く~にゃん雑記帳

音楽やスポーツの感動、愉快なお話などを綴ります。旅や花の写真、お祭り、ピーターラビットの「く~にゃん物語」などもあるよ。

<BOOK> 『「あんたさん、どなたですか?」―世界初のアルツハイマー治療薬の開発に成功した杉本八郎物語―』

2018年08月27日 | BOOK

【大山勝男著、合同会社Amazing Adventure発行(オンデマンド版)】

 加齢による単なる物忘れと認知症による物忘れはどう違うのか。10年近く前「もの忘れ外来」を設けている大阪府下の病院の担当医に聞いたことがある。その時の答えは「認知症になると体験そのものを忘れ、今までできたことができなくなる。日常生活への支障の有無が大きな判断材料」。そして認知症の原因の約6割を占めるアルツハイマー病について、根治は難しいが薬物療法(塩酸ドネペジルの服用)にリハビリ、適切なケアを組み合わせることで進行を遅らせることは可能、と話していた。本書はそのドネペジル(商品名アリセプト)の開発を陣頭指揮した杉本八郎氏(1942年生まれ)の半生を追う。

     

 新薬の開発は長い研究期間と大きな投資を要する。臨床試験を経て発売に至る新薬は全体の6000分の1ともいわれる。そんな中で製薬会社エーザイの研究者だった杉本氏は在職中に2つの新薬の開発に成功した。その一つアリセプトは抗認知症の新薬として日本より先に米国や英国、ドイツで承認され、エーザイをグローバル企業に押し上げることに貢献した。今では世界95カ国以上で使われているそうだ。その新薬で〝薬のノーベル賞〟といわれる英国ガリアン賞特別賞や国内最高の発明表彰である恩賜発明賞も受賞した。定年退職後は京都大学や同志社大学で客員教授を務め、創薬ベンチャーの代表も兼ねる。

 新薬開発の裏には貧しい中で子ども9人を懸命に育ててくれた母親への深い思いがあった。その母が認知症を患って、訪ねるたびに「あんたさん、どなたでしたかね?」と尋ねられ衝撃を受ける。「私は母との対話を胸に秘め、この難病中の難病といわれているアルツハイマー型認知症に有効な新薬を開発することに、研究者としての使命感を鼓舞された」。ただ創薬の道のりは平坦ではなかった。杉本氏は「化合物の探索研究に4年、安全性を確認する開発研究に4年、動物やヒトでの臨床研究に7年近くの歳月が必要だった」と振り返る。この間、会社から2度も開発中止の厳命を受けたという。まさに苦節15年だった。

 アルツハイマー病患者は今世紀半ばに世界で1億人を突破するともいわれる。アリセプトはその治療薬として最も多く使われているが、あくまでも症状の進行を遅らせる対症療法の薬剤。いま世界の研究者や製薬企業は根本的な治療薬の開発にしのぎを削る。「3つの新薬を創るのが夢」という杉本氏にとっても今後の最大の目標が根治薬の開発。杉本氏はこれまでの体験から「創薬に成功するにはまず『志有りき』」とし、「挑戦はあきらめたら終わり、成功するまでやる! 成功者とはあきらめなかった人のこと」と語る。2017年2月には認知症の研究や啓蒙予防などに取り組むため、国内の認知症研究者らと共に一般社団法人「認知症対策推進研究所」を立ち上げ代表理事に就任した。

 本書は第1章「苦労の連続の母を見ながら育つ」~第5章「アルツハイマー根治の夢 新薬にかけ―」の5章+インタビュー記事で構成する。全編を通して杉本氏の新薬開発にかける執念にも似た一途の思いが伝わってきた。杉本氏は薬業剣道連盟の会長を務め、京都で単身赴任生活を送る。カラオケでは河島英五の『時代おくれ』や中島みゆきの『地上の星』をよく歌うという。人間味あふれるもう一つの素顔も親しみを感じさせてくれた。本書は認知症の根本治療薬の開発や新しい検査方法など世界の最前線の動きを知るうえでも大いに役立ちそうだ。膨大な医療・薬事関連の文献に当たって労作を書き上げた著者に敬意を表したい。


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