お母さんと娘さんが同じギックリ腰で交互に来てくださったことが過去にあって。
でその娘さんがおっしゃるには「母がすごく喜んでました。楽になった、と言って」とおっしゃってくれたんですね。
で、腰が楽になって、、、というか、、、気持ちが、ってことなんです。
それまで、背骨のここが曲がってるから、股関節がこうだから、、、と先生にぐいぐいされてたんだそうです。
ほんで、うちに来たときに
「曲がっててもいいんですよ。それには意味があるんですから」というようなことを僕がいった(らしい。覚えてないんかいっ)んです。
それで、すっかり気持ちが楽になったそうなんです。
歪んでたらダメ!じゃなくて、歪んでても良いんですよ、ていうのがうちのスタンス。
なんでかって言ったら、歪んでるには歪んでる意味があるからです。
歪んでる「ほうが良い」という意味が。
その意味を汲み取ってあげて、なるべくムリのない方法で意味をなくしてあげる。
「ほうが良い」という意味がないと、誰も歪んだりしません。なんでかっていうと、歪んでるとツライからです。
誰が自分から進んでツライことをするでしょうか(笑)。
意味、わかります?
右肩の下がってない人がいて、進んで右肩をさげて生活したら辛くて仕方ないですよね。誰がそんなことをします?って。
じゃあ、なんで右肩の下がってる人がいるのか?
それがその時点では肩を水平にしておくより「楽」だからです。楽なことなら進んでしますよね?右肩を下げるほうが楽、という意味がなにかあるんですね。
だから、「歪み」をなくすんじゃなくて、「意味」をなくすんです。
そこから、歪んでてもいいじゃないですか。体からしたら意味のあることで、その意味を汲み取って次に意味をなくしてあげたらいい。意味を残したまま歪みを取り除くとこのお母さんのように気持ちも腰も痛いまま、体だけまっすぐになっていく、ということが起こってしまうかもしれません。
今日もありがとう。
でその娘さんがおっしゃるには「母がすごく喜んでました。楽になった、と言って」とおっしゃってくれたんですね。
で、腰が楽になって、、、というか、、、気持ちが、ってことなんです。
それまで、背骨のここが曲がってるから、股関節がこうだから、、、と先生にぐいぐいされてたんだそうです。
ほんで、うちに来たときに
「曲がっててもいいんですよ。それには意味があるんですから」というようなことを僕がいった(らしい。覚えてないんかいっ)んです。
それで、すっかり気持ちが楽になったそうなんです。
歪んでたらダメ!じゃなくて、歪んでても良いんですよ、ていうのがうちのスタンス。
なんでかって言ったら、歪んでるには歪んでる意味があるからです。
歪んでる「ほうが良い」という意味が。
その意味を汲み取ってあげて、なるべくムリのない方法で意味をなくしてあげる。
「ほうが良い」という意味がないと、誰も歪んだりしません。なんでかっていうと、歪んでるとツライからです。
誰が自分から進んでツライことをするでしょうか(笑)。
意味、わかります?
右肩の下がってない人がいて、進んで右肩をさげて生活したら辛くて仕方ないですよね。誰がそんなことをします?って。
じゃあ、なんで右肩の下がってる人がいるのか?
それがその時点では肩を水平にしておくより「楽」だからです。楽なことなら進んでしますよね?右肩を下げるほうが楽、という意味がなにかあるんですね。
だから、「歪み」をなくすんじゃなくて、「意味」をなくすんです。
そこから、歪んでてもいいじゃないですか。体からしたら意味のあることで、その意味を汲み取って次に意味をなくしてあげたらいい。意味を残したまま歪みを取り除くとこのお母さんのように気持ちも腰も痛いまま、体だけまっすぐになっていく、ということが起こってしまうかもしれません。
今日もありがとう。