ひとり旅への憧憬

気ままに、憧れを自由に。
そしてあるがままに旅の思い出を書いてみたい。
愛する山、そしてちょっとだけサッカーも♪

劔岳・再びの奉納 「核心部 タテバイ」

2023年11月30日 20時16分19秒 | Weblog
平蔵のコルで一息入れ、いよいよ往路最大の核心部「カニのタテバイ」へ取りかかる。

このタテバイへは何度挑んだだろうか・・・
劔へ登るのは今回で21回になるが、バリエーションルートや早月ルートなどを含めてのこと。
故にタテバイは二桁を越えたくらいとしか言えない。

一端取り付いてしまえば後は三点支持を基本に登攀をすればよい。
(そう簡単には行かないのだが・・・)
むしろ最初の取り付きがきついかもしれない。
結構腕力を必要とするのだ。
自分は男だからまだいいのだが、女性には不利なんだろうなぁといつも思っている。
また、途中数カ所にボルトが埋められており、そこをホールドしたりスタンスポイントとしたりして登る。
しかしそのボルトを利用するにしても、腕の長さや身長に差があれば難易度は違ってくる。
ごく普通に手に届けば何ら問題はないのだが、小柄な登山者にしてみればそうも行くまい。



平蔵のコルから見たタテバイ。
赤い矢印に沿って登攀する。

タテバイの真正面から見て左手より取り付く。
(「なんでよりによってこんなポイントから取り付くのだろうか・・・。真正面からの方が楽に見えるのだが。」)
と、いつも感じている。

取り付き方の説明と手本を見せ、Uさんには後から続くよう伝えた。
自分はとにかくゆっくりと登攀をし、できるだけ分かりやすく言葉と動きで伝えた。


取り付き直後のほぼストレートポイント。


右に折れ、その後左へと折れるポイント。

「どうぞー! ゆっくりねー」
合図と共にUさんがクライムオン。
自分のポイントから最初の取り付きポイントは見えない。
姿が目視できるまでタテバイの途中で岩肌にしがみつきながら待った。
余裕ではないが、ふと目線を変えれば平蔵の頭や平蔵谷が一気に視界に入ってくる。
(「なんて贅沢な景色なんだ。しかもタテバイに留まっているだなんて・・・」)
Uさんの様子を気にしなければならないのに、不謹慎とは思いながら絶景に目を奪われてしまった。


ややズームでの一枚。
サングラスで表情までは分からないが怖さは感じてはいない・・・と思えた。

自分のすぐ真下まで登ってきたので、大丈夫であれば少しだけそこで待ってもらうことにした。
一分ほど待機してもらい、自分はタテバイを登攀。
核心部を登り終え待機できるポイントまで移動した。
もちろんUさんには動き方などのアドバイスはした。

再びGOサインを出す。


核心部最後の直登ポイント。
ここさへ登り切れば難所は終わる。


比較的安全なポイントまでもう少しだ。
が、ボルトの位置がやや遠い。
ここが女性にとって不利となっている。
「もうちょっとでバンドだから。ほんのもう少しだから。」


バンドに辿り着いた。
正直自分もホッとした。
人を連れ、何度かここをクリアしたことがあるとはいえ、「何かあったらどうしよう」という思いは常にある。
だったらいつものように単独でくればいいだけなのだが。

タテバイをクリアすれば山頂までの難所はたかが知れてはいる。
もちろん気を緩めてはならないが、ここよりはましだろう。
「てっぺんまでもう少しですよ。やっとここまで来ました。最後まで慎重に行きましょう。」

自分も心躍る思いだった。

劔岳・再びの奉納 「平蔵の頭で思い出したこと」

2023年11月21日 17時35分28秒 | Weblog
程なくして平蔵の頭へと着いた。
初めて訪れた登山者にとっては「えっ、こんなに低いの?」と、ある意味拍子抜けしてしまうかも知れない。
それほどあっけない登り区間だ。
登山解説書がどれくらい詳細にルート状況を説明しているかは分からないが、このごく短い登り区間を登り終えた後、頭のてっぺんで初めて分かる(感じる)ことが幾つかある。

*往路の下り区間の長さ
事前の下調べがきちんとしていればわかりきったことだが、往路下りのクサリ場は約20m程あり、その長さに改めて驚く人が多い。
自分が知る範囲内では、その区間の下り方まで詳しく書かれている書籍は見たことはない。

*平蔵谷の急斜面と広大さ
頭のてっぺんに登ってから見下ろしてみると、平蔵谷の急雪渓が嫌でも視界に入ってくる。
と言うよりも、平蔵谷しか存在しない。
そしてそのあまりの急斜面と広さに驚く。或いは感動する。
初めて平蔵谷を見下ろした時は「こんなところ登る(下る)人っているのだろうか・・・」と思ったものだが、自分はその後三度挑んだ。
往路で二度、復路で一度。
危険度や不安感は圧倒的に下り(復路)だった。
まぁ登りでも通院しなければならないほどの怪我をしてしまったが。(笑)

*眼前に屹立する劔岳
主峰の山頂付近全体を見ることができるのは、ここが最後になるだろうか。
ここを過ぎてしまえば山頂直下過ぎてしまい全体を見ることはできない。
それだけに目指している劔岳のドアップがどどーんと迫って見える。
そこで出る言葉はおそらく二つだけ。
「おぉ~素晴らしい!」なのか「やばそうだ・・・」となる。(たぶん)

*カニのタテバイへの畏怖(不安)
何度か登った経験のある人であれば、カニのタテバイが何処にあるのかは頭から見てすぐに分かるはずだ。
だから劔岳が初めてでも、同行者にその人がいればタテバイのポイントを教えてもらうことができよう。
だがそれを画像や写真ではなく、自分の目で目視することで畏怖心(不安感)を抱くことになる人は多い。
事実過去にそのような登山者と相当数出会ってきた。
「無理です。ここを下りたら引き返します。」
異口同音に聞いてきた言葉。
「もったいないなぁ・・・」と思いつつも、それを否定することはできない。



さて、前置きが長くなってしまった。
先ずは自分が先行して登る。
Uさんには「手足の動きをよく見て」と言い残しスタート。
距離は短いが、かなりの斜度だ。


ごく狭い溝があるので、そのポイントを利用して登ることもできる。
しかし、初めてであれば無理せずクサリやボルトを握った方が安全安心だろう。


上からGOサインを出し、Uさんが続く。
右側へ滑落してしまうと助けることはできない。
慌てずゆっくりと登れば大丈夫だ。

頭のてっぺんで合流し、劔岳本峰を指さした。
ここまでこなければ見ることのできないスケールの大きさ。
圧倒されている訳ではないだろうが、暫し無言で見つめていたUさんだった。
それよりも自分にとって驚いたのは、平蔵谷雪渓の雪の無さだった。
例年で言えば、まるで8月下旬か9月の有様だった。
「話には聞いていたが、これじゃぁ・・・」

バリエーションルートとして三度挑んだ平蔵谷ルート。
落石の雨あられで命が幾つあっても足りないと感じるほどむき出しのガレ場になっていた。


平蔵の頭てっぺんから見た劔岳本峰。(今年は撮らなかったので、過去の画像)
赤い楕円で囲まれているポイントがカニのタテバイの核心部。

Uさんに「あそこ分かりますか。」と言ってタテバイのポイントを指差し説明した。
「壁じゃないですか。90°は無いって言ってますが、ここから見たら90°の壁にしか見えません。」
「そうですね。自分も三度目くらいまでは実際にへばりついてみてもそう感じてましたよ。」
そんな会話をしながら本峰を見つめた。

下りも自分が先行し、後からUさんが下りてくる形をとった。


Uさんが上から撮ってくれた画像。

右手でクサリは補助的に握る。
左手はルンゼ横の壁にある凹凸を利用する。
スタンスポイントはルンゼにふんだんにあるから、よく見て判断すること。
それさへ守っていれば問題はない・・・はずだ。
(あとはメンタルだろうか・・・)


Uさんが下る。
かなりゆっくりペースだったが、問題は無かった。
(正直ホッとした)

この後ごく短いクサリを登り平蔵のコルへと辿り着いた。
ここで小休止。
毎年この時期であれば10m近い積雪で覆われている平蔵谷だが、雪が解けほぼ丸裸になった谷を見下ろした。


あっけにとられるほどむき出しになった岩肌を見つめる。

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この時、谷を見ながら思い出していたことが一つあった。

2017年の夏。
職場の仲間三人で劔に挑んだ。
その内の一人は女性で、山に慣れているとは言えもちろん劔は初めてだった。
事前に写真を見せ説明をし、参考になる動画も見せたが、テント場からスタートし徐々に劔らしい峻険な岩場となってくると不安を隠せないでいた。
それは表情からも一目瞭然だった。
リラックスさせよう、怖がらせないようにしようと言葉を選びながらポイントを説明した。

平蔵の頭の長いクサリを下り終えての時だった。
今までとは更に明らかに違う表情をしていた。
しばし座り込み、極端に無口にもなっていた。
「これはまずいぞ」と、すぐに感じた。

これ以上は無理だと思ったら正直に言ってほしい。
この先のコルまで行けば安心できる広いポイントがあるから、そこまでは頑張ろう。
まだタテバイやヨコバイがあるし、絶対に無理はしない方がいい。
自分は何度も登っているのだから悔しくも何ともない。だから引き換えそう。

そんなことを言った。

ほんの少し考えたあと、彼女の口から出た言葉は
「いえ、行きたいです。登りたいです。連れて行ってください。」だった。
どこまで本気で言った言葉なのかは分からなかった。
俺に気遣って無理して言ったのかな・・・
その証拠に自分とは視線を合わせず、やや下を向き唇をかみしめながらの言葉だった。

あの時の彼女の表情と言葉が健気に思え、今でも脳裏に強く刻まれている。

今回のUさんは今のところは問題なさそうだった。
いや、自分にそう思わせるために上手く隠しているだけなのかも知れない。
いずれにせよこの山は、相手の経験値にもよるが軽々しく人を誘って登る山ではない。
改めて思い知らされた。

劔岳・再びの奉納 「前剱の門から平蔵の頭へ」

2023年11月08日 20時58分43秒 | Weblog
前剱を越えるとルート状況はある意味一変する。
いよいよここからは劔岳の名に相応しい難所が連続する。
もちろんそれなりにクサリやボルトは設置されてはいるが、基本である「三点支持」を疎かにしてしまえば・・・

危険箇所(区間)は先ず自分が通過し、スタンスポイントやホールドポイント、更には身体の向きなどを実際に見てもらってからUさんに付いてきてもらう形をとった。
時間はかかるが、初めての劔岳であれば当然のことだと思うし、安全に勝るものはない。

前剱山頂から少しトラバース気味に進むと「それ」は見えてきた。
前剱の門にかかる鉄の橋である。
何度も通ってはいるが、このポイントは風の通り道でもあり強風の時は身体を煽られ滑落しそうになる。
幸いに今日はほぼ無風であり、スリップさへしなければ問題はないだろう。


赤い○が鉄の橋であり、通過してすぐ右へと曲がる。
→に沿って岩肌にへばりつきながら岩峰を巻くように登って行く。

「ゆっくり進みますからよく見ていてくださいね。途中まで行ったら合図しますからスタートしてください。」
それだけを言い橋を渡り始めた。
途中で振り向いて「風は無いから大丈夫ですよ。」
と言いかけたのだが、目線が合ったのはUさんとではなくカメラのレンズだった。(笑)


こうして笑ってられるのも風が無いからに他ならない。

見られいることを意識してゆっくりと進んだ。
足場はあるのだが、特に危険なピンポイントは「ここね! ここしか置けないから。」と説明した。


Uさんが撮ってくれた通過(トラバース)中の画像。
怖さはないが、落ちれば一発でアウトになることは確実だろう。


この辺りで覚えていることは、スタンスポイントである足元にかなり細かな砂利のようなものがあったこと。
過去にそのような物があったことなど記憶にはないが、スリップの危険性が高いと感じた。
クサリにつかまりながら右足で砂利を払いのけた。

僅かに高いポイントまで来たところでGOサインを送った。


橋の上で一瞬だけポーズ。
うん、良い意味での余裕だと感じた。
これなら大丈夫だろう。


とにかくゆっくりマイペースで。


三点支持をきちんと守って進んでいる。

前剱の門を巻き終え、今度は下る。
クサリはあるが特に危険性は高くはない。
「どうでした、門は?」
「大丈夫でした。前もって○○さんの動きを見られたし。」
「まぁあまり参考にはならないかも・・・(笑)」

さて、次なる難所は「平蔵の頭(づこ)」である。
前剱の門を越え、少し下ったり登ったりをしながら進めば「づこ」は見えてくる。

今回、往路から見えてくる平蔵の頭の写真は撮らなかったが、頭が目視できるポイントまで来て「あれが平蔵の頭ですよ」と言った。
Uさんにとってはただの小さな岩峰にしか見えなかったようだが、事前に自分が作った写真付きの資料を熟読していただけに「ちょっとだけ登って大きく下るんですよね。」と予習の成果があった返事だった。
「あそこも先ず自分が先行します。途中でGOサインを出しますね。」

難所はまだまだ続く。