仮 定 さ れ た 有 機 交 流 電 燈

歴史・文化・環境をめぐる学術的話題から、映画やゲームについての無節操な評論まで、心象スケッチを連ねてゆきます。

ようやく年度が終わろうとしている

2009-03-28 14:24:46 | 生きる犬韜
2008年度が終わろうとしている。ここ数日で依頼原稿をひとつ仕上げ(終わってみたら、40~45枚のところ72枚書いていた)、ようやく本当に書かねばならない文章にとりかかっている。やはり、こちらの方が勉強していて楽しい。しかし、もう来週から新学期が始まる。授業は13日までないが、新入生の担任でもあるしやることはそれなりにある。論文1本、手直しの原稿1本、校正1本、そして「歴史学とサブカルチャー」の連載。「3月末までならやる」と豪語して引き受けた書評は、申し訳ないけれども後回し。校務の合間を縫ってとにかく書かねばならない(先日、ある原稿を出版社に送信した直後に郵便受けをみると、別の原稿の初校が届いていた。こういうことがよくあるので、誰かに監視されているのではないかと疑いたくなる)。

さて、今週はそれなりに忙しかった。22日(日)はゼミの追い出しコンパ、24日(火)は初年次教育検討委員会の会議(先日の研修会の反省と来年度の活動計画の打ち合わせ)、25日(水)は卒業式・卒業パーティー、26日(木)は豊田地区センターの生涯学習の講義。空いている時間はすべて原稿書き。自坊のお彼岸の手伝いは少ししかできなかった。
このなかで、やはり特筆すべきは追い出しコンパ、卒業パーティーだろうか。今年度の卒業生は、ぼくが上智に赴任して初めて受け持ったプレゼミ生なので、いわばぼく流の古代史のイロハを一から教えた最初の世代なのだ。ゼミ旅行も第1回目の東北、第2回目の出雲と一緒に行っている。それだけにいろいろな思い入れもある。卒業式には卒論を返したが、毎年一緒に渡している清書した講評のほかに、今回は口頭試問のために作成したメモも手渡した。これは自分で卒論を理解し批判するために書いたもので、もともと学生にみせる気はなかったものだからかなり罵詈雑言を浴びせている。ショックを受ける子もいるかも知れないが、「これだけ細かく読みましたよ」ということは分かってほしい。
なかなか教員に気遣いを欠かさない子供たちで、以前も誕生日に気の利いたプレゼントをしてくれたが、今回も花束のほかにひとりひとりメッセージを書いて渡してくれた。こちらは、彼らが満足して卒業できるだけのものを送ることができたか針の筵の心境だったので、少しほろっときてしまった(教員なんて単純なものである)。4月からはそれぞれ別々の道に進むが、懸命に生き抜いていってほしい。そして、時には旧交を温めましょう。
パーティーの席では、今まであまりじっくり話をしたことがなかったIさんと話し込み、帰りは大船に用事があるというUさんと一緒に帰ってきた。毎年味わうことだが、何かやり残したような後ろ髪を引かれる気持ち、もの淋しさ、多少の達成感といっぱいの喪失感など、複雑な感情が入り交じる年度末である。

追伸。中村智彦さんの「敗北宣言。大阪の産業遺産資料は廃棄完了しました」monodoiさん経由で顛末を知り、しばし言葉を失う。現代日本で無数に起きている出来事のひとつだが、そのそれぞれがやりきれない重みを持っている。調べてみたら、中村さんは大学の先輩だった。

※ 写真は、京大の院で研究を続けることになった卒業生のT君がくれた、京都東山真如堂の「閻魔王宮伝来 結定往生之秘印」。如意宝珠に晴明判が浮かび上がっているように、安倍晴明が閻魔から授かったものという。「この印紋は、此岸においては天寿を全うするを助け、彼世においては定んで往生極楽すべき、閻魔王宮伝来の秘印なり。仏を念じて常日頃より所持するものよし、また故人の棺に入れるもよし」とある。ぼくの信仰を捨てさせるつもりだろうか。真宗の法義と思いっきり抵触するんだけど...。
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これぞ充実?

2009-03-18 10:10:57 | ※ 雑感
ほとんどの時間を自宅や研究室での原稿執筆に費やして心は熊野古道を辿り、会議のときだけ現実に戻って事務処理に努め、通勤電車のなかでは死者忌避に思考を凝らしてhTcZに打ち込み、帰宅の電車のなかでは『恋文の技術』を読んでやはり森見登美彦は変態だと痛感する。この日々を充実といわずして何といおうか。誰だ、徒労といっているのは。

そうそう、先に書いたスピリチュアル・アビューズの件。運動家が天職の妻(〈敵〉を得ることによって水を得た魚のようになる人)が早速町田市と日蓮宗に苦情を申し立てたところ、町田市が敏感に反応し、葬儀を取り仕切った某団体に問題の僧侶を依頼リストから外すよう指導したようだ。それから間もなく、義伯父の家から「坊さんが謝りに来た」との連絡があった。どういう謝罪だったのだろう。気になる。
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ラジオだけど、刮目して待て!

2009-03-16 23:25:18 | ※ 告知/参加予定
以前に紹介した佐藤壮広さんから連絡があり、明後日18日(水)朝のニッポン放送(1242kHz)「上柳昌彦のお早ようグッデイ」という番組で彼のことが紹介され、なんと「非常勤ブルース」がオン・エアされるようです(AM8:10頃~)。未体験の人は、必ず耳を傾けるように!

ところで、ぼやき。今日八木書店から届いた広告によると、月末に定家『熊野御幸記』の注釈本が出るらしい。タイミング悪いなあ。ま、ソースの『明月記研究』は購読しているからいいんだけど…。

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もの書きに専念

2009-03-16 02:10:38 | 書物の文韜
出版社に延引の言い訳をしながら、缶詰になって熊野の原稿を書いている。平安から中世初期にかけての古記録を精読しつつ、複数の地図や地名辞典、Googleマップを駆使しての作業だが、ようやく面白くなってきた。もちろんぼくの原稿がではなく、〈史料〉を読解する作業がである。熊野への行程を具体的に記した〈史料〉は幾つかあるが、詳細なことでは藤原定家の「熊野道之間愚記」がいちばんで、詠み込まれた歌を鑑賞する楽しさもある。しかし個人的には、藤原宗忠『中右記』の参詣記録がさまざまに想像力を刺激してくれて気に入っている。宗教史的には、往路の難行苦行に対する帰路の瑞夢連発など、参詣という宗教的実践の意義を深く考えさせてくれる点が重要だろう。社会史的にも、荘園制と国衙支配の補完関係、交通に従事する在地の人々の生き生きした活動が浮かび上がってきて興味深い。記述も難しくないので、ゼミなどで読むには適当かも知れない。かつては戸田芳実御大や小山靖憲氏が、実地踏査を組み込みながら、やはり学生や院生と読み込んできたものなのだ。今度の三年生は、ゼミ旅行で伊勢へゆきたいといっているらしいので、『霊異記』『三代格』の合間に組み入れていってみようか。
それにしても、懸案の原稿がなかなか片付かないのは困る。熊野はもう数日で仕上げて、次の依頼に取りかからねば。もう新学期は目の前ではないか。

左は、気分転換に読んだもの。『バクマン』は少年漫画らしいご都合主義的な展開だが、『サンデー』に投稿していた頃を思い出して懐かしかった。どの付けペンで絵を描くかという話題が出てくるのだが(カブラペンは初心者向き、Gペンは上級者向きという)、ぼくはカブラペンより断然Gペンの方が使いやすかった。とくに、しばらく使い込んで自分のクセに馴染んでくると、細い線・太い線が自在に引けるようになる。太い線の力強さ、それを引くときの心地よさはカブラペンの比ではない。しかし、こういった漫画描きを扱った作品でいつも気になるのは、ペン先の寿命にほとんど触れない点だ。ペン先が手に馴染んでくるのは先端が削れて紙に引っかかりにくくなるからで、しばらく描き続けていると摩耗していい線が引けなくなってしまう。いちばん寿命が短いのが極細の線を引く丸ペンで、多用する向きには箱買いが必要な代物。使い慣れていないと紙に穴を空けてしまうこともあるのだが、貧乏でスクリーントーンを買う余裕がなくすべてカケアミで済ませていたぼくには、本当に重宝する道具だった。カラス口の使い方なんかにも言及してくれると、漫画が上達するということがより具体的になって面白いと思うのだが、どうだろうか(黒インクより墨汁の方が「骨太」な線が引けるとかね)。
『ひとり百物語』は個人体験もの実話怪談、『怪談熱』は実話怪談を活かした創作短編集。前者は『新耳袋』を連想させる出来だが、墓や火葬場を無闇に忌避する視線が気になった。後者は巧妙な仕掛けや文章の冴えこそないが、平山夢明などと異なり、適度に上品で気持ちの悪い思いをせずに済む。心霊ものより、海外旅行先で理不尽な落とし穴にはまる「猿島」の方が恐ろしかったが…。
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「屋根の下の巴里」※

2009-03-11 12:28:28 | 生きる犬韜
気づいたら、昨年の暮れに設置したカウンターが1万を超えていた。2ヶ月半で1万カウントということで、読んでくださる方々には心から御礼を申し上げたい。最近適当に書いていることが多いので、なるべく気合いを入れて臨みたいと思います。

さて、7~8日の土・日は、環境/文化研究会(仮)の見学会と例会があった。これについてはまた後日詳細を記すとして、今日は宮澤賢治の話題から始めよう。
先日、自宅に書籍の小包が届いたのでなかを開けてみると、なんと『新校本宮澤賢治全集』別巻が出てきた。新校本のシリーズは、ぼくが院生の頃に刊行され購入していたのだが、もうとっくに完結したものだと思っていた。10年経って別巻が出るとは…よくあることだが(誰かが原稿を遅らせたりね)、それなりに感慨深い。学部生時代は宮澤賢治研究に熱中していて、日本文学科の大学院に進学しようかとも考えていた。いまでも研究書や論文を手に取ることはあるが、なかなか本格的なアプローチはできないでいる。それとの関わりで思い出すのは、学部3年の頃に受けた片山はるひ先生の「キリスト教と現代文学」という講義である。賢治やカミュ、ミヒャエル・エンデなど、ぼくの琴線に触れる作家が採りあげられていたこともあり、非常に楽しく知的興奮に満ちた時間であった。レポートでは、賢治や芥川を扱ってキリスト教の問題を論じた気がする。その頃、片山先生は未だ非常勤講師だったと思うのだが、ぼくが上智へ就職したときには、すでに人間学研究室の教授になられていた。いつか学生時代のことをお話ししたいと考えていたが、機会がなく今まで来てしまった。しかし昨日、ひょんなことからご挨拶させていただくことができたのである。

昨日10日(火)は、文学部の教員研修会。主体は初年次教育検討小委員会だったので、委員の端に加えていただいているぼくは、昨年に続きパネリストとして参加した。今回は教育界における初年次教育の現状と課題、それを前提とした史学科の取り組みと将来計画について発表したが、委員会内部で懸念していたとおり、基礎教育プログラムの実施については過度な拒否反応があった。現行のプログラムが変化してゆく学生の状態とニーズに対応できているかどうか、その検討だけでも進められればよいのに、議論は昨年と同様「現状でよくやっているじゃないか」という方向へ流れてゆく。今年度は一段階前進しようと考えていたのに、やはりいろいろ困難が伴うものだと唸っていたところ、不意に先の片山先生が挙手され、「北條先生の発表を伺っていて、これまでどおりの教育水準を維持するためには、私たち自身が変わらねばならないということを痛感しました」と発言してくださった。ぼくが非常に勇気づけられたのはいうまでもない。
研修会終了後の懇親会で、ご挨拶にゆかねばと考えていると、片山先生の方から声をかけて来てくださった。
「北條先生は、私がここへ来て1年目くらいのとき、講義をとってくださってましたよね?」
「えっ、覚えていてくださったんですか」
「とても印象に残ってますよ。あの北條君が立派になってがんばってるんだから、援護射撃しなきゃいけないと思って」
ありがたすぎて、危うく涙が出そうになった。学科も異なるし、先生とはその講義以降まったく交流がなかったのだから、普通は忘れていて当然なのだ。ぼくなら絶対に覚えていない。その後も、先生の文学部愛に溢れるお話をたくさん伺うことができたが、感激した反面、教員としての自分自身を強く反省させられた。

本当なら少し灰色の気分で帰宅するはずだったところ、片山先生のおかげであたたかい気持ちになったので、神田での乗り換えのついでに近くの書店で森見登美彦の新刊を購入。他愛ない文章にほくほく笑いながら夜を過ごすことができたのだった。

※ タイトルは、『MASTER キートン』の名作から借用(第3巻収録)。歴史学者が、そして大学教員が、バイブルとしたくなるような物語である。学生諸君は必見。
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まとまらない毎日

2009-03-06 15:08:13 | 生きる犬韜
今年度も終わりに近づき、ストックしてあった個人研究費を使って書物を買い漁っている。研究費を貰えるということが、専任になって最もありがたいことのひとつだ。新刊本でいちばん食指の動いたのは左のシリーズ、秋道智弥監修『論集 モンスーンアジアの生態史―地域と地球をつなぐ―』全3巻で、総合地球環境学研究所の共同研究プロジェクトの成果をまとめたものである。写真もふんだんに使っている豪華な本で、弘文堂の心意気も伝わってくる。ひとつひとつの論考を読むのが楽しみだが、ぼく自身の問題関心としては、こうした生業研究を心性史の構築に活かすことにある。環境と心性との関わりを考える枠組みについては、以前にも論文を発表したことがあるが、個別に検討しなおさねばならない問題も多い。また、本書の方法論の基本は生態人類学的アプローチなので、〈生態史〉といっても扱われている時代は近現代、遡っても近世までである。「実地調査をしえない古代の環境史はいかにして可能か」という難問についても、現状に満足せず考え続けなければならないだろう。このあたりのことは、今週末の環境/文化研究会(仮)の例会報告「二項対立のアポリアを考えるために―雲南省納西族〈祭署〉をめぐるデッサン―」でも話をしようと思っている。

現在、校務の方は各種委員会の会議がちらほらある程度だが、上にも触れた3/8(日)の環境/文化研究会(仮)例会の報告と、/10(火)の初年次教育学内研修会パネル報告の準備、熊野古道の概説など数本の原稿の執筆を併行して進めているので、何が何だか訳が分からなくなってきている。精神的にも散漫になっていて、まさに「まとまらない毎日」である。
そうしたところへ、妻の伯父が急逝したとの知らせが舞い込んだ。べらんめえで気持ちのいい人であったが(義母の葬儀での発言)、十数年前から肺を患い、以降はどこへゆくにも酸素タンクが手放せない生活だった。ぼくは昨日、学科会議の終了後に通夜に駆けつけたのだが、勤行を担当した日蓮宗の導師の、故人を置き去りにしたような説教がやや気になった。ところが今日、葬儀に出ていた妻から入った電話によると、その僧侶がリリジャス・ハラスメント※1まがいの暴言を吐いたという。駐車スペースの確保ができていないだの何だのと文句をつけ、これでは故人も成仏できないと、遺族を平身低頭謝らせたというのだ。僧侶としていちばん云ってはいけない言葉だし、してはいけない行動だろう。大切な人を喪って悲しみに暮れている人間に、さらに追い打ちをかける。義伯父の家族の心中を考えると、悔しさと怒りがこみあげてくる(義伯父本人だったら、きっと大声で「お前にお経をあげてほしくない、帰れ!」と一喝したろう)。仏教は僧侶自身の手によって日々衰退しているのだと云わざるをえない。

※1 monodoiさんから、スピリチュアル・アビューズ(spiritual abuse)の方が適切ではないかとの指摘を受けましたので、注記しておきます。
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