ひとり旅への憧憬

気ままに、憧れを自由に。
そしてあるがままに旅の思い出を書いてみたい。
愛する山、そしてちょっとだけサッカーも♪

やっとツーリング:ACCIDENT

2011年09月29日 21時50分45秒 | Weblog


この写真をよ~く見てほしい。
どこかが変だ。
そう、ギヤのチェンジペダルが外れてしまっている(汗)。


8月6日(土)。
O氏と自宅近くのICで待ち合わせ。
更に、北関東道「波志江PA」で、他のメンバーと合流する予定だ。
朝8時にスタートし、順調に北関東道を群馬方面へと走らせていた。
メンバー全員が揃う予定時刻は9時30分。
いたって順調だった・・・・・。

波志江PAが前方左手見えた。
ブレーキをかけ速度を落とし、ギヤを落とそうと、ごく当たり前の操作をするべく左手でレバーを握り、左足でチェンジペダルにブーツのつま先を乗せようとしたのだが、「あれっ、空振り?!」もう一度、「やっぱり空振りだ。なんで・・・」
左下をのぞいてみると・・・「うっそー!!! なんでだよ、チェンジペダルが外れて空中でぶらぶらしているじゃないか!」
一瞬目を疑う光景に、現実を受け入れるのに数秒かかった。
それほど、絶対にあり得ないことが起きていたのだ。

あわてたらまずい。絶対にこける。
ましてやここはまだ高速車道。へたすりゃ命取りだ。
とりあえずウィンカーを出し、80㎞近い速度でPAへの道へとそれた。
本来であればもっと速度を落として入るべきなのだが、落としすぎてバイクが止まってしまえばその場でアウト。
シフトチェンジができない以上、危険を承知でPAへと入り、なんとか駐車場の隅へと滑り込んだ。



考えてみれば、身の毛がよだつほどゾッとすることだ。
おそらくは高速走行中にペダルは外れたのだろうが、いつ、どこでそうなったのかはわからない。
よくぞ生きてたなぁと思う。
一歩間違えば外れて空中でぶらぶらしていたペダルがタイヤの軸と絡み、バイクは転倒。いや、その場で急ブレーキがかかった状態のようになり、自分の体だけが前方に投げ出され、路面に叩きつけられて即死。
そうなっていてもおかしくない状況でずっと高速を走っていたのだ。
運が良かったではなく、悪運が強かったと言った方が適切かな。

思い当たる節があった。
3月11日の、あの大震災の日。
自宅に戻ると、バイクが左側に転倒していた。
おそらくはその時にチェンジペダルに負荷がかかり、ボルトやカラーに何らかの影響が生じ、結果として外れやすくなっていたのだろうと推測する。
あの時の高速走行を思い出すと、今でもゾッとすることだ。

こんなアクシデントが起きたときこそ最大の力を発するのがSU氏である。
JAFに連絡を取り、近くの部品屋まで搬送。
そこに部品が無いと分かるや、途中で見かけた他のバイク屋に出向き、代用部品で応急処理を施してくれた。
とてもじゃないが自分一人ではどうすることもできなかったことだ。


このアクシデントで結局は約3時間もの遅れを生じてしまった。
目的であった幾つかの峠越えをやめ、再度高速に乗り時間の調整をした。
バイクのことよりも、みんなに迷惑をかけてしまったことでかなり気落ちした。
なかなかツーリングを楽しむという心境にはなれず、半日は無口になってしまった。

本当に面目ない。

やっとツーリング:思い出の野沢温泉

2011年09月28日 21時37分12秒 | Weblog
毎年8月初旬の土日を利用し、いつものメンバーで泊を伴ったツーリングへと出かけるのが恒例になっている。
今年もその時期がやってきた。

コースや時間配分、見学箇所、温泉、民宿、キャンプ場などの宿泊形態とその予約。
メンバー全員の意思の確認をして例年は自分が計画立案をし、実施計画書を作成している。
だが、今年の夏は「劔岳」の計画だけで結構多忙を極めた。
そこでO氏に依頼。
「峠越え」をメインとしたコースをチョイスし、一泊で長野県は「野沢温泉」へと出かけることになった。

「野沢温泉」。
その名は学生時代から耳にこびりついて離れない名前だ。
そう、思い出したくもない地獄の夏合宿を毎年8月にそこで行ったのだ。
朝の6時からいきなり上り坂をスキー場まで走る。
「一体これが何の役に立つってんだ?! 早朝マラソンをする意義がわからん!」
そう思いながらも、文句の一つも言えるはずもなく・・・。
9時~12時まで練習。14時~17時まで練習。でもって夜も2時間近くも走ったり筋トレしたり。

唯一の楽しみは食事・・・ではない。
食事など気の休まる暇がなかった。
常に先輩の茶碗の状況を気にし、「ぼちぼちお代わりかな」というころ合いになるやいなや、さっと近づきお代わりの確認作業。
風呂と言えばもちろん背中流し。
部屋に戻れば先輩のマッサージ。でもって先輩からの合宿の洗礼を受けた。
この洗礼、ちょっとブログではまともに書けないことばかり(笑)。
つまりは下ネタだ(笑)。
だが、この洗礼を受けることにより、やっと部員として認められる。
なんともやっかいな儀式だった。

それでも楽しみが無かったわけではない。
*その1
練習が終わり、体育館から民宿に戻るまでの途中に何件かの店がある。
その店に寄り、「ファンタオレンジ」を一気飲みするのだ。
このときの開放感とげっぷの爽快感が実にたまらない。
*その2
同じく体育館から民宿への帰り道のこと。
野沢温泉街は坂道が多く、民宿へは急な坂を登って帰る。
ファンタオレンジを飲んでいるときに、坂の上をテニスルックの女子大生が実に楽しそうに何人も通って行くのだが、彼女たちのスコートに目は釘付けだった。
練習でへたれた心身には、将に天使が通り過ぎて行くが如く目に映った。
自身の名誉の為に書いておくが、目が釘付けだったのは自分だけではない(笑)。
同級生一同がポカァ~ンと口を開け、更には体勢が徐々に前かがみになってしまっていた。
ファンタがこぼれてしまっているのにも気付かず、1年のほぼ全員がスコートと脚線美の魔力に負けていた。
*その3
たまに夜の練習が1時間ほどで終了するときがあった。
その時は決まって近くの喫茶店へ行く。
その店で食べた抹茶かき氷の美味かったこと!

合宿が終わる頃には不思議と今までとは違った自信が付いていた。
それだけ「やった」のだ。
特に1年の時は合宿期間中に著しく体重が増えた。
入学当時は54㎏しかなかった体重が、2週間で59㎏にまで増えたのだ。
「食わなきゃもたない! 絶対に耐えられない!」という不安から、とにかく目一杯腹に詰め込んだ。
そしてあれだけの練習量をこなした。
間違いなく筋肉がついたという嬉しさがこみ上げたのは言うまでもない。

そんな思い出の野沢温泉へうん十年ぶりに出かける。
つらい思い出だが、思わず微笑んでしまう甘酸っぱい思い出でもある。

2度目のMOC:それぞれの山

2011年09月26日 23時42分54秒 | Weblog


下山時に膝に痛みを感じることは誰にでもありうることで、決して珍しいことではない。
自分の場合、厳密に言えばほぼ毎回膝に痛みが走る。
これは持病の半月板損傷から来る痛みではなく、膝への負担から来る痛みだ。

東京からの参加者である青年とは、下山時もほぼ一緒だった。
互いの家庭のことや山への想いなど、フランクに話し合いながら下山した。
しかし、6合目あたりから彼の膝に痛みが走り始めた。
初めは軽いものだったようだが、徐々に痛みが増してきたようだ。
途中何度か揉みほぐしながらごまかしてきたが、いよいよもってそれも限界だった。
左足を引きずるようにして下りなければならなくなった。
この痛みは自分にも十分に分かる。
Kさんにちょっと待ってもらうよう大声で伝えた。
キネシオテープで応急処置を施す。
自分もキネシオテープは持参してきたが、ここはKさんに任せた。

若干ではあるが楽になったようで、再び下山開始。
しかし、かなりつらそうだった。
何とか4合目まで下りればルートは楽になる。
トレッキングポールを併用した下山方法を教えながら4合目へ着き、彼も安堵したようだった。



3合目からの途中でガスが発生してきた。
視界が急に悪くなる。
日の入りまではまだ十分に時間はあるが、ヘッドランプを使用してもおかしくないほど樹林帯の中は暗い。
足もとの凹凸がはっきりと認識できないと転倒の危険性もある。
だが、本音を言えばここまで遅くなるとは思わなかった。
かと言って、これは誰のせいでもない。
あくまでもツアーであり、それぞれがもっている力量の平均値でこうなっただけのことなのだから。



休憩時間を含めれば、約10時間近い所要時間だった。
長丁場であったが、そのぶん収穫も多い半日だった。
ベテランによるルートファインディング。
安全を最優先した時間配分と行程。
山に不慣れな人への助言と具体的な支援方法。
おそらく今後も自分は職場の仲間と一緒に登山をする。
その時に間違いなく役立つことばかりだった。
Kさんに感謝である。

6人の初対面の人間が集い、それぞれが登山の経験、知識、技術、そして体力も大きく違う。
それぞれが目指している山のレベルもおそらくは違うだろう。
偶然と言える今日の出会いだったが、唯一つ共通し、共有しているものがあった。
「山が好きだ!」ということだ。
その想いがあるからこそ互いに声を掛け合い、励まし合ってこれたのだと思う。

2度目のM0C:Balance Control

2011年09月25日 20時38分56秒 | Weblog


下山を前にKさんとツーショット写真を撮っていただいた。
Kさんはまだ若いが、アウトドア、ことに登山においては将に“AUTHORITY”。
経験、知識、技術、体力、持久力。全体をまとめ上げるリーダーシップ。
そして的確な回答と助言は、自分にとって師匠的存在だ。
どれほど自分が登山に関して勉強しても、決して追いつくことができない。
されど、それが悔しいとか、羨ましいとか、そんな気持ちにはならないのが不思議だ。
「いつか俺もああなりたい。」
そんな人柄であり、目標でもある存在なのだ。

(まぁこれくらい「よいしょ」しておけば、次回の買い物でまけてくれるかな・・・。そんなわけないか。失礼しました。(笑) m(_ _)m )

今回のMOCは、劔岳に向けての調整だけでなく、経験や技術、体力などに差がある人たちのパーティーにおいて、何を優先し、どのように全体をまとめるのか。それを探りたいと思った。
最後尾にいることが幸いし、後ろからKさんのルートファインディングをくまなく観察した。
「なるほど。そうだよな、あのルートしかないよな。」
もし、今回自分が先頭になっても同じルートファインディングをするだろう。
それに関しては少々ながら自信になった。



登攀よりも下山のルートファインディングが難しいケースが多い。
これは経験上身に染みていることだ。
そして怪我をしやすいのも下山時。
それだけに慎重にルートを選ばなければならない。

男体山のルートは一本道だが、岩場、ガレ場になるとけっこう道幅が広く、その幅の中に幾つかのルートが見られる。
Kさんは、その幾つかの中で、最も確実性の高い、言い換えるのなら、最も安全と判断できるルートを選択しここまで来た。
参加者全員のことを考えればそうするのが正しい。
もし、自分とKさんの二人きりだったら、「ちょっと遊んでみようか」的なことを考え、意図的に危険性の高いルートを選択するかも知れないが(笑)。

今日のルートはこれで、この安全最優先ルートで間違いないのだ。



下山中、何度も何度も思ったことがある。
そしてその思いを口にして伝えなければならないとも思った。
同時に「出しゃばりたくはない」と、ブレーキもかかった。

以下のことはブログに載せるべきかどうか迷ったが、敢えて綴る。
もちろん実際にあった出来事で、自分もある意味巻き添えをくらった。

参加者の中で最も高齢のおばさんがいることは何度か記した。
確かに高齢であり、体力的なことは仕方がない。
それでもあちこち山は登っているだけに、経験値は高い。そして専門用語も知っており道具も立派だ。
だが、下山時になって急に元気を取り戻したこのおばさん。
「私こんなところ平気だから。ほらね!」とか、「私、こっちの道行っちゃおう!」とか、「見てて、こんな下り方もあるのよ」
更には「私、こんなこともできるのよ」と言って、意図的に危険性の高いルートを選び岩場、ガレ場を下山し始めた。
はっきり言って、後ろから見ていて冷や汗ものだった。
足もとが心許ないのだ。
(あ~あ、やめればいいのに)
何度思ったことか。

突然自分に言ってきた。
「ねぇ、○○さんだったらこんなところくらい平気で下りられるでしょ」
(おっと、俺に来たか・・・)
その時、のど元まで出かかった言葉がある。
「そりゃできますよ。自分からすればこんなところ危険でも何でもないですしね。でも、インストラクターの方が、全体を考えて常に安全なルートファインディングをしてくれているのだから、やっぱり止めます。もし怪我をしたら、それこそみんなに迷惑や心配をかけてしまいますから。今日は個人ではなく、ツアーの参加者ですし。」

だが、その言葉を言ってしまったら、かえって全体が気まずい雰囲気になってしまうことの方が怖かった。

何も言わず黙って危険なルートを下りた。
嫌な気分になった。
Kさんに申し訳ない。

あの時の下山は、誰もが怪我をせずに下りられたギリギリのところだったのかなぁ・・・。
そんな気がしてならない。

それでもこのおばさん、他の人への助言や励ましの言葉もちゃんと言っている。
いいところもあるのだ。 

2度目のM0C:今日の昼食

2011年09月24日 21時01分14秒 | Weblog


岩場を過ぎ、最後の樹林帯を越え、山頂間近のガレ場へと踏み入れた。
ここからの景色は何度見ても素晴らしい。
澄み切った青空、真っ白な夏の雲、そして日光連山の峰峰が眺望できる。
初めて見る参加者からは笑顔と感嘆の声を聞くことができた。
やっぱ山はこうでなくっちゃ!と思う。
いつもいつも天候に恵まれるとは限らないが、たまにはこんなご褒美があってもいい。



さて、やっと今日の昼飯。
今日はFDのチーズリゾットだ。
今年度のテーマは「調理に一手間を加えること」。
単に水を入れ煮立てるだけじゃつまらない。
ということで、事前に自宅の台所で切ってきたアスパラガスとベーコンを加えた。
また、かなりの発汗の後でもあり、塩こしょうを少々プラス。
我ながらいいでき。
美味かった!

他の参加者さん達からも漬け物などをいただき、失った塩分を補給することができた。
あとは「糖分」の補給かな・・・と、ちょっと期待していたところに、Kさんからの差し入れが登場。
これこれ、本音を言えばこれを待っていたのだ(笑)
「僕が作ったものですが、みなさんどうぞ食べてください、。」
前回のクッキーの一件を知っているのは自分だけ。
それだけに思わずにやけてしまったが、なんと、今日のデザートは「ドーナッツ」だ。
しかも、チョコレートがコーティンされているではないか。
笑っちゃいけないのだが、Kさんが一人でここまですることがどうしても結びつかない。
エプロン姿で台所に立ち、奥さんの手厳しい指導のもと苦労して作ったのだろうか。
まぁそこまでプライベートなことに立ち入るつもりはないが、イメージが湧かない現実だ。


遠慮無くドーナッツをいただいた。
美味い! ごちそうさまでした。 m(_ _)m
実を言えば、恥ずかしいかなこの歳になってもドーナッツが好きで、たまに仕事帰りに「Mドーナッツ」を買って帰ることがある。

これでカロリー、水分、塩分、糖分の摂取はOK。
下山に向け気を引き締め直すだけだ。
だが、今回の下山はいろいろ考えさせられる出来事があった。



2度目のM0C:核心部ど真ん中

2011年09月22日 23時20分18秒 | Weblog

7合目の避難小屋が見えてきた。
みな安堵の表情を浮かべているのが分かる。
それだけ疲労度は高いというのが現状だろう。
最後尾にいると一人一人の荒い息遣いが聞こえてきそうだった。



ここで小休止。
それぞれが行動食を摂り、水分補給を始めた。
だが、今までと明らかに違うことが一つだけあった。
みな無口になっていた。
それだけ疲労が激しかったということだろう。自分とKさん以外はみな座り込んでしまった。
あの一番「口」が元気だったおばさんでさえ、ほとんど語ろうとしない。
みなさんにはちょっと申し訳なかったが、自分は富士山を眺めながら一服させてもらった。



男体山核心部は更に続く。
今が将にそのど真ん中にいるわけだ。
8.5合目までは急勾配の岩場、ガレ場が続く。
休憩をとっても、ペースは一向に上がらない。

自分の前を登ってる東京から来た30代の方に一言だけ教えた。
「8合目を過ぎれば今より楽な緩斜面になりますよ。そこまでガンバです。」
それを聞いた後の、彼の表情が実に嬉しそうだった。
「えっ、ホントですか?! いやぁきつくて参っているんですよ。僕が想像していた以上のきつさです。」

そんな会話をしながら8合目へと登る。
一歩一歩だ。
今日の天候なら、山の神様はきっと最高のロケーションをご褒美にくれるはずだ。
ここから、ここからだ。

2度目のMOC:主との出会い

2011年09月21日 22時16分41秒 | Weblog


もうすぐ7合目にある避難小屋に到着する。
ここで素晴らしき「山の長老」と出会った。
県内佐野市在住の「田名網忠吉さん」86歳。
2011年6月26日に、なんとこの男体山登頂記録1200回を数えられた方だ。
言うなれば「男体山の主」と言っても良い。
本人曰く「修行なので回数は関係ないです」。
何とも謙虚で、重みというか「凄み」さへ感じる。

自分も握手をしていただいた。
「この山はいいですよ。気をつけて登ってくださいね」と言ってくれた。
かぼそい声であるはずなのに、心底恐れ入る思いだった。



中禅寺湖が眼下に見える。
Kさんが聞いてきた。
「遠くに見えるあの山は富士山でしょうかね?」
自分にも確信はない。男体山に登ったのはまだ4度目。その間富士山を目視したことなどない。
だが、位置的に見て、形状から見て間違いなく「富士山」であると言える。
主との出会い。そして遙か彼方には霊峰富士が・・・。
疲れはないが、勇気づけられる思いだった。



7合目の避難小屋はもうすぐ見えるはずだ。
一人一人の力量の差はあるが、ここからが前半の正念場。
最高のロケーション。美味い飯の為にもガンバ!

2度目のMOC:複数で登るということ

2011年09月20日 20時03分43秒 | Weblog


5合目を過ぎると、大きな岩が目立ちはじめる。
勾配も急となり、みなさん息が荒くなり始めた。
いよいよもって核心部へと近づく。
だが、時折振り返れば中禅寺湖の湖面は紺碧の空を反映し、時に風に揺られ光彩陸離している。
夏山だけに与えられた、思い切り深呼吸したい衝動に駈られる瞬間だ。

このあたりから個人の経験や技量の差が出始めた。
これは自分でも予測できたことだが、あまり出しゃばるのだけはやめようと決めていた。
何故なら、あくまでも自分は一人の参加者に過ぎない。
「知ったかぶり」だけは御法度。
謙虚に、Kさんをサポートできればそれでいい。
されど大胆に楽しみたいという思いもある。



ごく短い距離のトラバースがあった。
完全なガレ場ではあるが、何のことはないとさっさと進んだ。
しかし、人によっては困難極まる場でもあった。
どう進めばよいのか。どう足を運べばよいのか。なんとなく滑落しそうで怖い。
そんなトラバースでもあったのだ。

一人の女性が足がすくんで一歩が踏み出せないでいた。
自分はと言えば、みんなの様子を写真に納めようと先に渡ってしまっていた。
「えっ、どうしよう。怖いです。」
確かそんな言葉を言っていた。

どうしようか迷った。
スタンスの位置、踏み出し方、重心のかけ方、ストックの応用等々自分でも教えられることだったが、あまり出しゃばりたくはないという思いが迷いを生んでしまった。
すると、Kさんが近づき補助しながら足の運び方のアドバイスをしてくれた。
(すぐに気付いた俺が行くべきだったのか・・・)

あのときのことは今でも後悔している。
女性にも、Kさんにも申し訳ない気持ちだ。



ガレ場と樹林帯とを交互に登攀し、もうすぐ7合目となった。
岩場はますます厳しい。
経験と技量、そして体力の差が顕著に現れる。
全体のペースも落ちてきている。
個人の差が大きい複数での登攀のとき、何を優先し、何をフォローし、事前に計画していた時間配分をどれだけ崩さずに進めて登るべきか。
いつも自分が悩み迷っている課題を解決するきっかけとなれればと思う。


2度目のMOC:いろいろな人

2011年09月20日 00時17分36秒 | Weblog


老若男女入り乱れての参加者となった今回のMOC。
最後尾にいるだけに、みなさんの会話がきこえてきて、それを聞いているだけでも楽しい登攀となった。
私自身がよく会話をしたのが、東京から来られた30代の男性だった。
登山経験はそれほどないが、山好きな爽やかな青年といった印象だった。

今回は明らかに女性陣の方がよくしゃべる。
失礼な言い方になってしまうが、最も年配の方がいて、本当によくしゃべるなぁと、今でも鮮明に覚えている(笑)。
既に仕事を辞められ、ある意味悠々自適の生活。
山は好きなようで、年間を通して全国各地の山をかなり登っているようだ。
そんな情報を自分から教えてくれている。

富士山登頂を目指している人。
トレッキング程度の経験はあるが、岩場やガレ場は初めてという人。
とにかく話しの弾む女性陣だった。

一汗をかき、三合目まで来た。
ここで小休止となったが、例のおばさんはここでも元気。
「これはね、こうなの。」
「こうやってね、こうするの。」
と言った具合に、周囲の人へ自分の持っているギアの説明に余念がない。
ちょっと笑ってしまう、存在感たっぷりのおばさんだ。



天候がいいその分、暑さが厳しい。
かなりゆっくりのペースではあったが、汗が額からどんどんしたたり落ちてくる。
水分補給をしていると、Kさんから「塩飴」をいただいた。
そう言えば、前回のMOCでは手作りのクッキーを山頂でいただいたが、ひょっとして今日も何か作ってきたのだろうか。
イメージが湧かないだけに、それを想像するとどうしても笑ってしまいそうになる。
Kさんのザックの中身を気にしながら、必至で笑いを堪え塩飴をいただいた。

ここから四合目までは楽々ルートで進み、次はいよいよ少しずつ核心部へと近づいてゆく。
頭の中にはルートファインディングから凡その周囲の状況、危険箇所、見下ろした中禅寺湖の風景まで刻んである。
肝心なことはそれに慢心しないこと。
今日の目的はあくまでも体作りと調整。そして情報収集と技術の習得だ。


2度目のMOC:4度目の男体山

2011年09月19日 20時25分41秒 | Weblog

梅雨が明け、絶好の登山日和。
将に「梅雨明け十日」にふさわしい天候となってくれた。

7月23日(土)。
今日はモンベルおやまゆうえん店主催の「MOC:男体山登山」に2度目の参加の日だ。
何もわざわざMOCでなくても、個人でいくらでも登れる男体山ではあるが、MOCならではの情報収集や技術習得がある。
少なくとも夕方までモンベル店長のKさんと一緒にいられるということは、それだけ得られるものが多いということ。
聞けることはなんでも聞いて自分のものにしたい。すべては劔岳につながるこのチャンスを逃す手はない一日だ。
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朝7時30分頃には集合地点に到着。
集合時刻にはまだ余裕があり、中禅寺湖湖畔をのんびりと歩いた。
8時30分過ぎに戻ると、店長のKさんがバス停におり、挨拶を交わす。
前回のMOCが雨にやられただけに、今日の好天気はお互いに嬉しい限りだ。
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9時頃になると、他の参加者の方々が集まってきた。
今日の参加者は自分を含め6名。
県内から3名。東京から2名。そして遠く宮城県から1名。
年齢層や経験も幅広く、みなそれぞれが目標を持っての参加となった。
自己紹介を済ませ、準備体操。
入山料金を払いさぁ出発・・・なのだが、予想通り「しんがり」を依頼された。
これは実に光栄なことなのだ。

今日で4度目の男体山となる。
短期間で4度目。初めて登った時はけっこうきつかった男体山だが、今では体慣らしにはもってこいの山だ。
5月に購入した「アルパインクルーザー2500」も依然と比べればずいぶん足に慣れてくれた。
そして今日の装備は「グラナイトパック:30リットル」。
日帰り登山としては平均的なものだが、おそらくは飲まないであろう余分な水を5リットルほど詰めてきた。
自分に奢っているわけではないが、今の自分ならこの程度の余分な重量はまったく気にせず登攀できる自信はある。

いざ、Climb On!