おだんご屋さんの貼り紙の詩についてブログに書いたところ、なんと茂木さんが作者を調べて下さいました!
殿村進さんという方で、絵馬の制作をなさっていたようで、その作品は皇室や海外の王室にも献上されていたとのことです。
「女の一生」、確かにジグソーパズルとして販売されています。
しかし。。。ん?何かお団子屋さんの貼り紙と、詩が少し違うような。。。
直筆をそのまま印刷してある(と思われる)パズルの詩は、五十代までは同じですが、六十代からが異なっています。
「六十代は健康に 七十代はしなやかに 八十代はつややかに 九十代は愛らしく そしていぶし銀のように 美しい百歳へ」
なるほど、こちらの方がよりインパクトがありますね。「健やか」と「健康」は同じ意味ですが(リズム的には健やかの方が良いようにも思いますが)、「和やか」と「しなやか」では、「しなやかな七十代」の方が驚きがありますし、「つややかな八十代」に至っては、思わず尊敬の眼差しを送ってしまいます。しかし百歳まで考えて下さっていたとは。。。
そして。ありましたよ、男の一生!
「二十代は志を高く 三十代は仕事に燃え
四十代は功を焦らず 五十代は寛容をくいて
六十代は引き際よく 七十代は時を遊び
八十代は自由を楽しみ そしてそれからは
いぶし銀のように 幽玄の境で」
これもよそのネットから拝借してきたものですので、どこか違っていたらご容赦ください。いくつか見たのですが、これは違うものは発見できませんでした。(女の方は、貼り紙と同じく認識されている方も多いようです)でも、「寛容をくいて」がしっくりこないような。。。だって「くいる」って「悔いる」ですよねえ?寛容って良い意味の言葉だと思うのですが。「己に対しての寛容」ってことかしら。。。
しかし女の方は形容詞だったのに対し、男は動詞なんですね。男の方は、六十代までは常に仕事が頭にある感じで、「女の一生」よりもやや固いような気がします。これも男ならでは、ということでしょうか。これを読み比べて「女の一生の方が楽しそう」って感じるのは私だけ???
殿村進さんという方で、絵馬の制作をなさっていたようで、その作品は皇室や海外の王室にも献上されていたとのことです。
「女の一生」、確かにジグソーパズルとして販売されています。
しかし。。。ん?何かお団子屋さんの貼り紙と、詩が少し違うような。。。
直筆をそのまま印刷してある(と思われる)パズルの詩は、五十代までは同じですが、六十代からが異なっています。
「六十代は健康に 七十代はしなやかに 八十代はつややかに 九十代は愛らしく そしていぶし銀のように 美しい百歳へ」
なるほど、こちらの方がよりインパクトがありますね。「健やか」と「健康」は同じ意味ですが(リズム的には健やかの方が良いようにも思いますが)、「和やか」と「しなやか」では、「しなやかな七十代」の方が驚きがありますし、「つややかな八十代」に至っては、思わず尊敬の眼差しを送ってしまいます。しかし百歳まで考えて下さっていたとは。。。
そして。ありましたよ、男の一生!
「二十代は志を高く 三十代は仕事に燃え
四十代は功を焦らず 五十代は寛容をくいて
六十代は引き際よく 七十代は時を遊び
八十代は自由を楽しみ そしてそれからは
いぶし銀のように 幽玄の境で」
これもよそのネットから拝借してきたものですので、どこか違っていたらご容赦ください。いくつか見たのですが、これは違うものは発見できませんでした。(女の方は、貼り紙と同じく認識されている方も多いようです)でも、「寛容をくいて」がしっくりこないような。。。だって「くいる」って「悔いる」ですよねえ?寛容って良い意味の言葉だと思うのですが。「己に対しての寛容」ってことかしら。。。
しかし女の方は形容詞だったのに対し、男は動詞なんですね。男の方は、六十代までは常に仕事が頭にある感じで、「女の一生」よりもやや固いような気がします。これも男ならでは、ということでしょうか。これを読み比べて「女の一生の方が楽しそう」って感じるのは私だけ???
男性の「寛容」だけど、「女性に対して寛容に過ごしていたら女性にだいぶ主導権握られちゃってて、悔いる」とかだったら面白いのに(笑)やはりこの点からも女性の方がいいですね♪