集めた「ちくま日本文学全集」の深沢の巻は、そういえば中沢新一が解説を書いていたな…と想い出したりしたのだった。対称性の問題、いままとめている文章にも深く関わってくるので、もう一度理論的にしっかり考えておかないとな。
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宗教と科学/修行と世界認識

2011-03-29 13:25:00 | ※ 環境/文化研究会 (仮)
24日(木)は、久しぶりに環境/文化研究会(仮)の例会があった。当初はいつもどおり上智を会場に行う予定だったのだが、先の地震により教職員以外に入構制限がかかってしまったので、考えた挙げ句、信濃町にある母の実家の林光寺さんにスペースを貸していただくことになった(あらためて感謝申し上げます)。

今回は土居浩さんによる、岡田正彦著『忘れられた仏教天文学』の書評会。18~19世紀、西洋天文学の流入に危機感を抱いた天台僧円通をはじめとする人々が、須弥山世界の実在を訴える梵暦運動を開始する。これが伝統勢力による単なる保守運動でないのは、西洋の科学的知識や方法を一部吸収して展開された点で、地球儀に対応する須弥山儀縮象儀が実際に製作されているのだ。土居さんは各章の内容を手際よく整理し、西洋と日本との出会いの問題、近代化の問題、西洋風の機械論的世界把握に宗教者が施注することを環境学的にどう捉えるかなど、重要な論点として提示された。
個人的には、実証的な部分、言説分析の方法に関することなど、幾つか批判したい点はある。しかしそれ以上に本書は魅力的で、とくに近年考え続けている修行論について大きな刺激を受けた。岡田氏は、この梵暦運動が最終的に忘却されてゆく理由について、仏陀が天眼によって把握する展象=宗教的真理と凡夫が肉眼によって把握する縮象(経験的事実)を混同したため、経験的事実が西洋科学の描いた世界観に沿って実証されてゆく過程で、沈黙せざるをえなくなったのだと説明する。このような現象は未だ現在進行形で生じており、アラヤ識を深層心理学の用語で説明したり、縁起を生態学的に言い換えてみたり、あるいは修行経験が精神面に及ぼす影響を臨床心理実験によって解明しようとする試みを各所でみかける。世界を把握するという点において、かつて宗教と科学は一体であった。それがいつからか分離し、やがて抗争する関係になる。現在は住み分けがなされているようにみえるが、オウム真理教のような宗教が出現したり、ドーキンス『神は妄想である』といった本が書かれることを考えると、実はまだ多くの領域で複雑に交錯する分野なのだと気づく。質疑応答の席で野村英登さんが、「宗教的真実/経験的事実の二項対立図式で把握されているが、修行によって得た世界認識も〈経験〉のはずだ」と指摘したとおり、宗教はよく聖俗の二項対立を利用するものの、最終的には聖の観点へ一元化してゆくベクトルを持つ。岡田氏のいう「混同」は、宗教のあらゆる局面で常に起きていることなのだ。円通や高弟の環中は、彼らが描いたり作成に関わったりした須弥山儀と同じイメージを、修行を通じて感得することができていたのか。宗教と科学との関係を考えるうえでは、そのことが最も重要な問題ではないかと思われる。あとはやはり、岡本さえさんらの中国における同様の研究と結びつければ、アジア的規模でもっと複雑かつ多層的な様相が浮かび上がってくるだろうという点。いわゆる近代化の問題は、そのなかで相対化されてしまうのではないだろうか。

研究会の後は、信濃町駅前のプロントで飲み会。気の置けない仲間どうし、溜まっていたストレスを大いに発散した。報告者の土居さんと、こんな情況のなかで集まってくださったメンバーに感謝したい。
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環境/文化研究会(仮)10月例会:亀をめぐる心性

2006-11-04 20:30:02 | ※ 環境/文化研究会 (仮)
31日(火)は環境/文化研究会(仮)の10月例会。学園祭前日、準備と前夜祭で騒然とするJ大学(この仮称、もはや意味はないですねえ)で行われました。報告は民俗学の藤井弘章さん。藤井さんとは10年近く前、ケガレ研究会の夏期合宿で知り合いました。当時は、「おお、マンボウやウミガメの民俗なんて研究しているひとがいるのか」と驚愕したものです。その後、『環境と心性の文化史』へも執筆をお願いし、國學院へ来られてから何年ぶりかで再会。環境/文化研自体の発足にも、藤井さんとの繋がりが大きな要因となっています。卜占の研究を通じ、ぼくの意識が亀に向きだしてからは、藤井さんのお仕事をより身近に感じるようになりました。他の参加者は、石津輝真・市田雅崇・亀谷弘明・榊佳子・土居浩・東城義則・中村生雄・三品泰子の各氏、またはるばる関西から牧野厚史さんにもご出席いただきました。

さて、藤井さんのご報告は、「ウミガメ供養習俗の発生と伝播と地域差?動物供養の一類型?」。研究史を整理された後、列島全域にわたる丹念な調査結果をもとに、ウミガメの生態的動向と習俗分布との関係を地域別に追究されました。そこからあぶり出されてきたのは、東北・日本海側、関東・東海、紀伊半島、瀬戸内・豊後水道、南九州など、それぞれの地域で固有の成立過程と多様な性格があること、現状の習俗が近現代(古くても18世紀)の特別な事情に発生の契機を持っており、古代以来の〈伝統〉へは安易に遡及できないことなど。網羅的なデータによって初めて明らかになる点も多く、「論をこう持ってゆきたい」という研究者的欲望には極めてストイックで、いろいろ目を開かされる思いがしました。
質疑応答についてはよしのぼり君のブログで詳しく触れられていますが、他の海洋動物習俗との関連性、供養の方法やその霊魂観などに議論が集中しました。中村さんが指摘されたクジラやジュゴンをめぐる習俗との関係、どのような動物信仰と繋がっているかによって、亀をめぐる表象が相違するということは重要な論点でしょう(これぞ構造民俗学って感じですね)。土居さんが注目されたように、東北などにみられる〈剥製として祀る〉という方法は、形態保存の欲望を駆り立てる亀に独特のものかも知れません。浦島伝承との関わりについての牧野さんの質問に対する藤井さんの回答、「近代の教科書的知識として浦島の昔話が普及したことが問題では」も面白かったですね。
個人的には、豊漁を祈願して遺体を海に帰す〈送り〉と仏教的な〈供養〉との区別、多様性を築きあげてゆく具体的過程、あるものならばそのシステムについて関心が湧きました(monodoiさんのブログに関連記事あり)。また、6月例会以降問題になっている動物/植物の境界という観点からすれば、亀自体が仏として信仰されている可能性(〈亀地蔵〉が亀を地蔵化したものかどうかは不明ですが、菩薩化した事例は確実にあるようです)。樹木の場合は神霊として祀られる事例、修行者の実践を通して仏像として顕現する事例はありますが、樹木そのものが仏化されるケースはないように思います(動物/植物の問題というより、やはり亀固有の問題かも知れませんが)。また、例会では言い忘れましたが、「霊亀」という呼び方の多さには、やはり元号も含めた古代的な知識、「玉霊」などと呼称する亀卜の影響が現れているようにも感じられます。これも伝統的知識の広がりというより、国学以降の問題を考えた方がいいかも知れません。

写真は、9月にいった薬師温泉でみた藍の亀文様(丸に一ツ亀?)。
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環境/文化研究会(仮)9月例会:古代の論理、中世の論理

2006-10-08 05:08:18 | ※ 環境/文化研究会 (仮)
北原糸子編『日本災害史』

吉川弘文館

この書物の詳細を見る

常に1週間遅れの記述になってしまいますが、先週の土曜日、環境/文化研究会(仮)の9月例会がJ大学にて行われました。前回から4ヶ月のインターバルが開いてしまいましたが、その際の議論を引き継ぎ、しばらくは動物と人間との関係をテーマに据えることに。今月の報告は、中世史の黒田智さんと、古代文学の三品泰子さんにお願いしました。黒田さんは、説話や絵巻なども積極的に活用、中世的イマジネールを果敢に開示する注目の研究者です。修士時代からの知り合いなうえに、研究対象・領域も様々に繋がるところがあるのですが、なぜか今までちゃんとお話しする機会がありませんでした。今後は共同研究などにもお誘いしたいと思うのですが、敬遠されそうな気もします……(東アジアにおける夢の文化誌なんて、どうですかね?)。三品さんは、このブログにも度々登場していただいている先輩研究者。思えば、「ふの会」や「宗教的言説研究会」など、私の方法論的転機となったゲリラ的研究会には、いつも三品さんがいらっしゃって本質を抉るような質問、指摘を投げかけてくださいました。今年も古代文学会シンポ、首都大の〈夢見の古代誌〉など、いつも以上にお世話になっています。他に参加された方々は、石津輝真、猪股ときわ、工藤健一、榊佳子、土居浩、東城義則、中澤克昭の各氏でした。

さて、発表は黒田さんの「『十二類合戦絵』のニワトリと柳・鞠」から。『十二類合戦絵』は、十二支に属する動物たちとそれ以外の鳥獣たちとの合戦を描いた、15世紀頃成立の絵巻物。恥ずかしながら内容をよく知らなかったのですが、非十二支軍の中心メンバーである狸が、最終的な敗戦のあと遁世、踊り念仏に興じる結末のくだりなどなかなか強烈な物語です。しかし黒田さんが注目されたのは、登場する動物たちのセリフや着物の絵柄、持物、仕草などの背景に隠れている中世的連想の世界。例えば、今回中心的に扱われていたニワトリ。絵巻には、柳と鞠の紋の入った着物、日輪の烏帽子などを身につけて登場、龍にお酒をついだり、狸軍を蹴り倒したりする動作が描かれています。日輪は容易に見当がつきますし、蹴るという属性も理解できるのですが(ヒヨちゃんですね)、問題は酒に柳と蹴鞠。黒田さんの考察によれば、酒は「酉」字からの連想で(このように漢字を分解、別の意味を付す表現は他にもみられる)、柳は中世京都における酒の異称とのこと。蹴鞠も蹴る属性と関わりがあるだろうが、鞠屋と鳥かごがセットで描かれる『慕帰絵』『彩画職人部類』などが気にかかる、というお話でした。近現代人ではまったく分からない中世的思考の論理を、多種多様な史料の断片を繋ぎ合わせて復原してゆくさまが、大変スリリングでしたね。深く追究してゆくと、漢籍や古代神話の変奏も顔を出しそうです(実際、「鶏鳴狗盗」は使われているし)。鳥かごと鞠屋の件は、鞠が鹿革から作られているとすると、平林章仁さんの研究(『鹿と鳥の文化史』)が関連するかも。
続いて三品さんの報告は、「鳥獣言語を論じること―境界領域で揺れるもの―」。三品さんは、中澤さんや私の言説分析が持つ〈正当化〉や〈相対化〉といったベクトル設定に対して、「動植物と人とが入れ替わったり、言語を交え合えたりという、〈対称性〉をもったはじまりの神話を語ることのもつ「比喩」の力への注目」も必要と主張。「鳥獣言語」の対策文に並列された、博覧強記の漢籍・仏典の世界を紹介されました。中国王朝の史官にとって、森羅万象から他界のメッセージを読み解くことは必須の任務であったはず。日本の官僚たちもその記録をなぞり、頻発する怪異に対応すべく同様の能力を身に付けようとしたのか。それとも、単なる試験のための暗記項目、中国的教養の表明にすぎなかったのか。当時の文人貴族が漢籍類書により自然を分節して文章化可能にし、目にみえる現実世界自体を中国的に作り変えようとしていたことを考えると、三品さんのいう比喩の実践によって、分節の枠組み自体が強固に構築されてきたことだけは確かでしょう。その結果、〈他界からのメッセージ〉自体も、中国的になっていったのでしょうか。このあたり、もう少し深く考えてみたいところです。

報告のあとは、恒例の飲み会。社会史ブームの終焉を嘆きつつ、環境史の先行きについても一同不安視。集まった歴史学の面々はみな社会史の申し子なので、一様に現状には不満な様子。今年卒論を出すよしのぼり君のレジュメに、昔の自分をダブらせた人も多いのでは……。
ところで、上の写真はようやく出ました『日本災害史』。何を隠そう遅れたのは私が原因、関係の皆様には深くお詫び申し上げます。私は古代を担当していますが、考古学のデータに依拠したありがちな事例列挙的叙述を避け、災害をめぐる古代的心性の特徴について東アジア的広がりのなかで把握したつもりです。とうぜん不十分な記述は多いですが、ご笑覧いただければ幸いです。環境/文化研(仮)で合評会やりたい(やってほしい)なあ。
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古代文学会シンポへむけて

2006-05-29 05:37:14 | ※ 環境/文化研究会 (仮)
今日も夜明けに立ち会ってしまいました。
講義の準備が未だ終わらず、昼までに片付けなければならない事務作業もある。疲労のかさむ毎日ですが、ここのところ、1週間の睡眠時間も20時間を切っています。夏休みが待ち遠しいですが、8月も土日以外は(大学とは別の理由で)9~19時と予定が入りそうなので、秋まで現在と近い状態が続くことになります。それほどストレスが溜まっているわけではないのですが、「保つかなあ」という漠然とした不安もアリ。まだまだ忙しい人たちはたくさんいるわけですが、う~む、情けない。

27日(土)は私の誕生日、年男ですので36歳になりました。しかし、誰から祝ってもらうでもなく、環境/文化研究会(仮)の5月例会に参加。中澤克昭さんと私が対論する古代文学会シンポの前哨戦だったのですが、上記のような毎日が続いているのでレジュメ作成はほぼ一夜漬け。構想は少しずつ練っていたのでなんとか形にはなったものの、中澤さんの完成度に比べればまだまだ。言い訳に終始した報告となってしまいました(でも、ここで一度まとめておかなかったら、本番に間に合わせることができなかったかも)。ですが、歴研等々と重複しているところ、わざわざ集まってくださった皆さんのおかげで、どうやら本格的にやる気が出てきました(今までなかったというわけではなく、頭が完全に切り替わってきたということです)。木鎮めを送りとして捉えなおすこと(以前、環境/文化研究会のMLでも議論していたのでした)、樹木との交感や痛みの対象化など、修正すべき点・補足すべき点も議論のなかでみえてきました。互酬性の楽園についても、もう少し慎重かつ根本的な批判を考えてみたいところです。そこをちゃんと押さえておかないと、単なる衰退史観にみえてしまうので(「初めに楽園ありき」ではなく、「初めから破綻ありき。緊張と対立、正当化ありき。しかし交感と痛み、共振ありき」でしょうか)。

monodoiさんよしのぼりさんなど、すでに感想を書いてくださっている方もいらっしゃるのですが、私自身のちゃんとしたまとめは本番終了後となりそうです。MLへの投稿もそれから、ということでご容赦ください。
とりあえずは、体調のお悪いなかご参加いただいた岡部隆志さん、いろいろご指摘いただいた中村生雄さん、武田比呂男さん、工藤健一さん、三品泰子さん、小野紳介さん、monodoiさん、山口えりさん、よしのぼりさんに感謝。何より中澤克昭さんには、うまく噛み合う話題へ持ってゆけず、申し訳ないことをいたしました。今週どこまで修正できるか分かりませんが、面白がっていただけるものを構築してゆくつもりです。
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お地蔵さんへの語りかけ

2006-03-27 07:10:28 | ※ 環境/文化研究会 (仮)
環境/文化研究会(仮)の合宿については、まだまだ書きたいことがたくさんあります。しかし、閑話休題もいろいろ挿入してしまっていますので、同会関係の話題を集めたカテゴリーを作りました。根城の会でもありますので、『六韜』類別とは異質になりますがご了承ください。

さて今回は、清水町の信仰に関する素描の二つめ。蘇理さんにご案内いただいて散策しているあいだ、何度か初午のお祝いの場に出くわしました。
いちばん大規模(?)だったのは、松葉の観音堂で行われていた祭礼で、これから餅まきなども始まる気配でした。私の住んでいる鎌倉の郊外でも、上棟祭などでは普通サイズのお餅が撒かれますが、ここのお餅は、なんと直系30センチ以上はあろうかという巨大なもの。かつてはその倍の大きさがあり、櫓から投げ落とされるそれを拾おうとして、とうぜん怪我をする人もあったとか。以前は受け取り方の技術も〈娯楽〉として伝承されていたのでしょうし、怪我人が出ること自体も重要だったのでしょうが、現在は危険だということで小型化。それでも30センチ強なのですから、地域の皆さんの思い入れの強さが感じられます。
写真は、宿からあらぎ島へ歩く途中で出会った、ご自宅の巨木の仏像・五輪塔に、初午のお供えをする方々。よく確かめられませんでしたが、お地蔵さんみたいにみえるのは、もしかしたら馬頭観音かも分かりません。五輪塔の火輪=笠にも赤い前かけが付けられているのが、なんとも微笑ましいですね。民俗畑の蘇理さんや藤井さんが気楽に声をかけ、お話をされるのに、こういうとき、歴史学者は一歩ひいてしまいます。巨木との関係が何かあるのか知りたかったのですが、「なぜここにお詣りするのか分からない。子供の頃からずっとやってるから」とのこと。代々この家に暮らしてこられた方々は、お地蔵さんに何を語りかけてきたのでしょう。知られざるたくさんの物語りが聞こえてくるようでした。
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清水町から〈自然〉を考えてみる

2006-03-15 18:35:03 | ※ 環境/文化研究会 (仮)
まだまだ続く、環境/文化研究会合同合宿のレポートです。
清水町を散策していると、杉の整然と並ぶ山々が本当に美しい。しかしこれは、当然のごとく、植林によって創られた〈人工的〉空間なわけです。加藤さんや蘇理さんのお話によれば、同地で林業が開始されたのは近代になってから。もちろん、日常生活レベルでの木材の利用は行われていたものの、近世以前はそれが産業になることはなかったそうです。上の写真は、植林の杉山と雑木山(清水では「浅木」というそうです)が直線的に仕切られた風景。〈人工性〉が際立ちます。

しかし、そもそも〈自然〉を語り考えるとき、戦略以外の目的で〈人工性〉を強調する必要があるのかどうか、再検討してみなければなりません。昨日の三都の会の河原井彩さんのご報告「現代日本の葬送の変容と死生観」でも、ジネン/nature/里山という〈自然〉概念の3要素がとりあげられていましたが、近年はnatureを核に他の2要素が包括されている印象があります。とくに都市的な表象としては、〈文化〉との二項対立図式でしか〈自然〉を捉えられなくなっており、〈人間の手が加わっていないもの〉という意味づけが強く働いている気がします。しかし、先に櫟庵さんやsorioさんと議論したなかでも述べたように、〈自然〉に本来の姿などないわけで、人間も含めた様々なファクターとの影響関係のなかで、常に変転してきたのが生態系のあり方でしょう。歴史的にも地球上における〈原生林〉の存在が疑われていますが(〈極相〉はありますけど、もちろん〈原生林〉とイコールではありません)、人間の影響力が全地球規模に拡大している昨今、〈手つかずのもの〉など実体的にもありえない状態になっていると思います。以前、『環境と心性の文化史』の総論で、〈環境〉を「主体によって対象構成される関係態」と定義したことがありますが、自然/文化ももはやまなざし(五感の総合としての主観という意味)の問題でしかないのかも知れません。「誰もいない森のなかで木が倒れたとき、音はしたのだろうか」というテーゼ(フレドリック・ブラウン「叫べ、沈黙よ」)のように、主体が人間の介入を認知している景観は〈文化〉的となり、認知していない景観が〈自然〉的となる、ということでしょうか。雑駁な思考ですので、さらなる検討が必要ですね。

ところで、上の写真は4月からの環境史の講義に使うつもりです。学生がどういう反応を示すか、どのようなことを考えてくれるか、いまから楽しみです。
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人は死に信仰は生きる

2006-03-15 04:03:24 | ※ 環境/文化研究会 (仮)
11日(土)、12日(日)と、大学院の後輩の結婚式(お幸せに!)、恩師の退職記念の食事会などがあって、なかなかブログの更新ができませんでした。二件とも母校J大学の関係。懐かしい方々とも、久しぶりにお会いできて良かったです。今日14日(火)は午前中は法務、午後からJ大学に研究室の下見にゆき(4月から勤務します。改修工事を控え閑散とした室内をみて、ここを後にされた先生はどんなお気持ちだったかと想像してしまいました)、夕方、親鸞仏教センターでの日本仏教@三都の会に出席してきました。仏教と現代との関わりを模索する若手研究者のミニ・シンポ。あるドイツ宗教学者の視点でみた仏教、仏教民俗学の方法、葬儀の現代的傾向などに関する報告がありました(詳しくはmonodoiさんのブログ参照)。宗教ホスピスやスピリチュアリティなど、近年のキーワードも頻出。試みは素晴らしく賛同しますが、もう少し突っ込んだ議論がしたいところです。

さて、環境/文化の合宿の続きです。
写真は、辻々の祠などに供えられた、死者の杖と草鞋。清水町を散策中、蘇理さんが説明してくださったものです。藁包みのなかには握り飯が入っており、五円玉の〈六文銭〉も付けられています。まさに、〈死出の旅路セット〉ですね。高野山への信仰が篤い同地では、亡くなった人があると、遺骨の一部を金剛峰寺へ納めにゆくとか。その際、辻や橋詰め、祠などの宗教的(境界的)スポットにこれらを供え、死者の速やかな成仏を願うそうです。六文銭は、みつけて持ち帰ると福を呼び込むといわれ(新谷尚紀さんの、〈ケガレからカミへ〉というテーゼを想い出しますね)、上のスポットでもひとつしか発見できませんでした。
日本列島の葬送儀礼というのは本当に多様で、こういった近世や中世へ遡れる慣習のほか、現代的葬儀の場に立ち現れてくるものも多いですね。職業柄収骨に立ち会うこともままありますが、お骨を一粒ももらさずに壺へ納める関東に比べ、関西では大半を廃棄してしまうと知ったときは驚きました。それこそ、斎壇の飾り方は宗派によって異なりますし(実際は同じ宗派でも、住職の法務に対する姿勢、檀家さんとの関係によってかなり相違がある)、読経の仕方や説教の有無、納棺の仕方から何から、細かい相違を挙げれば数え切れないでしょう。写真のセットも10個程度あり、最近、同地で10人以上の方が亡くなったと分かります。日々、それに相応するだけの儀式と場が営まれていて、それぞれが厳密には1回限りの固有性を持つものなわけです(ご遺族にとってはなおさら)。研究の対象としてみたとき、それを一般化するのはかなり難しいし、危うい気がします。

マクロ/ミクロ、一般抽象化/個別具体化の問題は、あらゆる学問に共通する課題で、とうぜん自分の研究にも当てはまってくることですが、注意せねばなりません。……あれ、合宿の話をしているつもりが、妙に今日の三都の会に関係する感想になってしまいました(参加していない方には話がみえないでしょう、ごめんなさい)。しかし、スピリチュアリティをめぐる最近の議論も、宗教的心性を一般抽象化して客観的に扱おうとする傾向に対し、そこからふるい落とされてしまう個々の主観、超越的なものとの個人的な繋がりを対象化するために提起されてきたのではないでしょうか。
ちなみに〈霊性〉という言葉、カトリック的環境で研究してきた人間には馴染みがあるんですよね。私が入学した当時、J大学で西洋中世史を担当されていたS先生の専門は、〈中世ドイツ神秘霊性史〉でした。
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棚田は何のために……?

2006-03-07 11:41:36 | ※ 環境/文化研究会 (仮)
環境/文化研究会(仮)関西・関東合同合宿の続きです。
スケジュール的には話が前後しますが、今回は現地見学の目玉、至るところに見受けられる棚田について書きたいと思います。

合宿の日程でいうと主に5日(日)、蘇理さんの案内で清水町周辺を散策、住民の皆さんの日常生活を垣間みさせていただきました。山の斜面を階段状に開発してゆく棚田は、そのなかでも特徴的。世界遺産にも登録された中国雲南の棚田が有名ですが、日本各地にも「千枚田」と呼ばれる多様な棚田が残っています。ここ清水町にも至るところにみられるわけですが、なかでも有名なのが「あらぎ島」。有田川に突き出た島状のなだらかな棚田で、その美しい景観は同町最大の観光資源にもなっています(あまりに有名なので写真は掲載しませんでしたが、同田の耕作農家である西林輝昌さんのフォト・ギャラリーが、ネット上に開設されていますのでご覧ください。西林さんは同町で「赤玉」という食堂も経営されており、この日の昼食はそこでいただきました。しかしこのあらぎ島、「扇を伏せたような形」と形容されますが、私にはUSSエンタープライズかギャラクティカの艦首にしかみえません……)。すでに高木さんのhpや土居さんのブログでも言及されていますが、蘇理さんによればこの景観は、昭和28年(1953)の有田川大洪水で対岸の崖が崩落した結果〈発見〉されたとのこと。正面から望むと中央遠景に大塔山がおさまり、まさに絶好のパースとなる。photogenic!です。『日本災害史』の原稿を書き終えたばかりですが、こういった景観との関係は完全な盲点でしたね。しかも、それが地域復興の活力にもなるという……これは大阪八尾の〈島畠〉などと同じ、まさに〈災害文化〉ですね。あまり関係ないかも知れませんが、昔観た映画『カリオストロの城』で、城の濠を形成する湖が崩壊した後、湖底から古代ローマ人の都市遺構が出現するという場面を想い出しました。
また、一緒にあらぎ島を遠望していた森田さんとも話したのですが、稲の植わっていない冬の棚田って、やっぱりどこか異様なんですよね。これは一体何のために存在しているのかという……。行程の終わり、高木さんが〈発見〉したという旧野上町の千枚田!(写真)をみせていただいたのですが、山のかなり高い部分まで広範囲に開発したその景観をみて、人々の尋常ではない努力に感嘆する一方(段を形成する石組みの石は、どうやら山から掘り出したものでも削り取ったものでもなく、河原から拾ってきたもののようにみえます。これを運ぶだけでも重労働。一体どれだけの年月がかかり、どれだけの人々が関わったのか……)、稲を税として設定し続けてきたこの国の権力のあり方を思わずにはいられませんでした。庶民の農耕における効率のよさだけでは、稲作へのこのような執着は生まれません。ただ暮らしてゆくだけなら、現在主力になっている山椒など、もっと環境に即した作物を想定できるわけですから。人々の努力の背後に、無意識に作用する大きな力を感じてしまいます(合宿中にはやった言葉でいえば、「大量資本」ですかね)。

ちなみに、「あらぎ」の由来アララギとはイチイの方名とのこと。蘇理さんは海老澤衷さんのノビル畑説に、高木さんはなだらかなあらぎ島を棚田と呼ぶことに、それぞれ疑問を投げかけていました。
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薬師堂の後戸に立つものは

2006-03-07 03:56:11 | ※ 環境/文化研究会 (仮)
4・5日(土・日)、和歌山にて環境/文化研究会(仮)の関西・関東合同合宿が行われました。島根県古代文化センターの森田喜久男さん、紀伊風土記の丘歴史民俗資料館の加藤幸治さんが個人報告、総合研究大学院大学博士課程の蘇理剛志さん、和歌山県立博物館の高木徳郎さんが見学地の関連報告。全体のお膳立ては、加藤さん、蘇理さん、高木さんがしてくださいました。
私は3日に前泊して参加。いろいろなことを片付けてから慌てて出て来たので、和歌山中心部に以前論文で触れた日前国懸神宮、やや離れて伊太祁曾神社、宮井川用水などがあることに後から気づきました。もっと早く計画的に動けば、ちゃんと観られたのに……!と大後悔。しかし合宿の内容は、その残念さを補って余りあるものでした。これから何回かに分けて、合宿の報告と感想を書いてゆきたいと思います(すでに土居さん加藤さんのブログ、高木さんのhpにも紹介されていますのでご参照ください)。

正午、和歌山駅東口のバス・ターミナルに集合。参加者は、関西から稲城正己さん、加藤さん、蘇理さん、高木さん、藤井弘章さん、森田さん、関東から亀谷弘明さん、工藤健一さん、土居浩さん、宮瀧交二さん、私の11名。工藤さんは寝過ごしてしまったらしく、遅れるとの連絡あり。先に10名で3台の車に分乗、出発することにしました(ここで、分野別にまとまりができてしまうところが面白かったですね)。

阪和道を経て最初に立ち寄ったのは、清水町粟生の吉祥寺薬師堂(写真)。応永34年(1427)建立のいわゆる村堂で、ご覧のとおり茅葺きの美しい建築です。屋根の高さと急勾配は、ランドマークとしてもなかなかのもの。かつては同地域の信仰の中心だったのでしょう。その結びつきは、現在も「主講(おもこう:主立った家々による講組織)」として機能しているそうです。
個人的に気になったのは、向拝に掲げられた題額に「天竺伝来薬師如来」とあったことと、堂の背に後戸が作られていたこと。ちょうどここに向かう車内で、稲城さんや高木さんと三国伝来について雑談をしていたところで、あまりのタイミングの良さにビックリ。果たして、どのような将来伝承をもつ仏像なのでしょう。現在は本寺吉祥寺の宝霊殿に収蔵されているらしいのですが、時間もなく観ることができませんでした。周辺の畠や山裾に植林されている特徴的な植物、「棕櫚」(シュロ:中世では寺院を象徴する記号のひとつでした。毛状の繊維をたわしや縄に使い、幹は梵鐘を打つ撞木に適しているといわれます。ちなみに、ウチの寺でも境内に棕櫚があり、撞木にも使っています)などと関係があるとすれば面白いのですが、どうなんでしょうね。お堂が川に近いことからすると、広隆寺の薬師如来のように、洪水を防ぐ霊験が期待されたのかも知れません。この像が、薬師堂創建と近い応永21年(1414)の『法輪寺縁起』によってよく知られるようになったこと、この像を広隆寺に安置し霊験を発揮させた別当道昌が、清水町の仏教の根幹をなす高野山の開祖・空海の高弟であることからしても、可能性はありそうです。後戸は、中世的な宗教建築では神の出現する場所のひとつ。一体どのような法要儀式が行われていたのでしょう? 興味は尽きません……。
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環境/文化研究会(仮)1月例会

2006-01-19 12:09:32 | ※ 環境/文化研究会 (仮)
15日の日曜日、根城のひとつ、環境/文化研究会(仮称)の1月例会が早稲田大学で行われました。休日のため参加者は少なめで、報告者の亀谷弘明さん、土居浩さんのほか、工藤健一さん、久米舞子さん、榊佳子さん、武田比呂男さん、宮瀧交二さん、私の8名。

最初の報告は、亀谷さんの「渋沢敬三と漁業史研究」。古代村落研究者の亀谷さんが、ご自分の研究と渋沢の学問との関わりから始めて、渋沢の生涯と主要著作の解題、漁業史研究の詳細、学問の特色について平易に解説してくださいました。
アチック・ミューゼアムを設立し後進の指導とコンダクター/パトロンとしての役割を果たした、その功績と存在の大きさを、参加者一同があらためて実感。質疑応答では、生物学的素養からくる柳田系民俗学との方法論的相違(柳田が形式から心意へ漸進的に追究してゆくのに対して、渋沢は形式=心意とみる?)、「傍流に立って、見落とされたものにこそ含まれる大事なものを発見するのが重要」とのスタンスへの共感が語られました。また、網野史学への影響はもちろん、『絵巻による日本常民生活絵引』などの刊行を通じて戸田芳実や黒田日出男らに学恩を及ぼし、日本における社会史研究成立の母胎となったことも確認されました。
個人的には、カテゴライズ自体に心意をみる方法論が興味深く、「魚名は人と魚との交渉の結果成立した社会的所産」とする魚名研究など、デュルケームと比較すると面白いのではないかと思いました。柳田に『社会学年報』の影響があったらしいことは川田稔さんが指摘していますが、渋沢の場合はどうなんでしょうね。土居さんから、「事物に名を与える博物学とは王の行為だから、上流階層である渋沢の関心の方向は、その点からも興味深い」といった発言がありましたが、まさにそのとおりで、『風土記』や『延喜式』へ向かうというのは象徴的な気がします。
以上の報告と議論を通じて、渋沢から宮本常一へ、という関心が会全体に高まりました。宮瀧さんが近年の宮本研究の現状について紹介し、宮本家の見学なども提案してくださったので、いろいろ勉強することができそうです。亀谷さんも、今後宮本の紹介と研究も担ってゆきたい、といってくださいました。研究会の枠組みも次第に明確なり、参加者個々人の役割もはっきりしてきたようですね。

続いては土居さんの「環境・風土・景観―環境/文化研究のための地理学案内―」。平野仁啓や斎藤正二の自然観研究を扱うなかで、日本的景観研究の流れをしっかり押さえたいという参加者間の要望が高まり、地理学出身の土居さんにお願いをしたわけです。まさに期待どおりのご報告で、地理学の環境研究への言及のなかで「和辻風土論」が常に呼び出されながら、タームとしては定着していない情況、「景観」概念が「土地共同体」を意味するLandschaftの辻村太郎による和訳でありながら、形態学的な辻村の研究の影響もあって「風景」と同一視されてゆくことなどが示され、また、非特徴的な「環境」がキーワードとして機能しうるかという問題提起もなされました。
私個人のなかにある語彙からいうと、「景観」に含意されているものは、ヴィダル・ド・ラ=ブラーシュの〈地的統一(unité terrestre)〉に近いのかも知れませんね。この観点から、人間と自然環境との共同作業としての「生活様式」論が提出され、アナール学派へと結びついてゆくことになるわけです。辻村の景観形態学は三好学の植物学の語彙を踏襲しているとのことですが、ラ=ブラーシュの人文地理学も進化論・生態学に基礎づけられているので、20世紀初頭の地理学の展開の問題として比較すると面白いと思います。
なお、土居さんの「環境」語彙への問題提起によって、やはりこの会の名称「環境/文化研究会」は仮称としておいた方がいいだろうということになりました。ただ、「環境文化」というターム自体が近年定着し始めているので、語彙/概念の来歴と近年の動向、有効性とをあわせてよく吟味してゆくことが必要ですね。それから、以前仲間と作成した本『環境と心性の文化史』に、地理学的要素が少ないというご批判もいただきました。まったくそのとおりで、この作業はまだまだ終わっていない/終わらないのだな、という実感を持ちました。土居さんに感謝します(この報告の準備経過と補注については、土居さんご自身のブログを参照)。

終了後の飲み会では、正月のドラマや映画についてひとしきり文句をいった後、歴史学批判大会へ。青臭いガス抜きですが、これがなくなってゆくと「歳をとった」ということなのかと思います。
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環境/文化研究会11月例会

2005-11-09 09:24:40 | ※ 環境/文化研究会 (仮)
昨日は、早稲田大学で、環境/文化研究会の11月例会が行われました。
出席者は、石津輝真さん、亀谷弘明さん、工藤健一さん、久米舞子さん、榊佳子さん、武田比呂男さん、土居浩さん、藤井弘章さん、三品泰子さん、宮瀧交二さん、山口えりさん、私の12名。平日の夜にもかかわらず盛況で、文学・民俗学・地理学・歴史学と、広がりのある集会になりました。

報告は工藤健一さんで、「斎藤正二『日本的自然観の研究』を読む」。
以前、斎藤英喜さんと武田比呂男さん主宰で行われていた宗教言説研究会の方式を踏襲し、こちらの会でも、研究史および方法論に関する報告と、個別実証的な報告の2本の柱を立てています。今回は前者の流れで、会発足時から問題とされていた〈環境史研究の埋もれた巨人〉、斎藤正二さんの業績の紹介です。前回、武田さんがご自身の師匠でもあるもう一人の巨人、平野仁啓さんを担当してくださったので、会のメンバーそれぞれが、ようやくお二人の活躍を共通認識として持てるようになったわけです。
斎藤さんの仕事については、ここであらためて書くこともありませんが、とにかく広い分野をカバーした文化史研究が眼目です。代表的著書、『日本的自然観の研究』の新しさは、70年代の刊行にもかかわらず、方法論が極めて構築主義的なところでしょうか。近代に構築された日本的自然美礼賛のイデオロギー(いまでいう〈エコ・ナショナリズム〉。志賀や芳賀を扱っているところが、モーリス=スズキより偉い?)を解体するため、古代における類書を通じた中国的自然表現の受容・学習を問題とする。日本人は、古代以来、天皇制と中国的言説を軸に構築されてきた言語フィルターを通して景観をみてきたのであり、これまでいちども、自然環境と直接的交感を持ってはこなかったというわけです。使用している史料の限定性、場当たり的な理論の用い方、経験主義的な感覚にはとうぜん問題もあるものの、その視角と結論はいまなお鮮烈です。早すぎたカルスタ、カノン論、という感じでしょうか。
平野さんが最新の理論を用いながら自然観の変遷を体系的に論じてゆくのに対して、斎藤さんはもっぱら自然礼賛を解体すべく、関心のある方向だけに突き進む。芸道のうえに現れる〈美〉への執着から、対象も和歌や生け花などへ収斂されてゆく。だから、関係論的な平野さんの叙述に対し、非常に個別具体的な印象を与えるわけです。イデオロギーを扱っているのに実存重視だし、それでいて構造主義とかなんとかいっている。まったく不思議な人です。
斎藤さんの業績について、あらためて考える機会をいただきました。工藤さんに感謝。会としても、これからもっと彼の業績を読み込んでいかねば。南方熊楠、柳田国男、折口信夫、宮本常一、和辻哲郎、今西錦司、梅棹忠夫、広松渉……と、まだまだ取り組まねばならない巨人がひしめいていますし、これからが大変です。

その後、藤井さんから、12月から始動しそうな関西例会の報告をいただき、いよいよ活動が全国化してゆく気配を感じました。3月の和歌山での合同合宿も、大まかな枠組みは決定。清水町の棚田を見学しつつの研究集会となりそうです。また、環境研究の文献情報を集積するデータベースを、ブログ形式で構築することとなり、どこに作るのが適当か調査を始めました。これはもう、今月中に始動させたいですね。

最後の飲み会では、相変わらずのオタクなネタで盛り上がりました。方法論といいこの会といい、討論が終わると学問的な話題はあまり出ない。いいのか悪いのか……。
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