仮 定 さ れ た 有 機 交 流 電 燈

歴史・文化・環境をめぐる学術的話題から、映画やゲームについての無節操な評論まで、心象スケッチを連ねてゆきます。

史学科の将来構想:大学・大学院をどうすべきか

2008-09-24 01:13:17 | 生きる犬韜
ここ一週間は夏の疲れが出たのか、まったく調子の上がらない状態だった。これから来年の5月まで、ほぼ「月刊」状態で論文を書いたり報告の準備をしていかなければならないのに、最初から躓いてしまっていて困ったものである。

21日(日)は早朝から出勤。海外就学者入試とカトリックAO入試の実施日で、ぼくは後者を担当。これは、カトリック高校から予め優秀な学生を確保するため、昨年より始まった入学試験である。ぼくも素案作成に関わって今年度から形態を変更、前もって出した課題に応じて7分間のプレゼンを課し、質疑応答を経て合否を決定するという形式を採用した。結果は大当たり。事前のレポート提出や筆記試験、面接のみでは見抜けなかった受験生の学力が、かなり明らかになった。1人に30分はかけなければいけないので大変だが、それでも聞いていてなかなか面白い。ただし、課題に「現代社会における喫緊の課題である……」云々という文言を入れたため、受験生の選んだテーマがすべて近現代史になってしまったことは検討を要する。この一文があるがために、問題意識の高い受験生が来てくれたことも確かだろうと思うのだが...。

入試判定会議後は学科会議と専攻会議。後者では、定員割れを起こしている大学院をどう変革するのか、という学長の諮問への回答について話し合った。定員割れの原因はいわずもがなで分かっているのだが、ポスドクの就職先の充分な確保などできるわけがない。学生本人と保護者を、行く先の分からない電車に乗せられるほど魅力を持った学科をどう作りますか?と問われているようなもので、考えるのも少し後ろめたさがある。とりあえずは学費を減らして、RAやTAの枠をできるだけ増やしてゆく、学振の特別研究員を獲得できるような指導をする、ということくらいしか思いつかない。昨今流行の形で複合・総合型のコースを構築するのは、見栄えはいいが、けっきょく専門性の希薄さ(学問研究の底の浅さ)を生み出すだけに終わるので避けたい。学振獲得の技術指導は(それが研究目的にまで侵蝕してくると問題だが)、自分の研究と学界との距離を測るのにも効果があるし、将来研究者になりえた場合にも役立つので(外部資金の獲得の書類は毎年書くことになるよ、それ以外で働かされてしまうぼくみたいなのもいるけど)重要度は高いかも知れない。目下、初年度教育のありようで頭がいっぱいだが、教育業界、そして教育そのものをとりまく先のみえない不安を強く感じる。

22日(月)は『上智史学』の編集事務に、大妻の深澤瞳さん、高校時代の同期でやはり上智の出身者でもある高世信晃君が来訪。しばし歓談した。23日(木)は豊田の講義。論文は遅々として進まずで、かなり追い込まれてきた。

左は、幻想作家ジョー・ヒルの初短編集『20世紀の幽霊たち』。いつもこの類の本を買うときに参考にしている、kazuouさんのページで絶賛されていたので買ってみた。通勤電車のなかでちびちびと読んでいるが、なるほど、確かに「驚異の新人作家」である。まだ全部を読み終えていないが、「20世紀の幽霊」「ポップアート」「自発的入院」などは気に入った。作品内にちりばめられているSFやホラーへのオマージュといい、『トワイライト・ゾーン』の傑作選を読んでいるかのような落ち着きと多彩さがある。長編も読んでみたい作家だ。
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新たな仕事:心に余裕のなくなる今日この頃

2008-09-18 16:44:56 | 生きる犬韜
先週から今週にかけて、環境/文化研究会(仮)、『藤氏家伝』研究会と報告が続いた。本当は引き受けたくなかったのだが、責任や義理からやらざるをえず、無理をして取り組んだ。9月も半ばを過ぎたが、案の定、これまで論文を執筆する時間がほとんど取れていない。もう授業以外の大学の仕事は始まっているので、これからまとまった時間を作れるわけではない。今週の土曜は自坊の仏教文化講座で話をしなければならないし、日曜は入試である(台風が心配)。9月最終週は会議がちらほらあるし、最後の日曜はゼミ合宿だ。9月に必ず出すと約束した原稿の行方が、かなり怪しくなってきた。しかし、なんとしても近いうちに脱稿しなければならない。

昨日は教授会・研究科専攻委員会・学生生活委員会が連続であったが、また新たに委員を拝命することになった。文学部長肝煎りの小委員会で、初年度教育のありようについて検討するとのこと。基礎ゼミなどの必要性については、学内のいろいろな場で「危機感が足りない!」と叫んできたので、これも引き受けざるをえなかった。ま、関心のある分野だしやりがいはある(問題は時間だ)。最近の学生の想像力の欠乏には愕然とすることがあるが、もちろん誰のなかにもその種は存在するわけで、これまでの教育でうまく育てられてこなかったというだけの話なのだ。それをどのように芽吹かせ、成長させてゆくか。緊急かつ重要な課題である。しかし、春学期8つだった委員会が秋になって5つに減ったと思ったら、また少しずつ増えだした。『上智史学』の編集があるので、仕事量としては春とあまり変わらない情況だ。
夕方になって研究室に戻ってくると、黒田智・水口幹記両氏からメールが来ていた。ちょっと気になっていた12月のシンポジウムの件で、やはり報告の依頼である。現在自分が引き受けている勤務校の仕事、依頼の文章の関係からいうと、「明らかにキツイ」(というか引き受ければ確実に他にしわ寄せがゆく)のだが、水口君からの依頼は去年も一度断っているし、黒田さんには今年上智で非常勤もしていただいたので、義理からいうと引き受けざるをえないだろう。内容的には面白いシンポだし、中国の研究者とも繋がりができそうなので、本当はこちらからお願いして発表させていただきたいくらい。「引き受けざるをえない」とはおこがましい限りなのだが...(やはり問題は時間なのだ)。

最近、心に余裕がなくなって、ちょっとしたことで舌打ちするのが癖になってしまった。PCの起動が遅いと舌打ち、バスが遅れて目標の電車に間に合わないと舌打ち、エスカレーターを駆け上がりたいのに人が道を塞いでいると舌打ち...まったく、教育者・僧職者にあるまじきていたらくである。モリミー氏を見習いたい。あの妄想っぷりは精神的に余裕のある証拠だ。...ということで、左はおすすめの一冊。氏のブログとほとんと同じような書きぶりです。「森見登美彦氏の弁明」には心から共感。その悪循環、ほんとうによく分かる。
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感覚だけで映像の波に乗る:宮崎駿『ポニョ』をみて

2008-09-14 05:26:28 | 劇場の虎韜
ちょっとバタバタして、更新が滞ってしまった。大学の諸事務が始まったと思ったら、自坊での義母の一周忌のために義父が泊まりがけでやってくることになり、義妹の力を借りて、散乱するだけしまくっていた部屋を大掃除することになったり(5日間かかった)、上智古代史ゼミの第1回OB・OG会が開かれたり、環境/文化研究会の久しぶりの例会があり、急ごしらえで報告をすることになったり(...ラジバンダリ)。いずれもだんだんと書いてゆくつもりだが(ゼミ旅行の話も中国調査の話も滞っているな)、今日は標記の話題。すでにいろいろなところで議論爆発の、『崖の上のポニョ』を観てきた。

みてきたという人に感想を訊くと、ほとんどが否定的な発言をするのだが、概ね、それは『ナウシカ』以降の宮崎作品に馴らされた世代のようだ。宮崎駿は本質的に「まんが映画」を標榜するアニメーターであり、物語作家ではないような気がする(25年くらい前、『カリオストロの城』のフィルムブックの解説で、押井守が似たようなことを書いていた)。『ナウシカ』の連載が始まった頃、「へえ、宮崎駿って、オリジナルでこういうものも書けるんだ」と驚いた記憶がある。『ナウシカ』や『もののけ姫』で誤解を招いてしまったけれど、彼の作品には物語的破綻が意外に多く、「びっくりするような、わくわくするような楽しい動き」を創り出すところにこそ真骨頂があるといっていい。そういう点からすると、『ポニョ』はハッとするような繊細な動き(宗介がバケツを持って、老人ホームと幼稚園の間を行き来するときの描写など)、こちらの身体まで踊り出しそうな躍動感に溢れていて、まさに正統な宮崎作品だった(『コナン』や『カリ城』を連想させるような動きが随所にあり、集大成的な印象もあった。ハリーハウゼンの晩年のアニメートに、往年のファンが浴びせた批判は該当するかも知れないが)。難しいことは考えず、感覚だけで波に乗る。じっくり考えてしまうと、「う~ん、異類婚姻譚としては、最後の試練は軽すぎる。『魚の、半魚人のポニョを愛せますか』と問われても、宗介には何も失うものがないんだからウンというに決まっている。問うならば、『人間を捨てて半魚人になれますか』とすべきでしょ」などなど、ムクムクと疑問が湧き上がってくる。人間中心主義と野暮なことをいう気はないけれど(ファーストフード文化が肯定的に描かれている点からしても、浅薄なエコ・ブームにあえて文句をつけようという気概がみえる)、漁業のさかんなはずの町を舞台にしていながら、魚を食べるシーンが周到に排除されているのもいやらしい。しかしそのあたりの、宮崎駿が自分自身に対して課したであろう抑圧は、非常にグロテスクな表現となって随所に溢れ出しているので面白い(あらゆるものに精霊が宿っているアニミズム的世界は、やはり現代人にとっては恐ろしくみえてしまうものだ。それをそのまま描いてしまうと、絶対に子供向けにはならない。ポニョも実写では「可愛く」感じられなかっただろう)。

それにしても、話の枠組み自体はまるっきり『青の6号』だった。ゾーンダイクも出てくるし。あのラストはどうだったっけ。

追記。そういえば、中国への往き帰りの飛行機のなかで、『僕の彼女はサイボーグ』『アフタースクール』を観た。ともに監督の前作を気に入っていたので期待していたが、前者にはあまり魅力を感じず(サイボーグではない主人公の青年の名が「ジロー」であることは、石森作品で育った世代にはニヤリとさせられるが)。後者は、仕掛けに頼りすぎた感はあるものの、やはりすべての伏線を上手に使って観客をだまくらかし、しかもそれがあざとくなく、わざとらしくも感じさせず、爽やかな後味へ持ってゆく力量はさすがだった。
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自分の気も引き締めよう:落合淳思『甲骨文字に歴史を読む』

2008-09-06 23:39:07 | 書物の文韜
長年の懸案である卜占と祟りの論文について、最新の研究を補完しながら取り組んでいるところである。自分の専門外の領域に深く入り込むためには、最新の概説書や入門書の存在は非常にありがたい。長年そうしたものの少なかった殷代史、甲骨学の世界でも、昨年から立命館出身の落合淳思氏による新書が立て続けに刊行され、大変勉強になった。まずはその成果を喜びたい。しかしこの人の本、本当は大変難解で複雑な問題を抱えている甲骨の読み方を極度に単純化しており、「えー、ほんとにこんなこと書いちゃっていいのかな」と首を傾げる部分も多くある。一般向けだからあえて省略してあるのかも分からないが、中国やヨーロッパの新しい研究について、ほとんど触れられていない点も気になるところだ(氏の論考「甲骨占卜の問答形式」『立命館白川静記念東洋文字文化研究所紀要』1、2007-03、にはそれなりに詳述されている)。
最近刊行された『甲骨文字に歴史をよむ』でも(中国で、ほとんど飛行機の待ち時間に読んだ)、些細なことだが、幾つか引っかかる箇所があった。例えば、「ちなみに、日本で殷代政治史を継続的に研究したのは、初期の研究者を除けばごく少数であり、現在では私がただ一人という状況である」(17頁)という言明。確かに「政治史」に限っていえばそうなのかも知れないが、こんな恐ろしいことはなかなかぼくには書けない。研究史の閉塞とその打破の必要を「あえて」高らかに宣言しているところをみると、よほど自分の研究に自信があるのだろう。しかしページをめくってゆくと、(コラムのなかではあるが)次のような単純なミスもある。
甲骨文字の亀は、動物のカメを側面から見た形を文字にしたものであり、上が頭部、左側に足がある。甲骨文字の亀の足は三つまたに分かれているが、これは鋭い爪を表現したものであり、……実際のカメには鋭い爪はないが、殷人が亀を見る機会といえば甲骨占卜で使った甲羅だけの状態であったため、それ以外の部分については誤解があったのではないだろうか。また、甲骨文字の下部に少し突き出た部分はどうやら尾のようである。亀には尾もないが、これも殷人の誤解であろう。(63~64頁)
この部分を読んだときには椅子から落ちかけた。亀をみたことがないのは落合氏自身ではないかと呆れたが、もしかすると氏はウミガメのことを想定して叙述しているのかも知れない。しかしすでに研究があるように、殷代の亀卜に用いられたのはほとんどクサガメやハナガメの類で、彼らには、短いが爪もあれば尾もあるのだ(実はウミガメにもある)。いずれにしろ、殷代の専門家としてはやや軽率であったろう。

しかし、論文を書いたことのある人間なら誰でも覚えがあるように、ケアレスミスというのは往々にして生じるものだ。ぼくも「何でこんなことを書いてしまったんだろう」という間違いがけっこう多い。恥ずかしいことだが、他人のことは責められない。自分の気を引き締めるとしよう。
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夜明けだ!:こうなんだい!

2008-09-05 05:08:10 | 生きる犬韜
『上智史学』の編集作業をしていたら夜が明けた。今日は第1次の入稿なので、整理しておかなければいけない原稿が幾つかあったのだ。それにしても、ここへ来て教員の原稿が次々とオチてしまった。
「論文」が1本しかないぞ、いいのかそれで!

『sakusaku』の再放送を観ながら一服していたら、以前白井ヴィンセントが歌っていた横浜市18区アンソロジーの「港南区の歌」を想い出した。栄区のよりだんぜん出来が良かった気がする。YouTubeで検索してみたら、やっぱりあった。「ぽにょ」にも匹敵する(しないか)ような、耳につくメロディラインだね。

しかし、自分の論文がまったく書けていないぞ、いいのかこれで!(ちょっとテンションがおかしくなっている)
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ききまつがい:ある日のモモ

2008-09-04 00:44:23 | ※ モモ観察日記
先月の服藤邸での研究会で、こんなことがあったのを想い出した。

どういう経緯だったか将来の目標について訊かれ(いまさら?)、冗談めかして「菩薩になりたい」と答えると、隣に座っていたモモが大きな口を開けて茫然としている。

「えー、そんな野望があったとは知らなかった!」

何か妙なリアクションだったので問い質してみると、「菩薩になりたい」を「お札になりたい」と勘違いしていた様子。そりゃあ驚くわな、ぼくのキャラにないもの。

こういうことはウチではよくあるのだ。本当に飽きない毎日である。
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最近の映画から:『闇の子供たち』を観る

2008-09-03 12:23:11 | 劇場の虎韜
1日(月)は、『上智史学』の編集作業のため出勤。今年は、去年に比べて原稿の集まり具合が悪い。印刷所に連絡し、入稿期日を日延べして貰う。予定量的には充分すぎるくらいなのだが、果たしてちゃんと確保できるかどうか...。そのほか、委員会関係の事務仕事を片付ける。組合の代議員は、別の教員へバトンタッチ(候補者はぼくが探さねばならないのだが)。ひとつ仕事が減った。

帰宅途中、阪本順治監督『闇の子供たち』の最後の回を観た(公開後1ヶ月経つというのにチケット窓口には長い列ができていたが、表示をみて映画の日だということに気がついた)。タイにおける幼児売春、臓器密売の闇を追うジャーナリストと、NGOの女性の物語。タイの子供たちが置かれた目を覆うような現状、それに加担する日本を含めた〈先進国〉の植民地的暴力、ジャーナリストの正義とNGOの正義の葛藤(現実といかに関わるべきか?)など、極めて難しいテーマを扱った骨太な作品である。2時間半を一気にみせた。しかし、本当にラストはあれで良かったのか。タイを覆う闇を個々の人間のそれに普遍化することには成功したのかも知れないが、極めて社会的な問題が心理的なそれに矮小化されてしまったことも否めない。賛否両論あるだろうが、日本でなかなか社会派映画が生まれない、〈伝統的原因〉の一端をみるような気がした。記者とNGOの2人の主人公が、けっきょくお互いを理解しようとせず別々の生を歩んでゆくのも、ちょっと消化不良の感があった。

この夏は、観ようと思っていた作品の多くを見逃した。中国映画『1978年、冬』も韓国映画『光州5・18』も、8月末まで上映していたのに観にゆけなかった。『ポニョ』も『スカイクロラ』も、『20世紀少年』もまだ観ていない。『パコと魔法の絵本』『落下の王国』は、見比べると面白そうだが...(しかし、『ローズ・イン・タイドランド』『パンズ・ラビリンス』以来、ちょっとダーク、もしくは不条理な少女ファンタジーが大流行だね)。
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戸隠に入る:日本宗教史懇話会サマーセミナー参加

2008-09-01 00:02:08 | 議論の豹韜

29日(金)から31日(日)まで、日本宗教史懇話会サマーセミナーに参加してきた。修士一年の頃から毎年お世話になって研鑽を積んできた会だが、ここ2年ほどはもろもろの事情で出席できておらず、久しぶりに顔を出した形である。今回の開催地は長野県の戸隠。もともとは天台宗の末寺であった神仏習合の寺が、明治の廃仏毀釈で戸隠神社となった(やはり龍神/観音の習合するパターン)霊場で、忍者の里としても有名な修験の地である。上の写真のように親鸞聖人の参詣伝承も残っている(六字名号の浮き出たあわびが宝物として保管されていた。「南無妙法蓮華経」の方は有名だけど、「南無阿弥陀仏」のは初めてみたな。人魚のミイラよろしく、こういうものを作る技術があったんだね)。

2年前よりずいぶん若い顔ぶれが増え、いい傾向だなあと思ったが、やはり議論自体は少々内輪ばなしに閉塞してきた感がある。薗田香融・伊藤唯真・佐久間竜・中井真孝といった重鎮の諸先生がいらした頃は、もっと、「下手なことはいえない」といういい意味での緊張感、議論を生産的な方向へ持っていこうという責任感みたいなものが漂っていた。自由な意見交換ができる環境はもちろん大事だが、かえってそれが弊害を生じている面もあるのだろう。来年度で第2期が終了するとのことだが、3期以降も継続させてゆくなら、このあたりのことが課題となる気がする。もちろん、「仏教史学会サマーセミナー」化が進んでいるのも問題だろう。

夜を徹しての懇親会では、数年ぶりに会った藤本誠君、研究会の仲間である稲城正己さんや土居浩さん、米村仁君らと意見交換ができた。中川修さんや藤本君とは、閉塞状態にある奈良仏教研究の現状を「どげんかせんといかん」という話になった。土居さんからは、景観と心性の結びつきを考えるうえで有効な概念〈geopoetics〉について教えてもらった。停滞気味になっている環境/文化研究会を活性化するため、某学会での部会設定等々を目的に、関西支部・関東支部の合同年会を準備することも合意に至った。これは責任をもって動かさねばなるまい。
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