中爺通信

酒と音楽をこよなく愛します。

秋めいて

2016-09-28 23:23:56 | 雑記
 ようやく秋めいてきました。今年は随分と遅いですね。

 秋が来て「寂しい」などと感じるのは、甘ったれた現代人の感覚だと思います。…わかりますよ。日が短くなると「ああ、今年も何もできないうちに終わってしまう…」というような、焦りと後悔に苛まれる気持ちは。

 しかし、本当に四季を肌で感じるような、自然に向き合った暮らしをしていたら、そんなアンニュイな感想は持たないはずです。何よりも「夏をのりきった!」という安堵感と、一年の労働の成果としての「収穫の秋」なわけですから。


 クラシック音楽の世界では、「秋」に物悲しい曲はほとんどない。大体が一番明るくて、わりと馬鹿騒ぎ系です。秋祭りは、農家の「打ち上げ」ですから当然です。「ああ…日が傾くのが何と早いことでしょう」などというおセンチは冬にいくらでもやればよい。

 わかりやすい例は、やはりヴィヴァルディの「四季」でしょう。秋は「飲めや歌えや踊らにゃ損損」と、それに挟まれた2楽章の紅葉の美しさ。さすがは名曲です。

 それにひきかえ、現代人にとって違和感があるのは「夏」ですね。ヴァケイション!的な要素がどこにもない。全曲を通じて重要だと思うのはそれぞれの第2楽章ですが、夏のそれは本当に面白い。ヴァケイションどころか、死ぬほどダルい感じがきちんと伝わってきます。メロディーの後ろに聞こえる変なリズムは「蝿の羽音」だと教えられた時にはビックリしました。

 ヴェネチアの夏は暑いのでしょう。そして天気が悪く雷も鳴るしで外には出られないのに、いろいろな物が腐って蝿が飛び回る。蝿を追い払う気力もなく「ああ、だる…」と言い続けるソロヴァイオリンが大好きです。


 …何が言いたいのか。学校の体育館でのスクールコンサートは、エアコンも無いし、外の物音も聞こえるので、普通の現代人の数倍は四季を肌で感じるのです。

 やはり秋はホッとするものだあ…スクールコンサートが続く今週の感想でした。
コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

誕生日

2016-09-26 23:11:32 | 雑記
 「誕生日いつ?」と訊かれると「秋分の日」と答えてこの歳まできました。天文学的には、春分・秋分は移動するものらしい。しかし国民の祝日に限っては、私が生まれてから秋分の日が9月23日以外になったのは今年が初めてか2回目。正確に検証はしていないので断言はできませんが、厄年よりは少ないはず。

 というわけで今年は、拍子抜けというか、心地よく歳をとれなかったような気がする。

 
 それでも、子供達からは例年通り、手帳をプレゼントしてもらいました。秋始まりのやつです。アナログ人間の私は、スケジュール管理に普通の手帳は欠かせません。歳をとると、こういう日常をともにするものを貰うのが一番嬉しいものです。


 子供の頃は祭日だと、友達を呼んで誕生会などがしにくいので、損した気分でいました。

 それでも小学校低学年の頃は、そういう空気がわからず、「僕も行ったんだから、もちろん来てくれるよね?」的な勢いで、自宅に友達を呼んで誕生パーティーをしたものです。


 そんな誕生パーティーで、もらって一番嬉しかったプレゼントは、小学2年生における、「ウルトラ怪獣消しゴム詰め合わせ」です。

 そんなギフトセットはどこにも売ってません。もちろん自作コレクション。「これはなかなかレアだよ!」という、プレゼンター選りすぐりのものを、プレゼントしてくれる。究極の心づくし。その頃の子供たち(男子)は、ほぼ全員がコレクターなので、その詰め合わせの価値は一目瞭然。つまり「どのくらいの価値を置いたプレゼントなのか」、さらに言えば、こいつがこの付き合いにどのぐらいの重きを置いているのかが、参加者すべてに「生で」わかるという、現金以上に赤裸々すぎるプレゼントなのです。

 育ちのよい連中が、文具やらゲーム(もちろん電気を使わないボードゲームです)をくれた後に、満を持して出てきた透明なビニール袋。これこそが「究極の詰め合わせ」!レアで価値の高かったものばかりです。

 ウルトラ兄弟からは「ゾフィー」。怪獣はマンから「ツインテール」、セブンから「チブル星人」、タロウから「タッコング」…この近所では、レアものとして通っているものばかり。…その友情に感動してガッチリと握手。そして満場の拍手。

 原価は全部合わせても100円以下じゃないか、などと思う奴は一人もいない。


 みんな立派な中年になったことでしょうね。最近昔話が多いですが、誕生日の思い出でした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

はじまり(後)

2016-09-24 22:05:07 | 山形交響楽団
 私が山響に入団した頃は、村川千秋氏が常任指揮者でした。実際に年間のすべての公演(多くのスクールコンサート含む)の半数近くは氏が指揮したわけです。

 しかしそれ以上に、特にオーディションにおいて彼の存在感は大きかった。

 それは当然のこと。そこらじゅうに頭を下げ、私財を投げ打って、彼が自分の手で創ったオーケストラですから、「創業者」のようなものです。面接を取り仕切るのも彼でした。


 一般企業において、「社長面接」は最終段階であり、最大の難関であると同時に、運良く入社できたとしてもそのときの自分の印象が後々までついて回る。

 山響のことを何も知らず、山形に何の思い入れも用意していなかった私は、丸腰でラスボスの前に立たされたような気分でした。面接では「どうぞ」と言われる前に椅子に座ってしまうのは大きなタブーですが、そんなことも忘れて着席してから「しまった」と思うほど。


 しかしその時、「来てくれて、ありがとう!」と、力強い声で言われる。目の前の書道家のような髪型のおじいさん(村川氏なわけですが)は、熱のこもった様子で「ありがとう!」と繰り返しました。

「山響は音楽教室を大事にしているオーケストラなんですけど、あなたはそれは大丈夫ですか?」

…正直、質問の意味がよくわからなかった。音楽教室という単語も知らなかったし、大丈夫かと訊かれても。

「私は現在も教育業界にいますし、子供に教えるのが好きだから教壇に立っています。」

…質問に対する答えになっているのかどうかわからない。今考えると、ややずれています。体育館などの環境が整っていない会場で演奏することが多いが、あなたのプライドがそれを許しますか、という主旨なんですね。

 しかし、村川氏の心にはヒットしたようで早くも、
「で、いつから来てくれますか?」

…合格?もう終わり?こんなアルバイトみたいな感じで面接が終わる業界なのか?

 少々とまどいましたが、情熱的に「僕たちと一緒に頑張って下さい!」と言われたのには胸が熱くなりました。彼にとって採用は、「同志」を迎え入れるようなものなのです。


 後で実際にわかったことですが、村川氏ほど「仕事」としてではなく、山形のためにひたすら「音楽」をしている人はいないでしょう。それは山響の「手弁当体質」となって悪影響も残しましたが、あそこまでの信念と使命感に貫かれた活動をし続けているのは、大きく賞賛されるべきです。
 

 その姿は、一昨日の村山公演でも変わりませんでした。山形の偉人として、これからもご健勝であってほしいと思います。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

はじまり(前)

2016-09-23 22:56:35 | 山形交響楽団
 山響創立名誉指揮者の村川千秋氏が久しぶりにタクトを握った、「村山ユアタウンコンサート」が、無事に終了しました。さすがは地元人気、たくさんのお客様に恵まれました。


 私が村川氏に初めて会ったのは、もちろん入団のオーデションの日です。

 山形放送のホールでの実技審査が終わり、私たち受験者は山形新聞の会議室のような部屋で待たされていました。

 4階だか5階だったと思うのですが、窓から見える蔵王の山々が本当にきれいで、生まれて初めて山形に来た私は、試験の緊張から解放されてただただ、展望台に来た観光客のように景色に見とれていました。

 合格者発表を待っているわけですから、その控え室には緊張と静寂が漂っています。しかし、地方オーケストラを初めて受験した私は、よく言えば「一期一会」悪く言えば「旅の恥はかき捨て」的な気分に浸っていて、せっかく来たんだからよく見物しておこうというぐらいの意識で窓の外を見ていたのです。

 実際、その翌々週には大阪のオーケストラのオーデションが迫っていました。こうして募集が出た各地のオーケストラのオーデションを受けて回る暮らしが許されるのは、長くてあと1〜2年。それでどうにもならなければ、また学習塾の正社員の世界に戻ろうと。

 しかし、こんなに閉塞感がない控室は初めてです。今まで受験した首都圏のオーケストラは、とんでもなく陰鬱な練習場を使っているところが多いので、控室も気が滅入るようなところしかお目にかかったことがない。ちょっと雪が残る険しい山々がきれいに見えるなどというこの解放感は、記憶に残しておかないと。


 その時、事務局の人が入って来て、合格者の発表がありました。「次の人は面接に進んでいただきます」。私の名前が呼ばれました。

 嬉しさよりも、正直、やばいと思いました。

…そう言えば、面接試験の事を考えていなかった。

 これまでいやというほど受けてきた一般企業の面接試験の前には、きちんと「御社」の情報を調べて基本情報を踏まえつつも、独自の着眼点から志望動機を語る台本を作って臨みました。しかし今回は100%、実技に神経を取られていたことに、そのとき初めて気が付きました。「自分は山響の事を何も知らない…」。

 もうどうにでもなれという気持ちで、招き入れられた小さな応接室のような面接会場に入ると、7〜8人の人が取り囲むようにしている中央の椅子に座るよう言われました。座ると目の前には、どう見ても芸術家でしかあり得ない髪型の老人が…。

(長くなったので、後編に続く)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

栄光富士「虎穴」清正公

2016-09-21 22:48:47 | お酒の話し(山形県)
山形でも最も歴史が古い蔵のひとつ「栄光富士」が出した、人気漫画とのタイアップ酒!

…というので見てみると、「虎穴」。

 虎の穴ということは、「タイガーマスク」か?

 もちろん、そんなわけがありません。ミスターXも関係ありません。答えは「へうげもの」だそうです。

 全然知りませんが、戦国時代を舞台にした漫画らしい。「花の慶次」みたいなものでしょうか。どっちにしても漫画に不案内な私にはよくわかりませんが、そこにおける「傾奇者」に通じるような意味の言葉が「へうげもの」らしい。…(らしいばかりで失礼。ご興味のある方は、おググり頂きたい)

 たぶん登場する加藤清正へのオマージュが、この純米大吟醸なのでしょう。


 「タイアップ」と聞くと、どうも躊躇してしまいます。

 私の記憶に残る最古のガッカリは、「ロボコンふりかけ」。

 「がんばれロボコン」のロボコンの形をした缶に入ったふりかけ。頭についたアンテナを引っ張ると伸びて、そこからふりかけることができる。

 ただそれだけですが、しかしひと目見た瞬間に「どうしても買ってもらわなくては!」と思ったものです。

 喜び勇んでふりかけたものの、そこはただの子供用ふりかけ。しかも当時、ふりかけと言えばよく食べさせられていた「錦松梅」にうんざりしていたところだったので、まさか同じような味だとは思っていなかったのです。

 ロボコンのせいでも丸美屋のせいでもありませんが、ガッカリしたのは確かです。しかし、ロボコンが好きなら超合金を買えば良いのです。他の味のふりかけが欲しければ、ちゃんとそう言えばよいのです。…字を消すためにキン肉マン消しゴムを買う人はいないのですから。


 話がそれ過ぎましたが、タイアップに興味はなくとも、栄光富士が気合を入れて神力という希少な酒米を50%まで磨いた酒ですから、味に間違いはないでしょう。

 ということでテイスティング。…なんとも充実した旨味です。たっぷりと神力を味あわせてから、スッと消える。蔵元が先祖と仰ぐ加藤清正への思いがよく伝わります。簡単に言うと、ダシの味が深いラーメンのような感じ。太めの麺で脂気もしっかりしながらも、アッサリと食べ飽きないような、そんな味でした。


 気持ちが伝わってくる酒です。堪能しました。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

敬老の日

2016-09-19 23:59:33 | 音楽
 子供の頃、好きだったテレビアニメのひとつが「ゲゲゲの鬼太郎」でした。後にリニューアルされたものより、うらぶれたようなB級感が良かった。お化けには「学校も試験も無い」ことを自慢し、視聴者の子供達を羨ましがらせる例のソングからして、昭和の香ばしさが漂います。

 さて、「目玉のおやじ」について考えてみたい。あれは主人公の「父親」なわけですが、小さな眼球に全裸の体がついているだけで、ほとんどペットのような存在です。頭にちょこんと乗る姿には、「父性」のかけらも無い。「巨人の星」の星一徹とあまりにも正反対で、家長としての父親像を完全に否定している。軍国主義批判のひとつの表れでしょうか。

 では「目玉」氏の存在意義は何なのか?

…それは「情報」です。

 敵が現れると、主人の髪の間からにょっこり出て「奴は妖怪◯◯じゃ!」と的確に教えてくれる。場合によっては弱点まで。あんな姿であっても、「先人の知恵」を伝えるという役割をしっかりと担っている。年長者は、価値観を強要しないで、その知恵だけを正確に伝えればいいのだというメッセージなのかもしれません。。


 しかし、鬼太郎が現代日本の若者だったらどうでしょう。目玉が出てくる前に、ちゃんちゃんこからスマホを取り出し、わからないことはすぐに「ググる」に違いない。知識だけならそれで充分お釣りがくる。もう「目玉いらず」の毎日。茶碗に風呂をたててやる必要もない。

 
 しかし、本当にそうなのでしょうか。

 確かに知識はそうかもしれませんが、言葉や数値にできない、経験に基づいた「知恵」はそうはいかない。感触や塩梅といったようなものは、先人から直接学んだり、先人の背中越しに見て「盗む」しかないのです。ところがネット隆盛の昨今、どうも「知恵」が軽視されているような気がします。

 この状況でただ「敬老」を謳っても、「ググった方が速い」に決まっているのではないかと。


 ということで、今日は「敬老の日」。ですが、世の中に「敬老」は感じられない。


 一方、もはや伝統芸能の一つであるクラシック音楽の世界は、言葉にできない「呼吸」の要素が強いので、「敬老」の精神が日常にある、珍しい現場だと思います。先日のポンマー氏しかり、年長者を「巨匠」として敬う部分が現存している。


 明日から始まる、木曜日の「ユアタウン村山」コンサートには、久しぶりに山響創立名誉指揮者の村川先生が登場します。83歳、文字通りの「巨匠」から、少しでも学ぶことのできる貴重な機会。有意義なコンサートにしたいと思う、敬老の日なのでした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ワルツとギャンブル

2016-09-17 23:59:34 | 山形交響楽団
 明日は山響「音楽宅急便」の新潟公演。内容は名曲コンサート的なもので、プログラムの一曲目はハチャトリアン「仮面舞踏会」のワルツです。

 フィギュアスケートで浅田真央選手がこの曲で踊ってから有名になりましたね。ものものしい感じて耳に残りやすい曲です。ワルツの回転とともに、運命の渦に巻き込まれていくようなイメージが印象的です。


 この「仮面舞踏会」というオペラの内容はよく知りませんが、ギャンブルが大切な要素となって悲劇を大きくするようなストーリーのようですね。

 恥ずかしながら、パチンコと麻雀にのめり込んだことがある私には、ギャンブルの「魔力」のようなものは、よくわかります。

 「天の配剤」とか「運命の悪戯」というものはすべて、賽の目と同じでただのランダムなのです。それ自体には全くもって、何の意味もない。この「ランダム感」が人間には受け入れがたいのです。

 何の罪もない人が、天災などの不慮の事故で命を落とす。逆に罪深い連中は、悪さをして得た金で、あんなにワイワイ盛り上がっている。結局、神様なんかどこにもいなくて、サイコロが転がり、ルーレットが回ってはデタラメな目を出し続けているだけで、人間はそれに踊らされることしかできない。

 …だったらいっそのこと、その賽の目にすべてを預けてしまいたい。「何がいけなかったんだろう」…そんな答えの出ない悩みを捨てて、持っているものをすべて賭け、目をつぶってサイコロを投げてみたい。そもそもこの世は、はじめから一時の夢に過ぎないのだから。

 危険ですね。しかし、一片の真実が含まれていることも確かです。


 ドストエフスキーの「賭博者」もそうですが、ロシア人は酒も博打も、行くときはとことん行く感じがします。寒いからでしょうかね(偏見)。この「仮面舞踏会」も一度はきちんと観てみたいものです。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

病院コンサート

2016-09-16 23:30:45 | 山形弦楽四重奏団
 昨日の山形Qは、鶴岡の病院でのコンサート。

 
 弦楽四重奏の良いところは、経費がかからないところではない。スペース的に小回りがきき、そんな狭い場所に合うような、静かで繊細な音が出せることでしょう。病院の慰問などには最適なのです。

 そもそも、元気な時はともかく、弱っている時にトランペットやエレキギターの音はキツいということもあります。しっとりと心に沁みる内省的な調べに、傷ついた身体と心を委ねたい…そんなときには、弦楽器だけの緊密なアンサンブルである弦楽四重奏をおいて他にはありません。

 セラピーのような用途において、もう少し需要があってもよいジャンルだと思います。

 さらに言えばそれは、近ごろ安易に言われる「癒し」とは違うのです。世間では「あ〜よしよし」みたいな、ふわふわと毒にも薬にもならないぼんやりとしたものが「癒し系」と呼ばれているような気がします。

 静かな空間に弦楽四重奏が流れる空間、それは決して、そんなふにゃふにゃしたものではない。一切の余計な雑音を排して、そこにあるのは古の作曲家の魂と、それに黒子のように奉仕する四人の息遣いのみ。聴く者はそれを通じて、自分の心により深く入っていけるのです。
 
 …他の3人は知りませんが、私は、そんな演奏が目標です。


 さて、これは県立病院で山響の小編成の音楽を聴いてもらおうという、県主催の企画の一環のコンサートでした。

 県立病院に、実際にこんなしゃれたサービスを投下する県は、なかなか無いでしょう。山形県の文化度の高さ、そして発案者である知事の見識の高さと実行力に敬意を表します。


 「こころの医療センター」内の、リハビリ施設の体育館での演奏でしたが、たくさんの方々が聴きに来てくれました。200人近かったのではないでしょうか。

 笑顔で聴いて下さった方も、涙しながら聴いて下さった方もいました。弦楽四重奏との出会いが、何か少しでも心に清涼感をもたらすようなものであれば、嬉しい限りです。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

来し方行く末

2016-09-13 22:29:03 | ヴァイオリン
 昨日の山形Qの練習の後、朝日新聞に折り込みのタウン情報誌の取材を受けました。

 趣旨は「山形で頑張っている人」紹介みたいなものです。そこで今回は、この私を取り上げて下さると。

 …毎晩毎晩、あきれるほど大量の山形地酒を消費し、文字通り身体をはって日本酒の地産地消に多大なる貢献をしているこの頑張りが、ついに評価される日が

来たわけではありませんので念のため。


 もちろん、山響と山形Qの活動を中心に、東京出身の私がこの山形に移り住んで演奏活動に専念して18年、というあたりの記事です。山響の中でも異色の経歴を経ていることもありますし、そのへんをインタビューされました。

 もともと縁もゆかりもない山形に、こうしてもう19年目。一時間余りのインタビューでしたが、それなりに感慨深く語らせてもらいました。

 小さめのコーナーなので、活字になるのはその一部分だとは思いますが、次回の山形Q定期演奏会の宣伝も兼ねて、こうして取り上げてもらえるという事は有難い。

 「我が輩の今あるは…」みたいな事を言えるような身分でないのが残念ではありますが、そうなるように努力を続けることを、こらからも頑張って行きたいと。


 ということで、10月30日の「第61回定期」に、少しでも多くのお客様をお待ちしております。

 
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

祝優勝

2016-09-12 09:37:39 | 雑記
 祝、広島カープ優勝!


 私はカープファンでもないし、プロ野球自体見ないのですが、しかし「25年ぶり」と聞くと、無視はできない。北極星すら探せないような人でも、「ハレーすい星か…見とこうかな」と思うようなものです。「有難い」とは本来「滅多にない」という意味なのです。…馬鹿にしているわけではありませんので念のため。

 しかし、「25年ぶり」というのは意外でした。昔はちょくちょく優勝していたイメージでしたから。


 その頃、私が中学から高校の頃ですが、一番仲が良かった友人が、熱心な広島ファンでした。特に広島に縁もゆかりもない男でしたが、ものすごく珍しい苗字の名前だった。先生を含めて誰も読めない。無理にてきとー読みすると、謎の中国人のような音になる。

 名前のことでは随分からかわれたと思います(私もしましたし)。しかし、それは広島にある地名だそうで、おそらく先祖はそこの出身だったのでしょう。だから彼は、自分のルーツは広島にある、ことを誇りにしてました。「うるさい、広島じゃ普通の名前なんだよっ!」…言う度に、行ったこともない広島への愛着が高まるわけです。

 広島カープが優勝した時の喜びようは、尋常じゃなかった。「ざまみろってんだ!」…積年の恨みを晴らしたような勢いでした。


 不幸なことに、彼はもう亡くなってしまったのですが、あの頃を思い出して偲びつつ、ともにカープの優勝を祝いたいと思います。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

壬生町へ

2016-09-10 09:24:38 | 旅の空
 宇都宮に宿泊しています。

 
 ふと、餃子が食べたくてたまらなくなったから…

…ではありません。キンキンに冷えたビールと餃子の組み合わせは、残暑厳しい今日この頃には魅力的てすが。

 
 今日の、山響「ドラゴンクエスト」壬生町公演のためです。

 壬生町は宇都宮の南。昨日のリハーサルで初めて行きましたが、なかなか歴史のある街並みが綺麗な所です。ホールがあるのも「城址公園」内で、周囲はお堀に囲まれています。

…こんな静かな街にドラクエの需要があるのか?

 秋田の鹿角でも思いましたが、そんな心配は要りません。と言うよりも全国津々浦々、老若男女を問わず、国民的に愛されているのがドラクエなのです。餃子みたいなものですね。


 さて、そろそろゲネプロに向かいます。14時開演。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ほこら党

2016-09-08 20:59:40 | 山形交響楽団
 私は「ほこら」が好きです。ノスタルジックな感じがします。

 はるか昔にも今の自分と同じように何かを求めてここを訪れた人がいて、その人はここでさらに昔の人を偲んだはず。そしていずれ自分の死後にもまた、ここを訪れる若者がいるだろう…人間のサイクルは儚く短いものでも、その「思い」は地層のように積み重なっていく。

 何の話かわからないでしょう。「ドラクエ」です。ゲームを知らない私でも、なにか、イメージが湧き上がるような音楽がたくさんあります。その中の最お気に入りが、「ほこら」。

 好きな邦人作品は?と訊かれたら
「ほこらっ」と答えてもいいぐらいです。


 ということで、今日から山響は「ドラゴンクエスト」。明後日、栃木の壬生町での公演になります。

 以前、山形と秋田でもやった「Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ」のセレクション。ゲームを知らなくても、回数を重ねると親しみが湧いてくる曲も多いですね。やはり名作なのでしょう。


 明日の朝、栃木へ向かいます。台風の影響が無いように祈るばかりです。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

風が吹くとケーキ屋がもうかる

2016-09-07 18:02:01 | お酒の話し(山形県)
 今年の残暑は厳しいですね。いや、「残暑」と呼ぶには元気が良すぎる。

 例年の山形だと、この時期はもう朝晩は寒くて窓を開けて寝られないぐらいなはずが、開けていても寝苦しい。たしか春先ごろには「今年は冷夏になるのでは」とテレビで言っていたような気がするのですが、どういうことでしょう。いらない心配と期待をさせた責任をとれとまでは言わないが、一言あいさつぐらいあってもいいのでは?


 さて山響は、昨日からスクールコンサートが始まりました。

 冷房に慣れた身体に、昼間の体育館はつらい。まだまだ芸術の秋にはほど遠い暑さです。


 しかし、それを乗り越えての冷えたビールは格別です。例年なら「秋あがり」の日本酒を、じっくり味わう時季ですが、まだまだビールが手離せない。「お中元」で頂いた分では足りなくなってしまって、何年かぶりに自宅でもビールを買って飲んでいます。

 スクールコンサートを終えて、ビールの6缶パックを買って自宅に帰った時のこと。その姿が家族には見慣れないせいか、袋に入ったそれがケーキに見えたらしい。

「ただいま。」
「ええっ!それどうしたの?」

 期待に満ちた目つきで家族たちが寄ってきてしまい、後ずさりする私。

 消え入りそうな声で
「ビ、ビールです…すみません。」

 木枯らしのように吹き荒れるため息。暑さを忘れて凍えました。


 ということで、今日はとくに何の記念日でもありませんが、コンサートの帰りにケーキ屋へと向かったのでした。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

後妻業の女

2016-09-06 21:54:03 | 映画
 最近、財布が分厚い。

…というと、金回りが良いように聞こえますがもちろん違います。お金は全然増えないのに、ポイントカードやらスタンプカードばかりがどんどん溜まっていくのです。

 二度と行かないラーメン屋のスタンプカードや、はるか前に有効期限の切れたクーポンを、旅行先でまで大切に携帯しているのは何とも馬鹿らしい。

 思い立って整理してみると…中から、山形の映画館のスタンプがいっぱいになったときに貰える、無料招待券が出てきました。祈るように有効期限を見ると…3日後。


 ということで、昨日は朝から映画館へ。せっかくなので奥さんと一緒に行きましたが、カウンターで言われたのは
「本日は『メンズデー』ですけどよろしいですか?」

…ということは、この招待券を奥さんにあげて私が割引料金で観るべきなのか?

 とっさにそう判断して料金を払う私。結局、得したのか損をしたのかよくわからない。まあ、夫婦円満の御利益がある「おふだ」だったと思えば、有効なアイテムだったことに変わりはない。


 さて観たのは「後妻業の女」。

…なんで?

と言われると、とくに返す言葉もないのですが、私の好みです。邦画が好きなのです。ちょっとブラックなジャンルが許容されるのが邦画の良さです。


 そしてこの「後妻業の女」はまさに、ブラック路線。主演の大竹しのぶが魅力的で、その演技の上手さだけ取ってみても一流の芸を見たという満足感があるから許されるというギリギリのところを攻めている作品です。公序良俗に反していることは間違いない。

 少し前に、実際の事件で話題になりましたが、老い先短い老人のところに嫁に入って看取り、その遺産を手にしてまた次の老人を物色するという、したたかな女性の話です。

 絶対に良くないことで、れっきとした犯罪と言える部分もあるわけですが、残念なことにそういうニーズがあるという側面もある。答えの出ない人間の「業」ともいうべき部分を、ブラックコメディとして描ききった所は賞賛に値すると思える作品です。


 「面白かった」と表明するのに勇気の要る作品ですが、とにかく評価したい。人間が生き抜いていくためのしたたかさと、人間が持つどうしようもない汚さは、元をたどれば同じものなのだというのが、強いて言えばこの映画のテーマかと思います。

 損得を追求すると、それは散らかって乱雑さを生み、本来何が本当に大事なのかがわからなくなる。…財布のように。


 邦画らしい邦画を堪能しました。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

かくしゃくと

2016-09-03 23:59:01 | 山形交響楽団
 巨匠ポンマー氏による定期演奏会が、無事に終了しました。暑い中、聴きにきてくださったたくさんのお客様に感謝します。いかがだったでしょうか?


 終演後の交流会での反応も良かったように思います。ポンマー氏は近くで見ると、その穏やかで純粋な人柄が伝わってくる「かわいいおじいちゃん」です。そのあたりも、親しみがわいたのではないでしょうか。


 ヒンデミットのソリスト川上氏にも、絶賛の拍手を贈りたい。序曲でもシンフォニーでも素晴らしい演奏をしつつ、あの難曲でソリストを立派に努めるとは…尊敬します。才能、そしてそれ以上に体力があふれてないとできることじゃない。


 体力という意味ではポンマー氏もすごい。田園なんて聴いてるだけでも立ちっぱなしでは辛いのに、その歳でよくもまあ…と思います。


 これから始まる芸術の秋。忙しい中ではありますが、私も少し、体を鍛えようと思うのでした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加