仮 定 さ れ た 有 機 交 流 電 燈

歴史・文化・環境をめぐる学術的話題から、映画やゲームについての無節操な評論まで、心象スケッチを連ねてゆきます。

東北へ/東北から

2011-07-30 21:37:35 | 生きる犬韜
授業は終わっても、さまざま仕事は続く。11月5日のアジア民族文化学会シンポも動き出した。この時期は、11月13日にシンポのコーディネーターを務める上智史学会大会、20日にパネリストを務める日本文学協会大会シンポ、12月3日にコメンテーターを務める神道宗教学会大会と、出ずっぱりである。8~9月は、とにかく「充実」した月になりそうだ。

さて、27日(水)は、かねてからの約束どおり、歴史学科連続講演会「災害を乗り越えてきた人々」にてお話をさせていただくべく、環境/文化研究会(仮)の同志 加藤幸治さんの待つ東北学院大学へ向かった。講演のタイトルは「水への想い、原郷への想い―東アジアの水災をめぐる環境文化史―」だが、いつものように資料が出来たのが前日の夕方という為体で、それから全体の内容を整理してストーリーラインを作ってゆき、新幹線のなかや、早めについた仙台のホテルでもその作業を続けた。終了したのは昼過ぎ、会場へ移動しなければならないギリギリの時間だった。講演の準備にこれほど時間がかかったのには、言い訳めくが幾つかの理由がある。まずは、授業が終了したといっても準備に使える時間が少なく、かなり以前から資料を集め始めてはいたものの、実質的なレジュメ作成には2週間弱しかかけられなかったことがある。しかし、にもかかわらず構想が膨れあがってしまい、話自体はどんどん壮大になってゆくのだが、いつまでたっても落としどころがみえてこない。ようやく完成したレジュメはA4で25枚に及び(しかも8割は新ネタ)、結局1学期分の講義が行えるような分量に達したが、東京の人間がいまの東北へ行って災害の話をする、そのことに対する迷いや不安は講演が始まっても消えなかった。聴衆のなかにいた院生のO君が、「先生、珍しく緊張してましたね」と声をかけてくれたが、そうした自覚はなかったものの、どのように言葉を紡ぎ出すか躊躇し続けていたのは確かで、表現に迷いながら言い直したり言い換えたりを繰り返していたので、それが緊張しているようにみえたのかもしれない。
ぼくに与えられた時間は1時間半~2時間、25ページをまんべんなく話しきるのはどだい無理な話で(いやしかし、よく考えたら、去年の御柱シンポでも20ページの内容をちゃんと1時間で処理したんだ。やはり今回のプレゼンの出来は悪かったということか…)、適宜省略しながらあらすじを追ってゆく形となった。四ツ谷鮫ヶ橋せきとめ神をめぐる考察を導入に、日本社会の流動性(定住社会批判)、古代中国の水に対する心性とそのアジアへの広がり、洪水伝説と日本神話との関係…と順次話を進め、最後は災害伝承にみえる心性・感性の重要性について触れて結びを付けた。聴衆の方々には何かしら「考える材料」は持って行っていただけたようであるが、メインストーリーの重要ポイントを幾つか素通りせざるをえず、結果として全体像が分かりにくくなってしまったというのが正直なところである。もはや資料も冷静にはみられない。しかし、聴衆の方々何人かが質問に来てくださったこと、久しぶりに会った上智の後輩、東北学院勤務の河西晃祐君が的確で深い感想・意見を多岐にわたって展開してくれたこと、そして加藤さんがやはり深い感想を寄せてくださったことには励まされた(でも、加藤さんのいつもの舌鋒の鋭さからすると、ちょっと奥歯にものが挟まっていたような…)。加藤さんにはぼくの方法論について、「北條ドリル」という命名までしていただいた(ふだん女性的もしくは中性的にみられることが多いので、こんなマッチョなラベルをいただいたのは初めてである)。禹王や洪水伝説のアジア的展開については、自分のなかで幾つか新しい発見もできた。漢民族の口頭伝承、少数民族の民間伝承は、明らかに「種民」を残すもので、六朝期の道教的言説に淵源するものだろう。これは、11月のアジア民族文化学会、日本文学協会のシンポジウムの報告ヘも活かさねばなるまい。
講演終了後の懇親会では、東北学院歴史学科の教員の皆さん、院生の皆さんからあたたかいお言葉をいただいた。とくに、院生の皆さんの研究に対するモチベーションの高さ、社会人としての成熟度には感心させられた。ぼくと一緒に来た上智の院生I君、O君、Fさんも大きな刺激を得たようだった。

翌日は、東北学院大学博物館の主宰する文化財レスキュー活動に参加したが、これについてはまたあらためて書くことにしよう。
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熱中症になりかかる

2011-07-18 19:54:01 | 生きる犬韜
ここまで、「研究室では冷房をかけまい!」と頑張ってきたが、限界が近付いているようだ。世間では休日の今日も、通常どおり9:00から会議で出勤したのだが、15:00過ぎくらいから頭痛が激しくなってきた。水分を大量に補給し、身体を動かしてマッサージし、保冷剤を使って首などを冷やして何とかのりきったが、現時点でもちょっと指先が痺れている感じである(でも冷房はかけていない)。今週も非出勤日(休みではない)は土曜だけ、木曜も日曜も仕事がある。来週の講演の準備作業も「追い詰められてきた」感があるので、何とかこの1週間、倒れないよう走り抜けねば…。
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助走

2011-07-16 11:08:46 | 生きる犬韜
震災前後の缶詰状態のなか、苦しんで書いた文章が刊行になった。左の『環境という視座』掲載の「〈負債〉の表現」である。昨年1月に立教大学で開催された国際シンポを書籍化したもので、巻頭には野田研一、ハルオ・シラネ、小峯和明、渡辺憲司各氏の対談も載せられている(読み応えあり。シラネさんがアニミズムの重要性を強調しすぎるのは、ぼく自身は極めて違和感があるのだが…)。ぼくの文章はもはや歴史学ではまったくなく、いかなる学問に分類すべきものかも分からないのだが、それでも近年考えていることを最も色濃く表現できたかとは思っている。野田さんが、総説「二次自然と野生の自然」で光栄なまとめをしてくださっているので、以下に引用しておきたい。
 北條勝貴「〈負債〉の表現」では、人間と自然の関係をもっとも根源的に規定している〈負債〉の感覚、それを動機づける〈存在の贈与〉という認識、さらには、その前提となる〈生存の贈与〉をめぐる認識を基軸として、北條が名づける〈異類互酬譚〉の歴史を納西族、キリスト教、アニミズム、アメリカ先住民、エスキモー、仏教、トーテミズム、中国史などに辿り、転じて、日本列島における〈異類互酬〉文化の足跡を探り当てようとする。北條は、人間と自然の関係をめぐって、今村仁司や中沢新一などによって魅力的に練り上げられた諸概念を、〈負債〉感覚と〈異類互酬譚〉として再定義しながら、人類における自然との交感の歴史を、認識と存在と倫理の交錯する地点として描き出す。ここには、現在もっとも先鋭なエコクリティシズムが稼働している。
自分の尊敬している人に評価をいただけると、それはやはりありがたいことであり、またある程度責任を果たしえたという安堵感もある。シンポの報告自体は持ち時間15分という短さで内容も大雑把であったため、結局は新しく書き下ろすような形になってしまい(実証と理論のバランスのとり方も難しかった。最初に理論的枠組みを掲げてあとは実証、逆に最初に実証的事例を掲げてあとは理論、などという書き方なら極めて楽なのだが)、野田さんはじめ編者の皆さん、勉誠出版さんには大変なご迷惑をおかけした。ごめんなさい。ところで歴史学の「環境史」分野は、最近自然科学的データを活用していれば…という傾向が顕著になってきており、認識や思想、心性等々を扱ううえではエコクリティシズムの方が「やりやすくなっている」感がある。「環境文化史」は、どちらかというとエコクリに近い分野になっているのかも知れないが、両者を架橋しうる領域であることは間違いない。流行に終わらぬよう、積極的に発言を続けてゆこう。

さて、今週は授業も終了し(院ゼミの補講はあった)、事務仕事等校務に追われる毎日だった。合間あいまに研究室で東北講演の準備を進めたが、それにしても冷房を入れないと異様に暑い。次から次へと汗が噴き出してくるので集中力も持続せず、まだ落としどころがみえてこない情況である(何とかせねば…)。しかし、時折研究室へレポートの質問等々に訪ねてくる学生たちへの対応が、いい気分転換になっている。水曜には、市ヶ谷に勤務しているという卒業生のYさんも久しぶりに顔をみせてくれ、ついつい話し込んでしまった。社会人として着実に成長しているようで、頼もしい限りだ。今年の卒業生は、いろいろ大変ななかで巣立っていったわけだが、他のみんなはしっかりやっているだろうか…。
金曜は、国際教養学科のBettina Gramlich-Oka先生とランチをしつつ、Network Studiesの共同研究について相談。ネットワークより、むしろ医学史の問題で盛り上がった。Oka先生は、近世日本経済思想史・女性史・医学史と、極めて幅広い分野で活躍されている。海外の情報も含めて、勉強になることばかりだ。ぼくに何ができるのか分からないが、さらに自分に負荷をかけて勉強してゆきたい(ネットワークというと、やはり六朝文化と岩手遠野との関係が気になる。熊の伝承や亀甲のポシェットなど、東北・北陸と中国東北文化との繋がりについても考えたい)。夜は院ゼミを終えて(西洋古代史のAさんが、頑張って『法苑珠林』の報告をしてくれました!)、数人で打ち上げ。院生たちはまだまだテストやレポートがあるそうだが、一応は一区切りついたかっこうである。

それにしても、最近のジブリの政治的な動きは気になる。『コクリコ坂から』の公開を目前にして、「原発ぬきの電気で映画をつくりたい」などという無責任な横断幕を掲げたのもあざとい(まったく、そんなこと言明したところでどうするんだ!)。ぼくは、『ゲド戦記』で原作者のル=グウィンに対して行った裏切りともいうべき仕打ち以降、ジブリの道徳性・倫理性には疑問を持っている(とくに鈴木敏夫氏は信用していない)。原発に関しては、やはり現在に至る歴史を冷静にみつめ、(いかにこれまで反対をしていようと)自己の現在がその「電力文化」に依存してきたことを前提に話をしてゆかなくてはいけない。その意味で、中嶋久人さんの最近の業績や(先日はお世話になりました!)、左の開沼博『「フクシマ」論:原子力ムラはなぜ生まれたのか』は非常に大切。ま、ぼくはまずは津波だ。
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文化財レスキューへの参加

2011-07-11 19:23:39 | 生きる犬韜
今度、拙い講演にお邪魔する東北学院大学の博物館が、国の被災文化財等救援委員会の一時保管施設に定められた関係で、被災地における文化財の救済とクリーニング作業が随時行われることになっている。そこで、同大学の加藤幸治さんのご協力で、ぼくのゼミ生や史学科の学生数名がお邪魔し、作業に参加させていただけることになった。こちらの我が儘をご快諾いただき、加藤さんには感謝してもしきれない。もちろん、標記活動の一助となることが目的だが、学生にはいろいろな意味で貴重な経験となることだろう(ちなみにこの活動については、来週木曜日にTBSでテレビ放送される予定である)。

まずは27日の講演会から引き続き、私と院生3人がお手伝いをすることになっている。このときの様子如何で、また加藤さんとも相談し、もし必要があれば恒常的に作業要員を手配する態勢を整えたい。システムを整備できれば上智から補助金も獲得できそうなので、いろいろな可能性を探ってきたいと考えている。9月の初めには、ゼミの東北研修旅行の傍ら、最終日にやはり東北学院へお邪魔し、ゼミ生ともども作業をお手伝いさせていただく予定である。博物館で恒常的に作業に従事されている皆さんの足手まといにならないよう、こちらも相応の手段を講じておかねば…。どなたかに、民具の取り扱い等々の事前レクチャーでもしていただいた方がいいかなあ。

とにかく、気張るべし。ぼくは、その前に報告をきちんと仕上げよう…。

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ゼミの紹介文

2011-07-11 03:38:22 | 生きる犬韜
史学科日本史コース3年の新飼早樹子さんが、史学科の公式ブログにゼミの紹介文を書いてくれました。ありがたいことです。
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環境/文化研究会(仮)7月例会

2011-07-11 01:47:51 | ※ 告知/参加予定
3月以来の標記例会を、下記のとおり行います。今回は贅沢なことに、土居さんと猪股さんの2本立て。少し前にここに書いた、「雑誌刊行」についても話し合いたいと思います。院生・学部生大歓迎ですので、万障お繰り合わせのうえご参加ください。

【日時】 7月17日(日)午後2時~
【会場】 上智大学四ッ谷キャンパス7号館9階史学科研究室
 ※ 日曜ですので、駅至近の北門は閉じております。真田堀沿いの正門をご使用ください。
【報告】 1)土居浩氏(ものつくり大学)
      「人と万物との〈あいよかけよ〉
        ―『金光教教典』から読む環境世界―」
     2)猪股ときわ氏(首都大学東京)
      「酒と人と、クシのカミとー『古事記』の「酒楽之歌」から―」
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授業終了、そして気持ちを東北へ

2011-07-10 14:38:34 | 生きる犬韜
さて、ようやく春学期の授業が終了となった。節電対策の関係で当初日程より2週間早い店じまいとなったが、それでも今年は例年の3~4倍はあろうかという校務量のため、本当に「やっとたどりついた」という感が強い。前にも書いたが、金曜の授業には明らかに校務の影響が出て、学生たちに迷惑をかけてしまった。秋学期はこういうことのないようにしたいが、しかし自分がパネリストを務めるシンポジウムが2つ、プロデューサーを務める学内学会ミニシンポが1つ控えているので、やはり時間配分を工夫しなければまた同じ結果になるかもしれない。だいたい、歴史学の講義を毎年新しいテーマで行おうとすると、1コマ90分の準備に出勤日1日・休日1日は確保しないと間に合わない。今期最後の2週間は、院ゼミでの報告や補講もあったのでかなりきつく、本当に授業の始まる直前まで資料を作っていて、ギリギリで印刷し見直しもしないで飛び出してゆくような状態だった。何とかもう少し余裕をもって作業し、落ち着いて聞いていられる講義にしたいものだ。
内容的には、自分では「あまり勉強ができなかった」という印象が強いのだが、それでも、一度扱ったことのある史料は細部にわたって見直しができたし、多少は新しい着想も得ることができた。概説では、鈴木靖民氏らが唱える府官制の問題を復習し、(ちょうど院ゼミで南朝関連の史料をみていたので)5~6世紀のヤマト王権の官制がやはり中国的モデルの援用であることを確認、中臣=史官(・卜官・祝官)説に大きな裏付けを得ることができた。特講では、『周礼』や『左伝』を綿密に読むことができたし、許兆昌『先秦史官的制度与分化』にも踏み込めた。そして何より院ゼミでは、西洋史や東洋史専攻、他学科・他大学から参加してくれたたくさんの院生と意見交換し、例年より多くを学ぶことができた。概説や特講との関連のなかで、『集神州三宝感通録』と「五行志」との構成的類似などを発見できたのも収穫だった。これらは、ちょうどいま書いている単行本にもすぐに活かせる成果である。また今年は、ゼミも非常にいい雰囲気で運営できている。院生のI君がしっかり報告のフォローをしてくれるし、哲学科出身のO君がスパイスを効かせてくれるのもありがたい。3年生も、だんだん積極的に発言してくれるようになってきた。学生たちにはきつい時間かも知れないが、彼らの成長を肌で感じることができるので、ぼくにとっては「かなり」嬉しく楽しい時間である。4年生は就職活動が厳しく、みていて可哀想になるほどだが、この猛暑、身体にだけは気を付けてほしい。とにかく、今期も学生には感謝である。

それにしても、これでようやく単行本執筆と東北講演の準備に時間が割けるようになった。東北学院大学博物館のブログ、ホスト役の加藤幸治さんのブログにも紹介記事が掲載されたので、責任の重さもヒシヒシと感じている。自分でもまだ落としどころはみつけられないが、とにかく海へ乗り出さねば。…ちなみに、先週特講で学生たちに易の実践をしてもらった際、東北へ研修旅行(ボランティア活動含む)へゆくことになっているゼミ生のグループに、「元いに亨る。牝馬の貞に利し。君子往く所有るに、先には迷ひ、後には主の利を得。西南には朋を得、東北には朋を喪ふ。貞に安んずれば、吉」との卦辞を持つ坤卦が出た。よりによってあの大部な『易経』のなかから、この言葉がひねり出されるとは…やはり、卜占とは恐ろしいものである。
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やっぱりいちばんの曲

2011-07-02 20:27:24 | ディスクの武韜
YouTubeを検索していたら、鈴木祥子の「どこにもかえらない」が引っかかった。以前何度が探したが、ずっとupはされていなかった曲である。ま、ちゃんとアルバムを持っているからなくてもいいのだが(『Long Long Way Home』! ネオアコ・シーンに燦然と輝く、名盤中の名盤である)、ぼくにとっては「いちばんの曲」なのでちょっと気になってしまうのだ。このblogを開設したときも、もしテーマ曲を付けるならこれだな、と思っていた(どうか持っている人は、バックにかけながら読んでください)。

いつかウクレレでも弾けるようになって、薄暮の町を散歩しながら、口ずさみたい。
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憎まれ役

2011-07-02 13:21:38 | 生きる犬韜
少しずつだが、東北学院での講演へ向けて史資料を集め始めている。水辺への定住をめぐる環境的・歴史的・社会的諸条件、水へ惹きつけられる心性、それらを総合的に検証してゆかねばならない。相変わらず当日ギリギリまでの準備となるだろうが、3月以降考え続けてきたことが、ようやく熟成されて形をなし始めたのだ。自分のなかでも、機運が高まってきたということだろう。写真は、昨年から刊行の『東アジア内海文化圏の景観史と環境』シリーズ。地球研の共同研究の成果だが、きっちり読んでおきたい。

さて、先週から今週にかけても、授業準備の合間に校務、校務の合間に授業準備という日が続いた。ここ数日は、提出書類の不備・義務の不履行などでホフマンホールのサークル用小会議室(部室)を2~3団体共有で使わざるをえなくなったサークルへの通知(含諸注意)、課外活動特別助成応募団体への一次審査通過・不通過の通知(含アドバイス)などの業務があり、「ああ、センター長補佐の仕事というのは、基本的に憎まれ役なのだな」ということを痛感した。前者では神妙な面持ちで注意を受ける学生がいる一方、終始ふてくされた態度の者もいるし(子供である。将来が心配だ)、後者では審査の結果に納得がゆかないと食い下がってくる団体もある。学科やゼミなどで、ある程度信頼関係が築けている場合の「注意」ならよいが、まったく話をしたこともない学生との間では、この業務は表面的にも実質的にもあまり報われることがないように思う。まさに「わかりあえない大人たち」のレッテルを貼られた気分である。ま、仕方ないか。

金曜の院ゼミでは、自分で史料読解を担当し報告したのだが、準備に費やすべき時間にちょくちょく予定が入ってきてうまく作業が進捗しないのと、割り当てられている箇所が尋常ではなく長いのとで、完備した発表をすることができなかった。しかし、長すぎるテクストの読解自体が1時間では終わらず、来週に持ち越しとなったのでちょうどよかったか。講読しているのは『法苑珠林』敬仏篇観仏部感応縁だが、列挙されている霊験譚はほとんどが道宣『集神州三宝感通録』からの引用となっている。ここ数回のものはとくに、南朝の政治的事件に阿育王像の霊験を重ねてくる叙述が目立つのだが、その筆法は五行志や志怪のそれと酷似している。聴講している学部生のS君が指摘したように、『感通録』は一種の卜書であるといってもいいかもしれない。2回分短縮されてしまった特講「神秘体験と歴史叙述」でも、最後のまとめとしてこのあたりのことは話しておかないといけないだろう。昨日は古代中国における孝の身体性を介した「歴史との一体感」を前提に、易の実践をやってもらった。学生たちは、易の作業自体は面白がって取り組んでくれたが、リアクションをみると、「歴史叙述と神秘体験との関係がいまひとつ分からない」との感想もみうけられる。占夢の延長上にある『周氏冥通記』『真誥』を経て、五行志や仏教の観相行など、すべてが「悠久の過去と出会い未来を変える」実践である点については念を押しておきたい。日本にも少しは触れておかないと、学生に怒られそうだ。上南戦休講分の補講を含めてあと2回…、構成が難しいな。
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