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ひとり旅への憧憬

気ままに、憧れを自由に。
そしてあるがままに旅の思い出を書いてみたい。
愛する山、そしてちょっとだけサッカーも♪

雪の大谷へ「初めての松本観光」

2025年08月30日 10時49分53秒 | Weblog

何十回と訪れている松本市だが、観光目的で訪れたことは一度も無かった。

下山後にどこかで夕食を食べる程度であって、たまにプチ贅沢として安いビジネスホテルに泊まりのんびりと風呂に入ってベッドで大の字になり眠る。

そんな程度でしかない。

今日予定している松本城にしても、城の真横の道路は何度も通っており、夜のライトアップに感動したこともあった。

「いつかは訪れてみたい」そう願っていた。

 

天候は崩れると予報にあったが、幸いに傘をさす必要は無かった。

近くの駐車場に車を止め、城の堀へと歩いた。

事前に松本城を始めとし、主な市内観光スポットを調べておいたこともあり、入り口である「一の門」はすぐに分かった。

一の門近くで撮った松本城。

黒塗りの壁のためか、姫路城の白い優雅さとは違い全体が引き締まって見える。

 

時刻は開門直後の9時くらいだった。

まだ早い時刻とあってか、観光で訪れていると思われる人たちは見かけなかった。

実を言えば、昨夜ホテルのスタッフからのアドバイスがあり、お城へ行くならできるだけ早い時間帯が良いですよとのことだった。

「へぇーそうなんだ」と思ったが、ここでも海外からのツアー団体が訪れ混雑するらしい。

いや、混雑するだけならまだいいほうで、とにかく騒がしく、「我先に見る、我先に行く、我先に写真を撮る」でものすごいことになるそうだ。

「ここでも○国人かぁ・・・」とため息が出たが、ありがたくアドバイス通りに早い時刻に来たというわけだ。

お堀で一枚。

静かな時間帯のうちに撮ってしまおう。(笑)

 

一の門へと向かい入場料を支払った。

門番と言うか「門兵」と言った方が適切だろう。

カメラを向けるとポーズを取ってくれた。

ありがとうございます。

一の門にいた門兵さん。

帰りにも丁寧に挨拶をしてくれた。

 

敷地内へと入った。

手入れの行き届いた広大な庭、そして天守閣。

静かだった。

ここでしばらくはベンチに座ってゆっくりとしたいと思った。

だが、この後の混雑を考えればそうもしてはいられない。

ぐるりと庭を一周し天守閣へと向かった。

人がいない。

滅多に撮れる写真ではないと思った。

お目当ての「月見櫓」が見える。

なるほど、ぐっと引き締まった中に一点だけ優雅さを感じる。

天気が良ければ北アルプスを背景に素晴らしい景色が見られるらしいがそれは叶わぬ事。

天守閣入り口。

甲冑姿の武者が一人構えている。

訪れる人のためとは言え疲れるだろうなぁ・・・重いんだろうなぁと余計な詮索をしてしまった。

城は戦に備えた造りとなっているのが本来の姿であり目的でもあろう。

戦がなくなり、後に増設された月見櫓だが、それだけに朱塗りの手すりが一層目立っている。

 

中は薄暗く足下に注意が必要だった。

各地の城はそれなりに見てきたが、日中でもこの暗さだ。

当時は蝋燭の明かりしか無かったわけだが、それが当たり前、常であれば不便は感じなかったのだろう。

 

松本城は外観は五重だが、中は六階構造となっており、三階に屋根裏部屋的な四階部分がある。

もちろん外から見ても分からないし、これも戦国ならではの構造と聞いた。

三階の部分。

天井が異様に低くなっているのが分かる。

確か兵糧とか武器などを置いておくための仕組みと聞いた。

(間違っていたら申し訳ない)

 

そうそう、これが見たかった。

「矢狭間と鉄砲狭間」だ。

初めて見たわけではないものだが、男たるものどこか胸躍るような思いになる。(笑)

手前が鉄砲狭間で、奥の長方形型が矢狭間。

形が違うのは使い勝手の違いなのだろうが、実際に撃って放って見なければ使い勝手はわからないだろう。

説明書き。

形の違いの説明までは書かれていなかった。

 

そして戦国ならではの仕組みがもう一つ。

「石落とし」である。

この隙間から下にいる敵兵に向けて石を落とした。

松本城では実際には戦は無かったので使われることは無かっただろうが、落とされた方は落ちてくることが分かった上で攻めるのだからたまったものじゃ無い。

 

徐々に最上階の天守へと向かう。

木の色が歴史を感じる。

余計な詮索だろうが、松本という地理的な事を考えれば冬季は寒かっただろうなぁと思う。

これだけの広い空間を炭だけで暖めるのだから大変なことだったろう。

 

やっと最上階へと着いた。

上を見上げれば神様をまつっていると思われるものが見えた。

むき出しの梁に少し違和感を感じたが理由があってのことだと思う。

 

この後階下へと降りるのだが、これがまた一苦労となってしまった。(笑)

 


山の事故、多すぎない? ④体力や持久力について少しだけ

2025年08月29日 18時34分18秒 | Weblog

「己を知り足りてなかりしか」

わかりやすく言い換えれば「己の技量、知識、体力、総じて経験を十分且つ客観的に理解評価し、足りないものが何であるのかを知ると共に、己が如何に非力で未熟であるかを認め、決して驕らず身の丈に合った山であったか」

となる。

これは旧日本海軍兵学校における「五省」の中の一つを自分が勝手に登山的に言い換えたもの。

常にとは言わないが自分自身への戒めとして、また座右の銘的な意味合いで登山に向けた大切な言葉だ。

五省と言うだけあって「登山 五省」として五つ作ったのだが、残りの四つは今回は省略する。

 

さて前述した五省にある「体力」についてだが、これがなかなかやっかいなもので、どれほど努力をしてもやがては衰えが見え始めてくる。

嫌でも感じざるを得ない年齢へとなってしまう。(今の自分が将にそれ)

登山に関しては安全へと直結する部分があるだけに、どれだけ経験値があろうと現時点での自身の身の丈に合った山行としたいものだ。

低山でも良いから月に何度か登るだけでもある程度は登山に向けた体作りは維持できる。

しかしできるだけそうしたいところだが、ここ数年の夏の暑さで夏季の低山はかえって怖い。

全くと言って良いほど涼しさとは縁遠く、登ることによって熱中症となり逆に体を壊しかねない状態になってしまうからだ。

夏の北アルプスへ向けた体作りも別の方法を考えなくてはと思っている。

 

ガイドブックには「登山指数」と言って難易度や必要な体力などの割合を数値化しているものがあるが、実際に五段階評価とは言ってもその数字が実際にはどれくらい必要な体力なのかが今ひとつ分かりにくくも感じる。

自分の場合それらは経験値で補うことはできるが、まだ始めて間もない人たちにとっては判断は難しいのではないか。

 

実例を挙げてみる。

とある日帰り登山ツアーに参加したメンバーがいた。

初心者向けのコースでその中の一人は自分の山仲間であり、彼から聞いた話だ。

他の参加者Aさんの場合、初心者ではあるが事前に今回のコースを慣れない地図読みである程度は調べておいた。

またネットで実際に行かれた人がアップしているHPを探し、ルートの凡その状況を確認しておいたそうだ。

それにより「初級コースでもここの区間は中級レベルかな」「ここはちょっと危険かな」などといった事を事前に把握していたそうである。

たったそれだけのことだったが、実際に参加してみてある程度でも自分の下調べが予測していた通りに近かったことで、体力面だけでなく気持ちの部分でも助かったと言っていたらしい。

もう一人の参加者Bさんの場合。

スタートしてすぐの登り区間があった。

ダラダラと登っても10分もかからない区間だったようだが、足の疲労や息切れが出てしまいその区間で数分の小休止を三回も取ることになったそうだ。

スタートから僅か10分の区間で倍近い時間がかかってしまったことになる。

なんとかその区間を登り終え、本来であれば予定していなかった休憩を取らざるを得ないことになり、Bさんのために10分近くも休んだそうだ。

まぁこれはガイドさんの判断なので仕方のないことと諦めたが、スタートしてまだ間もないのにこの時点で約20分の遅れが生じてしまっている。

「はてさてこの先今日はどうなってしまうのか・・・」と不安がよぎったそうだ。

休憩の時にBさんがガイドさんに言った言葉にも驚いたそうだ。

「初心者向けってあったから安心していたのに、こんなにきついんですか・・・」

友人はこの言葉を聞いてピンときたそうだ。

「この人、何にも調べてこなかったな・・・。おそらくたまにいる1から10までガイド任せの人だろうな。」

友人はBさんに優しくこう言ったそうだ。

「これは登山ですよ。初級コースだからと言ってもこれくらいの登りがあるのは普通ですよ。登りのない山なんてありませんよ。」

言われたBさんはかなりプライドが傷ついたようで「分かってますよそんなことくらい!」と言い返されたそうだ。

「優しく言ったつもりだったけどなぁ」と苦笑いしながら自分に言った。

休憩の後再スタートしてすぐのことだった。

ほぼフラットなルートであったにも関わらず、Bさんが足をつってしまったようだ。

しかも両足である。

再びここで休憩となってしまった。

「この山って初心者向けですよね」とやや怒りにも近い感情で言い出したらしい。

友人はまだ初心者だったが、それでも山にはアップダウンがありフラットな区間があり、岩場だってあることくらい知っている。

それは初級コースでも中級コースでも同じ事だ。

「なんでそんなことが分からないんだろうなぁ。なんでそんなことが不満なんだろうなぁ。」と思ったそうだ。

その後そのツアーがどうなってしまったかはご想像にお任せしたいところだが、Bさんのザックをガイドさんが背負ってやったり、終始ブツブツと文句ばかりを言っていたそうである。

友人曰く「最低限必要な体力も筋力も持久力も無いんだよ。ツアーだからガイドが何とかしてくれると思っているんだよ。ひょっとしておんぶしてくれるとまで思っているんじゃないの。周りの迷惑なんて何も考えていない感じだったなぁ。聞いたことはあったけど、あんな人って本当にいるんだね。(笑)」

 

この話で自分が何を言いたいのかはもうおわかりだろう。

友人の言った言葉がズバリである。

「最低限必要な体力、筋力、持久力というものがある」ということだ。

 

*********************************

今回アップした「山の事故、多すぎない?」シリーズでずっと言い続けてきたことはたった一つ。

事前準備の段階で「最低限必要な自己責任がある」ということ。

山慣れした人がしっかりとした準備、情報収集、体力をもってしても、それでも事故は起きる。起きてしまう。

これはまぎれもない事実であり、避けることができないことは過去が証明している。

自分たちにできることは、事故の発生率や可能性を少しでも下げることだと思っている。

その為の自己責任があるということだ。

登山歴の長い人と一緒に登り、途中途中のポイント説明を受けながらであったにせよ、各自がしなければならない、事前にしておかなければならない自己責任事項はある。

ほんのちょっと調べておくだけでも良い。

ほんのちょっと人に聞いておくだけでも良い。

ほんのちょっと体力作りをしておくだけでも良い。

 

ほんのちょっとって、以外と大きな差が生まれてくるんじゃないのだろうか。

 


山の事故、多すぎない? ③情報収集について少しだけ

2025年08月28日 17時25分09秒 | Weblog

全くもって便利な時時代になったと思う。

登山情報に関する書籍の数も段違いに増え、当たり前のように全てがカラー写真で掲載されている。

そして情報源の最たるものはインターネットであろう。

公の情報から個人が発信したものまで相当数になる。

もちろん自分も利用させてもらっているが、インターネットにおいてはHPだけでなく、you tubeなどからの動画も参考にしている。

はっきり言ってこれは助かる。

自分がまるでその場にいるかのようであり、実際に現場へ行けば「あぁここがあの動画で見たポイントだ」と思い返し攻略へと挑む。

特に裏剱(北方稜線)を縦走する前、何度か通ったルートで再度行く時には嘗てかなり苦労した区間などは動画を一時停止しその一場面をカメラに収めプリントアウトして現場へ持って行く。

これでかなり助かったこともあった。(もちろん地形図やコンパス、アプリなども持参し活用している)

しかし中には何度か行ったことのある山域や山で「これはちょっと違うんじゃないか」と思わざるを得ないものがあるのが事実だ。

これが「個人で感じる感覚の違い」であり、後に綴る。

またあまりに大袈裟なサムネイルを用いあからさまに釣っているものもあるが、これはまだ良い方で単なる自己PRに過ぎないだろうという思わず首をかしげる動画もある。

何処の誰とまでは言わないが「私を見て!」「私って美人でしょ!」とばかりに、厚化粧の自身の顔や全身がアップ映し出され画面全体を占めてしまっている。

山の紹介や記録と言うよりも、自己顕示欲、承認欲求のための動画としか捉えることができない。

よほど自分の顔とスタイルに自信があるのだろう。(笑)

どれほど参考になる内容であってもここ数年はもうアホらしくて絶対に見ないと決めている。

 

さて、インターネット情報において注意すべき点を挙げておきたい。

個人がアップしたブログ、HP、動画などは、あくまでもその人個人が感じたことであり、決して万人に通じるものではないということだ。

もちろん十分参考にはなる。

だが、全ての登山者が実際の現場で同じように感じるかというとそうではない。

例えば「カニノタテバイ」という危険箇所がある。

ある人は「想像以上にきつかった」。

またある人は「思っていたほどではなかった」となる。

初めてトライする人はどっちを参考にすれば良いのか・・・

やはり公のものが間違いは少ないだろう。

少々大袈裟に紹介しているかもしれないが、滑落防止を考慮すればむしろその方が良いと思っている。

あとは実際にトライし、終わってから何をどう感じるかは個人次第だ。

インターネットで個人が発信した情報は便利であるが、万人に通じるものではない。

鵜呑みにせず参考程度にとどめておくということを忘れないでほしい。

ただし正確には公ではないのだが、登山に関する企業などがアップしている動画は是非見てもらいたい。

個人的にかなり参考にさせてもらっている動画は、ヤマレコ社長の「絶対に遭難させない~」という動画だ。

社長個人の意見や考えも述べてはいるが、フラットに判断しても頷けるものが多い。

かなり様々な視点から登山に正しく向き合い、理路整然に且つ起承転結で分かりやすく安全登山への警鐘を鳴らしていると言える。

ありがたい動画である。

 

次に書籍などによる情報について。

ネットやスマホによっていつでも手軽に情報が得られ、今更本を買うまでもないだろうという人が増えている。

間違いではないが、ちょっともったいないなぁと感じてしまう。

これは自分だけがそう感じているだけかもしれないが、書籍はある意味財産だと考えている。

ルート情報などは古くなってしまうこともあろうが、「あの時あの頃はこうだった」と懐かしみ、同時に写真を見てはそのときのことを思い出す。

本という形として残るものに「ページをめくる」という動作によって生まれる感情がある。

これは書籍でのみしか得られない感情だ。

まぁ年寄の考えと言ってしまえばそれまでだが、それでも本は財産であると思っている。

 

今年の春こんなことがあった。

思い切って断捨離とまでは行かないまでも山道具の整理をしたときのことだった。

「あれまっ、こんな古いものが・・・」と驚いたのは、今から何十年も前に買った「夏山JOY」という本だった。

てっきり捨ててしまったとばかりに思っていたのだが、何十年かぶりに見る本だった。

表紙はボロボロで色褪せてはいたし、中を見れば当時は当たり前だった服装の写真ばかり。

「へぇ~そうだったんだ」と懐かしんでいると、一枚の地形図が挟まれていた。

おそらくはこの本の途中にあった地形図を切り取ったもので、北アルプス南部(穂高エリア)の地形図だった。

折り目の部分は白くなっており、よく見ると下手くそな文字がたくさん書かれていた。

もちろん自分の文字だが、縦走ルートの主なポイントに○印があり「○時○分到着。14分休憩。○時○分発」

笑ってしまったのが「きつい。喉が渇いた。まだ着かない。」などのちょっとした感想まで書かれていた。

おかげで半日予定で終わるはずの整理整頓が一日たっても終わらずにいた。

この夏山JOYは処分せず、書斎に置いてある。

 

地形図による情報収集について少しだけ。

「地形図は見るものではなく読むものである」

これは昔から言われてきた言葉だが、読めるようになるまでにはそれなりの経験と年数が必要になる。

「ここを右に曲がる」ではなく、「北東方面に曲がる」とさらりと言えればカッコいい。

「アプリがあるから紙なんて必要ない」という若者もいるだろう。

しかし敢えて老兵から一言だけ。

最後はアナログに頼らざるを得ないときが必ず来る。

そしてアプリに頼ってばかりだと地形図はいつまでたっても読むことができないままだと言っていい。

自分もスマホに地図アプリは二種類入れている・・・が、ほとんど使ったことはない。

記憶にあるのは北方稜線のバリエーションルートにおいて、正確な現在地がどうしても分からなくなってしまった時だ。

ガスで周囲もよく見えず、コンパスでの位置確認もできなかった。

もしアプリというものがない時代だったらどうなっていただろうか・・・。

紙の地形図とアプリとを両方持参し、状況に応じて使い分けるのが理想に近いだろうか。

地形や気象による電波の状態、バッテリーの状態などにより使用不可となってしまうこともある。

そうなったら最後は地形図とコンパスによるアナログでその場を切り抜けなければならない。

使い方を知らなければ基本的なことだけでもネットで調べてもいいし、本で調べても良い。

また地図読み講習会に参加し実践形式で読み方使い方の基礎を会得するのも有りだ。

事前に地形図をじっくりと見て(読んで)、ある程度でもルート状況の情報を頭に入れておくこと。

そしてネットでも最新のルート情報を知っておくことが安全登山のためのノウハウである。

ついでながらコンパスワークだが、基本的な使い方の3~4を覚えておくだけで十分だと思う。

ただし、先ずは地形図を読めるようになってからでないとコンパスを使うことはできない。

せめて「磁北線」だけでもよく知っておいてほしい。

 

最後に人に聞くことによる情報収集について。

ただこれは自分の周囲に登山に詳しい人がいなければどうにもならない。

ならばどうするか。

友人知人にいない時、「誰か詳しい人知ってる?」と一歩突っ込んでみる。

アウトドアショップまで出向き、スタッフに聞いてみる。

初歩的な講習会に参加する。

現地であれば他の登山者に聞いて確認してみる。

申し訳ないがそんな程度しか思い浮かばない。

「聞くは一時の恥。知らぬは一生の恥」という言葉があるが、恥で済めばまだいいほうで、一生取り返しの付かないことになってしまわない為にも聞くことは大切である。

 

一般的なコースタイム、ルートの状況、危険箇所、必要な荷物、服装、天候(予報)、体力や持久力。

他にも事前に調べておくべき情報はある。

すべては安全登山のためであり、自分の帰りを待っていてくれる人の為の自己責任である。

 


山の事故、多すぎない? ②ギアについて少しだけ・・・もう一つだけ。

2025年08月27日 11時28分13秒 | Weblog

「②ギアについて少しだけ」で書き忘れてしまったことがあったので、加筆させていただく。

 

*落とし穴4 「使い方を間違えたまま(知らないで)山に登る」

代表例として「ストック」を挙げておきたい。

もう6~7年ほど前になろうか、これは実際に起きてしまったあまりにも痛ましい事故だ。

8月から9月にかけてのザイテングラードで起きてしまった滑落事故で、僅か一ヶ月ほどの間にほぼ同じ場所で三名の方が亡くなられた。

事故があってから間もなくして奥穂からジャンへの往復縦走の時、小屋の方から聞いた情報によると亡くなられてしまった方たちに共通する事項があったらしい。

一つには小屋からの下りルートで起きてしまったこと。

もう一つはストックを用いていたこと。

小屋の方が言っていた。

「ここはストックはねぇ・・・」

全く同感であった。

使うにしても涸沢からザイテンの取り付き口往復程度までだろうか。

使っていた人たちにとってストックは便利なギアであり、なくてはならない物だったのかも知れない。

しかしあのザイテンで、しかも下山時で使ってしまうとは・・・。

あの区間は基本三点支持による上り下りであって、ストックははっきり言って邪魔にさへ感じる。

浮き石だらけのザイテンで、もし浮き石にストックの先を突いてしまえば・・・

このことはルート状況を見れば言わずもがなであろう。

ストックを使用してしまったことが原因の全てではないだろうが、大きく起因してしまっていると思わざるを得ない。

偶然近くに誰か登山者がいて、一言アドバイスがあったならとも思う。

防ぐことができた事故であったと思う。

 

もう一つの実例を挙げておきたい。

「偶然近くに誰か登山者がいて、一言アドバイスがあったならとも思う。」

と書いたが、このアドバイスを完全無視されてしまったことがあった。

これは自分自身のことなのだが、何年か前に単独で剱岳へと向かう途中であったことだ。

確か前剱への登頂途中だったと記憶している。

数名のおばさま方が自分の前を登っており、追いつき追い越したのだが、何と! 皆さん揃ってストックを使って前剱のあのガレた急登攀ルートを登っていたのだ。

このときの会話は今でもはっきりと覚えている。

「お節介かな・・・」と思いつつも「剱沢から剱の往復ではストックは使わない方が安全ですよ。浮き石だらけだし岩の突起に引っかかって滑落してしまう可能性が高いですから。」

と言った。

「えっ、そうなの。だってこれあった方が楽だしねぇ。ねぇみなさんもそうでしょう。」

「うん、私もそう思うわ。」「そうそう」

思ってもいなかった答えが返ってきた。

「楽なのと安全と、どちらかしか選べなかったらどっちを選びますか?」

「え~でもねぇ・・・みなさんどう?」「だってこれって登るためにあるんでしょう。」

何度かアドバイス的なことを続けたのだが、返事は変わらなかった。

もうこれ以上関わらない方が良いと判断し、さっさと追い越して山頂を目指した。

おそらくは長年一緒に登り続けている山仲間なのだろうが、道具の正しい(安全な)使い方を知らないのであれば剱岳には来ない方が良い。

今まで事故なく登り続けてこられたことを奇跡と感謝し、自分たちに見合ったレベルの山にすべきだ。

冷たいようだったが、自分だって年に一度きり(たまに二度登ることもあるが)の剱岳だ。

金と時間をかけてここまで来ている。

こんな人たちとは関わりたくないのが本音だ。

(「もうどうなっても知らんぞ」)

怒りにも近い感情だった。

 

そんなことがあっても、アルプスなどの急峻な岩稜地帯でストックを用いている登山者がいれば一言だけアドバイスは入れている。

お節介かもしれないし、人によっては「ベテランぶって偉そうに」と思うだろう。

また、その人のプライドを傷つけてしまっているかも知れない。

どう思われようとこの一言だけは言うようにしている。

 

ギアの間違った使い方や、知らないままで使ってしまうことが如何に危険で恐ろしいことか。

軽傷で済むのであればいいのだが、状況によっては生命に関わると言う事実がある。

どうか、せめてストックだけでも「楽よりは安全を優先」して使用してほしい。

心から願う。

 


山の事故、多すぎない? ②ギアについて少しだけ

2025年08月26日 16時52分30秒 | Weblog

登山において必要(必須)とされるギアはかなりの数があり、更にはより便利で快適に、そして安全にと次から次へと新しいギアが生まれてくる。

確かに自分も「おぉこれは助かる。こんな物が欲しかった」と、見て確かめて購入する。

それはそれで良いことではあるが、購入後に待ち受ける落とし穴に気づいていない人たちがいるのも確かだ。

 

*落とし穴1 「使い方を十分に知らないままで山に登る」

ごく簡単な操作で使えるのであれば良いが、自宅で事前にトリセツを読み「まぁなんとかなるだろう」という程度でいざ山へ。

「あれっ、これってどうやるんだっけ? トリセツなんか持ってこなかったし・・・」

身に覚えのある人もいるのではないだろうか。

また、降雨や強風など厳しい環境条件の時でも間違いなく使いこなせるか否か。

使えなければ持っていないのと同じだ。

自宅にいるうちに目を閉じていても・・・とまでは言わないが、完全に使いこなせるようにしておくことはかなり大切なことである。

同時にトリセツには「故障かなと思ったら・・・」的な万が一の時の対応処置が綴られているものもあるだろう。

この項目も忘れずに読み、いざという時でも慌てることなく使えるようにしたいものだ。

 

*落とし穴2 「新しいギアばかりが増え、ザックの重量が僅かずつでも重くなっているのに山に登る」

「これは良い物だ」「これは絶対に必要だ」とばかりに勇んで購入したのは良いが、新しい物が増えたと言うことは即ちザックの総重量も増えたということになる。

例えば「モバイルバッテリー」はどうだろうか。

そのような物がまだ出回っていなかった頃は当然持って行くことはなかった。

無いことが当たり前であっただけに、携帯電話などはバッテリーの残量に注意し、できるだけ無駄の無い使用法を工夫していたはずだ。

確かにモバイルバッテリーはあればあったで安心であることは間違いの無い事実だ。

だが、増える一方のギア類をどうにかしなくてはという課題を忘れてしまっている登山者もいるだろう。

「これに代わる物が何もない」というのであれば持って行くべきだが、それでも「今回の登山でこのギアが本当に必要な物なのか」をもう一度考えてから準備すべきだろう。

無けりゃ無いでなんとかなった時代が確かにあった訳だ。

もう一度荷物を減らす(軽くする)工夫を考えてみてはどうだろうか。

 

*落とし穴3 「取捨選択を間違えたまま山に登る」

「①ウェアについて少し」で少し触れたことだが、寒さが苦手な故にモコモコの分厚いダウンジャケットを着てきた人がいた。

そりゃぁ暖かいだろう。(笑)

もうこの時点で自分が何を言いたいのかはおわかりだろう。

「このダウンしか持っていないから」という理由であれば致し方の無いことだが、真冬であっても3000m近い標高の雪山テン泊でも無い限り中厚手のダウンジャケットで十分である。

あとはレイヤリングの工夫をすれば良い。

経験上言わせてもらえば、二月の厳冬期真っ只中。

標高は2600m程の山中で単独でのテン泊をしたことが何度かあった。

真夜中寒さで目が覚め、温度計を見るとテント内は氷点下23°だった。

それでもシュラフやマット、レイヤリングの工夫で夜を越えることができた。

これは事前に最悪の状況を想定して考えておいた故の対処だ。

「①ウェアについて少し」でも書いたが、事前に人に聞くこと、調べることが如何に大切であるかだ。

 

ウェアやギアの取捨選択は、長く登ってきても予測や推測の甘さで結果として間違ってしまったことはある。

しかし、幸いに大きな失敗には至らず無事下山することができた。

これも様々な情報源から下調べをし、そして人に聞いておいたことで最悪の結果を免れることができたからだ。

もう一度言う。

事前に調べておくこと、人に聞くことは事故を防ぐための第一歩である。

事故が起きてしまう確率を少しでも下げるための第一歩である。

 


山の事故、多すぎない? ①ウェアについて少しだけ

2025年08月25日 09時31分56秒 | Weblog

年間を通して登山者が最も集中するのは夏である。

活動的な時期であり、標高の高さから来る気温の低さでも夏季であればそれ程影響はないということだろう。

が、ネットを開けばほぼ毎日のように山での様々な事故が報告されている。(おそらくは些細な事故も含めれば氷山の一角だろう)

なんとも痛ましいことではあるが、今年の夏に限って言えば例年よりも発生率が高いような気がしてならない。

事故の種類や原因は多種多様だが、その一つに年齢が起因しているのも確かなことだろう。

かく言う自分も高齢者の仲間入りをしている訳だが、体力的なことを言えばそれは実感している。

若かりし頃は10年単位で体力や持久力の衰えを感じていたが、今は5年単位で感じざるを得ない。

日帰り登山程度であれば特にそれは無いのだが、数泊の縦走登山ともなれば「いつまでこんなことできるのか・・・」と毎回寂しい思いになる。

 

さて、このブログにおいて過去に何度か山岳事故の起因や予防について綴っては来たが、今回は自己責任について考えてみたい。

一口に自己責任と言ってもあまりに細分化されてしまうのだが、代表的なものの一つである「準備不足」だけにとどめておきたい。

その理由は「準備不足」といってもこれがまた細分化できてしまい、この一つだけをとってもここでは書き切れないほどあると考えるからだ。

また、登山初心者という点において責めるつもりは無い。

なぜなら「初心者」という事実はどうすることもできない事だからだ。

どれほどあがいても初めは初心者であり、これを変えることはできない。

よく「だから山をなめるんじゃないよ」とか「だから初心者は困るんだよ」と言った上から目線での言葉を耳にする。

これは絶対に言ってはならない言葉だ。

どうすることもできない事実を責めてもどうなるものでもないだろう。

「何が原因だったのか」「初心者であればどうすべきだったのか」の方が大切だろう。

 

1 服装の準備不足

色柄などは好みなのでこれは好きに気にすれば良いだろう。(目立つ色が良いという事はあるのだが・・・)

問題なのは①ウェアの材質 ②レイヤリング ③予備が主な項目だろうか。

材質については化繊かウールがメインとなる。

その理由は今更ながら書く必要はないだろう。(書くことが面倒に感じるほど当たり前のこと)

素材が理由で事故につながることなどあるのか? と思われるかもしれないが、これは決して侮れないことだ。

一言で言えば「汗対策」だろうか。

特にアンダーウェアと二枚目に着るシャツにおいては重要だ。

「夏だから気温はそれ程は下がらないだろう」と自然を甘く見た結果低体温症となり行動に限界が来てしまう。

特に2500m以上の山岳地帯では顕著に表れる。

ニュースで聞く主たる例が富士登山だ。

「夏山だから」「動くと暑いから」等の理由でハーフパンツやタンクトップのような服で登り始める。しかもコットンの素材。

いいのは初めだけでそのうちどうなってしまうかは言うまでも無い。(これはレイヤリングや予備にも繋がること)

そして「知らなかった」「大丈夫だと思った」と言うお決まりの答えが待っている。

肌の露出が多いということは、ちょっとした事でも傷を負いやすく、外気温を直接肌で感じる(感じてしまう)ということ。

ましてや風が吹けば体感気温がどうなってしまうかは言わずもがなである。

前述したが登山初心者であることを責めるつもりは毛頭無い。誰もが初めは初心者である。

せめて行動に移す前にちょっとだけでも調べてみてはどうだろうか。

人に聞いてみてはどうだろうか。

無理に高額な登山ウェアを購入する必要など無い。

綿素材では無く、化繊であればスポーツ店で売っているワゴンセールのシャツでも十分対応できるはずだ。

たったそれだけでいいのだ。

登る前にちょっとだけ調べてみよう!

 

次にレイヤリングについて。

「レイヤリング=予備」と考えても良いだろう。

レイヤリングとは所謂「重ね着」のことで、それをどのように工夫するかがポイントとなってくる。

外気温や風による体感温度に応じて枚数を変えるわけだが、先ずは持参してくることが大前提となる。

無ければどうすることもできない。

そして大切なのはレイヤリングを面倒がらずに行うということ。

ザックからいちいち取り出したりしまったりとどうしても面倒に感じてしまうだろう。

それをきちんと行うことだ。

と偉そうなことを言っている自分だが「つい・・・」というのはたまにある・・・。

 

レイヤリングで思い出したことがある。

時期は冬だが、山仲間と日帰りでスノーシュー登山に出かけたときのことだ。

友人が「初心者だけど、どうしても行きたい」というので一緒に連れてきた仲間がいた。

集合場所で会った時に、初心者の人はとんでもない超フカフカの分厚いダウンジャケットを着ていた。

しかも当日は降雪であった。

「まぁ出発時には脱ぐんだろうな」と思っていたのだが、なんとそのままの服装で登り始めたではないか。

これには自分も山仲間の友人も驚いた。

簡単に理由を説明して脱いでもらおうとしたのだが「ダメです。私は寒がりなので脱ぎません」の一点張り。

こりゃぁ先がどうなるか・・・

案の定スタートして間もなく汗をかき始めたようで、ダウンジャケットの生地は雪で濡れ始めていたが、それでも脱がない。

もう一度理由を説明しやっと脱いでくれレインジャケットに着替えてくれたが、当然その後しばらくは汗冷えで「寒い、帰りたい」と言っていた。

友人は彼女に事前に準備物や注意点などを書き記したメモを渡しておいたそうだが「大丈夫だろう・・・」と思っていたそうだ。

初心者であれば分からなくて当然のことばかり。

だからこそアドバイスに真摯に耳を傾けること、自己流でもいいから、ほんの少しでも良いから事前に調べてみることが大切だ。

 

グローブ(手袋)について少しだけ。

冬季の寒さ対策は当然だが、夏山でもグローブは必須である。

低山だからといって持参してこない登山者もいるが、低山でも虫はいる、トゲが刺さるかもしれない、ちょっとした擦過傷だって起こる。

それをある程度でも防げるのがグローブだ。

決して侮れないアイテムだ。

他にも「タオル、手ぬぐい、バンダナ(ハンカチ)、ソックス、レインウェア、帽子、アームカバー、etc・・・etc・・・」。

数え上げたらきりが無いのでここでは割愛する。

一つだけ付け加えておきたいことがある。

予備のウェア類を準備し持参するということは、それだけザックの重量が重くなってしまうということだ。

当然ながらザックは軽いに越したことは無い。

様々な状況を想定し準備をすることはとても重要で素晴らしいことだが、「あれもこれも」という訳にも行かないことからどう取捨選択をするかがキーだろう。

これは経験を積むことで解決できることでもあるのだが、自分の経験上のアドバイスを言わせてもらえば「自分の体質を踏まえて予備を持つ」「予備は実際に使わなかったとしても無いよりは持って行った方が良い」と言うこと。

「体質」とは、暑がりや寒がり、そして汗をかきやすいか否かなどからレイヤリングと予備を考えるということ。

そして実際に使わなかった予備のウェアがあったとしても自分は「使うような状況にならなくて良かった」と思っている。

 

ギアについて、情報収集について、体力・技術についても触れておきたいが、順次アップしてみたい。

 


雪の大谷へ「黒部ダム、そして松本へ」

2025年08月24日 10時02分56秒 | Weblog

室堂と大観峰とを結ぶ電気バスが今年から新しい車輌になったことは以前から知ってはいた。

既に昨年の夏に剱に来たときに「今までありがとう」的な意味合いのお知らせがあったし、個人的にもずいぶんと長い年数利用してきた電気バスであっただけに名残惜しくもあった。

来るときはあまり気にはかけなかったが、帰りはじっくりと車内を見ながら大観峰へと向かった。

どことなくではあるが真新しい車輌のにおいがする。

椅子もフカフカだし車内全体に光沢感が漂って見えた。

せっかくなので降りたときに外観の一部の写真を撮った。

ミクリガ池方面から見た立山。

今までにはなかったデザインだろうか。

雪の大谷ルートだと思うのだが・・・

 

大観峰駅で本当は展望デッキから黒部方面を見下ろしてみたかったのだが、残念ながらまだ残雪量の多さによりデッキが開放できないらしい。

ならばロープウェイの窓から大観峰を見上げてみようと決めた。

いい席を取らなければ良い景色を見ることができない。

乗っているのは僅かに5分程度であり、いつもはどれほど疲れていても「別にいいか・・・」と立っているが、今回は観光でもありできるだけ最前列に並び椅子に座ることができた。

発車してまもなく大観峰駅方面の全体が見えてきた。

と言うことは雪を纏った立山連峰も見えるということ。

すれ違いのロープウェイを入れてみた。

風景との対比によりバットレスの規模が分かる。

「あの山が立山連峰だよ。珈琲を飲んだ位置からほぼ正反対側に今はいるということ。」

「へぇ~なるほどね。でも自然てすごいね。雄大だね。」

珍しく感動していたようだった。

ケーブルカーに乗り換えいよいよダムへと着いた。

今度は慌てることなくゆっくりと歩くことができる。

ちょっと狭すぎると常々感じている車輌だが、まぁこれも乗車時間は5分程度だしいつも立ったままで乗っている。

 

ダムへと着いた。

こんなにゆっくりとここを歩いたのは初めてかもしれない。

登山の時は往路であれ復路であれ「早く行かなきゃ」感が強く早歩きとなってしまっている。

まだ放流の時期には至っておらず、極めて静かな黒部ダムだった。

妻には見せてあげたかった・・・

 

対側に近づくと何やらコンクリート壁にぶら下がりながら作業をしている人が見えた。

ここからでは確認できないが間違いなく安全のためのビレーはしているはずだ。

ややアップで見ると階段の上からザイルが垂れ下がっているのが目視できた。

足場があるらしいが、安全のための作業とは言えご苦労なことである。

が、ちょっと羨ましくもあった。

 

今回の黒部ダム観光においては残念なことが幾つかあった。

一つには放流の時期がまだであること。

次に資料館が閉鎖中であること。

そして「これだけは」と思っていた慰霊碑が作業中で見ることが叶わなかったこと。

三つも揃えばはっきり言って文句の一つも言いたいところが本音である。

また来ればいいという考えもあろうが、ここまで来るにも結構大変なことだ。

せめてまだ登ったことの無い展望デッキへと階段を上った。

初めてダムを見下ろした。

そして立山連峰を見上げた。

なかなかの景色だった。

豪快な放流を見せてあげたかったと思うがそれは無い物ねだりだろう。

展望台にはここから見える立山連峰のそれぞれの山の名前が分かる案内図があった。

妻はそれを見ながら山を確認しているようだったが「なんかよく分かんない。室堂から見た山ってどれ?」と聞かれたので教えた。

雄山だけは分かったようである。(笑)

展望台にて一枚。

見学できるエリアが少なかったことで時間に余裕ができ松本には早く着きそうだった。

ちょっと寄ってみたい店があるとのことで調べてみると、なんと毎年自分が車で通っている道路沿いにその店があるではないか。

「なんだ、、そうか。そうなんだ。」と笑ってしまいそうにもなった。

地元では有名なスーパーマーケット「つるや」さん。

もう何十回とその前を通っているが気にすることも無く、気づくことも無くスルーしてしまっている。

どうやらここでしか購入できない「いいもの」があるらしい。

それにしても女性とはこうもショッピングに敏感なものなのか。

地方のスーパーマーケットにまでアンテナを張っているだなんて、自分を基準にして考えればあり得ないことだ。

口には出さなかったが感心してしまうほどだ。

扇沢から車ですぐの「つるや」さん。

松本ブレンド珈琲、ドライフルーツ、りんごバタージャム等を買い満足できたようだ。(笑)

 

さて夕食を何処で食べようかと思っていたのだが、朝と昼は割と簡単だったのでちょっとだけ贅沢をしたいというリクエストがあった。

「山賊焼きにする?」と言ったのだが「そうじゃなくてウナギとかお肉とかお寿司とか・・・」

自分は運転中なのでそこは妻に任せることにした。

どうやらウナギが食べたいらしい。

店を調べさっそく電話で予約をした。

自分はホテル近くのファミレスで十分と考えていただけに、「う~ん、女とはこうも食べ物に執拗になれるものなのか・・・」と思った。

いや、妻だけかも知れない・・・

 

松本市内に入り、ホテルにチェックインする前に食べることにした。

店の名前は「観光荘」と言って、松本では老舗らしい。

ちょっと入り組んだ狭い路地の中にある店だが、良い意味で建物の古さ(歴史)を感じた。

二人ともひつまぶしをオーダーしたが、席の案内やオーダーの聞き取り、そしてひつまぶしの説明をしてくれた男性スタッフがとても丁寧な人だった。

「店構えだけじゃなく、スタッフも良い感じだね。あとは味はどうかな・・・」

結論から言えば「美味い!」の一言に尽きた。

山岳地帯のうなぎ店には、何故かタレの味が濃い(濃すぎる)店が多い印象があるのだが、ここは違っていた。

確かタレも二種類あり、薬味も三種類あった。

好みで味変ができるというものだ。

皮はパリパリ、身はふっくらで良い焼き具合。ごはんも程よい固さで自分好みだ。

ここまでの味であれば値段は当然のことだろう。

満足だった。

 

この後チェックインし、つるやで買った松本ブレンド珈琲を部屋で飲んだ。

驚いたのは真空パックを開けた瞬間の香りの強さだった。

一杯分の使い切りタイプはよく飲むのだが、ここまで濃さを感じる香りが広がるものは初めてだ。

「これ、剱に行ったらまた買ってこよう。」

思わず出た言葉だった。

明日は松本市内観光の予定となっている。

少し天候が不安だが初めて訪れる場所なので楽しみである。

 


雪の大谷へ「雪原で飲む珈琲」

2025年08月22日 20時20分16秒 | Weblog

ミクリガ温泉は毎年剱の下山時に立ち寄り、ここでソフトクリームを食べるのが自分流の「〆」となっている。

たまに昼食を食べビールを一杯、ということもあるがそれは希である。

一度だけ下山時に泊まったこともあるが、硫黄の匂いがなかなか取れなかった。

 

何年かぶりに食堂へと入り昼食を食べることにした。

室堂ターミナルのレストランよりはメニューの数は少ないが、リーズナブルな点がありがたい。

自分は白エビコロッケ定食を注文した。

確か富山の名物である白エビの旬は夏であり、おそらくは冷凍物だろう。

木のぬくもりが感じられる食堂。

写真には写っていないが、南を向いている窓は大きく開放的である。

メインの白エビコロッケは一つだけで、唐揚げが一緒に付いてきた。

まぁターミナルのレストランでかん高い○国語の喧噪の中で食べるよりは遙かに落ち着く。

 

食後はお勧めのソフトクリームを食べに外へと出た。

ここでは真夏か秋にしか食べたことのないものだが、一面の銀世界の中で食べるのもいいものだ。

ちょっと逆行になってしまったが、白い雪と白いソフトクリーム。

さて、珈琲を飲みにちょっと足を伸ばそう。

どうせならあまり人のいない場所で、さらに剱が見えるポイントであれば申し分ない。

ちょうど良さそうなポイントを見つけ、防水シートを敷いた。

風もなく穏やかな昼時、そして雪原と剱岳。

たまらなく贅沢な珈琲タイムだ。

今回はバーナーでお湯を沸かすのではなく、サーモボトルにあらかじめ朝に沸かしたお湯を入れて持ってきた。

保温性抜群のサーモボトルであり、熱々のお湯を注ぐ。

風がないこともあり、珈琲の良い香りが漂ってきた。

バックがぼけてしまっているが、剱岳に乾杯!

美味い・・・しみわたる美味さだ。

家でもかなりドリップ珈琲は飲んでいるが、不思議なもので山で飲む珈琲の美味さには遠く及ばない。

環境だけでなく、少しでも体を動かした後に飲むということでそう感じるのだろう。

妻は雪の上で珈琲を飲むのは初めてらしい。

今日はまだ暖かいし風も穏やかであるが、真冬の氷点下20°近い稜線上で飲む珈琲はもっと美味いし、ありがたみを感じるよと言ったが、「無理」の一言だった。(笑)

 

午後は帰りに黒部ダムへ寄ることになっている。

もう少しだけここにいたい思いがあった。

後ろ髪を引かれる思いでターミナルへと向かうが、つい振り返っては剱岳を見る。

何度も何度も振り返る。

「ほぉら、どうせ夏に来るんでしょう。登るんでしょう。早く行こうよ。」

「はいはい」

わかってはいることでも、室堂まで来て初めて山に登らなかったということがどうしても尾を引いている。

最後に一枚だけ妻にお願いして撮ってもらった。

(「夏には絶対にまた来るぞ。剱に登るぞ。」)

と心の中で自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


雪の大谷へ「雪の大谷を歩く:復路・ミクリガ温泉へ」

2025年08月18日 09時41分55秒 | Weblog

混雑の中、なんとか写真を撮り終えターミナル方面へと向かった。

往路とはまた違った景色に感動しつつも、雪を纏ったこの時期の剱を早く見たくて急ぎ足となってしまいそうだったが、妻のことを考えればそれは止めた方がいいだろう。

写真を撮ることでゆっくりと歩いた。

すると妻から意外な言葉が・・・。

「ねぇお父さんも撮ったら。」

つまり雪壁にへばりついてみたらと言うことらしい。

せっかくなので一枚だけ。

(「俺は剱をバックの方がいい」)とは言えないなぁ。

よく見ると壁の表面には様々な絵のような物が描かれていた。

文字もあったが、その殆どは明らかに中国語かハングル文字だった。

復路で写真を撮っていると気づいたことがあった。

「ハロ」である。

雪壁をやや見上げるようにしてデジカメのディスプレイを見るとはっきりとハロが目視できた。

試しにスマホでも撮ってみたがより鮮明にハロが分かる画像だった。

「こりぁ間違いなく崩れるなぁ」とつぶやくと、妻から「午後は降るの?」と聞かれ

「いや、今日は大丈夫。明日は間違いなく降られるね。今日来て良かったよ。」とだけ答えた。

太陽の周囲を円を描くように輪ができる「巻層雲」と呼ばれているもので、これが現れると翌日は天候が崩れる。

登山では常識の範疇だ。

 

さて、壁が削られているポイントまで来た。

残念ながらここから直接ターミナルやミクリガ温泉まで行くことは叶わなかったが、その分周囲に人は誰もおらずトレ-スすら無い手つかずの雪原と山を見ることができた。

はっきり言ってしまえば雪の大谷ウォークよりも遙かに大自然を堪能することができる。

これを見ずしてただ歩いて終わりではあまりにももったいない・・・と思っているのは自分だけだろうか。

奥大日岳をバックに一枚。

できれば赤い看板は不要だと思うのだが・・・

「剱岳をバックにもう一枚いいですか」とシャッターをお願いした青年(日本人)に言ったのだが「剱岳ってどれですか?」と聞かれた。

二人の間からちょこんと伸びているのが剱岳。

「あっちが奥大日だけですよ。」と教えたのだが、「みんな同じにしか見えませんよ。」という返事だった。

観光目的であれば致し方の無いことだろう。

 

ターミナルから今度はミクリガ温泉へと向かった。

僅かな距離だが雪原ウォークを楽しむことができる。

妻には6本爪の軽アイゼンを装着してあげた。

自分は爪の短いチェーンスパイクとした。

雪面へのかみつきは6本爪の方が深く安心感はあるが、さほど起伏の無いこのエリアであれば雪山に慣れている自分の方がチェーンスパイクだろう。

基本はフラットフッティング。

上り下りの時、不安を感じたらサイドステップで歩けば大丈夫と、プチ講習会をしてからスタートした。

 

ミクリガ温泉へは昼食をとるために行くのだが、このときだけは剱岳に向かっているようでちょっとした高揚感があった。

 

「何故ターミナルで食べないのか?」と聞かれた。

「はっきり言ってしまうけど、この時期にターミナルのレストランでお昼を食べることはほぼ不可能だよ。ましてや個人で来た観光者は尚のこと無理。外国からの団体さんで連日ほぼ貸し切り状態だし、運良く座れたとしても俺はあんな喧噪の中で食べるのは嫌だし。メニューは少ないけどミクリガ温泉の方が落ち着いて食べられるよ。間違いない!」

敢えて○○人とは言わなかったが、「喧噪」と言うキーワードで分かってくれたようだ。

 

ミクリガ池に着いた。

6月くらいになれば湖面の氷と雪はほぼ溶けているだろうが、この時期は何処が湖面なのかまだ分からない状態だ。

しかしそれがまた良い!

立山連峰をバックにお決まりの場所で撮った。

池の手前側に少しだけ雪が溶けているポイントがあったが、おそらく湖面は凍っているだろう。

別山方面をバックにもう一枚。

ここまで来て人の少なさに驚いた。

あれほどの賑わいだったターミナル周辺とは段違いな静けさである。

「静かでいいだろう。景色だってこっちの方がずっといいよ。食べ終わったらここのソフトクリームを食べようか。俺は剱から下山したら自分へのご褒美としていつも食べているんだよ。たまらなく美味いんだよ。」

そしてもう一つやってみたいことがあった。

食後の珈琲である。

その為の準備はしてきている。

景色も天候も文句の無いこんな日にはちょっとした贅沢だろう。

 


雪の大谷へ「雪の大谷を歩く:往路」

2025年08月15日 11時07分55秒 | Weblog

いよいよ妻にとって念願の雪の大谷ウォークへと向かった。

自分は立山縦走へと向かうバスの車窓からであれば何度か見たことはあったが、この区間を歩くのは初めてである。

一旦ターミナルへと戻りバスの駐車場へと出た。

空を見上げる。

青い・・・

今日だけはほぼ快晴とのことで、ラッキーなことだと思った。

 

ここから見る限りでは混雑しているようには見えないが、この先果たして・・・と思う。

 

路面に残雪は無いことと乾いていたこともあり軽アイゼンは不要だった。

そう言えば室堂平をアイゼンを装着して歩くときに妻に歩行テクを教えるのを忘れてしまったことを思い出した。

まぁミクリガ温泉へ行くときに改めて言えばいいだろう。

 

自分たちの目の前を大きなザックを背負って歩いているグループがいた。

これから雷鳥平キャンプ場へ向かうか下山するかの一行であろうことは容易に推測できた。

「いいなぁ・・・」という言葉が思わず口に出てしまった。

 

まだそれほど混雑していないこともあり、写真を撮った。

題して「雪壁へのべた付き」

この程度の雪壁は特に珍しくもないが、妻にとっては感動ものだろう。

少し歩くと雪壁が削られ開けたポイントが右手にあった。

「おぉ~剱が見えるじゃないか!」

 

 

 

「復路でちょっと寄ってみたい。」と言ったが、要は剱を少しでも近くで見たいだけのことだ。

 

奥へと進むにつれ壁の高さが増してきているのがよくわかった。

同時に人も増えてきている。

垂直に削られている部分だけでも高さは十分に伝わってくるのだが、よく見れば更にその上にこれでもかという雪壁が目視できた。

しかしおそらくは全てが雪では無く、雪が溶けてくれば岩肌のような物が見えてくるのだろう。

それでも冬季は絶対に人を寄せ付けることの無い、一が入ることのできない豪雪地帯であることを改めて感じた。

言い方は悪いが、それを逆手にとって観光として利用している訳になる。

夏の緑と青い空とのコントラストもいいが、やはり青い空には白い雪がよく似合っている。

あぁ~やっぱり登りたい!

 

 

美女平方面からバスが来た。

これはチャンスだ。

壁との比較対象物があればその高さがよく分かる。

ちょうど雪壁の最高地点ということもあり、その高さに改めて凄さを感じた。

今年は昨年より2mほど高い16mということだが、優にバス2台分以上の高さだとういう事が分かる。

それにしても最高地点ということもあり最も人で溢れかえっている。

一緒に写真を撮りたいが、誰にシャッターをお願いすればいいのか迷った。

三脚は持ってきているが、あまり時間をかけたくはないし・・・。

周囲の人の顔を見れば日本人に見えても聞こえてくるのはけたたましい中国語ばかり。

本音を言えば「ここは日本なのに・・・」と思っていた。

はて、どうしたものかと考えていると、自分たちのすぐ後ろに並んでいる女性から声がかかった。

「あの~すみませんが私の番が来たらシャッターをお願いしてもいいですか・・・」

頼まれ事だがこれは逆に助かったと思った。

「はい、もちろんです。じゃぁ私たちの時もお願いしていいですか。」

ということでお互いウィンウィンとなった。

「お二人の声が日本語だったのでちょっと安心したんです。良かったです。(笑)」

「いや、自分たちも同じですよ。(笑)」

デジカメとスマホでたくさん撮っていただいた。感謝である。

確かに実際にここを歩きその高さに驚き感動はする。

だが、どうしても所詮は人工的に造られた構造物の様な感じがしてならない。

そのことを口に出すことはしなかったが、少しでも近くで剱が見たくて仕方が無かった。