今日は会津若松での演奏会でした。会場に向かう途中、喜多方で昼食を。喜多方ラーメンです!
全く知りませんでしたが、喜多方ラーメンといえば醤油あっさり系スープに平打ち太めの縮れ麺、だそうです。頂いたのは、まさにその王道を行ったもので、美味しくスルスルと完食。大満足でした。
喜多方は蔵が多く、由緒ありそうなお店が立ち並んでいて、とても趣があります。いつかゆっくり散策したいですね。
おみくじ以外、いわゆる占いにお金を払ったことはありませんが、新聞や雑誌、ネットなどで目につくと、つい読んでしまいます。
そこに載っていた今日の運勢。「やり残した仕事をするのに適しています」。おお。。。ありすぎてどれの事なのかわからない。幸い今日のお仕事(オーディションでした)は思ったより早く終わりましたので、帰宅後、占いのご託宣を全うするべく(というわけでもないのですが)、家事や買い物、その他雑務に精を出しました。そして最後はこれです。「練習」。決して「やり残している」つもりはないのですが、いつもなかなか前に進まず、気付けばタイムオーバー。うーん、これはやっぱりやり残しですね。。。。というわけで、最重要残務処理に向かった私でした。
今月20日、ジャーナリストの山本美香氏が、取材中シリアで亡くなられました。恥ずかしながら、今回のニュースで初めて山本さんのことを知りました。
女性でありながら危険な戦闘地域に赴き、そこで生きる市井の人々の立場から報道を続けた山本さん。知ったばかりの私に多くを語る知識も資格もありませんが、本当に惜しい人を亡くしたのだということだけは、少しニュースを見ただけでもうかがわれます。イスラムでは男女の接触は厳しく制限されている為、女性の彼女にしか、イスラムの女性たちの声は伝えられません。その意味でも、日本女性である彼女が戦場に立つ意味は大きかったことでしょう。
生前、彼女にインタビューをした方が、最後にこんな質問をしたそうです。
「なぜ戦争の悲劇は繰り返されるのでしょう?」
それに対する山本さんの答えはこうでした。
「無関心というのが大きな罪のひとつではないでしょうか?根っからの悪人はそれほどいないのに、戦争は起きてしまう。原因はいろいろありますが、戦争が起きる兆候は必ずあって未然に防ぐ手立てもあるはずです。でもそれを自分には関係ないと目をそらしてしまう。一度始まった戦争を辞めることは難しいと知っているのに、私たちは未然に戦争を防ぐことを怠っているのです」
長く戦地で取材を続けてこられた山本さんらしい、説得力のある答えです。肝に銘じつつ、山本さんのご冥福をお祈りしたいと思います。
さて、アフィニス音楽祭もいよいよ大詰め。明日の合同オケの演奏会で終了となります。
そのリハーサル日の今日、休憩時間に声をかけてくれた女性が一人。それは何と、昨年アフィニスで一緒に演奏した方でした。あれ?今回は参加ではなかったよね??と思っていたら、音楽祭には遊びに来たのだということでした。
残念ながらあまり時間がなく、少ししか話せませんでしたが、何と彼女はオケをやめ、今年からドイツで勉強しつつ、向こうの楽団でも仕事をしていくということでした。すごい!!「アフィニスは良いきっかけになった」と楽しそうに笑う彼女は、眩しいほど生き生きとしていました。
昨夜も行った演奏会では、やはりアフィニスで共に学んだ友人が素晴らしい演奏をしており、たった一年の間に、皆それぞれに前に進んでいるのだなあと嬉しくなりました。私も負けずに一歩ずつ進んでいきたいと思います。
今日は文翔館でコンサート!といっても、今回は演奏する側ではありません。アフィニス音楽祭の山形公演です。
私も昨年広島で参加させて頂きましたが、全国各地からオケマンが大集合して室内アンサンブルを学ぶという、実に貴重で有意義なイベントなのです。弾く側も聞く側も楽しそうなのが素晴らしい!!今年は山響からは三名参加しており、それぞれに息の合った演奏を聞かせて下さっています。
大いに刺激を受け、あー、私もまた参加したいな~と早くも次の夏に思いを馳せた夜でした。
「演奏には性格が表れる」。常々思っていることですが、周囲の友人と話すと、大概そう感じているようです。ある意味恐ろしいような気もしますが、まあ人が精魂傾けて作り出すものであれば、どんな分野であれ、そういうものなんだろうなと納得がいきます。
ということは、作曲家が作った曲も、やはり性格が表れていると考えるのが妥当でしょう。ベートーヴェンなどは代表作が「いかにもベートーヴェン」と思われるものなので、そういう意味では分かりやすいかもしれません。
ではドビュッシーはどうなんでしょう?今私は、このドビュッシーに大変苦労させられています。ものの本によれば、彼はいつも憂鬱そうで異常なほど神経質、女性関係はそうとう派手で、次々と女性と関係を持っては別れを繰り返し、彼に捨てられた女性は二人もピストル自殺(未遂で済みましたが)に追い込まれるという、私からみれば「全く手におえない」「可能な限りお近づきになりたくない」種類の人間としか思えません。ところが残念ながら(?)、彼がつくる曲は大変美しい。おかしい。。。。
まあ、それだけ女性にモテたということは、きっと人間的にも何かしら魅力はあったのでしょうね。もはや直接知り合うことは叶いませんので、演奏まで「全く手におえない」ことにならないよう、せいぜい譜面を読み込んで、彼の内面を探ってみたいと思います。
昨日山響公演を一つ終え、次のアフィニス合同演奏会まで三日間のお休みです。
しかし!!我らが山形Qは何と何と三日連日練習です。「おおー、随分練習熱心なんですねー」という声が聞こえてきそうですが、どちらかというと今回の場合背に腹はかえられずというか、それくらい切羽詰まったスケジュール&プログラムなのです。あまりのスリリングさに目眩が。。。気を確かにもって試練を乗り越えたいと思います。
最近気付いたのですが、私はどうも疲れると衝動買いをする傾向にあるようです。。。今頃?と言われそうですが、まあその衝動買いのメインが雑誌の類だったので気付かなかったのですね。勿論服、雑貨なども買いますが、これらはあまり衝動買いという感じではありません。そこまで頻繁ではありませんし、一目惚れのようにして買ったものも「これは絶対イイ!」という確信に基づいているので、滅多に後悔はしません。
というわけで、今日も雑誌を購入。雑誌の場合価格がそこまで高くないし、「内容の全てが気に入らなくても、いくつか有用であればそれで良い」と基準が甘いので、衝動買いしやすいのです。今回買ったのは、全国津々浦々の美術館情報が掲載されているもの。おおぉ、次に都内に行った時は是非これを見なければね。。。と、しばし夢想を楽しむ私でした。
本屋さん大賞を受賞した三浦しをん氏の「舟を編む」。三浦さんといえば「仏果を得ず」では文楽、「神去なあなあ日常」では林業というように、聞いた事はあってもちょっと馴染みのない職業の世界に踏み込んで、そこで織りなされる悲喜こもごもをユーモアたっぷりに描き出す名手です。今回は国語辞典、辞書作りの編集部が舞台。辞書を作る苦労を知るにつけ、手もとにある辞書が愛おしくなります。
ちなみに私の手元にあるのは、岩波の国語辞典第四版。記憶に間違いがなければ、中学校の入学を期に購入したものです。結構な手垢がついていますが、そこが「自分の辞書」といった感じがして手放せずにいます。
小説の始めの方に、定年退職間近の編集者が、子供の頃に辞書の魅力に取り憑かれたくだりがあります。試しに「声」という項目を調べ、その説明文からまた気になった言葉を調べるといったことをしていくうちに、辞書は必ずしも万能ではないと思い至ります。しかしそれで落胆するどころかますます愛着を深めるのです。「かゆいところに手が届ききらぬ箇所があるのも、がんばっている感じがして、とてもいい。決して完全無欠ではないからこそ、むしろ、辞書をつくったひとたちの努力と熱気が伝わってくるような気がした。」この本の中で一番好きなところです。
読了後、なんとなく手元の辞書が気になってパラパラとめくってみました。すると「マカロニ」の項目にはこのような記述が。「西洋風の麺類。うどんに似ている。管になったものが多い。イタリア産が有名」。
「うどんに似ている」。。。。そうか???管になったうどんにはお目にかかったことはないけれど。。。。まあ、この頃はパスタ類はそんなにメジャーな食品ではなかったですしね。やっぱり辞書は言葉と共に変わっていかねばならないのだなぁと、なんだかこみ上げてくる笑いを抑えられませんでした。
夏休みが終了しました。今日は山形Q、明日からは山響の仕事です。そしてそして、残されたのはお定まりの夏休みの宿題、、、即ち「練習」。カルテット、山響の曲がなだれんばかりに山積みです。。。。。頑張ります。
母校のオーケストラ合宿が無事終了しました。
教える側として、違う立場での合宿参加。私は日本では音大などの学校に行っていませんが、ここは紛れもなく、私の大切な「音楽の学校」だったのだということを、今回再認識しました。音楽の楽しさ、アンサンブルの面白さと難しさ。みなここで学びました。今も私の大切な原点です。
以前と比べ若者にパワーがないと言われますし、確かに全体に穏やかな雰囲気を身にまとった学生が多くなったとは思います。が、熱意の表れ方が以前と違うだけで、意欲的な若者も沢山いることがわかったことも大きな収穫でした。
演奏会プログラムのメイン曲はプロコフィエフ交響曲第7番、その名も「青春」。真っ只中にいる彼らにその貴重さがどれだけわかっているのかは定かではありませんが、今しかないこの時を大切にし、全力でぶつかっていってくれることを願って止みません。
以前私が所属していた大学のオーケストラに、トレーナーのお手伝いに来ています。私が卒業して早○年、変わったものもあれば変わらないものも。だけど学生たちの一生懸命な姿は今も昔も同じです。少しでも力になれるよう頑張りたいと思います。
庄内定期が無事終了しました!震災があった日の演奏予定指揮者&コンチェルト以外のプログラムをそのままにした演奏会。きっと今度は大丈夫と思いつつも、やはり完全に無事に終わるまでは落ち着かない感じでしたので、ようやく心の中で区切りをつけられた気分です。
あの日から1年と5ヶ月、まだまだ復旧の目処が立たないところもある中、このように演奏会を開ける幸せをしみじみ思わずにいられません。当たり前と思っていたことが決して当たり前でないことを、これからも肝に銘じておきたいと思います。