晴徨雨読

晴れた日は自転車で彷徨い、雨の日は本を読む。こんな旅をしたときに始めたブログです。

がん-4000年の歴史(上下)その2 8/12

2020-08-12 | 健康

2020.8.12(水)快晴
 X線は1895年にントゲンによって発見されたが、1896年には乳がんの治療に試用されている。年代の誤記ではないかと思ったが、事実のようで驚いている。その当時は根治的乳房切除術が行われ始めた時期で、がんの治療が切迫していたのだろう。患部以外を覆うために中国茶の箱の底に入っていたアルミ箔を使ったと言うからすさまじい。腫瘍は潰瘍を作り硬くなって縮んだというから効果があったわけだが、患者は他に転移したがんで死亡することになる。その後放射線治療は様々な進歩をするが、局所的な効果にとどまり転移したがんには使えないという弱点があった。そして逆にその放射線が新たながんを発生するというジレンマもあった。
 これで現在でも主流となっている手術、化学(薬物)、放射線療法が揃ったのだが、その発見から発展の経過は医師、研究者の凄まじいまでの奮闘があるのだが、本書では特に患者ひとり一人について実名で詳しく紹介している。がんの歴史において患者も主人公の一人だという作者の意図が感じられる。またがんを取り巻く行政組織や、研究や治療の資金などについても随所に書かれている。治療だけではがんの歴史は語れない。

下巻はがんに対する疑問の多くを解消してくれた。
 下巻に移ると、まずがんの予防という考えが出てくる。端的なものが喫煙問題だ。健康に対するたばこの害についてはわたしの記憶では三,四十年前に言われ始めた。その当時は男性ならほとんどが喫煙していたし、それが健康を害するという意識はなかった。ただスポーツをするには心肺能力の点で不利だろうなあと考えていた。十八世紀のイギリス、煙突掃除の少年たちの間で陰嚢がんの発症が相次いでいた。もちろんその当時がんとは解らないので、一種の性病とみなされていた。これが煤(タール)とがんの最初の結びつきのようだ。ところが増え続ける喫煙者とがんの関係は二十世紀中頃まで発見されなかった。発見されても社会には受け入れられなかった。企業にとっても国家にとっても煙草は大きな財源だったのだろう。研究者と煙草会社の長い戦いが行われるのだが、訴訟による賠償や広告の禁止、警告文の表示などに至り、喫煙者は激減することとなる。警告文が付き、値段が上がり、喫煙箇所が限られ、健康に悪いことがはっきりしても煙草は街角で売られており、止められない人はいつまでも吸い続け、新たに喫煙をする若者も出てくる現状はどうしたものか。
 がんになる前に予防しようという試みは、胃がんに対するピロリ菌除菌や乳がんに対するマンモグラフィー、子宮頸がんに対するワクチンなど様々な発見から発展して誰でもできる予防法となっている。つづく
 


 

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