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先住民族関連ニュース

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未完だった百年記念塔 アイヌ民族など慰霊碑も構想 設計の井口さん「完成させたかった」

2019-05-14 | アイヌ民族関連
北海道新聞05/13 18:48
 老朽化で、建設から50年たたずに道が解体方針を決めた北海道百年記念塔(札幌市厚別区)を複雑な思いで見つめる人がいる。設計者の井口健さん(80)=札幌市中央区=。道立野幌森林公園にそびえる高さ100メートルの塔は、北海道命名100年に当たる1968年に「道民がみんなで築く躍進北海道のシンボル」をコンセプトに着工し70年に完成。だが、井口さんは「そもそも塔は造りかけで、アイヌ民族など先人を慰霊するモニュメントも設置するはずだった。完成させてやりたかった」との思いを抱き続ける。
 檜山管内今金町出身。札幌工業高卒業後、札幌の建築事務所に入った。現在の道庁本庁舎の新築工事で現場監理をしていた67年のある日、事務所に貼られた百年記念塔の設計公募のポスターが目に留まった。冬季の耐久性や空からの視認性なども条件に、道や経済界でつくる建設期成会が案を募った。道の「百年記念事業」の目玉の一つだった。
 「歴史に残る建造物を造りたい」。1級建築士になったばかりの井口さんに熱い思いが湧いた。夜を徹してアイデアを練り、ひらめいたのが、水平に近い土台部分が曲線を描いて次第に垂直になり、天に向かって伸びていくデザイン。「天をついて限りなく伸びる発展の勢い」を表現した。
 公募には299点が寄せられ、国際的建築家の黒川紀章さんら有力者も出品したが、井口案の高いデザイン性が評価され、最優秀賞に。「まさか選ばれるなんて」。まだ29歳。喜びをかみしめた。
 総工費5億円の半分は道民らの寄付で賄われた。ただ、井口案通りには造られなかった。塔の根元に隣接し巨大な石積みのモニュメントを置くはずだったが、「当時の道幹部に予算不足で造れないと断られた」。
 百年記念事業は当初から、和人の歴史観が強くにじみ、同化政策を強いられたアイヌ民族への敬意を欠くとの批判が多々あった。
 井口案にあった石積みのモニュメントには、壁面にアイヌ文様を施すとしていたが、結局、造られることはなかった。「モニュメントには、アイヌと和人、全ての先人への慰霊と感謝を込めた。記念塔のそばにあることで初めて完成たり得た」と井口さんは悔やむ。
 強度実験が重ねられ、鉄骨造りの塔が完成。外壁には「耐候性高張力鋼」という、表面に高密度のさびを生じさせて内側の腐食を防ぐ素材を使った。だが、その素材選定が災いした。
 塔は複雑な構造のため所々雨水がたまりやすく、壁面の腐食が思ったより進み、近年はさび片が幾度も剥落。訪問者を危険にさらした。道が2年かけて有識者に塔の安全性について聴くと危険視する意見が相次ぎ、昨年末に解体方針を決定。跡地に「将来の北海道を象徴する」モニュメントを新たに作ることも決めた。
 4月に鈴木直道知事が就任し、塔の解体時期や新モニュメントの議論も始まる。「塔が危険なのは百も承知。願わくば、北海道の自然の厳しさに任せるまま朽ちるのが一番なのだが」。違う未来を見ていた井口さんは、それ以上語らない。(小林史明)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/304619

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厚岸に残るアイヌ民族伝説

2019-05-14 | アイヌ民族関連
北海道新聞 05/13 16:00
町海事記念館の元学芸員解説
 【厚岸】町内にはアイヌ民族の伝説がいくつも残されている。弟子屈町出身のアイヌ文化研究家、更科源蔵らが残した記録を、3月末まで町海事記念館の学芸員として研究してきた車塚洋・町教委管理課長補佐の解説で読み解き、紹介する。(村岡健一)
■カキはパシクル沼から 太刀沈め神にもらう
 厚岸のカキの起源は釧路市音別と白糠町の境にあるパシクル沼であるという伝説が残されている。
 旧市立釧路図書館の初代館長で郷土史家の故佐藤直太郎による「続・佐藤直太郎郷土研究論文集」では、「その頃、厚岸には牡蠣(かき)がなかった。ある飢饉(ききん)の年、厚岸の長は立派なタンネップ(太刀)を持って来て、沼の神に牡蠣を分けてくださるようお願いして、太刀を沈め、牡蠣をもらって帰った。それから厚岸湖に牡蠣ができるようになったが、パシクル沼の方はだんだん減ってなくなった」などと記述がある。
 その他にも、厚岸のカキはパシクル沼から来て、そのパシクル沼には十勝から一人の若者が稚貝を船に積んできて放した、という伝説もある。なお、現在の厚岸のカキの大部分は、宮城県産の種苗を厚岸で育てたものだ。
■山がけんか 負けて国後まで逃亡
 このほかにもカキにまつわる伝説がある。更科源蔵らの「北海道の伝説」によると、「厚岸湖の中のカキ島のところに切り立つような高い山があった。その山が阿寒の山と仲が悪く、よくけんかをしていたが、阿寒の山には兄弟が多いので、カキ島の山はついにけんかに負けて、ここを逃げ出すことになったが、その時厚岸(コタン)の人たちに形見としてカキ貝を残していったのが今のカキ島」。
 「逃げ出した山は途中、霧多布の琵琶瀬(びわせ)(ピパシエイ=貝殻のある所)で一休みして振り返ってみたところ、相変わらず阿寒の山々がこっちをにらんでいるので、ついに千島の国後の島まで逃げていった。それが現在の爺爺山(ちゃちゃやま)(国後島の爺々岳《ちゃちゃだけ》)で、爺爺山の麓の海岸にカキのあるのはその証拠。途中で休んだ琵琶瀬にも貝殻が残っている」などと記されている。
 車塚課長補佐によると、厚岸のアイヌ民族は国後島に交易に訪れていたといい、広い交易圏がスケールの大きな伝説の形成に影響した可能性がある。
■巨木・逆水松(さかさおんこ) 老婆が刺して根付く
 厚岸のアイヌ民族は、十勝管内浦幌や陸別のアイヌ民族と攻防を繰り返したり、冬の食糧難で釧路市の春採湖の魚を狙って遠征したりした―など、広範囲に活動していたことをうかがい知ることができる。
 厚岸湖を見下ろす「お供山(そなえやま)」の山頂に立つイチイの巨木は、枝が根のように広がり、逆さまに生えているようにみえることから「逆水松」の名前がついた。高さ7.7メートル、幹の回りが4.42メートルある町指定天然記念物。この木にまつわる伝説もいくつかある。
 道庁の「北海道の口碑伝説」によると、厚岸のアイヌ民族の長が不在の時、飢饉にあった阿寒や網走などのアイヌ民族が食料を求めて攻め寄せてきた。男勝りの老婆ツクニが一族を引き連れてチャシに立てこもったが、敵の毒矢に当たって倒れた。無念の形相で手にしていたオンコを地面に突き刺し「われは死すともこの地を敵に渡さじ。神様なにとぞ守りたまえ」などと言い残して死んだ。その後、オンコは根を下ろし枝を張ったという。
 一方、更科源蔵らの「北海道の伝説」では、アイヌ民族の老婆が、アイヌ民族の反乱の際、和人の子供を隠して助け、松前藩主から褒美をもらった。それを知ったアイヌ民族が老婆を憎んで殺気立ったので、老婆は1本のつえをつきながら逃げて大きな岩穴に隠れた。恐ろしくて穴から出ることができず、つえを穴の口に立てたまま死んでしまった。そのつえに根が生えて成長したのが逆水松だという。
 車塚課長補佐は「伝説は史実かどうかは分からず、荒唐無稽に思えるものもある」としながらも、「アイヌ民族の生活の指針や歴史認識が含まれており、秘められた意図を読み解くことが大切だ」と強調している。
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/304568

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<新刊と文庫>「手記 札幌に俊カフェができました」など

2019-05-14 | アイヌ民族関連
北海道新聞 05/12 05:00
<単行本>
◆手記 札幌に俊カフェができました 古川奈央著
 詩人・谷川俊太郎に魅了されたフリーライターの著者が札幌に「俊カフェ」(中央区南3西7)を開業するまでの道のりをつづる。一ファンの熱意に応え、協力を惜しまない詩人の人間性に心打たれる。店づくりから資金調達、開業後の運営まで、カフェの指南書としても読める一冊。(ポエムピース 1512円)
◆フードスタディーズ・ガイドブック 安井大輔編
 社会科学、人文科学の視点から研究された、食に関する優れた文献を紹介するブックガイド。料理番組についての研究やラーメンの歴史など、文献としてだけではなく読み物としても楽しい書籍も数多く紹介されている。多様で面白い観点からの食に関する研究に驚かされる。(ナカニシヤ出版 2808円)
◆数学の贈り物 森田真生著
 大学の研究室などに属さない在野の数学研究者が、自由な思考をみずみずしい言葉でつづったエッセー集。著者は、数学を軸にしながらも、人間とは何か、人生とは何かなどの探求を続けている。道元禅師の著書や古代ギリシャの数学の古典など、思想や数学が日々の暮らしと無縁でないことが自然に伝わってくる。(ミシマ社 1728円)
◆アネサラ シネウプソロ 語り・遠山サキ 聞き書き・弓野恵子
 昨年12月、90歳で亡くなったアイヌ女性の自伝。差別に直面した幼い日や、子育てが終わり民族文化の復権に目覚めた日々など、大地とともに生きた道のりが力強い言葉で語られる。アイヌ文化アドバイサーとして活動する長女が聞き書きしてまとめた。(地湧社 1944円)
◆釜石の風 照井翠著
 岩手県釜石市で東日本大震災に遭った高校教諭で俳人のエッセー集。震災直後から今までの経験をつづった俳誌や新聞の連載をまとめた。津波にのまれた友人を助けられずに悔やむ男子生徒、一度は津波に流されながら電柱にしがみつき、生き延びた泥まみれの女子生徒―。俳句とともに紹介される出来事すべてが胸に響く。(コールサック社 1620円)
<文庫・新書>
◆読まずにすませる読書術 鎌田浩毅著
 読書についての著書もある京大教授の火山学者が、より良い読書術を伝授する。読まなくていい本を選び、読むべき本だけを読む。一冊全部ではなく、必要部分だけ読む。今読まない本は後になっても読まないので、ためない。読むために読まないことに留意しようという視点がユニークだ。(SB新書 864円)
◆漫画超進化論 石ノ森章太郎著
 1988年に行われた小池一夫、藤子不二雄Ⓐ、さいとう・たかを、手塚治虫との対談集。彼らは映画に影響を受け、キャラクターよりドラマ性を追究した。時代とともに移ろう漫画の姿が浮かび上がるとともに、漫画というメディアの可能性が伝わる。現在のネット時代を予感させるやりとりも興味深い。(河出文庫 799円)
◆移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線 出井康博著
 アジアの貧しい国々からの留学生が低賃金・重労働の現場で働く実態を追ったルポ。急増する留学生の大半は出稼ぎ目的で、日本語学校の学費やブローカーへの手数料で多額の借金を背負っている。外国人労働者の中でも最底辺に位置する「偽装留学生」の存在が、徹底した現場取材で暴かれる。(角川新書 994円)
◆災害と生きる日本人 中西進、磯田道史著
 地震や津波、台風など自然災害に襲われ続けてきた日本人の精神を、万葉集研究の大家と歴史学者が探った対談本。「万葉集」に詠み込まれた人間観や寺田寅彦の「減災」思考など、災害列島・日本の進むべき道を学ぶ。(潮新書 880円)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/304483

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縄文人のすべての遺伝情報が初めて解読される

2019-05-14 | アイヌ民族関連
テレ朝5/13(月) 23:28配信
 縄文人のすべての遺伝情報が初めて解読されました。現代の日本人が一部の遺伝情報を受け継いでいるほか、縄文人が韓国人や台湾の先住民などとも遺伝的に近いことも分かりました。
 国立科学博物館などの研究チームは13日、北海道の礼文島にある船泊遺跡で見つかった約3800年前の縄文人の女性の奥歯からすべての遺伝情報の解読に成功したと発表しました。解読の結果、東京在住の人の遺伝情報の10%が縄文人から受け継がれていることが分かりました。アイヌのヒトは70%、沖縄のヒトは30%でした。また、日本人よりは割合が下がるものの、韓国人や台湾の先住民「アミ族」なども縄文人と遺伝的に近いことが分かりました。研究チームは縄文人の祖先が1万8000年から3万8000年前に大陸のグループと分かれ、東アジアの沿岸部を北上しながら複数の集団に分かれて日本列島に入ってきた可能性があるとしています。このほか、縄文人の体が脂肪分の多い食料を消化するのに適していたことなどの医学的な特徴も分かり、現代人の遺伝的な病気の起源を探る手掛かりになるとしています。
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20190513-00000065-ann-soci

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縄文人の遺伝子は肉食向き ゲノム解析で狩猟生活裏付け

2019-05-14 | アイヌ民族関連
産経新聞5/13(月) 17:59配信
 縄文人は現代の日本人と比べ肉や魚を消化しやすい遺伝子を持ち、遺伝的な多様性は低いことがゲノム(全遺伝情報)の解析で分かった。国立科学博物館などの研究チームが13日、発表した。縄文人が狩猟や漁労を中心に小集団で生活していたことが遺伝情報からも裏付けられた。
 チームは北海道・礼文島の船泊遺跡で出土した3500~3800年前の縄文女性の骨から採取したDNAを分析。その結果、肉など高脂肪食の消化を効率的に助けるタンパク質を作るよう遺伝子が変異していることが分かった。アザラシなど肉食が中心の北極圏のエスキモーに多くみられる現象で、現代の日本人にはみられないという。
 また、ゲノムの多様性が低い状態が約5万年にわたり続いていたことも判明。小集団で生活していたことを示すもので、獲物を求め移動を繰り返す縄文人の生活を反映しているらしい。
 このほか日本人全体ではゲノムの10%、アイヌ民族ではゲノムの70%が縄文人に由来することが分かった。また、縄文人は1万8000年~3万8000年前に大陸民族から遺伝的に分かれたことも判明した。
 国立科学博物館の篠田謙一人類研究部長は「縄文人の特性がかなり分かってきた。今後は日本人の成り立ちとの関わりも解き明かしたい」と話している。
 この縄文女性は40~50歳代で身長140センチ台、瞳は茶色で毛髪が細く縮れアルコールに強かったことなどが既に判明している。チームは昨年、顔の像を復元し、さらに詳しく調べていた。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190513-00000548-san-sctch

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縄文人DNAは10%

2019-05-14 | アイヌ民族関連
共同通信2019年5月13日 / 20:20

 現代の日本人は祖先の縄文人が持っていたDNAの約10%を受け継いでいるとする研究結果を、国立科学博物館のチームが13日発表した。縄文人のゲノム(全遺伝情報)はこれまで部分的に解析できていたが、初めて解読した全ゲノムに基づいて分析した。
 日本列島には朝鮮半島から3千年前に弥生人が渡来し、縄文人と混血したとみられている。現代人が受け継いだ「縄文人ゲノム」の割合は、北海道に住むアイヌ民族と沖縄に住む人で高かった。チームは「日本人の複雑な起源を知る手掛かりになりそうだ」としている。
https://jp.reuters.com/article/idJP2019051301002484

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山菜採りとアイヌ料理【平取】

2019-05-14 | アイヌ民族関連
日高報知新聞2019.05.13
【平取】イオル再生事業を推進するアイヌ民族文化財団主催の「キナアカラ(山菜採り)」体験交流事業が11日、二風谷地区のイオルの森周辺で開かれ、札幌からやってきた親子を含む町内外の74人がピクニック気分で旬の山菜採りとアイヌ伝統料理の試食を楽しんだ。
 午前9時に二風谷生活館に集合。二風谷ダム湖対岸にある、町がカツラ、クルミ、エンジュ、オヒョウニレなど工芸素材の広葉樹を植栽し、複層林づくりを進める「イオルの森」へバス2台で移動。
 山菜採りの前には清流の小川の岸辺でアイヌ民族文化財団アドバイザーの貝沢守さんらによるカムイノミが行われ、自然の恵みをもたらしてくれた森の神々に感謝の祈りを捧げた。
 このあと参加者は山菜採り名人たちの案内で小沢途上に自生するフキ、ニリンソウ、ミツバ、スドキ、ギョウジャニンニクなど旬の山菜を見つけ採取した。
 名人から「フキは虫食いの無いものを選んで。毒草トリカブトはすでに大きくなっているので見間違えることはない」などと教えてもらい、新緑の木立の合間や沢の斜面を探検し、小川のせせらぎの音を聞きながら1時間半ほどかけて山菜採りを楽しんだ。

イオルの森で山菜を採る参加者たち
 この日は二風谷ダム流域治山・治水連絡協議会による「にぶたに湖周辺自然観察会(春)」も同時開催され、山菜採りを終えてから沙流川歴史館も見学した。  昼食は、二風谷生活館で伝統料理「キナオハウ(山菜汁)」の試食会。この日収穫した山菜を水洗いし、束ねて素早くゆでて水にさらしてアク抜き。豚肉とジャガイモの味噌汁に形のわかるように下ゆでした山菜を刻まずに入れて完成。みんなで旬の恵みをおいしく味わった。
http://www.hokkaido-nl.jp/article/11605

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白老の新ホテル、アイヌ文化発信

2019-05-14 | アイヌ民族関連
朝日新聞 2019年5月13日09時20分
象徴空間の隣、食とアート
 白老町の公募に応じて民族共生象徴空間(ウポポイ)に隣接する町有地に新ホテルを建設する札幌市の不動産投資会社「パーフェクトパートナー」(末岡由紀代表)が、事業概要を発表した。アイヌ文化・自然との「共生」をテーマに、「食」と「アート」で、アイヌ文化の発信を目指す。
 町は来年4月のウポポイ開業に向け、隣接するJR白老駅北側の町有地1・5ヘクタールを「観光商業ゾーン」と位置付け、公募型プロポーザルを実施。外部有識者らの審査を経て、パーフェクトパートナー社と7日に事業協定を結んだ。
 同社によると、新ホテルは約1700平方メートルの敷地に木造2階建て延べ床面積約1千平方メートル、個人客向けのツインルームを中心に全20室を予定。ほかに、宿泊客以外も利用できるレストランとアイヌアートミュージアムを併設する。来年4月の開業を目指すという。
 店舗デザインは札幌市の「アトリエテンマ」(長谷川演代表)が担い、同町虎杖浜でホテルを運営する会社が事業協力する。末岡代表は「今からわくわくしている。地元に密着し、アイヌ文化を食とアートで感じられるホテルを目指したい」と話した。
 観光商業ゾーンではホテル以外の事業者はまだ決まらず、町は6月にも再募集を予定している。
 (深沢博)
https://digital.asahi.com/articles/CMTW1905130100005.html?_requesturl=articles%2FCMTW1905130100005.html&rm=150

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