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裁判員裁判を傍聴して

2009年10月24日 | ムサシ
1 先日当地の第1号の裁判員裁判の法廷が,平成21年10月6日(火)から9日(金)までという日程で4日間に亘り行われた。その前の週の金曜日の夕方,突然地元のNHKの地方支局の依頼でコメントをすることになった。元裁判官である弁護士のコメントを求められたものである。急な話であり,既に仕事の予定もあって,全部の法廷を傍聴する余裕はなかったので,他に適切な人を捜すように求めて辞退しようとしたのであるが,結局断り切れず,傍聴できる範囲でコメントすることになり,1日目と,4日目の判決後の2回コメントすることになった。傍聴券はNHKが用意してくれた。

2 事件は,交際中の男女の別れ話のもつれから,男が女の左胸を果物ナイフ強く突き刺し,傷は刃の根本まで深さ約10センチに達したが,幸いに心臓をそれ,肺も僅かに1センチそれたために,女性は奇跡的に致命傷とならず,全治11日間という比較的軽傷であったという事件である。果物ナイフが刺さった瞬間,加害男性も被害女性も死の結果を疑わず,女性が死ぬ前に海を見たいと希望し,胸にナイフが刺さったまま,2人で車で海を見に行ったが,途中女性が次第に元気を回復したというのである。そしてもう死ぬことはなくなったと思われる状態で,途中人が多数いるガソリンスタンドに立ち寄り,女性はトイレに入ったし,それ以外にも女性にはチャンスはいくらでもあったのに,救いを求めたり,逃走しようとはせず,ナイフが胸に刺さったままで刺されてから約9時間もあちこち行動を共にしたのである。被害女性が病院へ連れて行ってほしいと要望したが,男は拒否し,最後は警察に逮捕されたという不思議な事件である。

3 1日目。法壇に3人の裁判官と6人の裁判員が座った光景は迫力があり,いよいよ裁判員裁判が始まったことを実感するに充分であった。そして被告人の氏名等の確認や,起訴状の朗読,裁判長による被告人に対する黙秘権等の丁寧な説明の後で,検察官と弁護人の冒頭陳述が行われ,事件の全容,経過や背景,双方の主張,証拠による立証の全体像が明らかにされた。
 これまでは冒頭陳述は検察官が行うだけで,原則として弁護人は冒頭陳述は行わなかった。また検察官の冒頭陳述も,難解な法律用語を駆使したもので,被告人や傍聴人に分かり易いかどうかの配慮は余りなされていなかったと思われる。今回は双方ともに,とても分かり易い言葉を選び,やむを得ず難解な言葉が使用される場合にも,その言葉について丁寧な説明がなされていた。
 また冒頭陳述をする際に,検察官も弁護人も,場所をそれぞれの机の席から裁判員の正面の位置に移動し,裁判員に向かって殆ど書面を見ることなく,記憶して40分ないし45分,熱弁を振るった。どちらも中々迫力があったし,分かり易かった。

4 私は2日目は,別の事件の関係などで殆ど傍聴できず,最後の部分を少しだけ傍聴したに過ぎない。被害女性の証言は全く傍聴できず,犯行に関する被告人の供述を少し聞いただけである。2日目が山場であったと思われる。
 3日目は被害女性を治療した医師による,犯行がいかに危険であったかという証言,被告人の父による被告人を弁護する証言,刑の重さに関する被告人の供述(情状),その他の書証等の証拠調べ,そして論告と弁論が行われて結審した。求刑は懲役8年であった。そして翌日の午後,判決の宣告を聞いた。主文は懲役6年6月であった。

5 私は1日目と4日目にコメントした。当地の大学の刑事訴訟法の教授が4日間を通して傍聴され,その日ごとにコメントをされた。
 私は,裁判官,検察官,弁護人の法曹三者が,裁判員や傍聴人に分かり易い審理を心がけ,とても分かり易かったこと,裁判員がいずれも熱心に審理に参加し,的確で鋭い質問をしたこと,判決はもう少し軽い刑もあるかと思っていたこと,しかし適切な判決であったと思っていること,国民の意見が反映される裁判員裁判として,期待できる裁判がなされたと感じたこと,今後の課題として否認事件などの難解な事件について,どのような審理が行われるか,特に証拠調べがどのようになされるかについては注目していることなどをコメントした。

6 判決内容がどのような議論のもとで決まったかは分からないが,裁判員も活発に評議に参加し,率直に自分の意見を主張したようであり,裁判員の意見が充分反映された結論であるならそれでよいと思う。法律の専門家はこれまでの20件足らずの裁判員裁判について,刑がやや重いと感じるというような感想もあるようであるが,結論や量刑の妥当性については余り性急な議論はせず,見守るのがよいと思う。

7 判決では分かり易い表現が工夫されており,裁判員の意見が反映されたものと感じた。
 なお弁護士の立場の一感想として,今後裁判員裁判を担当する場合には,準備が大変だろうと心配ではある。(ムサシ)