ひとり旅への憧憬

気ままに、憧れを自由に。
そしてあるがままに旅の思い出を書いてみたい。
愛する山、そしてちょっとだけサッカーも♪

赤岳と横岳:硫黄岳から大ダルミ

2017年06月25日 21時24分13秒 | Weblog
硫黄岳山頂の向こう、右手(北)の通称「大ダルミ」と呼ばれるポイントを、ゆっくりと・・・本当にゆっくりと雲が流れて行く。

雲の流れを見れば、風の強さの検討がつく。
「こんなの初めてだ・・・。今日はラッキーだ。」
そう思わざるを得ないほどにゆっくりとした雲の流れだった。

時折赤岳が顔を覗かせては、またガスの中へと隠れて行く。
2500mを越えたあたりからの岩肌に積もった雪と、流れて行く雲。
どちらも同じ「白」ではあるはずなのに、微妙に違ったコントラストとなって雪山の美しさを描いてくれていた。


大きな岩が目立ち始めた。
「さぁ、山頂までほんのひと登りだ!」
「こんなに穏やかな風の日ってあるんですね。」
「いや、記憶が正しければ、八(やつ)では俺は初めてだよ。」


硫黄岳山頂は通過するだけの予定だ。
だから大好きな岩稜地帯で南八ヶ岳の全容を見ておきたかった。

ほどなくして硫黄岳山頂に到着した。
お互いに写真を撮ったが、AM君の「爆裂火口の前でいいですか?」というリクエストに応えることにした。


これから縦走する予定の横岳がはっきりと見える。


爆裂火口手前でハイポーズ!

「ここ(硫黄岳)を下ったらおそらくは小屋の屋根があるから、そこで休憩にしよう。そしたら一気に横岳を越えて三叉峰まで縦走。核心部の前半ってところかな。」


硫黄岳山荘に向けて下る。
ルートに沿ってケルンが設置されており、濃いガスが出てもルートを外れることはない。
本来であればこの辺りは最も風が強く吹き荒れており、バラクラバをしていても頬がバリバリになってしまいそうな程だ。

自分の目の高さとほぼ同じ位置(標高)で雲が流れて行く。
硫黄岳山荘は、おそらくはあのガスの中あたりだろうと推測した。
「着いたら何か食べておいた方がいいよ。三叉峰まではゆっくりできるポイントは無いから。」

小屋に着きザックを外して腰を下ろした。
「えっ、ここってひょっとして屋根の上ですか?」
少々驚いた様子だったが、雪山であれば珍しいことではない。
「そうだよ。夏じゃできないけど、今日だけは特等席かな。」
笑って答えたが、それもそのはず。
一番の風の通り道だけに、一切の遮蔽物のないこのポイントで休憩できるなんて考えてもいなかったからだ。


屋根に寝そべって煙草を吸うAM君。


行動食を摂取。
もちろん水分とニコチンもね♪

あまりの穏やかさにのんびりとしてしまった。
「さぁ、行こうか! もう一度気を引き締め直さないとこれからはやばいから。」
と、言いつつも、内ポケットに入れておいた水筒の飲み口が凍ってしまい、あまり水分を摂取できなかった。

鉄パイプにできた「エビの尻尾」を思わずパクリ。
そして足下を見れば、想定していた通りのアイスバーンが出始めていた。
前回も、その前も確かこの辺りからアイスバーンを確認した覚えがあったのだ。


核心部が近づいてきたことを改めて感じるアイスバーン。
大ダルミを越え、台座の頭を過ぎればいよいよ「奥の院」となる。
今年は残雪が多く、そのことがどのように影響しているのか・・・。

奥の院手前のリッジが最も気になる。

赤岳と横岳:シュカブラ

2017年06月20日 00時25分05秒 | Weblog
ここから先へのルート登攀に向けてギアを変えた。
先ずはヘルメットを装着、そしてストックからピッケルへと完全冬山装備で挑む。


すぐ真上にはでかい雪庇が今にも崩れ落ちそうに発達していた。
「あれが雪崩れたらひとたまりもないなぁ。さっさと上に行こうか。」
「すごく重そうですね。早く登っちゃいましょう。」

今いるポイントからそのままトラバースし、その後に直登してもいいかなと考えた。
しかし雪庇の真下を通過するのはあまりにも危険すぎる。
やはり安全第一で、当初の予定通り雪庇の手前を登ろうと決めた。

赤岩の頭よりやや硫黄岳寄りのポイントまで一気に直登開始。

雪庇が徐々に近づいてくる。
その不気味さに気持ちが負けそうになる。

何度もふり返りAM君を確認した。
「さぁここは一気一気だ!」

膝くらいまで埋もれながらの急登攀は結構きつい。
僅かに10分足らずの急登攀だったがこの時は脚に堪えた。

稜線まで登り切り、膝に手を当てながら息を整えた。
顔を上げてみれば、目の前には硫黄岳山頂へと向かう広大な「シュカブラ」が・・・。

何て美しいのだろう。
この冬の厳しさからしか生まれてこない大自然の造形美を、何に例えればいいのだろう。
まだ十分に整っていない呼吸であるはずなのに、ため息が出そうだった。

クラスト状に固まったシュカブラの上をゆっくりと登って行く。
「カシュ! カシュ!」と一歩一歩の音が心地よい。
「ん、待てよ。シュカブラを噛むアイゼンの音が聞こえるって・・・。」
そう、風が微風なのだ。
いやはやこれには驚いた。
何度もこの季節に訪れているが、こんな微風の日があるだなんて・・・。
曇天ではあるが、八ヶ岳連峰そのものの視界はいたって良好。
アイゼンの音で気付いた微風状態に思わずニンマリとしてしまった。


ノートレースのシュカブラの上を歩く。
「ウォー! こりゃ何とも贅沢な雪山だ」
と、何度も思いながら硫黄岳山頂を目指した。


こんな贅沢で楽しい気分は久しぶりのような気がする。
だが、一つの疑問があった。
昨日下山したあの山岳部の高校生達は、どこを通って鉱泉小屋まで、或いは硫黄岳まで行ったのだろうか。
昨夜から今日にかけては降雪は無かったし、いくらこれだけ幅の広いシュカブラルートとはいえ、一本のトレースも見かけないのは不思議だった。
「まぁいいか」


南を見れば、昨日登った赤岳と、これから縦走する横岳がくっきりと目視できた。
そして、北を見ればこれまた感動的な景色が・・・。

北アルプスである。
右に赤岳、左に北アルプス。
「たまんないね。ずっとこの景色を見ていたいくらいだなぁ。」
「すごいです。これ一生の思い出になります。」
AM君の一言は自分にも嬉しかった。
彼を連れてきて良かったと改めて思った。
夏山には夏山の素晴らしさがあり、雪山には雪山にしかない美しさがある。
どちらも甲乙つけがたいのだが、どちらか一つを選べと言われれば、僅差で雪山に軍配は上がる。
夏山以上に苦労をして登り、その甲斐あってこそ見ることができる厳しさの中から生まれる美しさ。
過去には命の危険にさらされることもあったが、それでもほんの数回は今日のようなご褒美がもらえるのだ。


少し雪庇に近づきすぎたが、もうすぐ硫黄岳山頂だ。
つい一月前、ちょうどこのあたりで風速30mの猛烈な風に何度も体ごと吹き飛ばされていたことが嘘のようだ。

ありがたい・・・。
今日のこの微風は本当にありがたい。
休憩をする時でも、風を気にせずゆっくりと行動食を摂ることができる。
ライターの火を手で覆うことなく煙草に火をともせる。
背中の汗冷えを気にすることもあまりない。
ゴーグルをする必要もない。

こんな横岳縦走は初めてのことだ。

赤岳と横岳:いざ、横岳縦走へ!

2017年06月13日 01時53分30秒 | Weblog
三月後半、標高約2200mの雪の世界。
自分の住んでいる所と比べて気温は凡そ14°ほど低くなる。

就寝時の寒さ対策は問題はなかったが、夜中に数回目が覚めた。
「今、何度くらいだろう・・・」
そう思ったが、温度計を見る為に敢えてシュラフから手を出すことはためらった。
「十分あったかいし、まぁいいか。」
目を閉じるとすぐに眠りに就くことができた。
そりゃそうだ、なにせ昨夜は軽い仮眠を1時間程度とっただけ。
ましてや昼間は赤岳登攀だったし、体は疲弊している。

早朝3時30分にアラームの音で目が覚めた。
LEDランタンの灯りをつけ、ゆっくりとシュラフから上半身だけを出した。
吐く息が真っ白だった。
それでもシュラフカバーの上に体から出た水分(水蒸気)が凍ってバリバリになっていることはなかった。
「う~さっみぃー」
手袋をしたままお湯を沸かし、珈琲を飲んだ。
甘ったるいスティック珈琲だが、糖分が入っているだけ若干だがカロリーが摂取できる。
ゆっくりと飲み干し、今度は朝食の準備にとりかかった。
メニューは餅しゃぶと雑炊だ。
スライス状の餅をお湯でしゃぶしゃぶし、お汁粉に浸して食べた。
薄い餅だが10枚を食べた。
ただ下山するだけならもうこれで十分だろう。
しかし、今日はこれから横岳縦走が待っている。
ここをスタートして戻ってくるまで7~8時間はかかる予定だし、やはりもっとカロリーを摂っておくべきだ。
FDの「かに雑炊」を胃にかき込んだ。
朝食にしては少し量が多かったかとも思ったが、結果として多めに食べておいたことで後々助かった。

コッヘルを片付け身支度を整え、アタックザックの中身を最終チェック。
ヘッデンの灯りがテントの中を右に左にとせわしく動く。
隣のテントでも、ガサゴソとAM君が準備をしている音が聞こえてきた。

外に出て出発前の一服をした。
星は出ていなかったが、ガスってもいない。
「さて、いざ出発だ。」
予定より20分程遅れての出発となった。

「ガシュッ ガシュッ」というアイゼンが雪を噛む音が聞こえる。
さすがに一番冷え込んでいる時間帯だけに、昨日の昼間とは雪を噛む音が違っていた。

自分のヘッデンは、灯りの強さを3段階に調節できる。
スタート時は電池を節約するため「中」で照らしていたが、安全の為には「強」に変えた方が良いと判断し、スイッチを切り替えた。
「うん、やっぱりこの方が雪面の凹凸がはっきり見えて安心だ。」
樹林帯の中はまだまだ薄暗く、ヘッデンだけが頼りの登攀だった。


幸いトレースはしっかりと残っており、迷うことは全くなかった。
まだこの暗さでは、赤テープを見つけながらの登攀はできなかったのだ。

「赤岩の頭」直下まで、約2時間を予定している。
その間ずっと樹林帯の中をひたすら登るだけのコースだ。
ジグザグにとられているルートだったが、予想通り無理矢理直線ルートになっているポイントが何カ所もあった。
雪山ならではの「端折りルート」ってやつだが、かなりの斜度になっていた。
それでも何回かはこの端折りルートを利用させてもらった。
「昨日の高校生達かな?」
「人数が多かったからトレースがしっかりと残っていて助かりますね。」
そんな会話をしながらひたすら樹林帯の中を登って行く。


スタートして1時間も経過すると、もうヘッデンはいらなくなっていた。
休憩を兼ねヘッデンをザックに戻した。
煙草を吸い水分を摂ったが、行動食を摂るまでには至らなかった。
それだけしっかりと朝食を食べたからに他ならないが、やはり登山において朝食は重要だと改めて思った。

やがて樹木が少しずつまばらになってきた。

阿弥陀岳や赤岳方面の稜線が樹林の隙間から見えるようになってきた。
どんよりとした曇り空だが、何と嬉しいことに、風を殆ど感じることがなかった。
これには正直驚いた。
雪の南八ヶ岳登攀縦走は何度もしているが、こんなに風を感じない日は一度もなかった。
もう少し登ってみて、硫黄岳手前あたりでも風が今のようだと、もうラッキー以外の何ものでもない!
まぁあまり期待はしていないが、体が煽られる程度は仕方あるまいと思っている。


ほどなくして遠くに「大ダルミ」と思える所が目視できるポイントまで登ってきた。
やっと樹林帯を越えたのだ。
「さぁ、もうすぐ赤岩の頭だ。ここから先は樹木は一本もないよ。今度は雪と岩と氷の世界だから。」
「氷ですか?」
「そう、ピンポイントでいたる所アイスバーンだらけのはずだから、爪をしっかりと食い込ませて登ろう。落ちたらやばいよ~(笑)」


空は曇っていた。
しかし、やはりここでも風を感じることは殆ど無かった。
小枝がごく僅かに揺れる程度で、これなら汗冷えもあまり気にならないだろう。
汗冷えをあまり気にせずにすむことがどれほどありがたいかは嫌という程知っている。
休憩時にいちいち中間着をザックから取り出さずにすむだけでも助かる。

赤岩の頭手前ので休憩らしい休憩をとった。
水分、塩分、カロリー、そしてニコチン(笑)。
スタートして初めてゆっくりとした。

お菓子をくわえて、煙草を吸う真似をしながら赤岩の頭付近を見上げるAM君。
「雪庇はまだ見えませんけど、よく雪崩れる場所ってこの近くですか?」
「そう、ここを少し登れば雪庇は見えるはず。何年か前には雪崩で死亡事故も起きてるしね。ここから稜線までは一気に登っちゃう方が安全だから。」


休憩を済ませ、ザックを背負った。
そしてここからヘルメットを装着することにした。

「赤岩の頭」そして雪庇。
今日、まさかこの数時間後に雪庇が崩れ雪崩が起きようとは・・・。



















赤岳と横岳:まだまだ寒い夜

2017年06月09日 23時38分33秒 | Weblog
直線的なナイフリッジを過ぎ、北側(右側)へと急斜面を下った。
この先僅かに階段が雪面から顔を覗かせてはいたが、この階段を下れば確かシリセードで一気に樹林帯まで下りることができたはずだ。


二年ぶりのこのコースだが、「えっ、こんなに急だったか?」と思える程の斜度に見えた。
それでも毎回ここでシリセードで下ってはいたはずだ。
「おっしゃぁ! 一気に行くけど、加速には気をつけて。行けるところまでと思っているその手前で止まることが安全だから。」
と言って先に滑り降りた。
後からAM君が下りてくる。
すこし歩いて今度は樹林帯の中でのシリセードとなった。
「今度は加速してしまうと木に激突してしまうから、さっき以上に無理は禁物だよ。短めの距離を何回か繰り返した方が安全だから。」

この二回のシリセードのおかげで一気に時間と距離を短縮することができた。
行者小屋までもうすぐだ。

テント場に着いたのは17時頃になってしまっていた。
すぐに夕食の準備に取りかからねばならない。
今夜のメニューは・・・と言うより、今夜も「鍋」だ。
冬の定番と言えば「キムチ鍋」だが、今シーズンは未だキムチ味を食べてはいない。
コッヘルの大きさは十分なのだが、さすがに最初に入れた時の野菜ははみ出してしまいそうだった(笑)。

ニラ、エノキ、白菜の三種だけだが、空腹には最高に美味い!
第一弾の野菜キムチ鍋を食べ、いよいよ第二弾の「肉」だ。


キムチ鍋の場合は豚バラ肉が定番らしいが、今夜はちょっと贅沢にロース肉をチョイス。
購入してからほぼ丸一日が経過してはいるが、天然の冷蔵庫のおかげで新鮮そのものだ。
ロース肉、そして水餃子を一緒に煮込んでいただきま~す♪
肉も美味いが、何と言っても冷え切った体の中にキムチの辛さがしみ渡り、少し汗をかく程となった。
季節は3月の後半。
下界ではもう桜の開花予想がそこここで聞こえてきているが、ここはまだ明らかに冬。
厳冬期ではないにせよ、氷点下の世界だ。

鍋の〆はやっぱり雑炊ね♪
「キムチ味」に「マイルド豆乳味」をミックスし味に変化をつけた。
これはこの冬何度か実践してみた雪山料理の経験から得たとっておきの味付けだ。
美味い! 実に美味い!
体は十分に暖まってくれているだけに、落ち着いて食べることができた。

食後に珈琲を飲みながら明日の縦走予定ルートを地図で確認した。
天候は決して良くはないが、降雪になるほどではない。
問題は「風」だ。

コース上の危険ポイントの数では、今日以上になることは間違いない。
そこに強風が加われば決して無理はできないコースだ。
もちろん「赤岩の頭」付近での雪崩にも注意が必要となる。
自分自身にのしかかってくる責任も今日以上となるだろう。
「楽しみたい」しかし、やるべきことをしっかりとやらなければリスクはあまりにも大きい。
「明日は、今日以上に冷静さが必要かな・・・。でも楽しもうよ!」
そう言って一服をしに二人で外へと出た。
とんでもない寒さが襲ってきた。
せっかく暖まった体が急激に冷えてきた。
「う~~さっみぃ~。 じゃぁ明日は5時スタートね。」

星は見えてはいなかったが、明日は風が穏やかであることを祈るばかりだった。

赤岳と横岳:地蔵尾根(クサリ設置に思う)

2017年06月06日 22時08分43秒 | Weblog
赤岳の頂上から先ずは展望荘の小屋まで下山する。
時間にして40分もあれば足りるが、それはあくまでも天候と雪質に恵まれた状況による。


雪山ならではのルートファインディングで、一直線にルートを取れればあっという間の下山となるだろうが、そうは簡単に許してはくれない。
右に左にと、ジグザグルートで下山しなければならなかった。
とりたてて難しいルート取りではないが、結構面倒くさかった。
「ここは真っ直ぐ行ってもいいかな・・・」と思えるポイントが幾つもあったが、やはり今日は一人ではない。
仲間のことを考えれば敢えて安全確実なルート取りをすべきだろう。


展望荘の小屋を過ぎ、もうすぐ「地蔵の頭」というポイントに来た。
明日通る予定の「日の岳」「ルンゼ」「二十三夜峰」あたりが十分に目視できる。
西と東の風がぶつかり合い、稜線を境にして鍔迫り合いをしていた。
時折ガスの隙間から見えるルンゼを指差し「明日はあのルンゼを下りてくることになるから」と説明した。
「ひぇー! あそこですか・・・。あそこを下りるんですか・・・。」
ややビビっているようだったので、ルンゼを見上げながらルート取りを説明した。
「おそらくはかなりの積雪で、場所によっては腰あたりまで埋もれることは覚悟した方がいいと思う。ルンゼを下る時のスタートポイントは東側になるけど、そこから西に向かって斜めにトラバースしながら下りれば大丈夫。一番気をつけることは真っ直ぐに下りないこと。スピードを出しすぎて真っ直ぐ下りてしまうと谷へ落ちてしまうから。大丈夫だよ。先ずは俺が先導するから、ゆっくり付いてくればOK!」

とは言ったものの、内心は不安だった。
「横岳手前のリッジ、鉾岳の西壁、他にもやばいポイントはあるもんなぁ・・・」
しかしそのことを口に出しては言わなかった。
「言えなかった」の方が正しいかも知れない。
何故なら、今現在を考えれば、このすぐ先にはナイフリッジが待ち受けている。
これ以上の不安を煽ることだけはやめた。

ほどなくして地蔵の頭へと着いた。
「ここから暫くは岩と雪のミックスルートだけど、西側を向いている分だけ雪が多いと思う。すぐ先にはナイフリッジがあるけど、絶対にリッジの南側(左側)は通らないこと。
落ちても俺も助けられないから見捨てて下りちゃうよ(笑)」
緊張をほぐしてあげようと笑いを誘ったつもりだったが、果たして・・・。

急斜面の岩稜地帯を下り、いよいよナイフリッジにさしかかった時だった。
「へっ? あれっ? なにこれ? なんで?」
拍子抜けしてしまうような光景が目に入ってきた。
なんと、ナイフリッジの直線ルート区間にクサリが設置されていたのだ。
しかもご丁寧に手すり状に設置されている。
あっけにとられる光景だった。


この画像には写ってはいないが、リッジの直線区間の北側(右側)には手すり状のクサリがご丁寧に設置されていた。

ありがたいとはこれっぽっちも思わなかった。
むしろ、ありがた迷惑でさへあった。
だからクサリには一切触れずに、クサリの左側を危険を承知で通った。
「不安を感じたらクサリに捕まって通って来て!」とだけAM君に伝えた。
彼もクサリは一切触れずに通過した。

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これから綴ることは持論であって正論ではない。
反対意見を持っている方もいるだろうが、あくまでも「持論」ということで・・・。

この区間に手すり状のクサリを設置した理由は二つ考えられる。
(1)安全登山のために
(2)より多くの人に赤岳を登ってほしいために

(1)については理解できる。
この区間はそれだけ危険性が高く、滑落事故が起きやすいポイントであることは十分承知だ。
しかし、中には自分のようなへそ曲がりな登山者がおり、「余計なもの設置しやがって。こんなものいらない。危険さを乗り越えてこその登山なんだから。」と感じている輩も少なからずいるのではないだろうか。

さて、(2)についてだが・・・。
危険性の高い場所にクサリが設置されたことにより、いろんな事が起きてくる。
そのひとつに「あそこがクサリ場になってくれたおかげで、やっと赤岳に登ろうと決めることができたよ。」
と言って、より多くの人たちが赤岳を目指すことができるようになった。
これは夏山に限ったことではなく、冬山においても同じだろう。
「文三郎尾根は厳しいから、地蔵尾根を往復すればいい。しかもクサリがあるから大丈夫だ。」と・・・。

何が言いたいか。
つまり「技術、知識、経験が未熟な者でも少しだけ気軽に登れる山」になってしまったのだ。
より多くの者が登れるということは「未熟者も含めて」と言うことになってしまうのだ。
この危険性は過去の登山事故件数が確かな証拠を示している。

登山は趣味で行っている人が大多数であり、山岳会などには属さずに個人や友人仲間で登る人が殆どだ。
だからそれだけ未熟者が多くなってしまう。
技術や知識が義務化されている訳でもなく、あくまでも個人の趣味。
クサリ設置の情報が書籍やネットで広まれば、「よし、行けるかも・・・」と思う人が必ず増える。
たった一本のクサリが設置されただけで、未熟者がこぞって赤岳を目指す。
これじゃ事故が減るはずもなく、かえって増えるだけだ。
危険性が高かったからこそ、人を拒み、一定の者だけしか登ることができなかったのだと思う。

クサリを設置することが悪いと言っているのではない。
それにより逆の事象が起きてしまうことが、現実としてあることを見過ごしてはならない。