仮 定 さ れ た 有 機 交 流 電 燈

歴史・文化・環境をめぐる学術的話題から、映画やゲームについての無節操な評論まで、心象スケッチを連ねてゆきます。

『ふしぎの国のバード』を読む

2015-06-03 19:58:30 | 書物の文韜
連載開始時に西村慎太郎さんのポストで知った、佐々大河『ふしぎの国のバード』。イザベラ・バードの『日本奥地紀行』をコミカライズした作品である。単行本の刊行を待ち受け、すぐに購入して読んだ。絵はうまいとはいえないし、整理もされていないのだが(逆に志村貴子『淡島百景』くらいになると整理されすぎ)、新人の漫画家らしいエネルギッシュな筆致で引き込まれた。バードは感受性豊かな優しい女性として描かれるが、すでにアメリカ・カナダ・ハワイ・オーストラリア・ロッキーを旅していた、「探検」経験者としてはちょっと頼りない(もちろん、だからこそ読者が感情移入できるのだと思うが)。通訳・ガイドの伊藤鶴吉は、予想どおり、ツンデレSな最近流行の執事系キャラとなっている。
まず読んでみたいと思ったのは、バードと伊藤の出会いのシーンだ。マンガでは、バードは伊藤の英語力に感心し、紹介状を持っていないことを不安に感じつつ、実際に横浜を案内させてみて彼の実力を確かめ、お互いにその人間性に触れるという展開になっている。昨年亡くなった増尾伸一郎さんに薦められて読んだ中島京子『イトウの恋』では、伊藤はバードに好印象を持ちながらも、これまでの経験のなかで出来上がった西洋人=征服者の認識から、相手の人となりを注意深く窺っていて、当然ながら未だ決定的信頼を抱くに至らない。それはバードも同じで、例えば通訳として雇用するかどうかを決める面接の場面に、次のような描写がみえる。
…きっちりと結い上げた黄金色の髪には光があたり、彫りの深い西洋調の面貌の中に、私が質問に答えるたびに見せる感情の動きが見て取れた。感心、猜疑、諦観、好奇、軽蔑、といった感情がめまぐるしく婦人の顔面に浮かんでは消えるのを、私自身、好奇と感心の念を持って見入った。西洋の女にも人らしい感情があるのだと、そのとき私は初めて気づいた。…(67頁)
…この国では女の一人旅は無謀なことか、と婦人は私の目を見て訊いた。「無謀」という単語がわからなかったので聞き直すと、この国では女が一人で旅をすることは多いのか、と婦人が聞きなおした。女が一人で旅をすることは多い、と私は答えた。女の一人旅は危険か、と婦人が問うので、女による、と答えると、ではどんな女の一人旅が危険なのか、とまた婦人は質問をした。馬鹿な女。そう答えると婦人は、初めて可笑しそうに顔を歪めて、「それでは私は馬鹿に見えぬように気をつけねばなりませんね」と言った。私はここで大声で笑い出して不作法だと思われないように、下を向き、頬の肉を内側から噛んで声を立てないようにした。…(67~68頁)
以降、旅の前半に訪れる印象的な「鶏肉」の場面へ向けて、伊藤は次第にバードに好意を抱いてゆくことになる。しかし、現実のバード自身はもう少し冷静であった。金坂清則訳注『完訳 日本奥地紀行』では、バードは伊藤との出会いを次のように記している。
…しかしながら、この人物に決めかけていたまさにその時、ヘボン医師の使用人の一人と知り合いだというだけで、いかなる推薦状も持たない男が現れた。年齢はほんの18だが、この年齢は英国人の場合の23、4歳にあたる。背はわずか4フィート10インチ(147.3センチ)で、蟹股でもあったが均整はよくとれているし、丈夫そうだった。顔は丸顔で非常にのっぺりとしており、歯は健康そうで目はとても細長かった。そして重そうにたれた目蓋は日本人の一般的な特徴をこっけいに誇張したようだった。こんなにぼうっとした表情の日本人には会ったことがなかったものの、時折すばやく盗み見るような目つきをすることからすると、ぼんやりしているように装っているようにも思われた。…(83~84頁)
日光のあたりでは、こんな揶揄もみられる。
…私は伊藤を説得して私が嫌いな広縁の黒いフェルトの中折帽をやめさせ私と同じ菅笠をかぶらせた。というのも、伊藤は私から見れば醜男なのにたいへん見栄っぱりで、歯を白くしたり、鏡の前で念入りに白粉を塗ったり、陽焼けを心底から恐れて手にも白粉を塗る。爪も磨くし、外では必ず手袋をはめるのである。…(188頁)
伊藤が少し可哀想だが、しかしバードもすぐに彼の有能さに気づき、強い信頼を寄せるようになってゆく。アイヌの調査を終え伊藤と別れたバードは、彼に「驚くほど才気にあふれていた」と最大の賛辞を送っている。『イトウの恋』や『奥地紀行』を未読のひと、『ふしぎの国』の続きを楽しみにしているひともいるかもしれないのでこれから先は書かないが、うーん、「室蘭の少女」の件はどうなのかな。ちなみに伊藤鶴吉は、かつては「歴史に埋もれた才人」とされてきたが、実は通訳としてその後大いに活躍した超有名人であったことが、金坂氏らの研究によって分かっている。
いずれにしろ、上智で始まるジャパノロジーコースを深めるうえでも、バードの著作は重要な意味を持っている。佐々大河さんのマンガも、学生たちが、「すぐ隣にあったにもかかわらず忘却された列島文化」に気づき、ステレオタイプの日本イメージを相対化する手助けになるに違いない。ぼく自身の研究においては、その後の朝鮮踏査、江南・四川踏査も大切だ。もちろん当時の同地の習俗を知る意味もあるが、彼女自身がいったいアジアをどう捉えていたのか、アジアの人々とどのような交流を持ったのか、その視線の交錯が何より興味深い(客観主義的研究書ではない「紀行文」の体裁は、ポストモダン民族誌のあり方を考えるうえでも大いに参考になる)。彼女の旅が当時の一流の政治家、科学者たちによって支えられていた点も目を見開かせる。当時、アンデス山脈、日本列島と調査の計画を立てていたバードにアンデス行きを断念させ、結果的に蝦夷地踏査を成功させた人物は、なんとチャールズ・ダーウィンそのひとだったそうである。
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