仮 定 さ れ た 有 機 交 流 電 燈

歴史・文化・環境をめぐる学術的話題から、映画やゲームについての無節操な評論まで、心象スケッチを連ねてゆきます。

もろもろ終わる:夏季休暇が始まる

2008-07-30 19:39:29 | 議論の豹韜
春学期のもろもろが終わろうとしている。責任者になっていた委員会関係の業務が極めて繁忙で、先週の土日などは赤坂のホテル、そして勤務校の研究室へ泊まり込み徹夜で作業するはめに陥った。その徹夜明けの夕方が、また首都大オープン・ユニバーシティの最終日であったわけで、もうかなり朦朧としながら上半期最後の講義をやり終えた。内容は日本古代における地獄・極楽の定着と展開で、勤務校の特講でかけたものの特別バージョンである。六道絵や山越阿弥陀図をプロジェクターでスクリーンに映し、まさに絵解き状態で、厭離穢土・欣求浄土の境地?を開陳。遅くまで付き合っていただいた皆さんも、それなりにお腹いっぱいになっていただけたのではなかろうか。

ところで、この日も他の講師メンバーと打ち上げの飲み会に興じていたところ、猪股ときわさんから興味深い示唆をいただいた。聖衆来迎寺蔵『六道絵』の黒縄地獄幅に、獄卒が人間たちを大工道具で切り刻んでいる場面がある。加須屋誠さんらによって、『春日権現験記絵』からの道具、構図の借用が指摘されている箇所である。これを猪股さんは、「木樵や木工の道具で伐られているのは、大工さんじゃないか」というのだ。つまり、樹木を痛めつけてきた匠が、地獄で同じ責め苦を受けているというわけである。この視点は面白い。立証できるかどうかは分からないが、多方面への発想を刺激してくれるアイディアである。ちょうど6月に公刊した論文で、天台宗の固執した草木発心修行成仏論と良源との関係を指摘したところだ。六道絵のテキストである『往生要集』を著した源信は、良源の高弟にほかならない。樹木に注目する良源の伝統が、源信と浄土教を介して六道絵にまで流れ込んでいないとも限らない。極楽浄土はあくまで有情のゆくべき場所で、樹木の往生はまるで視野に入っておらず、そういう意味で、浄土教は樹木の生命を排除することによって成り立つと考えていた。もしかしたら、地獄を追究してゆくことで新たな観点が得られるかもしれない。またひとつ調べるべきネタが増えた。ありがたいことである。
※ 写真は、特講でお世話になった中央公論美術出版の『国宝六道絵』。写真がすばらしく、プロジェクターでのアップにもとてもよく耐えてくれる。

今日明日で準備をして、土曜は大山誠一さんの『日本書紀』を読む会。3月に出た『アリーナ』の合評会である。3日(日)は、なんとか午前中に金沢文庫の特別展最終日をみて(ずーっと行きたかったのだが、結局今になってしまった。この夏、時間があれば〈ないだろうけど〉『澄憲集』など読み込みたいものよ)、夜からサンライズ出雲で一路米子へ。6日(水)までゼミ旅行、この間、夜にはレポートのコピーを持ち込んで読まねばなるまい。7日(木)からは採点と原稿とお盆、17日(日)から雲南行きである。ちょっと忙しないな。
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うた:ポーニョポーニョポニョ2

2008-07-25 04:09:06 | ※ モモ観察日記
ある日の、ももとかつぽ(そう呼ばれている)の会話。

かつぽ「(朝食のトーストを焼きながら口ずさむ)フークフク いいにおい おなかがすいた 食べちゃお」
もも「(愕然として)...え? 何それ?」
かつぽ「ポニョの2番。『よーくよく 見てみよう あの子もきっと見ている』って続くんだよ」
もも「(不審気に)...誰が誰を食べるの? 誰が誰をみてるの?」
かつぽ「え? 何かを食べているポニョを、宗介がみてるんでしょ。そうすると目が合う」
もも「...なあんだ、勘違いしちゃった」
かつぽ「...恐ろしいこと考えるね」

いや確かに、『もののけ姫』の路線でいけばそうなるだろうけどね。
子供はうなされるよ。
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藤原京造営の環境史:飛鳥周辺への環境負荷

2008-07-23 16:52:12 | 議論の豹韜
春学期に行った講義のうち、特講の件はついこの間も書いたが、「日本史概説」でもかつての自分の主張を裏付ける証拠が幾つかみつかり、あらためて論文を書いてみようという気になった。2000年の延喜式研究会大会で、「藤原京造営に至る環境改変の正当化」という報告を行ったのだが、評価はそれなりによかったものの、なぜか文章化できないままに今日まで来てしまっている(恐らく、この学会で大会報告して機関誌に書かないでいるのはぼくだけだろう)。今期の概説は、飛鳥から藤原京への展開を政治情勢と環境問題を絡ませながら論じたもので、この報告が文脈の核をなしていたのだ。最新の発掘情報の整理、網羅的な史料の読み直しを行うことで、以前よりもかなり蓋然性の高い見解が導き出せたと思う。とくに、造宮と歌との関係、藤原京造営前後の飛鳥周辺の環境については、収穫が大きかった(前者は、今秋の上智史学会大会で報告予定である。ただし、ほかに日本史の発表者がいないので、部会として成立しないかも知れない)。

ところで、上記の2冊の書籍のうち、林部均『飛鳥の宮と藤原京』(吉川弘文館、2008年)は、最新の研究成果を整理するうえで非常に役立った。いい本である。末尾に、都城をめぐる環境史の重要性について述べられている点も注目される(担当の編集者は、研究仲間でもあるI氏。彼からの示唆があったのかも知れない)。
 藤原宮の造営のための森林伐採はかなり激しかったようで、田上山は現在もその森林は復旧していないという。乱開発の典型である。洪水や土砂流出などの災害を引き起こしたものと推定される。(250頁)
今でこそみずみずしい木々に覆われ、豊かな自然に恵まれた飛鳥ではあるが、飛鳥時代、とくに斉明による飛鳥の整備、天武による飛鳥・藤原地域の整備以降は、飛鳥を含めて周辺の丘陵や山には樹木は、すでに伐採されてなく、地肌が露出する殺風景な景観が広がっていたのではないだろうか。(250頁)
後の引用は、すでにぼくが8年前の学会報告で指摘し、5年前に論文にも書いたことである(「伐採抵抗伝承・伐採儀礼・神殺し」『環境と心性の文化史』下、勉誠出版、2003年、80~81頁)。今回、橿考研で日々飛鳥と向き合う研究者から、同じ内容の見解が語られたことは励みになる。しかし、林部氏の環境史的興味は、まだあまり深まっていないのかも知れない。前の方の引用は、古代史研究者がおかしやすいイージー・ミスである。この地域が林業地帯として長期にわたり伐採を受け、また近世、草肥を得るために草山化・はげ山化されてきたことは、水本邦彦氏らの研究によって実証されている(『万葉集』の「藤原宮の御井の歌」に歌われる「耳成の青菅山」には、近世の草山・柴山のイメージがだぶる)。現在の姿は、藤原宮造営の環境負荷によるものではない。今後の林部氏の環境史的アプローチに期待したい。

あとのもう1冊は、今日購入した上野誠『大和三山の古代』(講談社現代新書、2008年)。香具山の森に関するアプローチもある。楽しみな本だ。
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新たな視角:浄土と月

2008-07-21 18:12:26 | 議論の豹韜
春学期に受け持った日本史特講では、死の観念や死者儀礼について、石器時代から平安時代まで語り通した。昨年亡くなった義母への思いがそもそもの動機・牽引力で、死や死者と密接に繋がってきた自身の半生を振り返る意味もあった。始めたときはどこへ向かうことになるかまったく見通しを持っていなかったのだが、ちゃんと風呂敷を畳むことができたのは(学生への責任として)成功だったし、思いがけない発見が幾つもあったのも幸いだった。いまだ首都大での講義を残しているので詳しくは語れないが、そのひとつが浄土と月との関係である。黒田智さんが、往生伝と中秋との関係を統計的に導き出しているが、浄土や阿弥陀の図像自体にも、月を媒介にした旧石器時代からの基底的心性の痕跡があるのだ(まさに長期波動)。

それについて語りきった先週の金曜、特講を終えて『法苑珠林』講読会を開始すると、偶然にも、報告者の榊佳子さんから月/往生をめぐる貴重な示唆をいただいた。その日の割り当ては『唐高僧伝』を換骨奪胎した曇鸞のエピソードだったが、興味深いのは、やはり彼が陶弘景の茅山道教と親しかったことだろう。『真誥』や『周氏冥通記』をみれば、陶弘景の道教が観相行を重視していた可能性に気づく。後に『往生論註』を著す曇鸞も、『観無量寿経』に象徴される観相行をよく実践したと考えられる。両者の修行のありようはここにおいて一致したのだろう。ところで、この伝記中には、前後の文脈と一件無関係な鮑郎子神なる川神のエピソードがある。荒れる浙江を渡るために、曇鸞がこの神に廟を建てることを約束するのである。典型的な祟り神のパターンだが、前後の文脈との繋がりが不自然で、もともと彼に関わりのない伝承を挿入してしまったような印象がある。ではなぜ組み込まれたのだろうか。榊さんの話によれば、この川が荒れるさまは、中秋に起きる銭塘江の逆流現象と関連する可能性があるという。とすれば、ここにも月の問題が浮かび上がってくることになる。あやしいぞ、曇鸞。

講読会が終わって22:00過ぎまで歓談し、外に出てみると、夜空には煌々と照らす満月が。これもシンクロニシティというべきか。
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うた:ポーニョポーニョポニョ

2008-07-18 03:20:00 | ※ モモ観察日記
先日、iTunesからダウンロードしたのだが、耳について離れない。もはや一番の歌詞は覚えてしまった。ジブリの戦略にまんまと引っかかってしまったわけだ。
今日の夕方、例のごとく「ポーニョポーニョポニョ」と口ずさみながら食器を洗い、「やはり観にゆかねばなるまい」と呟いていたら、それを聞きつけた妻が、「君に、観にゆかないという選択肢があるようにはみえない」と難しいことをいっていた。
彼女は、「まんまるおなかの女の子」というフレーズが気にかかるらしい。どうしてかは、いわずもがなである。
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春学期終盤:夏期休暇の過密スケジュール

2008-07-17 11:39:55 | 生きる犬韜
いよいよ春学期も終わりに近づいている。昨日16日(水)から、ラストの週が始まった。
まずは「歴史学をめぐる諸問題」。ご登壇いただいた村上陽子さん、中村隆夫さん、黒田智さんのアプローチを簡単にまとめ、怪談を環境文化の視点で位置づける小ネタを披露して結びとした。意外にも、「上智に入って聞いたなかで、いちばん面白かったくらいの講義でした」との感想をもらってしまった。面白けりゃいいってもんじゃないが、うれしい限りである。やっぱり、一回一回の講義のために懸命な準備をする教員にとっては、学生の声が大変な励みになるものだ。概説のときのリアクションに驚かされ、東洋史や西洋史にいってしまった注目すべき学生たちの感想が、久しぶりに聞けたのもありがたかった。明日の特講もがんばらねば。

先週から今週にかけて、「諸問題」の後の黒田智さんと米倉迪夫さんとの飲み会、首都大OUの後の猪股ときわさん・佐藤壮広さん・三品泰子さん・稲生知子さんらとの飲み会で、いろいろな刺激を受けている。前者では、以前から構想していた、ユーラシア大陸全体を舞台にした物語の伝播と定着に関する共同研究の実現可能性が垣間みえた。近いうちに、そのための第一歩が始まるかも知れない。後者では、毎年のことながら、学問からサブカルのことまで途切れない話題に花が咲くが、ほったらかしになっている環境/文化研究会・四谷会談などを、ちゃんと定期的に開催せねばならないという思いを強くした。環境/文化については、近いうちに例会を開くべく準備しているが、やはりぼく自身に余裕がないのがネックである。藤井弘章さんが近畿へ移ってしまったのが痛い。関東の世話人をもうひとり増やして、ローテーションで例会を組めるようにするのがベストだろう。今月中に態勢を立て直したいところだ。

それにしても、8/2の『日本書紀』研究会での報告、8/3~6の出雲ゼミ旅行、8/17~22の雲南調査、8/29~31の宗教史懇話会サマーセミナー、9/16の某研究会での報告と、夏期休暇中もみっしり予定が詰まっている。〆切は8月末までに2本、9月末までに1本。お盆もあるし、9月に入れば『上智史学』の編集作業がスタート、中旬には委員会の業務も始まる。間にどれだけ休めるだろう。せめて映画を何本か観たいし、1日くらいは温泉にでも行ってゆっくりしたいものだ。

最近買った「幽ブックス」の3冊。『幽談』は、最近の京極夏彦ものでは面白い方だろう。作品ごとにテーマや描き方もまったく変えており、飽きさせない。河出の「奇想コレクション」のような趣。木原浩勝『隣之怪』は新耳袋の雰囲気そのままだが、前作同様に校正ミスが多い(確か中山市朗のもそうだった)。本人の責任か、それとも編集者が悪いのか。綾辻行人『深泥丘奇談』は、怪談や幻想小説の読み手にとっては新鮮味に欠ける。なお、『幽談』『深泥丘奇談』の装丁は凝っており、モノとしては楽しめる(なんか、「回顧と展望」のような文体になってしまった)。
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続東北逍遥?:秋田「日帰り」

2008-07-13 12:03:51 | 生きる犬韜
7/11(金)は「みなし火曜日」。ゼミの卒論指導を終えてから急いで研究室へとって返し、大澤先生と談笑中のSさんを発見。彼女は二つ下の後輩だが、日本古代史のプレゼミをとっていながらゼミでは東洋史を選択、一部に大きな波紋を呼んだ経歴の持ち主。首席で卒業した優秀な学生で(初めて会ったのは学術奨励賞の授賞式だったか?)、それだけに「ウチのゼミにほしい」と思う教員が多かったのだろう。しばらく会っていなかったが、年賀状等のやりとりは続いており、東洋史の飲み会のために上智に来るというので、その前にちょっと話をしようかということになったのだ。現在は高校で歴史の教師をしているが、なかなかに貫禄たっぷりであった。きっと学校では厳しい先生なのだろう?

Sさんと別れてから、今度は急いで荷物をまとめて東京駅へ。昨年亡くなった義母の納骨のため、8時過ぎの最終のこまちで秋田へ向かわなければならないのである。駅弁を買い込んでからぎりぎりで乗り込むと、今回の『トランヴェール』は東北妖怪特集。遠野の河童淵が表紙で、監修は小松和彦、水木しげるなども書いている。ふと、昨年のゼミ旅行を思い出した。遠野周辺は、またゆっくり歩いてみたいところである。
hTcZで講義の質問への回答を打ち込んだり、読書をしながら過ごしていると、仙台を過ぎたあたりから何だか雲行きが怪しくなってきた。雷が頻繁にひらめき、雨も酷く降っているようすである。「これはもしや...」と心配していると、案の定、盛岡の手前で車内アナウンスが流された。どうやら、田沢湖線が冠水していて新幹線の運転ができないらしい。ぼくの乗ったこまちも雫石でストップ、1時間待たされた末に、バスへ乗り換えて秋田駅へ向かうこととなった。雫石を出発したのが0時半過ぎ、深夜のこのあたりは真っ暗闇で景色は何もみえず、頻繁にやってくるカーブとトンネルで山道なのだということくらいしか分からない。満員状態だったのでさほど眠れず、ようやく2時半過ぎに秋田駅へ到着。妻の実家へ着いたのは3時ちょっと前だった。うーむ、どうやら秋田の地に歓迎されていないらしい。いや、それでも辿り着けたのだから歓迎されていると考えるべきか。占いなどだと、このあたりの解釈の仕方が未来のありようを決めてゆくことになる。プラスに受けとめておいた方が、よい結果を導き出せるだろう。

翌日は午前中に能代へ移動し、お昼過ぎに風の松原の本澄寺へうかがって納骨を済ませた。風の松原は海辺にあるものすごい数の松林で、景観も清々しいことこのうえなく、木々の間・苔むした地面のうえを吹き渡ってくる風は心地よい。それを抜けたところに立派なお寺の建ち並ぶ寺町、広大な墓地があり、なかなかに風情がある。この地域の墓は、地下にカロートが掘られているのではなく、地上にタンク状に作り、そのうえに墓石を建てる構造となっている。納骨も関東のように骨壺を直接納める形式ではなく、参列者が少しずつ抓んでカロート内へ入れてゆき、最後にはすべてを注ぎ込む。つまり、先祖代々のお骨と完全に混ぜてしまう形である。ぼくの慣れ親しんだ関東のそれより、かなり生々しい。せっかく落ち着いた気持ちがまた波立ってしまう部分もあり、(義母の場合、事情があって1年近くが経過してしまったのだが)本来は早めに終えるべき行事だったのだなと強く感じた。

夕方には能代の地を後にし、秋田を経由して東京へ。義理の弟(義妹の夫)であるM君との旅だったが、彼もかなり疲れている様子。日曜日にも仕事があるらしい。ストレス発散の気持ちもあってゴルフを始めようとしているようだが、秋田の義父もゴルフをやる。ふたりでできるのが嬉しいとのこと、ぜひ親孝行してほしい。往路の車内でし残した仕事を片付けようとしたが、疲れでうとうとして進まなかった。0時半にはなんとか自宅へ到着、結果的に日帰りの旅となった。
月曜は日本史概説と首都大OUのダブルヘッダー、準備をがんばらねば。
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トーテムの内的世界:歴史の枠組みを超えてゆく方法

2008-07-05 17:02:11 | 書物の文韜
ここのところ、会議や講義の準備がいらない帰りの電車のなかでは、先に紹介した『神なるオオカミ』の世界に没頭している。この書物、思った以上に奥が深い。今年目に触れたもののなかでは、間違いなく、ぼくの知や感性をいちばん刺激してくれるものである。狩猟・遊牧を生業とするモンゴル民族の価値観から、農耕民と規定される漢民族の文化・文明を相対化するベクトルも強く、こりゃ偽名で書かざるをえないものかもな、と納得する。
基本的には、文化大革命でモンゴル高原に下放された知識青年陳陣を主人公にした物語なのだが、彼が見聞するモンゴルオオカミの生態や遊牧民の生活習俗、言説や伝説は具体詳細を極めており、明らかに著者自身の経験に基づくものと感じられる。陳陣が新たな体験をする度に思考する内容や、漢民族としての自分と敬愛するモンゴル民族との間に抱く葛藤も、恐らくは当時著者自身が感じたものなのだろう。これは立派な民族誌であり、80年代以降の懐疑主義を超えてゆくひとつの成果といってもいい。
興味深いのは、純粋ゆえにやや単純とも思える陳陣の思考が、生態的知識から世界史の枠組みを更新してゆこうとする、そのダイナミズムである。彼は、人間や他の動物を相手に「権謀術数」の限りを繰り広げるオオカミの群れに圧倒され、遊牧民として生活するなかでその生態を詳しく調査し、モンゴル民族の軍事的知識が何千年にもわたるオオカミとの戦いによって、オオカミを師として培われたものであり、それゆえにチンギス・ハーンの帝国は世界を席巻しえたのだというアイディアにゆきつく。その世界最大の範図を持った帝国が東西をより深く結びつけ、以降の世界史のあり方を決定的に変えてしまったのだとしたら、モンゴル高原におけるオオカミと人との関わりのなかには、世界史の謎を解く鍵がある。その思索の往還には、環境/文化、ミクロ/マクロといった、「みせかけの隔たり」を軽々と飛び越えるエネルギーが溢れている。
オオカミ・トーテムに対する考察も、文化の内的理解を自然になしとげていて感動的ですらある。狩猟の担い手としては競合し、ときに家畜や自分自身さえも襲うことになるオオカミを、モンゴル民族が神として、祖先として崇めているのはなぜなのか。表面的・現世的な感情だけでは推し量ることのできない遊牧民の宗教観、オオカミに対する複雑で深い認識がそこにはある。ぼく自身も、トーテムについては、今まで概念として理解しているにすぎなかった。しかし、陳陣の思考を通じて、その内面的世界に少しだけ近付くことができた気がする。そこには確かに、〈種〉なるものの違いを超えた繋がりがあり、いいかえると、(正反対のいい方のようだが)まったく異なる存在を全身全霊をかけて理解しようとするベクトルがある。それは本当に感動的で美しく、「そんなのは人間の一方的な押し付けでしょ」という浅薄な相対主義的批判を寄せ付けない崇高さがある。ぼく自身の歴史学の立ち位置というものも、再認識させてくれる本である。
 陳陣が認めなければならないのは、輝く天の道理は、遊牧民族の側にあることだ。草原民族が守っているのは「大きな命」であり、--その草原と自然の命は人命よりも大切だ。一方、農耕民族が守っているのは「小さな命」であり、--世のなかでもっとも貴重なものは人命と生きることだ。しかし、「大きな命がなければ、小さな命もあるはずがない」陳陣はこのことばを繰り返して口にしているうちに、心が少し痛くなってきた。/ かれは歴史上、草原民族が農耕民族を大量に殺戮して追い払い、畑を牧場にしようとした数々の行為を思い出しながら、腑に落ちなくなってきた。これまでずっと後れた野蛮人の行為だと思ってきたが、老人のいうように、大きな命と小さな命という見方で判断すれば、「野蛮」という行為だけでは決めつけられない気がした。この「野蛮」には、人類の生存を守る深い文明が含まれているように思えた。もし「大きな命」という立場に立てば、農耕民族が大量に野焼きをしたり、駐屯して開墾したりすることは、草原と自然という「大きな命」を破壊し、さらに人類という「小さな命」をおびやかしていることになる。この行為こそもっと野蛮ではないのか。東洋の人も西洋の人も、みな大地が人類の母だというが、母親を殺害するのが文明なのか。(上、84頁)
 陳陣はくりかえして考えた。モンゴル草原にはトラの群れ、ヒョウの群れ、ヤマイヌの群れ、クマの群れ、ライオンの群れ、ゾウの群れがいない。これらの動物はモンゴル草原の厳しい自然環境のなかで生存できない。たとえ自然環境に適応しても、草原の残酷な生存競争には適応できないだろうし、凶暴で賢い草原のオオカミと人間の包囲討伐に抵抗できないであろう。草原の人間とオオカミは、モンゴル草原の生物の激しい生存競争のなかで、唯一、決勝戦に残ったシード選手である。草原で、編制して人間と生存競争ができる猛獣の群れは、オオカミしかいない。いままでの教科書には、遊牧民族の卓越した軍事的才能は狩りからえたものだと書かれているが、陳陣は心のなかでこの説を否定した。もっと正確にいうなら、遊牧民族の卓越した軍事的才能は、草原民族と草原オオカミとの長期にわたる、残酷で、途切れることのない生存戦争からえたものであろう。この戦争は、勢力が伯仲する持久戦であり、数万年も続いている。持久戦のなかで、人間とオオカミは、その後の軍事学上の基本原則と信条をほとんど実践してきた。たとえば、知己知彼、兵貴神速、兵不厭詐、上知天文・下知地理、常備不懈、声東撃西、集中兵力・各個撃破、化整為走、傷十指不如断其一指、敵進我退・敵駐我擾・敵疲我打・敵退我追など。/ オオカミはほぼ世界中に分布しているが、農業文明地域の深い堀や高い城壁や古い砦がないモンゴル草原に多く集まっている。このモンゴル草原は人類とオオカミが長い間、知恵と勇気を比べあってきた主な戦場である。/ 陳陣はこの筋道にそって考えつづけた。自分が中国五千年の文明史というトンネルの入り口に立っているような気さえしてきた。(上、164-165頁)
そうそう、文化大革命における下放政策の印象を変えてくれたのも収穫のひとつだ。これまでぼくのなかには悲劇的な印象しかなかったが、この書物に登場する下放青年たちは、モンゴルの広大な大地で喜々として生活し、逆に中国文明の持つ矛盾に気づいてゆく。当たり前のことだが、歴史とは多様なものである。

※ 写真は、これも先に触れたアニメ『白い牙』のサウンドトラックと、特典として付いていた複製ラフ原画6枚組(よくみたらストーリーボードだった)。A4スキャナで写し取れる範囲での公開。それほど話題にはならなかった作品と記憶しているが、アルバムはなんと2枚組で、BGMとドラマの総集編が収録されている。その後、ビデオ化もされたが、いまはアルバムも含めて絶版で、滅多にお目にかかることはできない。DVD化を強く希望する次第である。...ところで、ぼくは割合と物持ちがいい方なので、こういうお宝はとてもきれいな状態で保存している。折に触れて、このブログでも紹介してゆこうか。
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転倒:大祓だからってね

2008-07-01 03:02:50 | 生きる犬韜
徹夜で事務仕事と授業準備を終えて家を飛び出したら、雨に濡れた境内でいきなり転倒した。2006年冬、早稲田で血だらけになって以来の大転倒である。スーツを一着おシャカにし、体のあちこちにうちみや内出血。いちばん辛いのは右手の中指・薬指・小指の爪を剥がしかけたことで、板書も激痛(ってほどでもないか)を我慢しなければならず、キーボードを打つのも不自由で仕方ない。まったく、疲れていると何が起こるか分からない。
首都大OUの集まりで飲んでいたら、猪股さんが一言。「今日は大祓だからね」
...阿弥陀さんは現世利益じゃないからなあ。
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