ひとり旅への憧憬

気ままに、憧れを自由に。
そしてあるがままに旅の思い出を書いてみたい。
愛する山、そしてちょっとだけサッカーも♪

長治郎谷右俣「ガリーそして北方稜線」

2019年11月29日 00時11分49秒 | Weblog
池ノ谷乗越に立ち、ガリーを見下ろす。
天候(有視界)にも恵まれ、遥か北方稜線までをも見通すことができた。

僅かに二年前の夏、濃いガスの中で何度か道迷いしながらも辿り着いた乗越だった。
初めてのガリーにややおののく自分だったが、裏剱の圧倒的な岩峰群に感動もした。
「せめてガスが取れて風景が愛でればなぁ」と何度も思ったものだ。


乗越から改めて北方稜線とガリーを見下ろす。

手前の赤丸が「小窓の王」であり、その下部に伸びている赤い矢印の直線部分がバンドとなる。
通称「発射台」とも呼ばれており、このバンドがなければどうやって北方稜線を縦走するのかと考えてしまう程ありがたい貴重なバンドだと思う。

そして気になったのが、ほぼ中央部分にある青丸だ。
雪渓であることは遠目でも分かるのだが、果たしてあの滝の様な急斜面の雪渓なのだろうか。
「こんな急角度の雪渓をトラバースだなんて・・・。なるほど滑落死亡者が出るのも当然か。」
そう思いながらかなり慎重に渡った覚えがある、あの雪渓なのだろうか。

懐かしさを伴いながら暫し見とれてしまった。
さてほんの短時間だが、せっかくここまで来たのならガリーを体験せずに通り過ぎてしまうにはもったいない。
5分程度だけ下ってガリーを体感してもらうことにした。

先ずは自分が先に下る。
注意することは第一に慌てないこと。どれほどゆっくりと一歩を踏み出しても岩は必ず崩れる。
だからその崩れをどれだけ抑えることができるかだ。


この辺りはまだ良い方で、足場もそれなりに落ちついいている。
この先からは細かな瓦礫が積み重なった状態であり、どこを通っても大なり小なり岩雪崩は起きる。
「これじゃストックがあってもあまり意味がないですね。」
と苦笑いしながら一歩一歩に苦労しているAM君だったが、そろそろ戻らねばならない。
予定しているコースタイムにあまり余裕がないのだ。
残念ではあったが乗越まで登り返すことにした。
「次は単独でおいでよ。北方稜線もなかなかのところだし、ガリーを嫌と言う程味わうことができるよ。(笑)」
「いやぁ・・・まだ無理っす。」
彼の本音だろう。


完全ではないが、赤い矢印の線が北方稜線ルート。
途中にある青丸が「三の窓のコル」と呼ばれ、ここに数張りテントを設営することも出来る。
いつかは晴れた日にあのコルに立ち、三の窓雪渓(三の窓氷河)を見下ろし、クレオパトラニードルを見上げてみたいものだ。
コルから乗越までの区間が池ノ谷ガリーであり、一般的には一時間程で登ることが出来る。
この画像ではあまり正確性が無いため短い距離にしか見えないが、けっこうなかなかのものだ。

参考までに・・・。

小窓の王のバンドあたりから見たガリーと北方稜線。
かなりの急斜面であることが分かる。



ガリーのアップ画像。
ガレ場であることが良く分かる。
上部の緑の四角ポイントが池ノ谷乗越であり、自分たちが反対側から登り切った場所。
その下にある赤丸辺りが今回下ってみたポイント。


上半身を前屈みにした程度では登攀することはできない。
斜度が急なだけならまだしも、足元のあまりの不安定さにどうしても手を突いてしまうし、そうしなければ危険すぎる。


乗越に戻った後に感想を聞いてみたが、想像以上に不安定で厳しかったらしい。

さて、少しエネルギーを詰め込んだら今度は岩壁登攀だ。
まだまだ続くよ裏剱北方稜線!

長治郎谷右俣「乗越に立つ」

2019年11月24日 23時47分38秒 | Weblog
長治郎の出会いをスタートし、乗越到達まで3時間15分だった。
一般コースタイムが休憩無しで2時間30分ほどだから、途中休憩を含めて考えれば決して遅くはない。
「へぇ~俺、まだ結構いけるなぁ(笑)」
と、勝手に感心しながら到達の歓びに浸っていた。


先に到達していた青年に撮っていただいた。
満足・充実・そしてまだルート半ばではあるものの達成感で一杯だった。


決して強制をしたつもりはなかったが、「行きたいです。登ってみたいです。」という彼の意向があって共に挑んだ右俣。
彼もまた充実感を味わっていた。


最後の一時間は唯々「きつい」の一言に尽きたが、念願の右俣到達はそのきつさを忘れさせてくれた。

右俣からの池ノ谷乗越は、実はその反対側の「ガリー」と呼ばれる到達地点でもある。
つまり、池ノ谷乗越を頂点として考えた場合、北に向かって下って行くのが池ノ谷ガリーであり北方稜線。
南に向かって下って行くのが右俣であり長治郎谷となってる訳である。

AM君には出発の数ヶ月前からガリーについてはいろいろと説明をしてきた。
もちろん悪い意味での説明となるが、当然である。
あの悪名高き「池ノ谷ガリー」をいい意味で説明せよと言う方が無理だ(笑)。
「果敢にチャレンジすべきだ」と、意欲をかき立てるにはもってこいかも知れないが、決して安全に対しては責任を持つことは出来ない。


右俣とは反対側をバックに一枚。
懐かしい二年ぶりのガリーのてっぺんだ。

AM君がガリーを見下ろして一言。
「こりゃたまらないですね。ふんばりが効きそうにもないですし、落石の集中砲火ですね。」
なるほど、落石の集中砲火とは上手いことを言ったものだ。
などと感心している場合ではない。

そうは滅多に人が訪れるポイントではないし、AM君自身が今度いつここに来るかも分からない。
ということで、せっかくなのでガリーを実際に体験してもらうことにした。
ただし時間に余裕があまりないので、片道5~6分程の「ガリー簡単お試し体験ツアー」である。

長治郎谷右俣「立ち尽くす・・・」

2019年11月20日 09時36分58秒 | Weblog
長治郎谷右俣のゴールである池ノ谷乗越へは、ゴール直前にやや左へと曲がるコースを取る。

その曲がるポイントへと辿り着いた。
(「目の前だ。やっとここまで来たか・・・」)

この辺りからやや左へと曲がり乗越へと登る。
おそらくはあと数分程で登り切るだろう。

振り返ればAM君がすぐ後方にいた。

ピッケルを「ステイクポジション」にしていることが、疲労度と斜度の厳しさを物語っている。
若いとは言え、彼もまた右俣というバリエーションルートの洗礼を受け続けていた。


「あと数十メートルだ! 乗越直前だよ。」
「うっす。(ハァハァ) あそこですね(ハァハァ)」
疲労だけではない。
標高の高さも相まって息が切れそうになっている。
だが、彼の表情が僅かに微笑んでいたのがわかった。
遂に登り切れる。
やっと終わり。
そんな思いになっているのだろう。


キックステップは相変わらずあまり効かないので、ダックウォークとの併用であればそれほど体の向きを変えることなく登攀できることから、最後はこの組み合わせだった。

AM君には申し訳なかったのだが、ここで我が儘を言わせてもらった。
「乗越へのラストは単独で登らせて欲しい」という我が儘だった。
本来なら二人一緒でとなるのだが、この右俣ルートへの長年の思いに我が儘を言わせてもらった。
「もちろんですよ。自分は連れてきてもらっているだけでも嬉しいんですから。後ろからバッチリ撮らせてもらいますね(笑)」
「申し訳ない。ありがとう。」
勝手な我が儘だと重々承知であったが、最後の数分だけ本来の自分の登山スタイルである単独で登った。


乗越まであと数メートル。
両サイドはシュルンドとなっており、深くえぐられていた。
安全に足が置けて、ピッケルを刺すことができる幅は1メール程しかなかった。
運が良かった。
あと一週間もすればこの1メートルも溶け落ち、真横一直線のシュルンドなっているだろう。
最後の最後で雪壁登攀となるか、右へと巻いて崖を登るしかない可能性は高い。

残り数歩、雪渓の縁が見えた。
そして縁の下には乗越の岩場が・・・。
先に登り終えていたあの青年の姿も見えた。

最後の一歩、右俣雪渓の縁に立った。
(「越えた・・・」)
両手で握り拳を作り叫んでしまった。
「右俣制覇!」


実を言えば、この時のことはあまり正確には覚えていない。
感動はあったのだが、それよりも感極まってしまっていた。

ピッケルを刺し、ただ立ち尽くしていた。
青年が「やりましたね。おめでとうございます。」
と言ってくれた時だった。
自分でも考えられなかったし、予測などできなかった。

涙がこぼれてしまった。
右手で目を押さえ顔半分を隠すようにしたが、後からも後からも涙が溢れてきた。
「すみません。いい歳して恥ずかしいです。ただ、やっとだったんです。ずっと何年もチャレンジできなくて、やっとだったんです。」

青年の言葉が嬉しかった。
「いえ、なんか自分も元気もらいました。本当におめでとうございます。」

いつの間にかAM君がすぐ左側に立っていた。
どうやらスマホで動画を撮っていたようだ。
後日泣きじゃくっている自分の動画を見たが、恥ずかしくて見たのは一度きりだ。

AM君とガッチリ握手を交わしたが、この感動は握手ではなくむしろハグの方が素直な思いだった。
抱き合い、お互い歓びを分かち合った。
山でなければ、劔岳登頂ルートでなければ、バリエーションルートでなければ、そして右俣ルートでなければこれほどの感動を味わうことはできなかったろう。

厳しく辛くとも、登山でなければ作ることができない、登山ならではのその先にある笑い顔がある。

「きつかったねぇ」と言うと
「こんなにきつかったのは初めてです。」

長治郎谷右俣を見下ろしながら、二人同時に煙草に火を付けた。
美味かった。

長治郎谷右俣「もうすぐなのだが・・・」

2019年11月18日 00時02分24秒 | Weblog
熊の岩を越えてどれくらい経っただろうか・・・。
10分、それとも15分。
距離や標高からではなく、時間経過で池ノ谷乗越までの登頂を計るようになっていた。
(「目安は50分だ。ゆっくりだとしても1時間もあれば登り切れるはずだ。」)
そんなことを考えながらも暑さと斜度の厳しさに嫌と言う程攻められ続けていた。

息は切れ心拍数が上がっているのはわかるが、ある意味惰性的なペースで登攀できている。
悪いことではない。
(「100歩。100歩ずつだ。それでいい。マイペースで100歩登ろう。」)


若いとは言え、AM君もかなりきつそうに見えた。
体力的なことよりもこの暑さだろう。

もうこの辺りからお互いに無口になってしまっていた。
それまでは「どう? きつい?」
などのごく軽くであっても会話というものがあった。
しかし今は殆ど無い。
自分のことで精一杯になってしまっていた。


ダブルアックスでもきついと感じている。
体力ではなくやはり暑さだった。

お互いに各自のペースでの登攀であり、途中息を整えるのも自由。
AM君が休んでいても、100歩の途中であれば自分は登り続けた。
抜いたり抜かれたりを繰り返して登る。


「(乗越が)見えているだけどね。」と言うと「きついですね。ホントもうすぐそこに見えているんですけどね。」
お互いに分かってはいる。
乗越が近いことは十分に分かってはいるし、見えてもいる。
「俺のことは気にしないで先に行って。」
「はい、マイペースで登ります。でもキックステップがさっきよりも効かなくなってきました。」
「ハハハ、俺もだよ。ズルズルだ(笑)」

久しぶりの会話のような気がした。


彼も四つん這いを余儀なくされている。
が、本音を言えば自分のことで精一杯だった。
それほど熊の岩からのラストは厳しかった。


AM君が時折上から撮ってくれているのだが、全く気付かない。
雪面だけを見て「56、57、58・・・」「右俣だ。俺は今やっと右俣にチャレンジできている。」
と、ぶつぶつ言いながら登るだけ。
かと思えばアイゼンの前爪が「ズルッ」と抜けて、せっかくの貴重な一歩がマイナス一歩となり元に戻ってしまう。


キックステップが効かず、30~40㎝ほど戻ってしまっている。

ダイアゴナル、ダックウォーク、サイドスッテプなどいろいろ試しながら登攀してはいるのだが、やはりどうしても最後はキックステップでの登攀になってしまう。
その方がペースを掴みやすかったからだ。
そのくせ「ズルッ」となったら「あっ、どこまで数えたか忘れちまったよ。くっそー」と愚痴をこぼす。

暑さに辟易し、愚痴りながらも一つだけ冷静に判断できていることがあった。
シュルンドとクレパスが目立ち始めてきていたことだ。
幸いに中央ルート辺りは大丈夫だったが、左右には大小幾つもの亀裂があった。
(「気をつけなきゃ・・・」)
そう判断できるだけの冷静さは残っていた。


見えている。
あきらかにあのポイントが、あのコルが池ノ谷乗越だ。

もうすぐなんだけどなぁ~・・・


長治郎谷右俣「右俣を登る」

2019年11月15日 00時09分40秒 | Weblog
熊の岩の比較的平坦なポイントには一張りのテントが設営されていた。
テントの大きさから言って単独か多くても二人だろう。
人の気配はなかったので、すでに何処かの岩峰にクライミングに出発したと推測した。


AM君の後方に見えているのが熊の岩のポイント。
岩崖に近い方は斜度が厳しくテントを設営できないが、少し登ればほぼ平坦な場所となる。
その平坦なポイントに向かって左へとコースを変えるのが「佐俣コース」であり、長治郎のコルへの登攀となる。
劔岳に登るには当然この佐俣コースの方が遥かに時間の短縮となる。

事前の下調べ通り、熊の岩を越えてからの右俣コースは斜度が厳しくなった。
佐俣がそうであるように、右俣もまた今までよりも体力が必要となってくる。
そしてこの辺りからピッケルをもう一本取り出し、Wアックスで登攀することにした。
必要かどうか、持って行くべきかどうかは迷うところだったが、ベーシックタイプの軽量ピッケルであり「これならそう荷物にはならないだろう」と判断し持参した。


登攀がすこぶる快調になった。
楽である!
体力の衰えをギアでカバーできるのならやはりそうすべきだと痛感した。


本来であればピッケルは一本で足りるところだろうが、ここは見た目以上に斜度はきつい。
安全のためというよりは体力の消耗をできるだけ抑えるためだ。
持ってきて大正解のギアだった。

一人の青年が自分たちを追い越していった。
単独で「チンネ」のクライミングに挑むそうだ。
素晴らしいことだが、自分にはとてもじゃないが無理なこと。
お互いの安全を祈って分かれた。
ついでだが、彼は片手にピッケル、もう片手にストックを用いて登攀していた。
「若者でもそうなんだ。」
なんかホッとした(笑)。


一本休憩を取った。

熊の岩から右俣コースで池ノ谷乗越までは、通常であれば50分ほど。
そこにどれだけ休憩を入れ、どれほどのペースで登るかで所要時間は変わってくる。
実際のところあまり余裕はない。
余裕を持ってスタートし、余裕を持ったコースタイムで計画をしたが、その余裕の時間があまり無くなってきている。
本当はどこか座れるポイントがあれば・・・と思っていたが、立ったままでの小休止とした。

「暑いし腹も減ってきたね。それにアイゼンのキックステップが効かなくなってきたよ(笑)。」
「僕もですよ。かなり蹴り込んでいるんですけど、ズルって感じで戻るんですよね。」
ここから先はダックウォーク、ダイアゴナル、サイドステップ、できることは何でもしなきゃならなくなってくるだろう。
佐俣の時と同じだ。


いよいよ池ノ谷乗越がはっきりと見えてきた。
赤い○が池ノ谷乗越。
そして緑の線に沿うのが北方稜線であり、裏側から劔岳へと向かうコースだ。

落石が頻繁に起き始めている。
雪もかなり緩み始めてきた。
腹も空く。
暑い。

「何かいいことはないものか・・・」とも思うのだが、今自分がここに居ることこそが「いいこと」なのだ。
贅沢言ってるんじゃないよ!
ガンバガンバだよ!
100歩100歩だよ!

長治郎谷右俣「走れー!!!」

2019年11月11日 23時40分35秒 | Weblog


いきなりの画像だが、これは2014年の夏に長治郎谷からの登攀時のもの。
立っているポイントは「熊の岩」と呼ばれるところで、一般的にはここから左側へと大きくそれて長治郎のコルへ、そして裏側から劔岳を目指す。

今回は熊の岩から左へと曲がる佐俣コースではなく、長治郎谷雪渓をほぼ直登するようにして「池ノ谷乗越(のっこし)」というポイントを目指す右俣コースだ。
残念ながら予定してるコースタイムをオーバーしているため、本来であれば熊の岩のポイントで小休止を取ることになっていたがそれはやめた。
右俣登攀ルートから熊の岩の休憩できそうな(腰を下ろせそうな)ポイントまでは5分程かかる。
再び右俣コースに戻るとなれば往復10分のタイムロスとなるからだ。


熊の岩がすぐ目の前まで迫ってきた。
「やっとか・・・。やっとだ。」
嬉しくもあったが、30分ほどのタイムオーバーにやや焦りもあった。
この先、北方稜線へと出たとしても例年通りに縦走できる保証はどこにもない。
バリエーションルートである以上は、コースタイムなどあまりあてにできないことは過去の経験で嫌と言う程味わってきている。
もちろん通常ルートの時以上に余裕を持った計画だが、30分の遅れが気になる。
どんなに予定より遅れても1時間以内にとどめたいのが本音だ。

熊の岩のほぼ真横に差しかかった時だった。
突然AM君が真横一直線にトラバースし、自分の方に全速力で走ってきた。
アイゼンを装着し、ましてや急登攀の雪渓であるためグランドを走るようにはいかないが、かなり焦った様子に見えた。
「ん?どうしたんだ」と思い顔を上げると、自分たちの居る場所から僅か30mほど上からの落石だっだ。
それもコンクリートブロックほどの大きさのでかい岩だ。
全く気付かなかった。
すぐに状況を理解することはできたが迂闊である。
「走れー!!! 走れー!!! こっちへー!!!」と、何度か大声で叫ぶことしかできなかった。
あとは石がそのままコースを変えず、そしてバウンドせず真っ直ぐに転げ落ちてくれることを祈るのみだった。

岩はまるで加速するようにものすごい速さで落ちている。
幸いにして石はほぼ直線コースで自分たちの横を転げ落ちていった。
とにかくものすごい速度だった。
「いやぁー全然気がつかなかった。すまなかった。」
「いや僕もですよ。偶然見上げたら黒い物が動いていたんですけど音がしていないんですよね。」
そう、雪渓上の落石は雪の柔らかさで音が吸収されてしまい殆ど聞こえないのだ。
聞こえた時は既に遅し・・・とは言わないが、すぐ近くにまで来てしまっていることだけは確かだ。

今となっては笑い話にもなろうが、あの時は冷や汗ものだった。
もし当たっていたら間違いなく命の保証はなかったろう。
バリエーションルートではなくても落石は起こる。
しかし、バリエーションルートであればその確立は更に高まる。
気を引き締め直して登攀を再開した。

熊の岩を越える。
いよいよ自分にとって初めてのコースとなる。
さっきの落石の一件もあり緊張感はあるのだが、「いよいよだ。やっと右俣に来ることができた。そして今、俺は右俣にいる。」
そんな思いもあり嬉しくもあった。




長治郎谷右俣「100歩ずつ」

2019年11月08日 21時43分33秒 | Weblog
時間の経過と共に暑さが増してきていることが実感できる。
それはしたたり落ちる汗の量だけではない。
ゆっくりではあるが、確実に斜面の雪の固さの違いがステップに伝わってくるのだ。
今のところキックステップを用いる程ではなくフラットフッティングだけで済んではいるが、踏み込む時に雪面に強く押しつけるようにしなければ、アイゼンの爪は「ズズーッ」という音と共にずり落ちることが多くなった。


熊の岩のポイントまではまだある。
近いようでなかなか到着しない。
そして自分のすぐ横に写っているものは、あきらかに上部から落ちてきた石だ。
今日も既に数回雪渓を転げ落ちてくる石と遭遇した。
幸いに距離は離れてはいたが、その転げ落ちる速度に驚いた。
もちろん過去に何度も見ては来ているが、改めてじっくりと観察するように凝視するとすさまじい速度で落ちており、下手をすれば避けきることはできないだろう。
更には素直に斜面を転げ落ちるのではなく時折バウンドしながらでもあり、まるでラグビーボールの様に急にボーンと跳ね上がることもある。
これはかなりやっかいなことでもあり、当たれば骨折だけでは済まされるものではない。


気を引き締め直して登攀開始!

しかし、寄る年波に勝てるものではない。
徐々に厳しくなってくる斜度、そして緩んでくる雪面。
息が切れる。
ということで、辛い時のいつもの「あれ」をやることにした。
「よし、100歩だ。先ずは100歩で一息入れよう。」

雪渓登攀の時などにたまにやっている我流の登攀方法である。
決して無理はせず、100歩登ったら30秒のインターバルを入れてそれを数回繰り返す。
5~6回繰り返したら2分程の休憩を入れて水分の補給をする。
苦しい時になるといつの間にかやっている自分だけの登攀方法だ。


八ッ峰の牙は、まるで生き物のように自分を見下ろしている。

「100歩、100歩だけ頑張れば一息だ。」
ぶつぶつと独り言をつぶやきながら登る。
唯々登る。
時折雪渓を見上げ、落石を確認すると共に熊の岩までの距離を目測する。


「○○さん、大丈夫ですか? なんか独り言が多くなってきましたよ。(笑)」
「歳取ると独り言が多くなるんだよー!(笑)」
こんな感じで登り続けた。


いつの間にか熊の岩により近づいていた。
だが、斜度がより厳しくなってくるのはそこから先であることは事実だ。
(「朝っぱらから何やってるんだろう、俺は・・・」)
好きでやっているはずなのに、我が儘な思いが出始めた。


長治郎谷右俣「先ずは順調」

2019年11月05日 23時09分30秒 | Weblog
予定よりやや遅れて長治郎谷を登り始めた。
天候はやや曇り気味ではあったが、炎天下で登攀するよりは体への悪影響は少ない。

スタート地点である「長治郎の出会い」からは、雪渓を登り切った先にある「池ノ谷乗越」は見えない。
しばらく登り、緩やかに左に曲がって初めて乗越が見えてくる。
過去二度の登攀では途中にある熊の岩まででもさへ「あそこまで登るのか・・・。あんなに遠いのか・・・」という思いとため息が出た。
今回も同じような思いにはなるんだろうなぁ(笑)。


30分程の登攀で乗越が目視できた。
まだ豆粒程度の点に過ぎないがポイントははっきりと分かっている。
「ほらあそこが雪渓のゴールだよ。」と言ってスピッツェで示すが「えっ、どこですか?」という返事。
「分かれ」と言う方が無理だろう。


一時間程が過ぎたが、今のところ順調に来ている。
できれば長治郎谷は休憩を含めて3時間程で登り切りたいのだが、果たしてどうなるか・・・。
曇り空とは言え暑いことは事実だ。
熊の岩を越えれば一気に斜度は上がり、そこからは体力と持久力だけでなく技術も不可欠となってくる。
心配の種は尽きない。

少し先に休憩ポイントに適した岩場が見えてきた。
ちょっと大袈裟な言い方にはなるが「イルンゼ」、つまり雪渓の中にぽつんと頭だけ出ている「島」のようなものだ。


テン場をスタートして3時間近くになる。
朝食は食べたが腹は空く。
行動食を食べ塩飴をなめ水分補給。
10分程の休憩だが、ひたすら登攀を続けてきただけにかなりホッとできるひとときだ。

ここからであれば乗越がはっきりと分かるようになる。
「まだまだですね」というAM君の言葉がズシリと響く。
「熊の岩から先がきついんだよね。でもルートを間違うことはないからその分安心かな。」

再び登攀開始。
何気なく振り返ると・・・。


とてつもなくでかい鳥が大空を飛んでいるような雲だ。
「はっはっは、ラドンみたいだな(笑)」
「えっ、ラドンですか?」
ジェネレーションギャップを感じた瞬間だった。

汗がしたたり落ちる。
水分と塩分の補給だけは欠かさず行っているが、塩飴にも飽きてきた。
贅沢は言ってられないのが登山だが、醤油とか味噌系のしょっぱさが欲しくもなってくる。

ぐだぐだと愚痴っぽくなりながら登り続けると、いよいよ「熊の岩」が目の前に見えてきた。


赤い楕円形の○が熊の岩で、緑の小さな○が池ノ谷乗越。

熊の岩まではそれほど遠くには見えないのだが、それは平地でのこと。
ひたすら斜度を登攀しなければならない長治郎谷ではまだまだ先である。

長治郎谷右俣「キヌガサ草」

2019年11月01日 23時49分06秒 | Weblog
テント泊において完全に熟睡できたという記憶は殆ど無い。
どれほど疲労が蓄積していても、夜中に二・三度は目が覚めてしまう。
この日も同じだった。
特に緊張していたわけではないが、眠りは浅かった様な気がする。

深夜2時30分、アラームの音で目が覚めた。
異様に眠い・・・。
先ずはフライシートを開け夜空を見上げる。
星空だ。
思わずニンマリとしたが、真夏とはいえ標高2500mの夜は肌寒い。
いつものようにお湯を沸かし珈琲を飲む。
食事はそれからだ。
(「別に腹減っている訳じゃないんだけどなぁ・・・」)
今日は10時間以上の長丁場となる。
無理にでも詰め込まなきゃ体がもたないから食べるだけだ。


早朝4時05分。
テント場を出発した。
灯りがともっているテントが幾張りかあったが、自分たちと全く同じコースではないだろう。

ヘッドランプの明かりだけを頼りに剱沢雪渓へと下って行く。
不安定な足場であり急ぐことはできなかったが、徐々に日が昇ってきているという実感はあった。

「そろそろ(外しても)いいかな。」
そう言ってヘッデンを外した。
まだ雪渓へと下りてはいないが、今いる場所は「黒百合の滝」付近。
ということは、今年こそは「キヌガサ草」を見ることが出来るかも知れない。

忘れもしない一年前。
疲労困憊でへろへろになりながら剱沢雪渓を登ってきた。
ちょうど黒百合の滝付近にキヌガサ草が咲いていたのだが、周囲に目が行く程の余裕が無くなっており、キヌガサ草の存在に全く気付かなかった。
あれは悔しかったなぁ・・・。
だから「今年こそは!」という強い思いがあった。

高山植物としてはそこそこ大きなものであり目立つ花だ。
見つけるにはそう苦労はなかった。
「あったぞー」
「やっぱりこの辺りでしたか。」


名前は知っていた。
しかし未だ一度も実際には見たことはなかった。

初めて見るキヌガサ草。
「今日は何かいいことありそうかな(笑)」
一人勝手にそんなことを思っていた。


キヌガサ草のアップ。
比較対象物がないと大きさが分からないのでもう一枚。


結構大きくて目立つ特徴のある高山植物だ。

先を急いだ。
まだ雪渓にすら下りていないからだ。
とりあえず雪渓が安定しているポイントを探さねばならない。
「この辺りでいいかな」などといい加減な判断で下りてしまうと、へたすりゃ下はスノーブリッジになっていたり、崩れてシュルンドになってしまったりする。
そこに落ちれば命にかかわることでもあるし、慎重に判断して雪渓に下りるポイントを探した。

「ここなら大丈夫だ」というポイントを決め、アイゼンを装着した。
一年ぶりの剱沢雪渓、そして二年ぶりの「長治郎の出会い」へと向かう。


もちろん雪山登山でも使用できるが、夏山バリエーション専用で購入したアイゼン。
毎年大いに役立ってくれている感謝のギアだ。


やっと太陽が昇ってきてくれた。
肌に温かさを感じる瞬間だ。

雪渓の表面が光彩陸離し始めた。
AM君にとっては初めて見る光景だ。
「おぉ~綺麗ですね!」
「だろう。何度見てもこの逆光は美しいんだよ。」

そんなことを話しながら標高を下げて行く。
「長治郎の出会い」のポイントまでは標高差500mも下らなければならない。
つまりその分登攀しなければならないことになる。
別山尾根ルートとは大違いなほどにきついルートなのだ。


「平蔵の出会い」
ここは去年の下山時に通ったポイント。
懐かしくもあったが、半ば熱中症になりかけていただけに辛い思い出でもある。

「ちょっといいですか?」
と言ってAM君が立ち止まった。

「無茶苦茶冷たいですけど気持ちいいです。目が覚めます。(笑)」
自分もやってみたがとんでもない冷たさの雪解け水だった。

程なくして長治郎の出会いに到着した。
「よし、やろうか!(笑)」
三脚を取り出しポイント決めパチリ。


これまた映画「劔岳 点の記」とほぼ同じポイントで、ほぼ同じ構図での一枚を撮った。
映画の中では「この雪渓登るゆうて正気け。割れ目に落ちてしまうちゃ。」
すると長治郎役の香川照之さんが一言「大丈夫。今なら割れ目はないちゃ!」
そう言った場所である。
出発前に二人で「あの場所に着いたら絶対撮ろう。」と決めていたのだ。

さぁ、いよいよここからが長治郎谷の登攀となる。
熊の岩までの2/3までなら二度登ったが、そこから先の右俣ルートは初挑戦だ。


期待と不安が混沌としながら見上げる長治郎谷雪渓。
やっと掴んだチャンスを何としてもものにしたい。