仮 定 さ れ た 有 機 交 流 電 燈

歴史・文化・環境をめぐる学術的話題から、映画やゲームについての無節操な評論まで、心象スケッチを連ねてゆきます。

薙鎌とリドサウルス

2010-04-20 19:46:51 | 書物の文韜
一向に進まない御柱祭シンポの準備をしながら、1月の国際シンポ「日本文学研究とエコクリティシズム」のテープ起こし原稿の校正、森話社の『王朝人の婚姻と信仰』寄稿論文の校正を終えた。月刊状態でシンポジウムの報告や論文執筆を引き受けたりすると、必ず校正段階で幾つかかち合うものが出てくる。当初は、「この報告の準備をこの月、この論文の執筆をこの月…で何とかなるか」としか考えていないので、校正の段階で「しまった!」と思うわけだ。この点をまったく学習せずに繰り返しているから、結果、1年中常にヒーヒー喘ぎ続けることになる。今日も「9月末」という原稿を引き受けてしまった。まあ、学内共同研究の成果が上智大学出版会より刊行されるという話だから、断れないのだけれども。月刊状態がまた1ヶ月延びました…と、10月にもすでに立教大学での講演を引き受けているから、今年1年はほぼ月刊か。2冊の書き下ろしの本のことを考えると、まったく休刊月はないわけだ。ふー。

御柱祭シンポの方は、動物の送り儀礼との比較がメインになりつつあるが、やはり薙鎌の存在が気にかかる。御柱の候補として見立てられた巨木に打ち込む、タツノオトシゴのような形状をした鎌なのだが、本来は辟邪、それが転じて風害除けや祈願成就の習俗へ転じていったものだと考えられている。そこには、樹木伐採に中臣祭文を用いるようになった文化的背景が隠されているはずだ(以前に論文で書いたが、大祓祝詞に基づく中臣祭文には、罪や穢れを根こそぎ切り払うという詞章があり、そのために中世には霊木伐採の呪文としても用いられた。伊勢神宮の山口神祭でも、近世には中臣祭文を使っていたことが分かっている)。鎌は、中臣鎌足が蘇我入鹿を倒した王佐の武器の象徴として、中世以降様々に伝説化されてゆく(幸若舞や浄瑠璃などでは、入鹿の首をはねるのは鎌足の「鎌」なのだ)。薙鎌が御柱祭に使われることは、こうした歴史的文脈と必ずどこかで繋がっているはずである。また、狩猟文化である動物の送り儀礼との関係でみてゆくと、見立ての木に打ち込まれる薙鎌の役割は、イヨマンテの子熊に射込まれる花矢に酷似している。いわゆる「白羽の矢を立てる」こととも関係があるだろう。御柱祭と動物の送り儀礼とに共通性を認めてよいとすれば、諏訪の古代的世界には、動物/植物の区別を設けないアニミズム的信仰が存在したこともみえてくる。あと数日、きっちり論を仕上げてゆこう。

研究に煮詰まってくると本屋で衝動買いするのがぼくのストレス解消法だが、先日も吉祥寺のブックファーストで左の小説を購入した。SF界の大御所レイ・ブラッドベリの幻想小説で、3部作の中巻に当たる『黄泉からの旅人』。解説を読むと、このシリーズはブラッドベリ自身の青春時代がモチーフになっており、彼が映画と深く関わった1950年代が舞台になっているという。そこで想い出すのは、ブラッドベリの短編小説『霧笛』を原作にした怪獣映画『原始怪獣現わる(THE BEAST FROM 20,000 FATHOMS)』(1953年)。レイ・ハリーハウゼンの現出させたモンスターが海底から現れて都市を襲撃する、『ゴジラ』(1954年)の元ネタ的映画である。ハリーハウゼンは、この後ギリシャ神話シリーズやシンドバッドシリーズなどを数多く手がけ、多くの伝説上の怪人、怪物をスクリーンに蘇らせて、特撮の神様と崇められるようになる。つい最近、森話社の『躍動する日本神話』(5月刊行)に「CGと神話」というコラムを寄稿し、子供の頃から大好きだったハリーハウゼンにも触れたので、すぐに思い浮かんだのだろう。しかし、そのハリーハウゼンとブラッドベリが幼なじみであったという事実は、この小説の解説で初めて知った。人にはいろいろな繋がりがあるものだ。昔、一緒に映画を作っていた仲間のことを想い出した。
そういえば、ハリーハウゼン晩年の作品『タイタンの戦い』がリメイクされ、もうすぐ公開されるという。前作は小学校6年のとき、友人のS君と横浜関内の映画館(横浜ピカデリー)でみた。ペルセウスににじり寄るメドゥーサのシーンに異様な緊迫感があり、顔を覆った指の隙間から画面をみつめたことを覚えている(でも、下半身が蛇体というメドゥーサのデザインは大好きだった。あれは署神だねえ)。往年のハリーハウゼン・ファンからは「腕が落ちた」と不評の作品だったが、ぼくはお気に入りで、サウンドトラックも買い、今でもちゃんと持っている。公式サイトで新作の予告編をみてみると、最近流行のアニメーション的カット割でそれなりに大迫力だが、前作のような緊迫感や恐怖感は感じられなかった。しかし、いま現在も神話を語っているぼく自身の原点に近い映画でもあるので(当時のサブカル界はギリシャ神話が受けており、安彦良和の『アリオン』もこの時期だった。ぼくも、分厚い文庫の『ギリシア・ローマ神話』を買ってきて、創作のネタを探して読みふけったものだ)、新作の方もみにいってみようか。

そうそう、このエントリーのタイトルの意味だが、ハリーハウゼンが描いたリドサウルスのシルエットと、御柱祭の薙鎌のそれとがよく似ているのだ(膝を打った人はコアな人です)。いろいろハリーハウゼンに縁のある4月である。
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生活リズムの変化

2010-04-14 19:36:39 | 生きる犬韜
三鷹市民になって、3週間余りがすぎた。授業も始まったので忙しく走り回っているが、ようやく生活のリズムも安定して落ち着いてきたところだ(といっても、常に〆切に追われている有様なので、本の詰まったダンボールは一向に片付かない。早急に使うものだけを探しだし、何とか書斎としての体裁を整えているだけである。ちゃんと書庫の機能を果たすのは、夏休みになってからだろうか…)。

「いわゆる春休み」中は、最寄り駅になる武蔵境・三鷹・吉祥寺の周辺を徘徊(というほど歩いてもいない)、とりあえず帰宅の時間帯にも寄れるいい本屋を探した。吉祥寺駅のアトレには22時まで営業のブックファーストがあるので、まあ普通の新刊本や雑誌はそこで何とかなるだろう。去年担任した新2年生からは、「先生、アニメイトがありますよ!」といわれたが、うーむ、40歳にもなって行くことがあるかなあ。学生時代に吉祥寺を根城にしていたモモは、遙かにいろいろな店を知っているようで、よく買い物に出かけている。写真は、スパイシーな「くぐつカレー」が売りの「Coffee Hall くぐつ草」。モモに連れていかれたのだが、なかなか怪しい雰囲気の店で好感触だった。時間に余裕が出来たら、もっとお気に入りのスポットを増やしたいものだ。
ところで、横浜に住んでいた頃と比べていちばん大きな変化は、通勤・帰宅時間が極めて短縮されたことである。かつてはたっぷり2時間かかっていたので一仕事できたが、今ではdoor to doorで50分。電車の乗車時間などは30分強で、ものをゆっくり考えている余裕などなく、せいぜい文庫本を数ページ読める程度である。その分遅くまで自宅/研究室にいられるので、まあ仕事ははかどる…はずなのだが、どうもこの頃ピッチが上がらない。間近に迫った諏訪市博物館での「御柱シンポジウム」の準備もなかなか進まず焦っている。やはり、40年もの間ほとんど動かずに住み続けてきた土地から離れたことは、精神・身体のどこかに疲労となって蓄積されているのかも知れない。山や谷ばかりの場所からまったくの平野に出てきて、ただ広いだけの眺めに落ち着かない気分になったことはあったものの、不安や苦痛などの強い自覚症状があるわけではない。むしろ、まったく感傷的な気分にならないのが不思議なくらいだ。子供の頃のぼくは無類の甘えん坊で、両親や兄たちに対する依存度がものすごく高かったのだが、「家族」の範疇がいつの間にか妻だけに絞られていたということだろうか。

新しく始まった授業は、今日までで、1年生向けの「日本史概説」、プレゼミとゼミ、修論演習などをこなした。1年生は、去年と比べるとちょっと元気がない印象だ。講義で話していても、なんとなく「教室に独りでいる」感覚がある。だんだんと雰囲気をよくしていかなければなるまい。プレゼミは9人の大所帯で、うち7人が女性。剣道・合気道・チアに汗を流す強者もいる(これも研究室に遊びに来た新2年生が、「先生、じゃ守ってもらえますね」といった。どうやら女性に庇護されるタイプとみられているらしい)。男子は肩身の狭い思いをしているようだが、2人とも歴史研究に強い情熱を持っているのでこれからが楽しみだ。関心のありかは例年のごとく、神話・祭祀・妖怪・民俗が大部分だが、王道の政治史を志す学生もあって多彩である。前期のスケジュールを説明したところ、課題の多さに意気消沈していたが、負けずにがんばってもらいたい。ゼミも新3年生を主役に迎え、気持ちも新たになった。
また、今年度は日本中世史の特講に、院生時代からの畏友(先輩)である中澤克昭さんを迎えることができ、これも大きな喜びとなっている。方法論懇話会、ケガレ研究会、環境/文化研究会と、様々なゲリラ的研究会で研鑽を積んできた同志のひとりであり、お顔を拝見すると若い頃の情熱が蘇ってくる。2年ぶりくらいでお会いしたのだが、相変わらずスマートで凛とされているのが印象的だった。この新年度は、中国から水口幹記君が帰国して立教に就職し、和歌山から高木徳郎さんが帰京して早稲田に就職するなど、かつての仲間が続々東京に集まってきていて「何かせねば!」という気持ちが強くなっている。
各種委員会も始動。初年次教育委員会は今年が天王山。史学科でも、来年度の基礎ゼミ正規カリキュラム化が決まった。今年から担当の図書館委員会も、図書館の運営状況が分かってなかなか面白い。上智大学史学会の方は、新任研究補助員の山手君が猛然と仕事をこなしてくれており、懸案だったデジタルリポジトリ化の作業が大きく進捗しそうだ。

早く調子を取り戻し、9月までの「月刊北條」情況を完遂しなきゃなあ。

なお左は、「鎮魂という人々の営み―死者の主体を語れるか―」を寄稿した中路正恒さん編の『地域学への招待 改訂新版』(角川学芸出版)。中路さんのご希望を充分反映できなかったことが悔やまれるが、自分としては「死者の問題」に一区切り付けられる文章が書けたかと思っている。本来教科書として使用すべきものなので、学生に議論の材料を提供するため、後半はちょっと散漫になっているかも知れない。昨年の『物語研究』や「歴史学とサブカルチャー」に書いたものの姉妹編、もしくは集大成的内容である。お世話になっている皆さま、いずれ謹呈させていただきますのでもうしばらくお待ち下さい。
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2010年度、始まる

2010-04-06 04:33:08 | 生きる犬韜
さて、ようやく卒業生を送り出したと思ったら、休む間もなく新年度が始まった。1・2日の学部入学式・大学院入学式と来て、3・4日は箱根でオリエンテーション・キャンプ。例年同じことを繰り返しているのだが、何だか最近疲れが溜まるようになってきた。気がついたら、来月にはもう40歳になるわけで、新1年生など息子・娘といってもまったくおかしくない。以前は学生も「後輩」という印象だったが、この頃は大きな距離を感じることもしばしばある。歳をとった証拠なのだろう。

授業開始は12日。それまではちょっと時間があるので、引っ越し荷物の整理もそこそこに原稿執筆に勤しんでいる。25日の御柱シンポは、地元ではテレビ中継をするらしいとの情報が入ったが、まだまるで準備できていない。早く現在の原稿を切り上げて取り組みたいところだが、細々した校務もあってなかなか集中できない情況である(『上智史学』の編集作業も動き出したし、久しぶりにHPも更新した。数年来関わっている初年次教育も、文学部共通・史学科科目とも正規カリキュラムとして構築できそうな気配で、嬉しいことだが忙しい。図書館運営委員、教授会書記の仕事も回ってきた)。相変わらず、玉稿をお送りいただいた皆さんにも不義理をしてしまっている。順々に対応してゆくしかない。
ここ数日の(すいぶんと短くなった)出勤・帰宅車内では、前エントリーにコメントいただいた八戒さんの「民国初期の武術と内丹―呼吸法の近代化をめぐって―」を拝読。民国初期における近代科学の摂取と西洋的体育の構築のなかで、前近代的な内丹の考え方がどのように捉え返されてゆくか。「古き迷妄」として全否定されてしまうものと考えがちだが、武術の体験を通じてその真実性に気付かされたり、逆に科学を証明のツールとしたりする場合もあるという。武術の人文学的研究はまったく進んでいないが、身体論との関係から注目される場合も増えてきた。記憶に新しいところでは、神奈川大学のCOEプログラムが、身体技法やナンバあるきに注目して詳細な報告書を作成している。八戒さん自身も八卦掌の使い手なので、研究にも武術修練における身体感覚が活かされているようだ。ぼくも禅行と物語との関係を身体論的視点から追いかけているし、5月には(これも日本史研究においては立ち後れている)兵法の論文を書かなければいけないので、大いに参考にさせていただきたい(その後、前エントリーの問題については、新たに「儒教の現代性はどのように語った方がよいか?―「孝」の思想、性善説、アーキテクチャ―」なる高論を送っていただいたので、またあらためて論じることにしよう。まずは御礼申し上げます)。
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ちょっと気持ち悪い

2010-04-01 16:20:22 | 書物の文韜
環境哲学、環境倫理関係の入門書が2冊出た。
まず、近年共生思想研究センターなどを立ち上げて気を吐く東洋大の、『エコ・フィロソフィー入門』。私的な関心から、中国哲学の「"モッタイナイ"から"シノビナイ"へ」に目を通してみたが、読み進むうちに何となく気持ちが悪くなってきた。内容的には反対すべきところはないので、一体何が不快にさせるのか分からなかったが、終わり付近でそれが「圧倒的な自己肯定」にあると気付いた。つまり、一貫して「儒教にはこんなに素晴らしい思想がありますよ、世の中はこの教えの意味をよく吟味して、いろいろ考えなおさなきゃいけないんじゃないですか」という主張で書かれているのである。荘子による文明批判、儒教の知が自然の秩序を攪乱しているとの指摘などには一切触れられていない。中国が連綿と展開してきた環境破壊と儒教とはどんな関わりがあるのか、それほど共生的な倫理が〈自己実現〉できなかったのはどうしてなのかなど、まったく論じられていない。この書物の作成母胎である「東洋大学『エコ・フィロソフィ』学際研究イニシアティブ」の説明には、「西洋的価値観や科学技術が残した負の遺産に対して 東洋的な知の伝統がどのように関われるのかを検証し そこから新しい発想と価値観の創造を図る」とあり、非生産的な東洋/西洋の二項対立図式が示されている。ぼくは家族・親族に東洋大出身者が多いのであまり批判はしたくないが、倫理を考える前提となるべき、環境の歴史に対する問題意識が低すぎるといわざるをえない。
一方、『環境倫理学』は東大の教科書的内容だが、瀬戸口明久氏の「つまり「共生史観」の語り手たちは、過去の森林利用のあり方の一部だけを取り上げ、それが過去を通して存在したかのように歴史を単純化しているのである」(165頁)との一文に明らかなように、里山礼賛に代表されるエコ・ナショナリズムをきちんと批判していて心地よい。
東大の権威を助長するようで嫌なコメントになってしまったが、とにかくまずは自分の足下について深く考えたいものだ。
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