日本裁判官ネットワークブログ
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1 「裁判官はいかなる場合にも法を守るべきか」などというと,一体何を言い出すのかと怒られそうである。しかし私は裁判官になって間もないころ,法を厳格に守ったために困ったことがあった。
 私は大学在学中の昭和40年に普通車の運転免許を取得した。自動二輪も運転できることになっている。「ナナハン」のバイクを買って,高速道を時速100キロで走ってみたいという衝動もある。
 私は教習所に行かず,大学の自動車部に入れて貰って,大学の敷地の隅にあったとても狭い練習場で,スーパーオンボロ練習車でチョコチョコと練習しては,図々しくも直接警視庁の運転免許試験場で試験を受けて不合格を繰り返し,運よく4回目で合格した。私は貧乏学生であったが,甚だ安い経費で免許を取得したことになる。私は甚だ練習不足の未熟な免許取得者であった。
2 私は昭和56年に中古車を購入しオーナードライバーとなった。宿舎の近くで少し練習した後,ある日曜日に練習のため,家族を乗せて長距離運転に出かけた。片側一車線で追越し禁止の黄色の線が引かれている交通量の少ない道路を,制限速度の時速40キロを厳格に守って運転していたところ,ふと気がつくと私の後方に10数台の車がピッタリと列をなしてくっついていた。私は裁判官なので,それでも厳格に制限速度を守って運転していたところ,ついに後続車の運転手が怒り出して,ブーブーと執拗にクラクションを鳴らされてしまった。やむなく道路の左端に停車して,後続車を全部やり過ごしたのであるが,あくまで制限速度を守って運転するか,流れに乗って約10キロの速度違反の運転をするか,困ってしまったものである。
3 その後私は転勤による宿舎の関係で,片道30キロ程度のマイカー通勤を繰り返したため,今では総走行距離40万キロ余となり,既に距離的には月までの38万キロを超えているというベテランドライバーになっているが,流れに乗って大体10キロオーバーで運転していることが多い。制限速度を厳格に守ることは事実上不可能であるが,それで格別の問題を生じていない。
4 話は変わるが,私が裁判官になって間もないころ,私の裁判長が自転車を盗まれたことがあった。自転車で1人でスナックに行き,しばし飲酒した後店の外に出てみると,自転車が無くなっていたというのである。翌日合議体で被害届けを出すべきかを議論した。裁判長は出さないと言われた。私は出すべきと主張した。今から30年近く前の話であるが,裁判長が当時の最新の三段切り替えの高級自転車を購入し,嬉しくてその自転車で飲みに行ったのである。裁判長は,被害届けを出さない理由として「裁判官が飲酒して自転車に乗ることを前提とする行動を取ってよいのか」というのである。私は返答に窮した。
5 早速道路交通法を調べてみた。正確な法の定めは以下のとおりである。「何人も,酒気を帯びて車両等を運転してはならない。」(法65条1項)とされ,「車両」は「軽車両」を含んでおり,「軽車両」には自転車が含まれている(法2条1項8号,11号)から,誰も飲酒して自転車に乗ってはならないことになる。しかし処罰については,自転車の酒酔い運転は処罰されるが(法117条の2第1号,5年以下の懲役又は100万円以下の罰金),酒気帯び運転は処罰されない(法117条の2の2)。酒気帯び運転で処罰される「車両等」から「軽車両」が除かれているのである。
6 結局裁判長は被害届けを出されなかったが,しかしその後も自転車で酒を飲みに行かれていたようだ。裁判官も自転車で飲酒しに行かないように心がけているという話は余り聞かない。ある元裁判官は酒が好きで,しばしば深酒して自転車に乗り,転倒して顔に絆創膏を貼っていた。本来なら酒酔い運転として処罰されるべき場面である。警察も裁判官が酒酔い状態で自転車を運転しても,他人に衝突させて怪我をさせたというように,他人に害を与えた場合でなければ問題にしないと思われる。裁判官が自動車で酒を飲みに出かけたということになれば,新聞などでも強く非難されるのであろうが,自転車で飲酒しに出かけたとして問題にされたことは聞いたことはない。
 私は今まで,裁判長は被害届けを出せばよかったのにと思ってきた。
7 ところが最近のテレビニュースで,ある検察官(と聞こえた)が,深夜自転車で転倒し,倒れている状態で通行人に発見され,「自転車で酒を飲みに出かけたことは間違いないが,飲酒後自転車に乗ったかどうか覚えていない。」と答えたと報道されたのを見た(正確ではないかも知れない。)。この発言は自ら酒気帯び運転ではなく,酒酔い運転であることを認めたことにほかならないと思われるが,検察庁は,「しかるべき処分がなされることになるだろう。」という趣旨の対応をしたということであった。
 私は今でもしばしば自転車で飲酒に出かけるが,そのような場合に自転車を盗まれたことはなく,被害届けを出そうかどうかと迷う場面はなかった。もっとも最近私が乗っている自転車が余りにもオンボロのママチャリなので,盗む側も私の自転車を避けているのかも知れない。
 他人に害を与えたわけではない場合にも,飲酒量が多い場合には,自転車の酒酔い運転で処罰されることになるというのであれば,いささかせちがらく,住みにくい世の中になったものだという気がする。(ムサシ)


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