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 裁判員制度について違憲論が出されていることはご承知のとおりですが,この点について,最近かなり詳細な合憲論を展開した論文を目にしましたのでご紹介したいと思います。
岩波講座「憲法」4 変容する統治システム の中に収録された土井真一京都大学教授の「日本国憲法と国民の司法参加」という論文です。全文52頁の長さですが,私なりに要約しますと,以下のとおりです。
 
 まず,大正年間に議論された陪審制度導入時の反対論としては,主として
1 帝国憲法には陪審制度についての規定がないのは,これを否定する趣旨ではないか
2 帝国憲法は,司法権は天皇大権の一つとし,司法権の独立を定めているから,陪審の  決定に裁判官が拘束されることは,天皇大権を侵し,司法権の独立に反するのではな  いか
3 帝国憲法は,日本臣民に裁判官による裁判を保障しているから,陪審裁判は憲法に抵  触する
の3点が主張され,賛否両論の激論があったが,結局,
1 陪審員は裁判官ではなく,裁判所とは別の合議体を構成して裁判に関与するにすぎな  い
2 裁判所は陪審の答申を不当とするときは新たな陪審の評議に付することができる
3 被告人には陪審を辞退する権利がある
という内容の陪審法が制定されて,陪審の拘束性が弱められたため,その後は合憲論が大勢となった。と戦前の議論を資料を駆使して紹介されています。

 次に,戦後の憲法問題調査会や帝国議会等でも陪審・参審導入の是非が議論となったが,戦前の議論を踏まえ,憲法32条の「何人も,裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」という新たな条文の解釈として,政府委員側から「本条は陪審,参審等の採用にも支障なきものと諒解する。」との見解が出されていた,というような制定経過を紹介しています。

 さらに,実質的な合憲論の根拠として,司法が国民主権の一部をなすものであり,制定経過からも憲法が陪審・参審の導入の余地を残した,と解するので自然であり,憲法に規定がない,司法権の独立を侵す危険がある,憲法は裁判官による裁判を保障しているはずである,といった陪審制度違憲論と同様の裁判員制度違憲の主張は,そのような反論を前提として議論された結果制定された日本国憲法の解釈論として説得力を持たないのではないか,と述べています。
 
 また,被告人の選択権を認めるべきかの論点については,よりよい司法制度の設立という立法政策として裁判員制度が採用された以上,被告人に他の選択ができる権利を認める,というのは整合性がない,裁判員となる義務を課することは意に反する苦役とならないか,という論点については,「憲法の趣旨に照らしてよりよい司法制度となるように,憲法の枠内において必要かつ合理的な参加を求められれば,それに応じるのが,国民主権原理に内在するところの主権者の責務でありまた権利であると解することができる。」となどと主張され,最後に,主人公は誰なのかを主人公自身が自覚しなければ,物語は始まらない,と結ばれています。

 これまで,違憲論を詳細に展開した論文はありましたが,正面から反論した文章は少なく,私も前に合憲論を内容とする小文を書いたこともありますが,それとは比較にならないほど懇切丁寧に書かれていると感じました。
 この制度について,憲法解釈上の疑問を持たれている方は少なくないと思いますので,できましたら原文を読んで頂いてご検討をお願いしたいと思って紹介した次第です。「花」


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