ひとり旅への憧憬

気ままに、憧れを自由に。
そしてあるがままに旅の思い出を書いてみたい。
愛する山、そしてちょっとだけサッカーも♪

劔岳 平蔵谷:なんじゃこりゃ?!

2015年09月17日 00時49分22秒 | Weblog
平蔵谷を登り始めて2時間近くが過ぎていた。
「ふぅー、やっと腰を下ろせるな・・・。」
岩の上にどっかりと腰を下ろし、ゆっくりと水分補給をした。
万年雪の雪渓とはいえ、夏の直射日光がまともに当たればそれなりに暑い。
額から流れ出る汗を拭い喉を潤した。

これから先、雪渓はあと僅かだが、すぐにカニのタテバイが待っているし、何か食べておこうと思った。
見上げれば平蔵の頭を下りてきた登山者がコルで休憩しているのが見えた。
話し声さへも聞こえてくる。

一服してから装備を確認。
アイゼンよし。ピッケルよし。ヘルメット(あご紐)よし。忘れ物無し。
雪渓のラストスパートだ。

相棒のモン太君。
モン太君の後方に写っているのが休憩したガレ場。

いよいよもって勾配がきつくなってきたが、雪渓の終点は既に見えている。
「ここまで来ればもうちょっとだし、アイゼンを外せるなぁ。」
少し嬉しくなってきたが、ここに来て最後の難所が待ち受けていた。
雪渓を横断するように真横に一直線の亀裂が走っていた。
しかも幅は広く、どう見ても一端下りなければならなそうだった。

一本目の亀裂(段差)を下りる。
壁の高さはそれほどでもなくピッケルを振りおろせばピックの先端は上に届いた。
全体重をピンポイントのピックの先端だけに預けることになるのだが、しっかりと雪に食い込んでくれており安心してキックステップをすることができた。
「去年の長治郎雪渓でもこんなことまではしなかったなぁ。」
感心するような思いで雪壁を登り越えた。

すると2本目の亀裂(溝)が走っていた。
ここもそれほどの深さはなく、ピックの先端は何とか届いてくれた。
しかし、真夏の雪壁はかなり思い切ってキックステップをしなければアイゼンの前爪を十分に差し込むことはできなかった。
「ガシュ! ガシュ!」ってな感じで、力を込めた。
本来であれば「振り子」の要領程度でも十分なのだが、それではすぐに雪が崩れ落ち、足が宙ぶらりんとなってしまった。

「ガンバレー!」
突然左の方から声が聞こえた。
顔ははっきりとまでは見えなかったが、他の登山者が自分を応援してくれたのだった。
「ありがとー!」と言って返すが、この時は正直言ってしんどかった。
2本目の溝を乗り越えたと思ったら、なんとまたまたあるではないか。
「おっと、3本目か・・・え~なんじゃこりゃぁ。」
溝の手前で立ち止まり、その深さに困惑してしまった。
「下りたとしても、どうやってこの高さの壁を・・・」
しばし考えた。
そして右に左に移動しながら、安全に下りられるポイントと、登る時にできるだけ低い雪壁のポイントを探した。

本来であれば危険なことであり、近づかないほうが良いことは知っていたが、右側(タテバイ方向)へと雪渓を移動し、シュルンドへと潜り込んだ。
思っていた以上に深さがあり、身の危険を感じた。
素早く亀裂の中央部方向へと移動し、乗り越えられそうなポイントを探した。
「まいったなぁ、最後に来てこれかよ・・・。」
ため息が出そうな高さの雪壁だった。

どこを見ても3mは越えている。
いや、どこかにはあるはずだと思い、奥へと溝の中を移動した。
平蔵の頭方向へと移動していると「ここだったら」と思えるポイントを見つけた。
手を伸ばしてみる。
おそらくは2m50㎝程の高さと推測した。
こんな時、バレーボールをやっていたことが役に立った。
つまりネットの高さとほぼ同じだったのだ。
「ここなら・・・ここしかない。」
一番奥の岩へ登ってしまおうかとも考えたのだが、さすがにシュルンドが怖く、それだけはできなかった。
腕を思い切り伸ばしピッケルを振り下ろす。
壁の上の方には届いたが、今度ばかりは余っている左手も使わなければ登れそうになかった。
左手で壁の雪をホールドしようとするが、為す術無し。
何度か繰り返したが結果は同じだった。
ダブルアックスでもあればクリアできるのだろうが、まさかそこまでの装備は持ち合わせてはいない。
「焦るな、考えろ・・・考えろ。何か方法はあるはずだ。」
自分に言い聞かせながら、無い知恵をめぐらせた。
「ひょっとしてこれなら。」
そう思って取り出したのは、三脚だった。
短く縮めても25㎝ほどはある三脚だ。
右手にピッケル、左手に三脚。
あとは思い切り前爪をけり込み、目の前の雪の壁を乗り越えるだけだ。

我ながらいいアイデアだった。
三脚の先端は丸みを帯びており、それほど深くは刺さってくれなかったが、あくまでも補助的な役割を果たしてくれれば十分だ。

ピッケルの2発目は雪渓の表面を刺すことができた。
すると再び「ガンバレー!」という声援が聞こえた。
う~ん、返事をしたくてもちょっと・・・。
「ピッケルが見えた。もうちょっと! もう少し!」
今度は女性の声だった。
よ~し、がんばっちゃおう♪

その時の体勢は、ちょうど上半身だけが雪渓の上に出ており、下半身はまだ溝の中だった。
アイゼンの両方の前爪は、雪の壁に深く突き刺さっている。
あとはどちらかの前爪に力を入れて踏ん張り、片足を雪渓の上に出しさへすれば乗り越えられる・・・はずだった。

左足の前爪で踏ん張り、右足の前爪を外して上まで出そうとした時だった。
一瞬顔が歪んだ。
激痛と言っても過言ではない痛みが右足のふくらはぎあたりに走った。
「ひょっとして刺したか・・・」とも思ったが、こんな時に限って「がんばってぇ~♪」という黄色い声が(笑)。
「いっ痛ぇー!」と声を出すことを恥じらい、我慢した。

左足の前爪は、雪の壁の中には踏みとどまってくれず、はずみで右足を刺してしまったことは間違いないだろう。
だが、どの程度の傷なのかは分からない。(見えないし、この体勢では見ることは無理)
思い切り踏ん張ってしまっただけに不安だったが、とにかく今はここを乗り越えて雪渓の上に全身を置くことだけを考えた。

痛みはかなりあったのだが、再びキックステップで蹴りこみ、壁を越えることができた。
「おぉ~やったー」
という声が聞こえてきたが、その声に応えるだけの気持ちの余裕は無かった。
急斜面の雪の上に仰向けになり、「ハーハー」と荒い息づかいを整えるのが精一杯だった。
「やっちまったかぁ・・・。傷が気になるな。」
心臓の鼓動と同じリズムで右足にズキンズキンと痛みが走る。
そのくせ夏の太陽と澄み渡った碧空が、これでもかという程に眩しかった。
仰向けになりながら、碧空を見つめたままそっと傷口付近を指で触れてみた。
雪が付着して濡れた感じとは明らかに違う湿り気と、ヌルッとした感覚があった。
指先を目の前に持ってくると赤いものが付着していた。
「やっぱりか・・・。」
上半身を起こし右足を見た。
スパッツのすぐ上、ふくらはぎの上部のトレッキングパンツに穴が空いていた。
そしてその穴の周りは赤黒く染まっていた。

劔岳 平蔵谷:見えてきた!

2015年09月06日 01時03分48秒 | Weblog
去年のこの時期に登攀した長治郎谷よりも、雪面はやや緩いような気がした。
もちろんそれは違っていて当然のことであり、日によっても、一日の時間帯によってさへも状況はめまぐるしく変わる。

雪渓の両サイドは岩壁となっており、大なり小なりのラントクルフト(シュルンド)だった。
当然近づくことなど危険すぎてできない。
どの程度のシュルンドであるのか見てみたい思いを抑えながら登攀を続けた。


平蔵のコルと思われるポイント付近はまだガスに覆われてはいたが、碧空の範囲の方が明らかに広い。
碧空に向かって登って行くような気分であり、またそれが登攀意欲を駆り立ててくれた。
だから本当はもう少しピッチを上げて登りたかったのだが、それはやめた。
スタートした時と同じ、200歩登っては30秒程立ち止まり息を整えることを繰り返した。

今のところ座って休憩をできそうなポイントは何処にもない。
立ったまま行動食を食べたり一服したりした。
「あの先に見える岩が安全そうだったら、そこで腰を降ろして一本とるか・・・。」
予定している休憩ポイントあたりを地図で確認すると、平蔵のコルまではそう距離はなかった。
問題はその斜度だ。


特に何も考えず(もちろん落石には注意)、心の中で「1、2、3、・・・78、79、・・・143、145・・・」と、歩数だけを数えながらゆっくりと雪渓を登った。
「あそこまでもうすぐだ。あ~ゆっくりと座って煙草が吸いてぇー!」
思わず言葉として出てしまった。

さすがに日の当たる雪渓は緩い。
斜度も幾分増してきているだけに、ここからが平蔵谷の勝負所だろう。
見上げれば右手前方に、劔のてっぺんがはっきりと見えてきた。
いやが上にもテンションが上がってくるのが自分でも分かった。
「やっとお出ましか。」
しばしその場に立ちつくし、劔岳を見つめた。
やっぱりいい! 何と言ってもこの山はいい!
簡単に近づける山ではないが、だからこそ毎年登りたくなる。
決して飽きることのない山なのだ。

最近読んだ山岳書籍の一節を思い出した。
『人跡の少ない登山ルートともなれば、自然の優しさだけでなく怖さをも体験できる。そして日常生活という文明に守られていない自分に気付き、自分を見つめ直す機会となる。』
今が将にその時なのだろう。
と言うよりは、自分の場合「その時」ばかりが多いような気がする。

振り返ってみた。

「おぉ~結構登ってきたんだなぁ・・・。」
しみじみと思うのだが、振り返ってみて初めて実感として分かったことがあった。
標高を稼げばそれだけ斜度が厳しくなってきているという事実だ。
「最後はもっと厳しいんだよなぁ・・・」
そしてもう一度コルの方を見上げてみると、赤や緑や黄色の針の穴程の点が右に左に動いているのが見えた。
「人だ」
だったら、やはり右手のあのあたりが「タテバイ」ということで間違いない。
雪渓の終わりは、即ちタテバイへの登りを意味しているのが平蔵谷なのだ。

やっと予定していたポイントに到着した。
右側は雪が崩れ落ちていてかなり危険だ。
幸いに左手のガレ場地帯と雪渓との隙間はしっかりと埋もれており、安全に岩場(ガレ場)に登ることができそうだった。

アイゼンを装着したままで岩の上を登るのは久しぶりのような気がした。
「ガリッ! グギギーッ!」という音と共に、横岳や赤岳を思い出した。

「さて、何か食べよう。」
軽く行動食を摂り、水分補給。
そしてゆっくりと腰を据えて煙草に火を付けた。
自分のいるポイントから、一般登山道の人達の姿ははっきりと見えた。
と言うことは、あっちからも自分の姿がよく見えているということになる。
このルートを登攀しているのは自分独りだけ。
なんか嫌だ・・・。
登山技術に長けている訳でもないし、体力に自信があるわけでもない。
見られながらの最後の雪渓登攀になりそうな気がした。